[内閣名] 第31代岡田(昭9.7.8〜11.3.9)
[国会回次](帝国)第68回(通常会)
[演説者] 岡田啓介内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1936/1/21
[貴族院演説年月日] 1936/1/21
[全文]
茲に昭和十一年の新春を迎へ、三たび諸君と相會して、所信を披瀝するの機會を得ましたことは、私の最も光榮とする所であります
昨秋は畏くも第二皇子義宮正仁親王殿下の御誕生を拜しまして、諸君と共に謹んで竹の園生の御榮を慶祝し奉り、皇運愈々隆ならんことを祈り奉る次第であります
私は現下の時局に處し、内、國力を充實し、外、國運を伸張するの所以の途は、一に擧國一致協心戮力するの外なきを確信するものでありまして、組閣以來閣僚相率ひて彌々奉公の志を堅くし、赤誠以て 聖明に應へ奉らんことを期し、組閣の當初に公表致しましたる政綱を實現する爲め夙夜勉勵致して居る次第であります
先づ世界の情勢を見まするに、政治上經濟上、必しも平穏圓滑なりとは謂ひ難き事象も存するのでありますが、其間に於て、帝國は能く列國との親善關係を進め、其國際的地位の益々向上しつヽありますることは、衷心欣快に堪へない所であります、帝國が平和保持の重責を擔って居りまする東亞に於きましては、滿洲帝國が著々健全なる發達を遂げ、東亞安定の礎石たる日滿兩國の不可分關係が益々鞏固を加へつヽあることは、私の最も喜とする所であります、而して吾々は忠勇なる皇軍將士が引續き現地に於て、困苦の中に其重責を盡しつヽあることを忘れてはならないのであります、更に東亞に於ける眞の安定を確保せんが爲には、日滿支三國の根本關係が調整確立せられ、三國の提携共助が完成せらるヽの要あるを信ずるものでありますと同時に、日滿蘇三國關係の調整も亦東洋平和の爲め極めて重大なる要件なるを思ひ、政府は鋭意是等の實現を期して居る次第であります
海軍軍備制限の問題に付きましては、帝國は夙に國防の安固を確保し、關係各國間に不脅威不侵略の原則を確立すると共に、最も公正妥當なる方式に依り、軍備の縮小を實現することを根本方針として、熱心に新協定の成立に努力致して參ったのでありまして、客年十二月九日以來、倫敦に於て開催せられましたる五箇國の會議に於きましても、帝國代表は此方針を體して全力を傾倒致したのであります、然るに帝國の主張は、他の關係各國の諒解を得ること能はず、遂に會議を脱退するに至りましたことは、私の頗る遺憾とする所であります、帝國と致しましては、列國間に於て公正妥當なる海軍軍備縮小の實現を希望する誠意に於ては、毫も變りはないのでありまして、私は將來直ちに各國間に建艦競爭等を誘發し、國際情勢に變化を生ずるものとは信じませぬけれども、帝國國民と致しましては、今後に善處すべき十分の覺悟がなければならないと思ふのであります
之を要しまするに、帝國外交の根本方針が益々列國との和親を敦くし、常に協同して世界平和の確立、人類福祉の増進に貢獻せんとするにありますることは、改めて申す迄もない所でありまして、今後彌々其實を擧げんことを期する次第であります、唯、今日四圍の情勢に應じて、必要なる陸海に於ける國防の施設を忽にすることの出來ないことは、又申す迄もない所であります
翻って国内の情勢を見まするに、我國經濟界は官民の施設努力竝に事態の變化に依りまして、世界各國に魁けて、景氣の囘復を見ますることは、洵に御同慶に堪へない所であります、即ち商工業は漸く活況を呈し、殊に貿易は近年稀に見る盛況でありまして、輸出入の均衡に付ても改善の跡、洵に著しいものがありますことは、我が國力の増進を示すものとして慶びに堪へませぬ、窮乏の殊に甚しかった農村方面に於きましても、其不況稍々緩和の兆を示して居りまするし、一般に失業者は減少し、國民の貯蓄力及購買力は増加致して居ります、政府は國運發展の基礎は實に國家經濟力の充實にあることを確信し、常に時勢の進運に應じ、經濟上、産業上必要なる施設を行ふに於て能ふ限りの力を致し、現に好轉しつヽある景況を持續せしむるのみならず、更に之を助長せんことを期し、是が為め諸般の計畫を樹立致して居る次第であります
先づ外國貿易の振興に付きましては、通商自由の囘復を目標とし官民相協力して、現今の複雑微妙なる國際情勢に善處し、貿易上の障害除去と、新市場の開拓とに努むると共に、内に於て是が調整改善の爲め必要なる方策を講じつヽあるのであります
次に國内産業の改善振興に付きましては、一般に各當事者の自力に依る發展を基とし、綜合的見地に立って必要なる統制を加へ、又助成を爲すの方針でありますが、差當って政府は重要産業統制に關する法律を改正して、是が施行期間を更に五箇年延長し、新に商工組合中央金庫を設立し、米穀、蠶絲、肥料に付てはそれぞれ對策を樹立し、農山漁村の經濟更生計畫を擴充し、農山漁家の負債整理に付て更に一歩を進め、又現下内外の情勢に察し液體燃料の自給促進、自動車工業の確立を圖りたいと考へて居ります、特に東北地方は災害相踵ぎ、其經濟振興に付ては根本的綜合的なる計畫を樹立する必要がありますので、曩に設けました東北振興調査會の外、更に内閣に東北振興事務局を設けて、方策の樹立と實施とに力を盡すことに致し、明年度に於きましても各方面に亙って、必要なる計畫を實施する豫定で居ります、本年度に於きましても全国各地に亙り、相踵いで洪水の被害がありましたが、政府は其都度救濟に努むると共に、必要なる善後措置を講じたのであります、而して各種災害の頻發は、啻に人心を不安ならしむるのみならず、國民經濟上至大なる障碍を爲すものなるに鑑み、災害の防止輕減に付て、此際恆久的對策を樹立致したいと考へて居ります、又政府は別に救護に關する事項、馬政に關する事項、森林治水に關する事業、民間航空の發展促進、鐵道新線の敷設、移植民特に滿洲移民及海外拓殖の保護指導奨励等の事項に付ても、それぞれ適當なる計畫を樹立せんと致して居ります
國策の基調たるべき大計を綜合的に審定することは、現下我國内外の情勢に稽へ、其要甚だ緊切なるを認め、政府は其機關として第六十七議會の協贊を經て、内閣審議會及内閣調査局を設置致し、現に廣く各般の事項に付て調査を進め、根本的の方策樹立に力を盡して居ります、内閣審議会に於ては目下政府の諮問に應じて、中央地方を通ずる財政改善の根本方策竝に文教を刷新するの根本方策に付て、鋭意調査審議中であります、右の二點は我國の現状に於て最も緊要にして、政府が一日も速に是が確立を期して居る所のものであります、尚ほ審議會は既に地方財政の問題に付て、傾聽すべき意見の中間報告を爲す所があり、政府が近く實行せんとする窮乏町村に對する財政援助に關し、重要なる參考となったのであります
次に第六十七議會に於ける貴族院の政教刷新に關する建議竝に衆議院の國體に關する決議に付きましては、政府に於きましても夙に國體觀念を明徴ならしむることを、重要政綱の一と致して居る次第でありますから、十分其趣旨を尊重して、著々其實現に努めて居るのであります、其爲に政府は曩に意の在る所を宣明し、其徹底に勉むる爲め各般の措置を講じ、又教學刷新評議會を設け、我が國體及び日本精神を基として、我國教育竝に學問の眞の刷新興隆を圖らんことを期して居るのであります
以上申述べましたる施政の方針に基き、政府は昭和十一年度の豫算を編成致しました、即ち一般會計の豫算總額は歳入歳出各々二十二億七千八百餘万圓であります、歳出に於て多額の國防費が計上されて居りますることは、申す迄もなく現下の國際情勢の然らしむる所でありまして、一面産業其他の方面に付ても能ふ限りの考慮を拂ひ、上に述べましたる諸種の計畫に付きそれぞれ相當の經費を計上致しました、蓋し國家の現状に於て最も妥當なる豫算編成を爲し得たるものと信じます、歳入の不足は、一般會計及特別會計相互間の調整に依て其一部を補填し、残餘は公債財源に依ることヽ致しました、公債の發行額に付きましては、政府は國家財政の現状に鑑み、公債に對する信用保持の爲め出來得る限り之を増加せしめざる方針であります
次に選擧肅正の事に付て申述べたいと思ひます、政府の嚴肅公正を確保し、國政に對する國民の信頼を維持致しまするには、選擧を肅正し、是が弊竇を芟除するの必要なることは、申す迄もありませぬ、仍て政府は夙に選擧に關する弊害の防止及公正なる選擧觀念の普及等、各般の選擧肅正運動に力を致して居るのであります、現に過般の府縣會議員の選擧に際しては、選擧に關する國民の理解と認識とを深め、多大の效果を擧ぐることを得たのでありますが、本年は近く衆議院議員の選擧が行はれることでありまするが故に、朝野一致の協力に依り一層選擧當事者の自覺を進め、一面適正なる取締を施行し、由て以て眞に肅正の實を擧げんことを期する次第であります
諸君、帝國の世界に於ける使命は、今や愈々重且つ大を加へて參りました、此使命を達成するの途は、一に國を擧げて益々國民精神を振張し、國力を充實するに在るのみと信じます、政府は之が爲め政教其他百般の事項、總て萬邦無比なる我が國體の本義を基とし、其眞髄を顯揚することを旨として、曩に國際聯盟脱退に際し下し賜りたる詔書の聖旨を奉體し、彌々奉公の誠を效さんことを期する次第であります
以上政府の所見の大要を申述べました、何卒政府の意の在る所を諒とせられんことを望みます