[内閣名] 第31代岡田(昭9.7.8〜11.3.9)
[国会回次](帝国)第67回(通常会)
[演説者] 岡田啓介内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1935/1/22
[貴族院演説年月日] 1935/1/22
[全文]
諸君、舊臘臨時議會に於て諸君の御協力に依り、急を要する追加豫算の協贊を得たのでありますが、年改って再び茲に諸君と相見え、施政の方針に付て政府の所見を陳述致しますことは、私の光榮とする所であります
帝國の東亞に於ける地位は漸次一般の理解する所となり、帝國と友邦各國との親善關係は益々増進しつヽあるのであります、殊に隣接諸邦との友好關係に就ては、帝國政府の夙に努力を拂って居る所でありまして、ソヴイエト聯邦に對しては滿洲國の北滿鐵道買收斡旋と、諸種懸案の解決に力を盡し、支那に就ては、一日も速に其の安定が囘復せられ、東亞の大局に覺醒して帝國と共に、平和維持の重責を分たんことを衷心希望し居る次第でありまして、最近日支關係が稍々好轉の傾向を見て居りますことは、寔に喜ばしき事と思ふのであります
日滿關係に就きましては、對滿關係機關の調整に關し、前議會に於て豫算の御協贊を得ましたので、官制其の他關係勅令の公布を急ぎ、昨年十二月二十六日を以て内閣に對滿事務局を設け、在滿帝國大使館に關東局を置き、中央と現地と相協力して、滿洲國の健全なる發達に寄與すると共に、各般の方面に於て兩國親善に基く最大の成果を擧げんことを期して居る次第でありまして、現に兩國の和親は益々深く、東洋平和の確保愈々強きを加へつヽありますことは、御同慶に堪へぬ所であります、是の時に當り、陽春四月の交を以て、滿洲國皇帝陛下が親しく
天皇陛下を御訪問あらせられることは、兩國の國交上寔に意義深き事でありまして、感激に堪へざる所であります、我が國民は、盟邦の元首を衷心より御歡迎申上ぐるの機會を與へられますることを、大なる光榮とするものであります
帝國の對外案件中、現に最も重要視して居りますのは、海軍軍備制限に關する交渉であります、倫敦に於ける豫備交渉に於きまして、帝國代表は關係各國代表と隔意なき意見の交換を行ひ、我が主張の貫徹に努め來ったのでありますが、關係國間の打合せに依り、右交渉は昨年末を以て一先づ休止し、追て適當なる時期の到來次第再開せらるヽこととなって居ります、此度の交渉に處する帝國政府の方針に就ては、前議會に於て開陳致した通りでありますが、之に據りまして、昨年末米國政府に對し、華府海軍軍備制限條約廢止の意思を通告致したのであります、帝國政府は成るべく速に關係各國との交渉が再開せられ、同條約に代り公正妥當なる新協定の成立を見るに至らんことを、熱心に希望するものであります
我が對外貿易は益々好調を續けつヽあるに就きましては、國際情勢に對應し、適切なる貿易調整策を講じて、之が擁護に力を盡し、本邦貿易の維持發展に遺憾無きを期すると共に、關係諸國との利害の調節を圖ることに勉めて居る次第であります
昭和十年度一般會計豫算總額は、歳入歳出各二十一億九千三百餘万圓でありまして、之を前年度に比較致しますれば、二千餘万圓の減少となって居ります、而して歳出豫算に於きましては、軍事費として相當多額を計上致してありますが、是は現下の國際情勢に應じて、國防の安固を期せんとするに外ならぬのであります、此外滿洲事件に對する經費、昨年の各地災害等の對策の爲に要する經費、爲替相場の變動に基く經費の如き、相當多額を計上するの必要がありますので、其他の諸經費は勉めて増加を避け、尚上述の諸經費に付ても節約を旨として計上致した次第であります、之に對し歳入に於ては經濟界の恢復に伴ひ、普通歳入に相當額の自然増收を見込むことを得、又新に臨時利得税を設くることヽ致したのでありますが、歳入不足は尚巨額に上りますので、已むを得ず之を公債財源に求むることヽし、其發行額は一般會計及特別會計の分を合せて、八億二千六百餘万圓となるのであります、臨時利得税は其の收入見込、昭和十年度三千餘万圓でありますが、我邦の經濟界は、今尚ほ不況の域を脱せざるものヽ存する反面に於て、一部の産業が時局の好影響を受けつヽあるの状況に顧み、此等活況を呈しつヽある産業に對して臨時的課税を爲し、其増益の一部を國に納付せしむることヽ致したのであります、斯の如く一部に於て景氣の好轉相當顯著なるものがありますが、一方農山漁村或は中小商工業の方面に於ては、經濟不況の克服未だ思はしからざるものあり、殊に昨年の災害に因て多大の損害を蒙ったものもあり、都市農村を通じ産業部門全體に亙って、普く景氣の恢復を圖るには、前途尚ほ幾多の努力を要するものがありまして、農山漁村の經濟更生と、一般中小商工業者の振興とに、更に力を盡したいと思ふのであります
産業の振興、國民生活の向上安定に付ては、政府の夙に意を用ひて居る所でありますが、其最も急を要するものとして、米穀、蠶絲、肥料等、諸般の重要問題に付き、其適正なる解決に力を注がんとする次第であります、昨年各地に起りました、災害に對する應急善後の施設に付きましては、前議會に於て豫算の御協贊を得ましたので、それぞれ其實施を急ぎ、速に效果を擧げんことを勉めつヽあるのでありますが、今囘提出の豫算に依って引續き必要なる施設を行ひ、十分の努力を以て遺漏なきを期する考であります、殊に東北地方の不振は、其由て來る所既に久しく、禍害亦相踵ぐの状況に顧みまして、是が原因を究明し、之に對應して災害を防除し、福祉を増進すべき根本の振興策を樹立することを緊要と認め、朝野有識の方々を煩し、内閣に東北振興調査會を設置致した次第でありまして、調査の結果を尊重し、將來確固たる振興計畫の樹立と、是が實施とに勉めたいと考へて居ります
所謂國策審議機關設置に付きましては、豫て政府に於て十分攻究して居った所でありますが、大體成案を得ましたので、來年度より之を設置し、以て國政全般に亙って今後の對策を樹立し、政治の刷新改善に重大なる寄與を爲さんことを期して居ります、政府の腹案は内閣に重要政策に付て審議する諮問機關を置き、練達堪能の士を選んで其委員とし、又此機關に關する庶務を掌り、併せて常時一般重要政策の調査を行ふべき調査部局を設け、之には專任職員の外、廣く朝野の衆智を蒐むることを期して居ります、是等に關する經費は、遠からず追加豫算として提出し、御協贊を願ふ積りであります
諸君、目下内外時局極めて多事多難なることは、改めて申すまでもない所でありまして、政府は全國民と共に是が打開に全幅の力を致さんことを期して居るのであります、即ち曩に赤誠を披瀝して廣く所信を中外に聲明致しましたが、緩急宜しきに從って其實現に勉め、憲法政治の眞髄を發揮して民意を暢達し、擧國一致の實を擧げて、愈々國運の進展を圖り、以て 聖明に對へ奉らんことを期して居る次第であります
以上の所見に基きまして、政府は昭和十年度の豫算案及各般の法律案を提出致したのであります、幸に政府の意の在る所を諒とせられ、速に御協贊を與へられんことを切望する次第であります