[内閣名] 第27代濱口（昭4.7.2〜6.4.14）
[国会回次]（帝国）第59回（通常会）
[演説者] 濱口雄幸内閣総理大臣（代理幤原喜重郎）
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1931/1/22
[貴族院演説年月日] 1931/1/22
[全文]
諸君、濱口内閣總理大臣は、昨年十一月十四日不慮の難に遭はれ、目下療養中でありますが、幸に經過良好でありまして、遠からず當議場に出席し、御目に掛ることが出來るであらうと存じます、私は内閣管制第八條に依り、内閣總理大臣臨時代理を仰付られ、本日茲に第五十九囘帝國議會に臨みまして、政府所信の概要を陳述致しますることは、私の最も光榮とする所であります
過去一年間を通じて國際政局上、最も重要なる出來事は、倫敦海軍條約の締結であります、同條約は昨年四月二十二日、日・英・米・佛・伊の五國全權委員の間に調印を終り、日・英・米三國の關する限り、批准書全部の寄託を了し、舊臘三十一日より完全に其效力を發生することヽなったのでありまして、世界三大海軍國の協力に依り、茲に國際平和に新たなる保障が加はるに至りましたことは、洵に慶賀に堪へぬ所であります
御承知の如く倫敦條約は大正十一年の華府條約と相俟って、外は製艦競爭に伴ふ危險を防止し、以て主要海軍國間の友好關係に新生面を開くと共に、内は國費を輕減し、以て民力の休養に資する所尠なからざるものあることは今更申す迄もありませぬ、此條約の物質的竝に精神的效果を永く維持し、更に進んで之が擴充を圖ることは、關係列國の重要なる責務でありまして、將來に對する全世界の希望も亦繋って此點に存するものと信じます
隣邦中華民國の内亂は昨秋漸く終局を告げ、目下同國政府は鋭意國内秩序の囘復と、諸般施政の刷新とに努力致して居るものと認められます、民國の和平統一は、獨り同國民の幸福たるのみならず、列國に於ても亦齊しく歡迎する所であります、帝國政府は夙に日華兩國の親交に重きを置き、其關係の愈々圓滿に伸展せんことを期して居る次第であります
帝國と歐米各國との關係は滿足なる状態に在りまして、今後益々密接鞏固を加ふべきことは確信を以て期待し得らるる所であります
昭和六年度の豫算に付きましては、財界竝に國庫歳入の状況に顧み、既定經費に對して極力整理節約を加ふると共に、新規事業は眞に緊急已むを得ざるものを除くの外、一切之を認めないことに致したのであります、斯くして編成せられたる昭和六年度總豫算は、歳出十四億四千餘万圓、之を昭和四年度總豫算歳出に比較するときは、三億二千餘万圓の減額となるのであります、斯の如く財政の調理困難なる時ではありますが、我が國防に遺憾なからしむる爲め、昭和六年度以降數年に亙る海軍兵力の整備計畫を樹てたのであります、斯の計畫は眞に緊要なる事項のみを整備せんとするものでありまして、之に依り國防の骨幹は一先つ整ふ次第であります
尚ほ政府は民力の涵養を圖るの急務なることを認めまして、海軍條約の成立に伴ひ豫て軍艦建造の爲に留保せられたる財源の内より、昭和六年度以降昭和十一年度に至るまで、初年度九百餘万圓、平年度約二千五百万圓の減税を行ふことに定めたのであります
公債に關しては、獨逸賠償金を國債整理基金に繰入るることを當分の内中止したる外、大體前年度の方針を繼續せんとするものであります、併ながら失業者の救濟は國家緊切の要務でありまして、夙に地方に於ては之に關する事業に就き起債を緩和するの途を開いたのでありますが、國家に於ても相當の計畫を樹つるの必要を認めまして、一般特別兩會計に於て既定の起債額以外に、相當額の公債を一年度限り發行することヽ致したのであります、但し之に依て財界を壓迫することを慮りまして、之を公募に待つことを避けたのであります
金解禁決行以後の經濟状況を概觀致しまするに、我が財界は建直しの中途に於て世界的の不景氣に遭遇したる爲め、朝野を擧げて一時は不安の氣分に襲はれたのでありますが、其間に於て産業の合理化、國産愛用の奬勵、金融の調節、失業の救濟等種々の對策を講じたる結果人心は漸次安定するに至ったのであります顧みますれば昭和五年の一年間は財界一般に多難の時でありましたが、全世界を通ずる不景氣の中に於て、我國獨り其例外たることを得ませぬ、此際朝野共に堅忍不抜の精神を以て此難局に處するの覺悟が特に肝要であると考へます、我國の歴史に鑑みまするに、國民は從來幾度か今日以上の艱難に逢著して、能く其試錬に耐へ來ったのであります、斯かる國民の元氣は、今尚ほ決して衰へて居ないことを信じて疑ひませぬ
飜って廣く行政財政の現状を看まするに、急激に減少したる國費と、國務執行との調和を圖り、今日の行政組織を改正して、國民經濟の現状に適合せしむることは極めて必要であると考へます、又税制に付ても改正を要する點があると思ひます、仍て政府は將來に向って行政を刷新し、財政の基礎を一層鞏固ならしめ、國民負擔の公正を圖らんが爲め、來年度早々行政財政及税制に關する調査會を設け、速に整理の實を擧げんことを期する次第であります、茲に整理と申すのは單に緊縮節約のみを意味するのではありませぬ、調査檢討の結果、冗を省き要を存し、或は産業の振興に、或は社會政策の實行に全力を傾注し、由て以て時代の要求に對應せんとするの趣旨であります
恩給制度の改正は、多年の懸案でありまして、最早久しく放任すべきものではありませぬ、此問題も政府の速に解決せんとする行政整理の主要なる一項目であります
陸軍軍制の改革に關しては、一昨年八月以來、陸軍當局に於て軍制調査會を設け講究中でありましたが、最近に至り國際聯盟に於て陸・海・空の三軍を通ずる軍縮本會議を召集するの機運も熟して參ったので、之をも考量して審議するの必要を生じ、目下其趣旨に於て引續き研究を進めて居るのであります
之を要するに今日の時勢は漫然諸種の經費を膨張せしめて、事業を濫興せしむべき秋ではありませぬ、一には民力を培養して他日の伸展に備へ、一には財政經濟の基礎を鞏固にして、國力の充實を期することが刻下の急務であると確信するのであります、政府は以上の方針を以て豫算を編成し、諸法案を提出し、又今後に期せんとする次第でありますから、何卒政府の意の存する所を諒とせられ、愼重審議各案に協贊を與へられんことを望む次第であります