[内閣名] 第27代濱口（昭4.7.2〜6.4.14）
[国会回次]（帝国）第57回（通常会）
[演説者] 濱口雄幸内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1930/1/21
[貴族院演説年月日] 1930/1/21
[全文]

　諸君、昨年七月二日不肖大命を拜しまして内閣を組織し、爾來約七箇月を經まして、本日茲に第五十七囘帝國議會の開かるヽに當り、諸君と相見えて政府の施政方針に就て所信の大要を披瀝するの機會を得ましたことは、私の最も光榮とする所であります

　先づ帝國の外交關係の大體を觀まするに、帝國と締盟各國との交際は益々親善を加へ、相互の通商關係も亦頗る順調なる發達を遂げつヽあることは、諸君と共に深く喜ぶ所であります

　帝國と隣邦支那との關係に就きましては、政府の方針は畢竟兩國共存共榮の基礎の上に永遠の親交を確立せんとするに外ならぬのであります、大局の上に於ける日支の利害は毫も相反する所なく、政治上に於ても經濟上に於ても、相互の提携協調が圓滑に行はれてこそ、始めて兩國民の繁榮竝に極東の平和は保障せらるべきものであります、我國の支那に對する一切の政策行動は、常に此一般的見地を考量に加へなければならぬのであります、隨て我國としては一面我が正當なる權益は之を保持するの必要あることは言を俟たざる所でありまするが、是と同時に他面支那が健全なる進歩的政策に依りまして、庶政の改善と國際的地位の向上とを求むる眞面目なる努力に對しては、深き同情を以て其成功を祈るのみならず、更に進んでは、及ぶ限り之に對して友好的協力を與ふるの用意があるのであります、通商條約の規定する所の治外法權制度、其他所謂不平等條項の撤廢問題に就きましても、政府の態度は以上の方針に依って終始せんとするものであります、固より我國の生存發達に必要なる所の權益は、之を犠牲に供し得るものではありませぬ、是と共に支那の正當なる立場も亦十分に之を尊重することが當然であると考へます、此兩國の立場の間に公正中立なる調和點を求むる所に政府の方針が存するのであります

　海軍軍備制限の問題に關しては、昨年十月七日英國政府より在英帝國の大使に對し、公文を以て華府條約に規定せられざる艦種を考究し、竝に同條約第二項に規定せられたる所の問題の準備竝に處理の爲、主要海軍國會議を倫敦に於て開催致したきに依り、日本政府も右會議に代表を派遣せられんことを望む旨の招請があったのであります、而して此會議の開催に就きまして、英國首相マクドナルド氏が非常なる熱誠を以て苦心努力せられつヽあると云ふことは、洵に敬服措く能はざる所であります、帝国政府は右の招請状に接しまするや、愼重考究の上、昨年十月十六日欣然會議に参加する旨を英國政府に囘答したのであります、尋いで政府は全權委員を任命派遣し、茲に倫敦海軍會議は愈々本日を以て開會せらるヽこととなったのであります

　倫敦海軍會議に對する帝國政府の方針に關しましては、内は國防の安固を期すると共に、國民負擔の輕減を圖り、外は列國の間に平和親交の關係を増進するに在ることは、論を俟たざる所であります、國防の安固とは如何なる場合に於ても、決して他國の脅威を受けないことであります、各國が相互に他國に對して脅威を與へず、又他國より脅威を受けぬと云ふ情勢を確立することが、海軍協定の眼目であらねばならぬと信ずるのであります、斯の如く列國が各々國防上の安全保障を得まして、始めて國際間に眞實の親善關係を樹立することが出來るのであります、海軍軍備の制限又は縮小と云ふことが、國家の財政に重大なる關係を有することは、今更多言を費すまでもないことでありまして、各國が一率に軍備の縮小を行ふことになりますれば、國防の安固を害することなく、國民負擔の輕減を期することが出來るのでありまして、同時に世界平和の保障は一層鞏固を加ふる次第であります、帝國政府が今囘の倫敦海軍會議に際しまして、單に海軍軍備の制限に止らず、進んで是が縮小の實現を主張いたしまする所以は、實に茲に存するのであります、帝國政府は右述ぶるが如き方針を以て倫敦海軍會議に臨み、其成功の爲、最善の努力を爲すの決心を有する次第であります

　政府は我國財政上の難局を打開し、國民經濟の根本的建直しを行はんが爲、財政を緊縮し、公債を整理し、更に國民一般の消費節約を奬勵し、以て財界を常道に復すると共に、多年の懸案たる金輸出禁止の解除を實現せんことを決意し、内閣組織以來鋭意其準備を整へたのであります、即ち昭和四年度豫算の實行に方りましては、一般會計に於て九千百餘万圓、特別會計に於て五千五百餘万圓、合計一億四千七百餘万圓を節約したのであります、又昭和五年度豫算の編成に際しましては、更に一層の緊縮を加へまして、一般會計は歳入歳出共に十六億二百餘万圓に減少したのであります、而して昭和五年度の豫算案は之を前年度の豫算に比較致しますれば、幾多重要なる特徴を持って居るのであります、即ち歳出の緊縮、國債の整理、地租の改正、義務教育費國庫負擔金の増額、鐵道運賃の引下等は其主要なるものであります、今是等の諸點に就きまして簡單に説明を加へたいと存じます

　第一は歳出の緊縮であります、昭和五年度一般會計の豫算は、前年度豫算に比較して約一億七千餘万圓の減額を示し、其歩合は約一割に當って居るのであります、是れ政府が規定の經費に對して出來得るだけの節約を加ふると共に、新規事項に就ても、極力之を抑制したるが爲であります、而して其節約したる金額は、節減額が六千八百餘万圓、繰延額が五千七百餘万圓でありまして、合計一億二千五百餘万圓の多きに上って居るのであります、更に特別會計に至りましては、節減額四千四百餘万圓、繰延額八千九百餘万圓、合計一億三千四百餘万圓でありまして、之を一般會計の分と通計致しますれば、昭和五年度の整理額は實に二億六千餘万圓の多きに達するのであります

　第二は國債の整理であります、昭和五年度一般會計豫算に於きましては、公債又は借入金に依る所の財源を全然計上致さなかったのであります、御承知の通り我國の財政は久しきに亙って、年々尠からざる公債又は借入金を財源と致し、辛うじて歳入歳出の均衡を維持し來ったのでありまして、現に昭和四年度豫算に於きましても、九千百餘万圓の公債發行を豫定して居ったのみならず、規定の財政計畫に依りますれば、昭和五年度以降に於ても、毎年相當巨額の公債財源を要することになって居ったのであります、此事たるや實に帝國財政の非常なる弱點でありまして、内外の信用に影響すること尠からざるのみならず、特別會計に於ける公債新規發行額の累増と相俟って、公債總額の遞増殆ど其止まる所を知らず、爲に財界を壓迫致しまして、産業の發達を阻害し、公債の信用を毀損し、公債の元利拂に對する國民の負擔を加重するに至るのであります、故に政府は昭和四年度豫算を實行するに當りまして、緊縮節約に依って公債の發行を出來るだけ減額し、更に昭和五年度一般會計豫算の編成に當りましては、前述の如く公債財源に依ることを全然廢止してしまったのであります、斯の如きことは大正四年度以來十五箇年の間、絶えて見るを得なかった現象でありまして、政府は昭和五年度豫算の編成に臨み、斷乎たる決心以て之を遂行したる次第であります、公債又は借入金と云ふものを全然計上してない所の豫算が、如何に財政の基礎を鞏固ならしめ、如何に帝國の經濟的信用を高むるに效果があったかと云ふことは、茲に多言を要せぬ事柄でありまして、財政緊縮の斷行と相俟って、金解禁の實現に向って極めて良好なる效果を齎らしたと云ふことは、天下周知の事實であります、而して政府は將來に向っても、尚ほ此方針を持續する決心であります、又特別會計に於ても、公債發行豫定額を半減致し、總額五千五百餘万圓の程度に止めたのであります、斯の如く政府は昭和五年度豫算の編成に當り、國債整理の計畫を樹て、原則として其總額を昭和四年度末の現在豫定高、即ち約六十億圓より増加せしめざるのみならず、却って漸次之を減少せしむるの方針を立てたのであります、即ち昭和五年度に於ける國債の償還額は、從來の規定に依る分八千四百餘万圓の外に、新たに獨逸から受取るべき賠償金年額六百餘万圓を充當することヽし、結局國債償還總額は九千餘万圓と相成り、同年度に於ける特別會計の新規發行公債五千五百餘万圓を差し引きましても、三千五百餘万圓だけ此關係に於ては國債の減少を見る計算でありまして、公債政策上一つの新紀元を劃することヽなるのであります、尚ほ公債整理上の懸案でありました所の、各特別會計よりの國債償還金の繰入は、愈々昭和五年度から實行することに致しまして、多年の問題は茲に解決を告ぐることヽなるのであります

　第三は地租の改正であります、地租の課税法を改むると云ふことも、又昭和五年度の豫算案に現れたる一つの新たなる事實であります、大正十五年の一般的税制整理に際し、地租の課税標準を土地の賃貸價格に改むると云ふ方針を立てまして、土地賃貸價格調査法を制定し、之に基いて賃貸價格の調査を致したのでありまするが、其調査も既に終了を告げて居りますので、政府は之に依って賃貸價格を以て課税標準とする地租法を、近く提案致しまして、國民負擔の公正を圖る考であります

　第四は義務教育費國庫負擔金の増額であります、政府は國民負擔の現状に顧み、義務教育費國庫負擔金を増額すると云ふことが、極めて緊要の政策であると云ふことを認めまして、現在の負擔額七千五百万圓に更に一千万圓を増加して、八千五百万圓と爲し、之に依って生ずる所の地方財政の餘裕を以て、地方税の輕減を爲さしむることヽ致したのであります、義務教育費國庫負擔金は大正七年始めて一千万圓を計上し、大正十二年に三千万圓を加へ、大正十五年及び昭和二年に三千五百万圓を増額し、現在に於ては合計七千五百万圓を國庫から支出して居ると云ふことは御承知の通りであります、然るに近時義務教育費の増加に伴ひ、市町村税の負擔は著しく加重致しまして、是が輕減緩和の途を講ずるの必要を認めましたので、今囘更に一千万圓の増額を計上したのであります

　第五は鐵道運賃の引下であります、是は特別會計の關係でありまするが、政府は國民生活の安定を圖り、産業の發達に資するが爲に、各種重要貨物の運賃引下げを行ふの必要が、極めて緊切なるものあるを認めまして、社會政策の立場から生活の必要品に對し、又産業政策の立場から重要原料品に對し、更に農村振興の立場から肥料等に對し、鐵道財政の堪へまする範圍内に於て總額約六百餘万圓の運賃引下げを行ひまして、昭和五年度から實施することヽ致したのであります

　以上述べたる事柄は中央財政に關する重要なる事項であります、政府は内閣組織以來中央財政に對すると同一の方針の下に、多年膨張を重ね來った所の地方財政に付きましても、亦一大整理を行ふの急務なることを認めまして、各地方の公共團體に對し、財政の整理緊縮竝に地方債の許可方針に關する訓令を發しますると共に、昭和四年度豫算の經理に當りましては、極力緊縮の方針を執るべきことを勸告致しました結果、道府縣市町村を通じまして規定豫算の總額十八億九千二百餘万圓に對し、二億三千九百餘万圓、即ち總額の約一割二分を節約することを得たのであります、尚ほ昭和五年度の豫算に付きましても、更に一層緊縮の實を擧げしむることに努力を致しておりまするに依って、此年放漫に流れ來った所の地方の財政も茲に全く膨張の勢を阻止せられ、其基礎を鞏固にすることが出來ると信じて居る次第であります、又地方債の許可に關しましても、眞に緊急避くべからざるものヽ外は之を許可しないことに致しまして、地方債増加の趨勢を緩和するの方針であります　

　政府は右申しました通り、自ら中央地方の財政を緊縮し、公債を整理したるのみならず、財政經濟上の難局に對する一般國民の自覺を促し、消費節約、勤儉力行を奬勵し、以て金解禁の準備に資すると共に、國民經濟の根柢に培ひ、國力伸展の素地を造るの極めて緊切なることを認めまして、全力を擧げて是が實現に從事したのであります、是と同時に公私經濟緊縮委員會を設置し、中央と地方とが相呼應して本運動の實效を収むるに努力したのであります、此運動は幸に致しまして多數の識者の協力と、國民全般の理解とを得まして、比較的短時日の間に人心の緊張を見て、克く其效果を奏し、消費節約、勤儉力行の氣分は全國を風靡するに至りまして、金解禁問題解決の機運を促進するに與って大いに力のあったと云ふことは、何人も否む能はざる所と信ずるのであります

　金の輸出解禁の實行は、政府の重要政策の一として夙に之を中外に聲明し、内閣成立以來著々之が準備を整へ、既に申述べたる通り財政緊縮、公債整理、消費節約の諸事項を實行すると共に、漸を逐うて在外正貨の充實を圖り、昨年六月の末、即ち現内閣成立の直前に於て、在外正貨の總額は僅に八千三百餘万圓に過ぎなかったものを、其後爲替相場の強調を機として、徐々に在外資金を増加せしむるに勉め、昨昭和四年十一月即ち金解禁に關する大蔵省令發布の當時に於て、其總額は既に三億圓を突破することになったのであります、此の如く我が在外正貨の地位は極めて鞏固なるものあるに加へまして、尚ほ海外金融中心市場との連絡を密接に致し、且つ一般國民に向って十分なる安心を與へまするが爲に、別に英米兩國の市場に於て横濱正金銀行と英米銀行團との間に一億圓の信用設定契約を締結致しまして、又英米の中樞銀行からは特に日本の金解禁に對し、精神的の協力支援を吝まざる旨の好意を表明せられたのであります、一面に於きまして昨年の外國貿易は著しく改善せられ、輸出入の總額四十三億六千四百餘万圓に達したるに拘らず、輸入超過の金額は六千七百餘万圓に過ぎなかったのであります、之を一昨昭和三年の輸出入の總額四十一億六千八百餘万圓に比較致しますれば、貿易の總額に於て増加したるにも拘らず、輸入超過の金額は一億五千六百餘万圓を減じ、尚ほ昨年の内地入超額に朝鮮と臺灣との分を加算致しましても、入超の總額は一億七千餘万圓に止まり、國債貸借上の改善は誠に顯著なるものありと申さなければなりませぬ、斯くて各種の條件の好轉に伴ひまして、爲替相場は堅實なる歩調を以て漸次騰貴致し、次第に平價に接近するに至ったのであります、是に於て内外諸般の準備全く整ひ、今や金解禁を實行するも之が爲め經濟上憂慮すべき事態を惹起するの虞なしとの確信を得ましたるに因って、政府は昨年十一月二十一日金の輸出取締解除に關する大藏省令を公布し、本年一月十一日から解禁を實行致したのであります、斯くて我國は茲に名實共に完全なる金本位制度の復活を見るに至ったのであります、大正六年九月以来茲に十二年餘の星霜を經て金輸出禁止の障壁は撤廢せられ、國際經濟の常道に復することが出來たのでありまして、邦家の爲め御同慶に堪へざる所であります、是は畢竟國民全體の理解と協力との賜でありまして、私の衷心より深く感謝の意を表する所であります

　金解禁の實行に當りましては前に述べたるが如く、官民の協力一致を以て十分なる準備を整へたのでありますから、解禁に伴ひ何等憂ふべき情勢を生じないことは政府の疑はざる所でありましたが、昨年の十一月解禁の豫告後及び本年一月十一日解禁實施の當時竝に其後の財界は大體に於て平穏順調に推移しつヽあるのでありまして、此點は政府の最も滿足する所であります、併ながら金の解禁は我が財界が經濟の常道に復歸せる所の更生の第一歩に過ぎないのでありまして、我が國民は是より此更生したる基礎の上に立って、國民經濟の堅實なる發展に向って眞剣なる努力を繼續し、以て國際貸借の改善、金本位制度の擁護に勉めなければならぬと考へます、是れ實に官民共同の責任であるのであります、故に今後に於きましても政府は中央地方の財政に對して緊縮の方針を持續し、更に進んで國民と共に産業の振興、貿易の發展に向って專ら努力を致さんと欲するものであります

　此趣旨に基いて産業の合理化、其他産業の振興に關する重要事項を調査審議するが爲、政府は臨時産業審議會なるものを設け、尚ほ是が實行機關として政府の部内に一部局を設置することを決定したのであります、而して政府が差當り緊急と認めて審議を求めんとする事柄は、或は企業の統制、能率の増進、基礎工業の確立、原始産業の經營改善、國産品愛用の奬勵、或は産業金融の改善、販賣方法の合理化等の諸問題でありまして、本邦産業界の如く亂雑にして規律に乏しく、互に無謀の競爭を事として粗製濫造の弊に陥り易い現状の下に於ては、投資の重複を排除し、生産費の低下を圖り、品質の整齊、優良を期するが爲に企業の合同、又は聯合を促して之を統制するの必要があると考へます、唯々不當なる操業の短縮であるとか、或は賣價の協定に依って濫に消費者を壓迫するが如き弊害は、勿論勉めて避けなければならぬのであります、能率の増進に付きましては事業の科學的管理經營、製品の規格統一、製品及び生産過程の單純化等、幾多講究すべき事項があります、若し夫れ産業金融の改善に関しましては、中以下の農工商業者の金融を圓滑ならしむることが、最も切實なる問題であると思ふのであります、是が爲には或は低金利資金の融通、或は信用組合の改善、或は公設質屋の増設等各種の案を講究實行せんければなりませぬけれども、普通銀行をして適當の方法に依って其の方面の金融を爲さしむると云ふことも亦有效なる方法の一つであると云ふことを信ずるものであります、政府は此點に付きましても鋭意講究を懈らない方針であります、之を要するに本邦商品の生産費を低減せしめ、世界的貿易市場に於て各國の商品と競爭して、優勝の地位を占むるにあらずんば、國際貸借の根本的改善は望み得られぬのでありますから、政府は凡ゆる方法を以て國民と協力し、其目的の達成に勉むる考であります

　其他政府は昭和五年度豫算に於て國産振興に關する經費を増加し、重要なる基礎工業の製造奬勵金を増額すると共に、輸出補償制度を實施するが爲、別に豫算を要求してあるのであります、願ふに國際貸借改善の一つの方策と致しまして、本邦商品の販路を開拓し、輸出貿易の振興を圖るが爲、輸出の補償制度を實施することは、最も時宜に適したる政策と信ずるのであります、本制度に關する詳細なる説明は之を他の機會に讓ります、又我が貿易外収入の大宗たる海運の發展を圖るが爲、政府は國際貸借審議會の答申を基礎とし、多年要望されたる所の船舶の金融に關する施設に付て計畫を樹てつつある次第であります

　諸君、失業問題の解決が各種の社會政策的施設の中、最も重要なる部分を占むるに至るの趨勢にあると云ふことは、近時に於ける社會上、經濟上の状態に照し、極めて明瞭であると信じます、元來此問題の根本的の解決は財界の安定、産業の繁榮に俟つの外良策はないのであります、隨って政府は金解禁問題の解決を始め、財政經濟上諸般の政策を講究實施致しまして、鋭意國民經濟の更生と、産業貿易の堅實なる發達とに努力するの方針でありますが、尚ほ當面の失業防止及び救濟に關しましても、是が對策の講究施設を懈らないのであります、即ち昭和五年度豫算に於ては一般に緊縮の方針を嚴守したるにも拘らず、新に職業紹介事務局を増設しまする等、公益職業紹介機關を整備充實し、其機能の發揚に勉むるの外、更に社会政策審議會答申の趣旨を採用致しまして、先づ中央竝に主要地方に向って事業調節委員會を設置し、公私事業の調節に關する事項を調査講究致しまして、以て失業の緩和に資するが爲、既に昭和四年度から之を實施致し、昭和五年度に於てもそれぞれ是が豫算を計上してあるのであります、尚ほ大正十四年度以來毎年冬季に、六大都市に於て自由勞働者の失業救濟に付て相當の施設を行って居りますが、政府は本年度から其施行の時期、地域、事業の種類竝に救濟さるべき失業者の範圍等に付て、相當の擴張を行ひまして、一層救濟の實を擧ぐるに勉めて居るのであります、其他失業の防止竝に救濟に關しては、社會政策審議會より適切有益なる所の答申に接して居りまするに依って、政府は右の趣旨を參酌し、事情の許す限り適當なる施設を講ぜんことを期して居る次第であります、又救護法に關しましては、財政上の都合の付き次第之を實施したいと考へて居ります

　次に勞働組合の健全なる發達は産業の平和的進展の基礎を成すものでありまするに依って、組合法の制定に付きましては、社會政策審議會の答申に基いて、各方面の意見を參酌致し、關係當局に於て目下愼重に考究中であります

　次に海運業の發達は我が國力の消長に影響する所極めて大なるものがあります、而して海運業を隆昌ならしむるには、申す迄もなく船員の保護を厚くし、安んじて其職務に從事せしむるの必要があります、然るに現在の船員保護の制度は未だ十分なりと謂ふことを得ないのみならず、陸上勞働者に對する保護に比較致しまして、權衡を失するもの頗る大なるものがあります、海運政策上からも言ひましても、亦社會政策の見地から言ひましても、適當なる船員保護の制度を確立することは、刻下の急務であると信ずるのでありますから、船員保險法案を近く議會に提出する目的を以て目下準備中であります

　米穀調節の問題は農家經濟及び一般國民生活の安定と離るべからざる重大の關係があるのでありまして、是が根本的の調査を遂げ、確乎たる政策を樹立することは、緊要缺くべからざる時務と信じまするので、現内閣は米穀調査會に對する前内閣の諮問を繼續致し、同調査會も亦其意を體して鋭意調査研究中でありまするが、何分にも御承知の通り問題の性質が極めて重大且つ複雜でありまするが爲に、未だ答申に接するの運びに至って居りませぬ、政府は近く其答申を俟って適切なる方策を講ずる考であります

　小作問題に付きましては我國現在の法制が小作事情に適切でないものがあると云ふことを認めまして、政府は小作調査會の答申に係る所の小作法制定要項に基いて研究を進めると共に、社会政策審議會に諮問した所、同審議會は右要項に由って小作法制を整備すべき旨を答申をして參ったのであります、仍て政府は成案を得次第、小作法案を議會に提案する考であります

　肥料は農業生産費中最も重要なる地位を占めて居りまするから、是が廉價供給を實現する事を得ましたならば、農家經濟の改善上其效果頗る大なるものがあると信じます、仍て政府は前に述べましたる所の鐵道運賃引下げの外、更に肥料に關する對策の一として其配給改善の方策を樹て、之に要する經費を追加豫算として議會に提案する豫定であります

　諸君、綱紀の粛正は庶政更張の基調を成すものでありまして、又實に民心を振作し、思想を啓導する所以であります、犯罪に關する事柄は、公正なる司法權の發動に依って嚴に之を遮斷すべきでありますけれども、綱紀問題は單に司法權の手にのみ委ねて晏如たるべきものではないと考へます、即ち朝野心を一にし、官民相警しめ、進んで風教を振作し、社會各方面の浄化に努力せんければならぬと思ふのであります、近時に於ける政界の汚濁は、我國憲政の爲め洵に遺憾に堪えざる所であります、其原因は固より一にして足りないと考へまするけれども、教育を始めとし、直接又は間接に選擧に關係を有する所の諸般の制度が不完全であると云ふことと、選挙の費用が多額に過ぐると云ふこととが、其最も大なる原因を成すものであると云ふことは、天下の定論と申しても差支ないと信じます、此故に政界を根柢より廓清せんとするには、教育其他選擧に關係を有する所の諸般の制度を革正して、是等の弊竇を除去することが最も急務であると信じます、併ながら此種の調査は研究事項の範圍が頗る廣汎且つ複雜に渉って居りまして、政府の當局の單獨なる力を以て之に當ることは不十分たることを免れませぬに依って、廣く各方面の知識經驗を網羅し、愼重なる調査研究を遂ぐるの必要があるのであります、仍て政府は深く茲に稽ふる所がありまして、衆議院議員選擧革正審議會なるものを設けまして、選擧革正に關する諸般の事項に付て、十分なる審議を遂げしめ、其結果を實行することに依って政界の浄化を圖り、以て憲政の發達と綱紀の粛正とに貢献したいと考へて居る次第であります

　近來世局の變遷に伴ひ、國民思想の動揺を來し、矯激なる外來思想の影響を受けて、動もすれば我が國體竝に國情と絶對に相容れない所の共産主義を信奉して、刑辟に觸るヽ者を生ずるに至りましたことは、邦家の爲め洵に痛恨に堪えざる所であります、元來危險思想の防遏に付ては、其發生の原因を根本より闡明して、之を一掃するの途を講ずるの必要があるのであります、仍て政府は政治上教育上及び社會上其他諸般の施設を講じて、益々國體觀念の涵養に留意し、國民精神の作興に勉め、又公明なる政治を行ふことに依って、國民思想を啓導することに專念致して居る次第であります、是と同時に、苟も我が國體の大本を破壊せんとするが如き、不逞不法の行動を爲す者に對しては、法の命ずる所に從ひ、斷乎たる態度を以て徹底的に是が取締を励行して居るのであります、然るに近時青年學生にして共産黨事件に連座せる者多數を見るに至ったことは、實に聖代の不祥事でありまして、邦家の爲に深憂に堪へざる所であります、政府は此際特に意を教育に用ひ、青年學生の思想を善導して、健全なる知識の修得と、訓育の徹底とを期せんが爲に、それぞれ適切なる對策を定め、以て教育の眞目的を達成するに努力しつヽある次第であります

　帝都復興の事業は世界に類例のない所の曠古の難事業でありまして、著手以來國帑を費すこと約八億圓、歳月を經ること約七年、而して昭和四年度を以て殆ど竣成を告げんとして居るのであります、囘顧致しますれば、大正十二年九月稀有の大震災が關東を襲ひまして、家屋の倒壊夥しく、人命の損傷亦幾万なることを知りませぬ、續いて帝都は猛火に包まれ、其大部分を擧げて焦土と化し去ったのであります、當時の政府は直に臨時議會を召集し、其協贊を經て復興の事業に著手を致し、爾來歴代の内閣の手に依って略々豫定の歳月を以て之を成就し、來る三月下旬には復興帝都に畏くも　陛下の御巡幸を仰ぎ奉り、尚ほ復興完成式典にも御親臨を御願ひ申上げました所、嘉納あらせられたる旨、御内沙汰に接したと申すことであります、吾々寔に感激に堪へざる次第であります、惟ふに斯の如く短時日の間に克く帝都復興の大業を完成したることは、是れ全く官民一致努力奮勵の結晶とも云ふべきでありまして、此事實を茲に報告し得ることは、政府の深く喜ぶ所であります、以上は内外重要の國務に關し、政府の所見の大要を申述べた次第であります、時局重大の際、將來に向って爲すべき事項は尚ほ極めて多いことを感ずるのであります、是等は緩急を計り、宜しきに從って之を實行したいと存じます、尚ほ外交問題に關しては外務大臣より、又財政經濟の事項に關しては、大藏大臣より、それぞれ詳細に紹介説明する筈であります、諸君、何卒政府の意の存する所を諒とされんことを希望致します