[内閣名] 第34代第1次近衞(昭12.6.4〜14.1.5)
[国会回次](帝国)第73回(通常会)
[演説者] 近衞文麿内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1938/1/22
[貴族院演説年月日] 1938/1/22
[全文]
事變下に新年を迎へ、重大時局に直面する第七十三囘帝國議會に臨み、諸君と共に聖壽の萬歳と、皇室の御繁榮とを壽ぎ奉り、茲に政府の所信を開陳致すの機會を得ましたことは私の光榮とする所であります、今期議會開院式に當りましては、特に優渥なる勅語を賜はり、時局に對する深き御軫念の程を拜しまして、寔に恐懼感激に堪へぬ次第であります
申すまでもなく日滿支の鞏固なる提携を樞軸として、東亞永遠の平和を確立し、以て世界の平和に貢獻せんとするは帝國不動の國策であります、先般無反省なる支那國民政府に對し、断乎之を對手とせざるの方針を採るに至りましたのも、將又列國との友好關係の増進に不断の努力を怠らざるも、共に此國策の命ずる所であります、殊に昨秋防共の理想を同じくする盟邦伊太利を加へまして、日獨伊三國の間に防共協定が成立致しましたことは、世界平和の爲に眞に御同慶の至りであります
顧るに事變勃發以來茲に半歳餘、戰線は北支より中南支に及び、皇軍の勇武果敢なる行動に依り、戰捷相踵ぎ、忽ち首都南京を攻略し、戰局は極めて有利に展開しつヽあるのであります、是れ固より御稜威の然らしむる所でありますが、皇軍將兵諸士の忠勇と銃後國民諸君の熱誠に對しては、寔に感謝措く能はざるものであります
今や政府は帝國と眞に提携するに足る新興支那政權の成立、發展を期待し、是と兩國國交を調整致しまして、更生新支那の建設に協力し、依て以て東亞長久平和の基礎を確立せんとするものであります、勿論帝國が支那の領土竝に主權及び支那に於ける列國の正當なる權益を尊重するの方針には、毫も變る所はないのであります
惟ふに東亞の安定勢力たる帝國の使命は愈々大にして、其責任は益々重きを加ふるに至れるものと言はねばなりませぬ、此使命を果し、此任務を盡す爲には、今後と雖も多大の犠牲を拂ふの決意を要するは固よりであります、而も今日に於て此決意を爲すにあらざれば、結局不幸を將來に貽すものであります、隨て現代の吾々が其犠牲を忍ぶと云ふことは、正に吾々が後代同胞に對する崇高なる義務であることを信ずるものであります
政府は斯の如き見解に基き、全力を擧げて支那事變に對處し、其目的の達成に邁進せんとするものであります、是が爲には物心兩様に亙り國家總動員態勢の完成を圖り、之に必要なる諸般の施策の實現を期するものであります、政府は此方針に依りまして、先づ軍備の充實と國費の調達とに違算なからしむることが極めて緊要なるを信じ、財政經濟何れの方面に於きましても、此處に重點を置くことヽ致したのであります、昭和十三年度豫算案の編成に付きましては、事變の長期に亙るに備へ、物資及び資金を出來得る限り軍事の需要充足に集中致しまして、軍需に關係ある資材及び資金の一般消費は成べく之を減少せしめる立前の下に之を編成したのであります
産業方面に於きましては、日滿支を通ずる全體計畫の下に我國生産力の擴充を圖るを以て基調とし、殊に國防上緊切なる物資の供給、重要産業の振興、輸出貿易の伸張に力を致して參りたいと存ずるのであります、又銃後の處理に最善を盡し、出征將兵をして後顧の憂なからしむるは固より、戰死傷病者と其遺族家族に對する扶助援護に付きましては、適切機宜の措置を講ずる積りであります
惟ふに事變の前途は遼遠であります、是が解決は長期に亙ることを覺悟せねばなりませぬ、而して實に事は曠古の大業であります、此大業を前にしては、國民舉って勇躍難に赴くの精神を發揮するにあらざれば、到底成果を收め難いのであります、政府は堅忍持久、不退轉の決意を以て事變の解決に努めんとするものであります
以上の如き考に依りまして、政府は茲に必要なる法律及び豫算案を提出するものであります、宜しく政府の意のある所を諒とせられ、協贊を與へられんことを切望する次第であります