[内閣名] 第30代齋藤(昭7.5.26〜9.7.8)
[国会回次](帝国)第63回(臨時会)
[演説者] 齋藤實内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1932/8/25
[貴族院演説年月日] 1932/8/25
[全文]
諸君、當議會に於きまして再び諸君と相見え、政府の所信に付て陳述することを得まするのは、私の光榮とする所であります、
外交の事項に付きましては、新興滿洲國が益々健全なる發達の道程を進みつヽあることは、善隣の誼最も深き我邦として、慶祝に堪へざる所であります、前囘衆議院に於て之を速に承認すべしとする決議がありました通り、政府は帝國獨自の立場に基き、出來得る限り速に正式の承認を與ふる決意の下に、目下萬般の準備を整へつヽある次第であります
在滿帝國諸機關の圓滿なる連絡統制の爲に、適當なる施設を行ふことの緊要なるは、夙に認められたる所でありますが、今般取敢へず現在諸機關の主腦には同一人之に當り、滿洲に於ける現實の事態に應じ、必要にして適切なる措置が講ぜられるヽことヽ相成ったのであります、而して事變勃發以來既に一年に近く、此間滿洲の荒野に在って困苦に堪へ忍び、兵匪の鎭定に從事して、治安の恢復に盡瘁しつヽある將兵の辛苦に對し、重ねて深く感謝の意を表するものであります
諸君、不況困憊の難局に直面して、農山漁村及中小工業の窮状に對し、之が匡救策を講ずることは、今期議會の使命であります、現下の不況に付きましては、
天皇陛下夙に深く御軫念あらせられ、眞に恐懼に堪へざる所であります、而して今囘畏くも時局匡救の為に施藥救療及學術振興の資として、多額の内帑を御下賜あらせられ、聖恩の宏大なる、偏に感激に堪へませぬ、聖旨を奉體し、策勵力能く成果を收め、以て聖慮に副ひ奉らんことを期する次第であります、固より時局の匡救に適切なる施設を實現致し、人心安定の對策を遂行することが、現内閣の重要なる任務の一でありますから、萬難を排して是が達成を期しつヽあるのであります、然るに適々前期議會の衆議院に於きまして、通貨流通の圓滿、農村其他の負債整理、公共事業の徹底的實施、農産物其他重要産業統制に關し、必要なる諸案を提出すべき旨の決議もあり、政府も其感を同じうするものでありますが故に、出來得る限り決議の趣旨に副はんことを期しまして、爾來鋭意具體案の作成に努力し、茲に諸君の協贊を請ふべき時期に達したのであります
先づ政府は現下の梗塞せる金融の疏通を圖るが為め、産業資金等の供給と相俟ち、今後三年間低利資金を放出して、銀行及産業組合の不動産に固定せる資金を流動化せしむることヽし、之が資金融通に當る不動産銀行及産業組合中央金庫に損失を生じたる場合には、政府に於て之を補償することヽ致したのであります、固より此等資金の圓滿なる疏通は、産業組合系統に屬する各種機關の活動に俟つ所大なるべきは、言ふまでもないのでありますから、其機能を擴充し、其事業の發達を助長し、且つ之が活用を普遍的ならしめんことを期し居る次第であります、政府は又金利政策を採りまして、來る十月一日より郵便貯金利子の引下を行ひ、一般金利の低下を誘導して、金融の圓滑を圖らんとするものであります、豫算の實施と上述諸般の施設とに依り、通貨流通の圓滿を期せんとするものであります
次に農村其他の負債整理に關しましては、先づ以て一方には各種低金利資金に付て、本年度以降三箇年間に期日の到來すべき元利金及現に延滯せる元利金に對し、適當なる猶豫を與ふるの方途を講ずることヽ致したる外、一方には誠實なる債務者に負債整理に因る更生の機會を與ふるが為め、農村には隣保共助の精神に基ける負債整理組合を設けしめまして、計畫的組織的に負債の整理を行はせ、政府及道府縣に於ては之に對して整理資金を供給することヽし、又既存の金錢債務に付きましては、債權者債務者互讓に依る調停の制度を設くることヽ致したのであります
更に進んで政府は積極的に適切なる事業を起して生業を與へ、不況に沈淪せる窮状を打開せんが爲に、道路其他の工事と共に各般の農林土木事業を實施する等の方法を講じ、由て以て窮乏せる農山漁民に直接就勞の機會を與へ、遍く賃銀収入の途を開くに勉め、又軍需品の整備、艦艇船舶の起工等に依って、中小商工業者の救濟に資せんとする次第であります
尚ほ重要産業の統制に付きましては、其恆久的方策の如き、固より將來の考究に俟つべきものは尠くありませぬ、米穀に關しましては、曩に米穀部を農林省に設置し、鋭意根本方策の樹立に付て考究を重ねつヽある次第でありますが、臨時施設としましては、米穀需給調節特別會計の借入限度を増額し、以て米穀買入の資金を潤澤ならしむると共に、玄米及籾の貯藏を全國的に奬勵する等の方法を講じ、又蠶絲業に關しましては、應急的手段として差當り夏秋蠶對策を講ずると共に、製絲業刷新の爲め、製絲業免許制度を樹立せんとするのであります、而して中小商工業に對しましては時局の急に應ずるが為め、一層從來の統制施設を擴充し、其普及徹底を期することヽしましたる外、小賣商に付きましては、其共同施設に依って事業經營を改善し、統制を得しむるの目的を以て、商業組合の制度を設くることヽ致した次第であります
以上の外尋常小學校の經費に關して、負擔の輕減を圖ると共に、教育上の支障なからしむる爲め、尋常小學校費の臨時國庫補助を行ふことヽし、又移植民の保護奬勵、貧困者の醫療救護、小學校缺食兒童に對する食料支給等の施設を講じ、罹災救助の範圍を擴張する等、何れも地方に於ける疲弊を緩和し、窮乏打開の一方策たらしめんことを期するものであります
斯の如くにして昭和七年度に於ける時局匡救に關する經費を計上したのであります、尚ほ時局匡救に關する施設は、今後凡そ三年間を期限とする考でありまして、其間に相當巨額の經費を以て、之を行はんことを企圖して居る次第であります、而して豫算の計上に當りましては、全國各地方に普及するやうに勉め、而も各地方の實状に即しまして、救濟の厚薄は出來得る限り窮迫の輕重に應ぜしむることに致したのであります、斯の如き趣旨に依りまして、茲に必要なる追加豫算案及各般の法律案を提出する運びと相成ったのであります
惟ふに經濟界の不況は、自ら人心の萎縮を招き、人心の萎縮は又自ら不況を誘ひ、互に因となり果となりまして、益々不況を深からしむるのでありますから、殊に此點に付いて警めなければなりませぬが、幸にして今や疲弊窮乏の裡とは申せ、國民の間には國民自らの力に依って、不況克服の途を取らんとする自力更生運動の興りつヽあることは、眞に悦ばしき次第でありまして、政府も此堅忍不拔なる精神の作興に意を用ひ、此精神の下に於ける更生計畫の樹立實施に對して、相當の助成を致し、政府の施設と國民の自力更生と相俟って、衆心一致、此難局を打開するが爲めに邁進し、國力の充實伸張を圖らんとする次第であります、幸に此趣旨を諒とせられ、速に協贊を與へられんことを切望致します