データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第37代米内(昭15.1.16〜15.7.22)
[国会回次](帝国)第75回(通常会)
[演説者] 米内光政内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1940/2/1
[貴族院演説年月日] 1940/2/1
[全文]

 今囘圖らずも大命を拜しまして、寔に恐懼の至りであります、未曾有の時局に際し、渾身の努力を捧げて國政變理の重責を果したいと存じます、茲に第七十五囘帝國議會に臨み、政府の所信を披瀝するの機會を得ましたことは、私の最も光榮とする所であります、畏くも 天皇陛下に於かせられましては、今期議會の開院式に當りまして特に優渥なる勅語を賜はり、寔に感激に堪へませぬ、私は、諸君と共に、謹みて聖旨を奉戴して一意赤誠を竭し、以て 宸襟を安んじ奉りたいと存ずるのであります 神武天皇御即位以來茲に二千六百年、今や肇國の大理想を仰ぎ國史の成跡を顧み、國を擧げて報國の忠誠を盡し益々天壤無窮の皇運を扶翼し奉りたいと存ずるのであります、此の時に當り愈々國體觀念を明徴にし、肇國の精神を昂揚して、國民的自覺を堅くするの要ありと信じます、鞏固なる國體觀念こそ諸般の方策の根底であり、之を明徴にすべきことは、申すまでもない所でありますが、殊に紀元二千六百年に際會し、重大時局に當面して、一層其の感を深くするものであります

 顧みますれば支那事變勃發以來早くも二年有半を經過致しましたが、各地に奮戰し輝しき戰果を收めたる皇軍將兵の勞苦に對しましては、衷心より感謝致しますると共に、護國の英靈に對しましては、深く哀悼の意を表する次第であります、又是等前線の將兵の後顧の憂なからしめた銃後の國民の絶えざる熱誠と努力とに對しましても、眞に感謝に堪へないのであります

 支那事變處理に關し既に決定せられたる帝國の根本方針は、確乎不動のものであります、政府は此の根本方針に則り、鞏固なる決意の下に内外の諸情勢をも考慮し、手段を盡して積極的なる努力を傾注し、斷乎時局の解決を期して居る資第であります

 豫て事變の進展に伴ひ、平和救國の氣運は支那各方面に起つておりました所、今や汪精衞氏を中心とする新中央政府の樹立將に近からんとするに至つたのであります、帝國と致しましては此の新中央政府が順調に成立するが爲に、全幅の支持と協力とを吝まざる次第であります

 飜つて現下の國際情勢を觀まするに、昨年九月、歐州戰爭勃發以來、世界列強の關係は極めて複雜となりまして、是が歸趨は容易に豫斷を許さぬものがあります、此の間に處し曩に帝國は之に介入せず、專ら支那事變の解決に邁進するの方針を闡明致したのでありますが、此の方針は今後の尚ほ堅持する考であります、諸列國との關係に於ては、帝國は毅然として自主的立場に立つて、國交の調整を圖りたいと存じます、又歐州戰亂に伴ひ起ることあるべき事件につきましては、以上の方針の下に對し處する考であります

 帝國の所信に基き東亞新秩序建設の使命を達せんが爲には、内に於ては國家の總力を集中して國防力の強化を期することが、現下喫緊の要務であります、而して國防力の強化の爲には、軍備の充實、國民精神の昂揚、經濟力の發展及戰時國民生活の確保は缺くべからざるものと信じます、現下の國際情勢に對處するが爲に軍備の充實を必要とすることは、今更申すまでもない所であります、又我が國民精神は非常時に際し常に力強く發揚せられ、以て國運を伸張したることは、國史の上に明かであります、忠勇義烈の精神は、銃後に於ても益々之を昂揚し、國力の充實發揮に遺漏なきを期せねばならぬと思ふのであります、敬神崇祖の思想を涵養し、國民教育を刷新し、國民體力の向上を圖るは、此の要務に應ずる根基を成すものでありまして、政府は極力是が達成を期して 居る次第であります

 經濟力の發展を圖りまするが爲には、生産力の擴充と貿易の振興とに力を盡すと共に、日滿支を通ずる經濟の綜合計畫實施を促進せねばなりませぬ、而して低物價政策の下に、諸般の方策を講じ以て物資の増産竝に配給の適正を期することは、現下戰時經濟運榮の要諦でありまして、此の目的を達成する爲には、擧國一致、一層の努力を必要と致しますと共に、官民協力各般の經濟統制を強化し、是が運用の圓滑を圖りたいと考へるのであります、政府は又戰時國民生活の確保に十分なる力を致し、米穀其の他の重要生活必需品に關しましては、必要量の生産を確保し、配給を適正ならしめ、以て供給を確保せんとするものであります、併しながら是等物資に付きましても、曠古の大事業完遂の爲には、平時に於ては忍び難き節約をも餘議なくせらるることあるべきは當然でありますから、全國民が戰時意識に徹し、戰時經濟道徳を遵守して、其の生活を緊肅する等、之對應する方途を講じ、不退轉の覺悟を以て此の間に處せられんことを希望するものであります

 昭和十五年度豫算に付きましては、政府は前内閣に於て編成せられたるものを踏襲し、之を議會に提出して協贊を仰ぐことヽ致しました、而して租税の制度に付ては長期建設の段階に在る現下の財政經濟事情に即應する爲、其の整備確立を主眼として、國税地方税の全般に亙り必要なる改正を行ふことヽ致しました次第であります 以上申述べました各般の方策を實現致すに付きましては、眞に擧國一致、不拔の信念に基く國民の理解と協力とに俟たねばならぬと存じます、興亞の大業を完遂するが爲には、國を擧げて更に戰時態勢を強化し、進んで義勇公に奉ずる帝國臣民の傳統的本領を遺憾なく發揮することが、最も肝要なりと信ずる次第であります、今囘提出の豫算案竝に各般の法律案は、即ち現下緊急なる要務に應ずる爲のものでありまして、諸君に於かれましては何卒政府の意の在る所を諒とせられ、御審議の上速かに協贊を與へられんことを切望するものであります