[内閣名] 第30代齋藤(昭7.5.26〜9.7.8)
[国会回次](帝国)第64回(通常会)
[演説者] 齋藤實内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1933/1/21
[貴族院演説年月日] 1933/1/21
[全文]
諸君、茲に新春を迎へ、三たび諸君と相見えて、政府の所信を述ぶるの機會を得ましたことは、私の最も光榮とする所であります
帝國政府が既定の方針に基き、昨年九月滿洲國政府との間に日滿國交の根本を規律する議定書を締結し、列國に先んじて新國家に承認を與へ、兩國間に正式の國交を開くことヽなりましたのは眞に欣快に堪へざる所であります、同國は其後著々として健全なる發達を遂げて居るのでありまして、新國家を承認し其發展を助成することは、即ち滿洲問題を堅實なる基礎の下に解決する最善の方法なりとする帝國政府の見解の誤でなかったことを如實に示して居るのであります、蓋し國際信義を重んじ、隣接諸邦と協力提携して極東の安寧を維持し、延いて世界恆久の平和に寄與せんとするは、國際政局に處する帝國外交の根本方針でありまして、政府は之に依て益々列國との間に親善關係を持續し、人類の福祉と文明の進歩とに貢獻せんことを期圖するものであります、隨て政府は滿洲國建国の鴻業を大成せしむるが爲め、適當なる援助を與ふることに吝かならざるものでありまして、殊に同國の豐富なる資源を開發し、交通の便を圖り、其産業の振興を促進し、由て以て兩國經濟の提携を講じ、共存共榮の基礎を築き上げることは、刻下の要務なりと信ずるのであります
昭和八年度の豫算に付きましては、別に大藏大臣より詳細なる説明がある筈でありますが、一般會計豫算の總額は二十二億三千九百餘万圓でありまして、其内滿洲事件費總額一億八千六百餘万圓、陸海軍兵備改善に關する經費の増加額二億九百餘万圓、時局匡救に關する經費二億七百餘万圓であります、此等の經費は現下内外時局の關係上、眞に已むを得ざる支出と考ふるのであります、唯々以上の歳出豫算に對し、八億九千五百餘万圓の歳入不足額を生ずるのでありまして、其財源は之を公債に仰ぐの餘儀なきに至って居るのであります
此公債發行額が七年度に比し増加したる事實を見て、或は我邦財政の前途に對して危惧の念を抱く向があるやも計られませぬが、今日多額の公債財源を必要とするに至った原因を討ねますると、一方最近數年間に於ける經濟界の不況に基く租税其他の歳入の減少と、他方滿洲事件費、兵備改善費竝に時局匡救費等、歳出の増加に基くものであります、而して歳入の將來に付いては、財界が一たび好轉する暁には、漸次其増加を期待し得るのみならず、歳出の方面に於ても、滿洲事件費及兵備改善費は今後永く現今の如き巨額を要するものとは考へませぬ、且又時局匡救費も、今後二箇年間の支出に依り、所期の效果を擧げ得るものと信ずるのであります、斯の如く今日の歳入缺陷を持來して居る原因が、漸次除去せらるるに從って、収支の均衡を囘復し、數年後に於ける我邦財政は著しく改善せらるべきことヽ考へます、固より現下の歳入不足が相當巨額に達して居り、隨て収支均衡の囘復は、無爲にして之を望み得べきではなく、今後政府に於ても、亦一般國民に於ても、一層強き覺悟を以て之に當り、最善の努力を致さねばならぬことは、申す迄もない所であります
而して此公債増發に關聯して、通貨の著しき膨張を來し、爲に對外爲替の暴落、物價の暴騰等を惹起するやの懸念に付ては、今後公債増發を見るとも、日本銀行の通貨統制の作用に依って適當に通貨を囘収し、所謂インフレーシヨンの弊は之を避くることが出來ると考へます、又爲替管理の實行に付き、政府は更に廣範圍の權限を得べき方策を實施することヽ致し、之に依って我が圓價の將來の爲に適切なる效果を齎らすことを期して居るのであります
近時國民の一部に於て、我が國體と相容れざる危險なる思想を抱き、之を實行せんとする者のありますことは、洵に深憂に堪へない次第でありますが、又反動的に暴力的直接行動を爲さんとする者のありますことも、甚だ遺憾の至りであります、是が取締に付ては、政府に於ても十分考慮し、違算なからんことを期して居りますけれども、防遏は極めて困難なことであります、要は我が建國の精神に立脚せる國民の自覺、自省に俟たなければならない次第でありまして、此點に對しては今後も益々政治教育、其他各方面に於て思想の善導に努力し、不祥事の根絶を期したいと思ひます
農山漁村及中小商工業の匡救に付ては、曩に議會の協贊を經、應急對策として各種の事業を興し、現に實施中に屬して居りますが、其結果は地方産業の振興に依り、民心の安定に資する所尠からざるものがありますので、引續き昭和八年度に於きましても之を繼續して、益々匡救の實を擧ぐるに勉むる筈であります、中小商工業救濟の施設計畫も、為替低落に依る輸出の促進と相俟って、多年不況に沈淪した中小商工業の好轉に資する所多きを認めましので、更に一層組合制度の機能を發輝せしめ、以て中小商工業救濟の趣旨を徹底せしめんことを期して居ります
農山漁村に於ける更生計畫の樹立と遂行とは、現在の苦難を脱して將來の安定に就かしむる根基を爲すものでありますが故に、政府は特に農林省に經濟更生部を新設し、農山漁村經濟更生に關する諸般の方策を實施せしむることヽし、既に政府の經濟更生計畫樹立の方針を確立し、之に基いて地方廳及各町村それぞれ經濟更生計畫の樹立に當りつヽあるのでありまして、此計畫の完全なる遂行は、必ずや更生の實を擧ぐることヽ信ずるのであります、而して農山漁村の巨額なる負債が、其生活の重壓たるの現況に鑑みますれば、是が適當なる整理を爲さしむる事こそ、其經濟更生を圖る爲め喫緊なる要務であります、是が爲には負債者の自奮更生の誠意と、傳統の美風たる隣保共助の精神とを基調とすべきでありまして、其趣旨に依り、適切なる負債整理の實效を期し、農村負債整理法を提案する見込であります、政府は斯の如く各種の匡救施設を講ずると共に、國民の自奮自勵に基く生活の確立更生を期せしむるが爲に、國民更生運動を開始し、既に國民の間に興りつヽある溌溂たる此種の機運と共に、擧國一致、現下の難局を打開し、國家隆昌の基を築くに至らんことを期して居る次第であります
我が外國貿易に付きましては、近時改善の跡、既に顯著なるものがあり、之に伴って産業界は頓に活氣を加へ、如上地方匡救事業の進行と相俟って、景氣轉換の兆が現れるに至ったのであります、因て此機會に於て更に施設の充實を期すると共に、一方振興の機運の萠せる各種重要産業に對する助成策に過誤なきを期し、重要工業中本邦に於て確立を急務とし、且つ之に相當の施設を講ずることに依って、其確立の期し得べきものと認めらるヽ工業を選び、是が助成の方策を講ずる心組であります、而して産業發展の爲にも、其根柢を成すべき學術の振興、發明の奬勵等に付ては、將來尚ほ一層留意せんことを期して居ります
米穀の需給調節は從來米穀法に依って之を行ひ、既に三たび同法の改正を見たのでありますが、内地、朝鮮及臺灣に於ける米穀需給状況其他種々の事情の變遷に依り更に、米穀統制の方策に付て、深く考究を要するものあるに徴し、政府は曩に米穀統制調査會を設けて、鋭意研究を重ねた結果、幸にして同會の答申を得ましたので、之に基き適切なる成案を得て、之を本會議に提出致す考であります
議會制度の運用を正しくして、憲政有終の美を濟すことは、任に國務に當る者の常に勗めて怠るべからざる所であります、殊に現内閣は政治の浄化を圖り、宿弊の芟除に當るべきことを以て、其使命の一つと考へて居るのであります、政府が曩に行政官吏の身分保障に關する制度を設けて、黨弊の浸潤を避け、官紀の振肅に勉めましたのも、亦其一手段に外ならなかったのであります、政府は更に憲政の基礎たる選擧の自由と公正とを確保し、選擧に關する多年の宿弊を改めんが爲に、選擧法の改正に關して法制審議會に諮問致しました所、其一部の答申を得ましたので、更に之に付て研究を重ね、別に案を具して諸君に諮ることヽ致しまして、憲政の圓滿なる發達に資したいと考へて居ります
以上は現下内外重要の國務に關し、政府所見の大要を陳述致した次第であります、之を要するに時局極めて重大なる折柄でありまして、外交に、内政に、我邦は尚ほ未だ所謂非常時を脱却して居らぬと考へます、政府は外に對しましては、帝國の所信を貫いて、國際正義の樹立と、世界永遠の平和とに貢獻せんことに全力を傾倒して居るのであります、内に對しましては、國民精神の作興を期し、國民生活の安定を圖り、憲政の圓滑なる發達に勉め、刻下難局の打開に邁進せんことを期して居るのであります、國際聯盟の暗雲は今尚ほ低迷致して居りますが、國内の一部には幸にして景氣轉換の曙光を認めますので、政府は更に一層の努力を致し、國民の自覺と相俟って、漸次此非常時局を克服し、以て國運の伸張を期して居る次第であります、是が爲には將來爲すこと愈々多かるべきを思ひ、事の緩急輕重に從ひ、漸次實行致したいと思ふのであります、政府は以上の方針に基きまして昭和八年度の豫算を編成し、各般の法律案を提出し、又更に今後に期する所も尠くないのであります、何卒政府の意の在る所を諒とせられ、愼重御審議の上、速に協贊を與へられんことを切望する次第であります