データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第34代第1次近衞(昭12.6.4〜14.1.5)
[国会回次](帝国)第71回(特別会)
[演説者] 近衞文麿内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1937/7/27
[貴族院演説年月日] 1937/7/27
[全文]

 第七十一囘帝國議會の開會に當りまして、政府の所信を述べますことは、私の光榮とする所であります、洵に多事多難の時局に際して、揣らずも大命を拜し、重き責任を荷ひましたることは、自ら省みて恐懼に堪へない次第であります

 政府が此重責を果すに當りまして、茲に基本とする精神を明にして置きたいと思ひます、それは百般の政策をして我が尊嚴なる國體の精髄に歸一せしむることであります、此精髄の發露は、之を外にしては國際正義に基き、列國と倶に眞の世界平和の確立に力を致し、益々國威を宣揚することであります、之を内にしては大義名分を明にし、社會正義に即して、國民をして各々其處を得しめ、依て以て國運の堅實なる發展を圖ることであります、此方針の下に諸般政策の樹立遂行を期したいと考へて居るのであります

 曩に一時紛議を醸しました對ソ關係も無事に落著致しまして、列國との關係は最近益々親善の度を加へて參りましたが、唯今囘支那に於ける事變の勃発は洵に遺憾に堪へませぬ、政府は已むを得ず重大なる決意を致したのでありますが、幸に各方面より擧國一致の支援を得ましたことは、洵に感謝に堪へぬ所であります、勿論今囘派兵の目的が東亞の平和維持に存することは、過日中外に聲明致しました通りであります、支那政府竝に國民の自省自律に依って、日支兩國間に於ける國交が速に根本的に調整せられんことを衷心より希望して已まない次第であります

 現下内外の情勢に鑑みまして、國防の充實、經濟力の發展を圖ることは最も急務とする所であります、是に於て是が國策遂行の基礎的手段と致しまして、生産力の擴充、國際收支の適合及び物質需給の調整を主眼とする綜合的計畫を樹立するの必要なることを痛感する次第であります、而も此計畫は日滿兩國を一體とする見地に立って、具體案を作成するやうに目下考究中であります

 其他行政機構竝に議會制度の改革を始めとして、各般の政策に關しましては、今後の檢討に俟つ所が尠くないのでありますが、中には既に成案を得たものもありまするし、或は調査研究を開始したものもあります、例へば保健社會省の設置に付きましては、既に設置の方針も確立致しましたので、之に必要なる豫算は本議會の協贊を御願するに至って居る次第であります

 教育に付きましては、國體の本義に則って教學の根本を確立することは、現下の情勢に鑑みまして、極めて緊要なることと存じます、而して學制改革の如きは短時日の間に之を決行することは至難でありまするが故に、教育審議會を設けまして、愼重審議を重ねたいと存じて居ります

 近時我國は愈々興隆し、益々發展するの實を擧ぐべき試錬の一過程にあるのであります、隨て國力の飛躍的發展、之に伴ふ革新的諸政策の遂行は、國民諸君が大に發奮し、大に忍耐し、各々全能力を傾けて、互に協力事に當るにあらずんば、其功を收むることは出來ないと信ずるのであります、國内に於きまして對立抗爭の摩擦がありましては、到底所期の目的を達し難きは勿論、延いては外侮を招くの虞があらうかと思はれます、それ故私は組閣に當りまして、出來得る限り國民協力の實を擧げたいと云ふ方針を執ったのであります

 政府は斯の如き協力一致の精神に基きまして、改革すべきものは進んで之を改革し、日に新に、日に又新なることを期したいと存じます、而して從來解決困難とされたる諸問題の如きも、順次に之を取上げまして、解決して行くと云ふ行き方を致したいと思ふのであります

 斯の如き考を持って居りまするけれども、今期議會は組閣匆々のことでもありまするから、御協贊を願ふ案件は、前議會に於きまして審議未了に終りましたものの一部と、緊急を要するものとに止めました次第であります

 茲に大略政府の意の存する所を明に致しましたが、時艱を克服して國力の發展を圖るには、一に諸君の御協力を御願しなければならぬのでありまするから、何卒右御諒察の上御支援を與へられんことを切望する次第であります