データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第29代犬養(昭6.12.13〜7.5.26)
[国会回次](帝国)第60回(通常会)
[演説者] 犬養毅内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1932/1/21
[貴族院演説年月日] 1932/1/21
[全文]

 諸君、第六十囘帝國議會に當りまして、一言政府の所信を述ぶることは、私の光榮とする所であります

 昨臘不肖恭しく大命を拝しまして内閣を組織致した以來、夙夜兢業輔弼の責任を全うせんことを冀って居ります、内外の國務に當りたる際、圖らずも不祥事件に遭遇致して、恐懼措く所を知らず、直に闕下に伏して辭表を上りました所、聖仁洪大なる御諚を蒙りまして、時局重大の際なるが故に留任せよ、斯う云ふ厚き御沙汰を蒙りました、退いて熟慮審思致しました、此際更に進んで責任を盡し、益々粉骨碎身、事效を以て聖恩の萬一に報い奉ると云ふことが當然ではないかと、斯う私共閣議を決定致しました、此決定を以て留任の御受を申上げて、再び國務を執ることになったのであります、即ち粉骨碎身して、更に進んで責務を盡すと云ふことはどうするのであるかと云へば、即ち將來斯る不祥事件が再び起ってはならぬ、再び起らしめざるまでに萬全の處置を執ると云ふことが一番の急務ではないかと、斯う私は信じたのであります、外に於ては滿洲事變の解決、内に在っては經濟界大混亂の拾收、此責任は最も重大なるものであって、吾々は之に對して力及ぶだけ粉骨碎身して進むと云ふことが、此際臣節を全うする所以であると、斯う確信致したのであります、是が留任致すと云ふことの顛末の大要であります

 それから滿蒙に於ける今囘の事變は、最も重大なる問題でありまするが、錦州の東北軍撤退致しましたので、先づ是で大要一段落は著いたのである、大要一段落は著きましたが、吾々の目的たる滿蒙の天地を、内外人安住の場所にすると云ふことの、此大きな仕事は、引續いて今後に俟つべきもので、中々今日容易のことではないのである、で之に向っては無論今後共著々進んで參るのであるが、併ながら吾々は隣邦に對して領土的野心は少しも持って居ない、是は何處までも持っちや居ない、又吾々の望む所は何であるかと云へば、既存條約の尊重である、既得權益の擁護である、此以外には出ぬのである、是が建前でありまして、我國策の根幹たる滿洲に於て門戸開放は即ち此基礎の上に打立られて、門戸開放されて居る、斯う云ふものにしたいのである、是が出來ますれば東洋の平和の即ち確保が出來、特有の文化を廣げて、延いては世界人類の文明に貢獻することが出來るのである、斯う云ふ方針を以ちまして、日華兩國間の永遠の關係を定めたい、此考を以て進んで居るのであります、此根本が定まらなければ、一度騒亂が收まっても、幾多の波瀾を亦度々起さなければならぬと云ふ有様になって來る、それ故に此際に於て此根本に向って力を加へまして、さうして兩國間の關係を定めたい、是が即ち今日の滿蒙に於ける仕事であります、此大目的の爲に酷寒の地に働いて居る所の我が軍隊の將士、之に對しては御互に最も深厚なる敬意を表しなければなりませぬ、殊に政府は各地方長官に命じまして、是等將士の家族に十分に保護を加へろ、又遠隔地に在る者に後顧の憂なからしむる爲には、此家族に向って各地方に於て十分保護を加へろ、是が即ち國家即一家族、國家が一家族であると云ふ日本特有の美風、之を發揚すると云ふ為には、斯様な際に最も力を盡すべきものである、斯う云ふので地方官にも命じて居ります

 政府は内外の情勢に鑑みまして、組閣の劈頭に金輸出禁止を行ひ、竝に兌換停止を斷行したのであります、是は言ふまでもなく之で正貨の流出より生ずる所の危難を防止し、産業の大崩懐、之を避けて──産業の崩懐を避け、而して國民生活安定の新活路を開拓すると云ふ意味で、眞先に之を行ったのであります、金輸出再禁止に依って總て經濟界の行詰った状態を一變しまして、さうして此基礎の上に立って、吾々の主張する所の經濟政策を、段々此上に建設して行く、斯う云ふ順序になって居る

 國内政治の全般に關しては、吾々が在野時代に於て既に屡々宣明した政綱政策、此綱領なるものがある、此政綱政策の中に付て、時宣に應じて緩急を圖って、さうして著々之を行って行く、之を實際に示して行く、斯う云ふ順序になって居ります

 最近農工商各業を通じ疲弊困憊の極度に達し、幾多の失業者を簇出して居ることは深憂に堪へない、殊に東北地方の窮状は御承知の通り同情に堪へない、是等の事態は米穀、竝に蠶絲を始めとして一般物價が激落し、金融も亦極度に梗塞した結果斯様になったのでありますが、此恢復は最も急務と認めて居るのであります、政府が此救濟策を立てるに當っては、國家經濟の大本に基き、各部分を整備統制するのであります、即ち内に在っては産業助長の積極政策を採り、外に向っては、關税を整調して貿易の増進に資すると云ふ針路を採って居ります、勿論産業の振興に付ては、特に金融との緊密なる聯繋を保ち、其何れにも偏重せざるように留意するのであります、而して是等の施設を昭和七年度の豫算案に於て實現すると云ふことは、議會開會前に内閣が潰れまして餘日が無い爲に、已むことを得ず大體に於て前内閣の立案を踏襲せざるを得ざる有様になって居ります、唯々彼の増税──彼の主張して居る所の増税は、國民生活の實情に鑑みて、此増税計畫は止めてしまふ

 それから國民思想の問題になります、現下の生活の不安が、直に延いて國民の思想を險惡にならしめる所以である、凡そ思想はどうすれば宣いか、是は廣汎に亙って随分大問題であります、凡そ健全なる思想は相愛共存の心であり、此心の發生する根本道念の涵養は何處かと言ふと、宗教及び教育に待たなければならぬのである、其教育なるものも、極めて廣汎なもので、其所謂形を成して居る教育は、先づ家庭に源を發するのである、繼いで小學に於て素地を作る、斯う云ふのであるから、此道念涵養と云ふ根本に突込むが爲には、どうしても小學教育、師範教育の改善に俟たなければならぬ、無論教育者は教育勅語の御主旨を服膺して、之を根本とすると云ふことは勿論であります、併ながら之を根本として感化を及ぼすと云ふことは、身を以て之を率ゐると云ふより外に仕方がない、それで教育はどうしても身を以て率ゆるのである、それ故に此小學の教育、即ち科目の教授に當る人に、師範教育の改善を致しまして、さうして之に當る人が各自の信念、或る信念──一種類ときめるのでない、各自の信念を體得して、此體得上より兒童の頭に持って行って感化を及ぼすと云ふことに努めさしたい、此意味で進んで參った、是ばかりでは總てが改善出來るとも存じませぬが、即ち改善の一部分は斯様なものから著手する、斯う云ふ考であります

 それから行政の刷新、是は詰り行政機構を極めて簡易單純にすると云ふことが目的なので、極めて簡單に、極めて簡捷になして行く、さうして各部の官吏をして其統制の下に綱紀を振肅して行く、斯う云ふ有様で引締めて參れば、上長の命令は下僚にまでずっと一貫して行くと云ふ有様になるのであるから此大改革を爲して見よう、此事務を簡捷にすると云ふことは、各官廳に接觸する所の國民に對して、多大の便宜を與へると云ふことを吾々は信じて居るのであります

 外交問題に對しましては外務大臣から十分御話致します、又經濟問題、殊に金輸出再禁止の問題に對しましては、大藏大臣から十分の説明を致されることヽなって居ります、政府の意の在る所を諒とせられんことを希望致します、之を以て終りと致します