データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第40代東條(昭16.10.18〜19.7.22)
[国会回次](帝国)第79回(通常会)
[演説者] 東條英機内閣総理大臣
[演説種別] 大東亞經綸に關する帝國國策闡明に就ての演説
[衆議院演説年月日] 1942/2/16
[貴族院演説年月日] 1942/2/16
[全文]

 既に大本營より發表されましたる通り、作十五日皇軍はシンガポールを占領致しました、戰況に付きましては陸海當局より報告がありまするが、私は此の機會に於きまして所信の一端を申し述べますることを欣快と致すものであります

 畏くも宣戰の大詔渙發せられまするや、開戰劈頭忽ちにして米英艦隊の主力を屠り、僅か二旬にして香港を、三旬にしてマニラを、而して七旬を出ずしてシンガポールを攻略し、茲に米英兩國の多年に亙る東亞侵略の三大據點は擧げて我が占領する所となつたのであります、一方ボルネオ、セレベス、ニューブリテン等の要衝も悉く我が掌中に落ち、更に、蘭印艦隊の主力は我が撃滅する所となり、今や皇軍は渺茫廣大なる地域を壓して、人類史上未だ曾て見ざる大規模の作戰に從事しつつあるのであります

 此の赫々たる戰勝は 御稜威の下皇軍將兵の勇戰奮鬪の賜に外ならぬのであります、私は茲に家を忘れ、身を忘れて護國の礎となられたる英靈、遠く異境に在つて或は傷つき、或は病を得たる傷病將兵、陸に海に空に竝々ならぬ辛苦と危險とを克服して奮鬪しつつある勇士達、而して又夫を、子を、兄弟を戰場に送り、彼等をして遺憾なく活躍せしめつつ其の留守を守り、或は之を助け、凡ゆる困難に堪へ忍び、銃後奉公の誠を致しつつある同胞諸君に對しまして、深甚なる感謝の意を表する次第であります

 屡々申述べましたる通り、大東亞戰爭の目標と致しまする所は、我が肇國の大理想に淵源し、大東亞の各國家、各民族をして各々其の所を得しめ、皇國を確信として道義に基く共存共榮の新秩序を確立せんとするにあるのでありまして、米英兩國の東亞に對する態度とは、全く其の本質を異にするものであります

 今や曾て米英の東亞侵略壓制の根據デアリマシタルシンガポール及び其の他の要衝は、大東亞諸民族の爲に新秩序の建設と、其の防衞の據點として、限りなき前途の希望と榮譽の下に甦りつつあるのであります、而して香港、比島、マレー半島の如きは、既に其の新建設に向つて堅實なる巨歩を踏出して居るのであります、私は此の劃期的の機會に於きまして、關係諸民族及び各國家に對し、帝國の眞意を重ねて披瀝致したいと存ずるのであります

 皇軍は今やビルマ方面に於きましても、着々として攻撃の歩を進め、其の要衝を逐次我が有に歸して居るのでありまするが、帝國のビルマ侵攻の眞意は、英國の軍事據點を覆滅致しますると共に、米英の援蒋の通路を遮 斷せんとするにあるのでありまして、固よりビルマ民衆を敵とするものではありませぬ、隨てビルマ民衆にして、既に其の無力を暴露せる英國の現状を正視し、其の多年の桎梏より離脱して、我れに協力し來るに於きましては、帝國は欣然としてビルマ民衆の多年に亙る宿望、即ちビルマ人のビルマ建設に對し、積極的協力を與へんとするものであります、數千年の歴史と光輝ある文化の傳統とを有するインドも亦、今や英國の暴虐なる壓制下より脱出し、大東亞共榮圏建設に参加すべき絶好の秋であります、帝國はインドがインド人のインドとして、本來の地位を恢復すべきことを期待し、其の愛國的努力に對しましては、敢て援助を惜しまざるものであります、若し夫れ、インドが此の歴史と傳統とを顧みず、其の使命に未だ覺酷することなく、依然として英國の甘言と好餌とに迷ひ、其の頤使に從ふに於ては、私は茲に永くインド民族再興の機會を失ふべきを憂へざるを得ないのであります

 英米と提携し敢て抵抗を續くるオランダ軍に對しましては、帝國は徹底的に之を撃滅せんとするものであります、併しながらインドネシヤ民族にして、我が眞意を了解し、大東亞建設に協力し來るに於きましては、其の希望と傳統とを尊重し、同民族を米英の傀儡たるオランダ亡命政府の壓制下より解放して、その地域をインドネシヤ人の安住の地たらしめんとするものであります

 濠州及びニュージーランドも亦、頼むべからざる米英の援助を期待せる戰鬪は、之を避くべきであります、今や是等の民衆の福祉は、一に懸つて是等政府の帝國の眞意を理解し、公正なる態度に出づるや否やに存するのであります、歐州に於て、又香港に於て、更にマレー半島に於て、英國が如何に濠州軍及びニュージーランド軍將兵を利用し、如何なる処遇を與へつつあるかは、濠州及びニュージーランド民衆自ら十分に之を知得して居る筈であります

 飜つて眼を支那大陸に轉じまするに、シンガポールの陥落に依り、米英の豪語せる對日包圍陣の一角は全く崩壊し、而も皇軍破竹の進撃により、所謂ビルマ・ルート遮斷の日は近きにあるのであります、斯くして重慶政權は將に全く孤立無援の苦境に陥らんとして居るのでありまして、之に對し帝國は斷乎として最後の鐵槌を加へんとするものであります、併しながら度々申述べました通り、帝國の中華民國國民に對する態度は、飽くまでも兄弟と考へ、相倚り相扶けて,共に大東亞建設を行はんとするものであります、隨て一部頑迷なる指導者に誤られて、大東亞隆興の光輝ある此の時期に於て、中華民衆が依然として塗炭の苦しみに陥つておりますことは、帝國として洵に遺憾の情に堪へないのであります

 南米及び其の他の中立諸國に付きましては、私は是等諸國が、必ずや帝國の眞意を了解し、米英に牽制せられて、火中の栗を拾ふが如き愚をなさざることを確信するものであります

 更に私は此の機會に於きまして、盟邦諸國より帝國に寄せられつつある所の協力と厚意とに對し、國民を共に深甚なる謝意を表する者であります、即ち滿州國、中華民國、國民政府、タイ國及び佛印等が、常に帝國と苦を分ち、樂しみを偕にせられ、大東亞共榮圏建設に精進せられつつあることは、洵に欣快とする所であります

 又獨伊を初め、歐洲盟邦諸國が帝國と切實に協力呼應して、赫々たる戰果を擧げ、愈々世界新秩序建設に努力せられつつありますることは、洵に感銘深きものがあります、茲に其の勇戰奮鬪に對し、衷心より敬意を表しますると共に、此の上とも一層の戰果を擴充せられんことを、祈つて已まない次第であります、今やシンガポールは陥落を致しました、併し是は大東亞戰爭遂行の一階梯を礎き上げたに過ぎないのでありまして、此の際國民が戰勝に奢り、氣を弛るむが如きことは 斷じてあつてはならぬのであります、戰爭は正に今後にあるのであります、即ち帝國は此の一大戰勝を契機とし、愈々盟邦諸國との提携を緊密にし、更に更に積極的作戰を遂行し、以て米英及び其の追随勢力を徹底的に撃摧せんとするものであります

 私は茲にシンガポール陥落の報に接しまして、全國民と共に皇軍の戰勝を衷心より慶祝致しますると共に、上下心を一にし、官民一途、國を擧げて、新たなる認識と決意との下に、克す征戰の目的を完遂し、以て 聖慮を安んじ奉らんことを誓ふ次第であります、終り