データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第40代東條(昭16.10.18〜19.7.22)
[国会回次](帝国)第79回(通常会)
[演説者] 東條英機内閣総理大臣
[演説種別] 豪洲、印度に對する態度闡明に就ての演説
[衆議院演説年月日] 1942/3/12
[貴族院演説年月日] 1942/3/12
[全文]

 既に大本營より發表されましたる通り、九日ジヤバ全島の制壓成り、茲に蘭印全土はその死命を制せらるるに至り、又ビルマ最大の據點ラングーンも八日遂に陷落致しました、戰況に付きましては陸海軍當局より報告がありまするが、私は此の機會に於きまして重ねて所信の一端を披瀝し得ることを欣快とする者であります 私は去る一月二十一日、次いで二月十六日本議場に於きまして、我が眞意を諒解せず、徒らに無益の抵抗を續けつつある蘭印軍を徹底的に撃砕し、更にビルマ方面に於ける英國の軍事據點を覆滅し、米英の援將通路を遮斷せんとする帝國の固き決意を表明致しました、而して今や蘭印最後の據點ジヤバ島も三月一日皇軍の上陸する所となり、五日首都バタビヤ次いで要衝スラバヤも亦陷落し、遂に九日に至り蘭印政府は無條件に我が軍門に降伏し、茲に略々蘭領印度の戡定を終つたのであります

 一方ビルマ方面に於きましては、皇軍は長驅天嶮を越えてビルマ平野を座卷し、遂に八日英國の東亞侵略の一大據點であり、又米英の對支援助の唯一の門戸たるラングーンを陷れ、所謂ビルマ・ルートは皇軍の威力の前に完全に壞滅せらるるに至つたのであります

 斯くて僅か二十日にして、帝國政府の曩に表明せる所は、今日悉く現實の貌となつて現はれたのであります、斯くの如く短時日の間に蘭印を制し、ビルマの要域を我が手に収むるに至りましたることは、是れ偏に 御陵威の下我が忠勇無比なる皇軍將兵の勇戰奮鬪の賜でありまして、洵に御同慶に堪へない次第であります

 今や皇軍に依り米英の覊絆より解放せられたる香港、マニラ昭南港其の他の要衝に於きましては、民衆は皇軍に全幅の信頼を寄せ、新しき建設に向つて早くも逞しき歩みを續けて居りますることは、洵に力強き限りであります、今私はインドネシア人及びビルマ人が多年に亙り英蘭の壓政下に呻吟し來れる苦惱に對しまして、深き同情を表しますると共に、新たに大東亞建設に一員として新しき發足を遂げ、今後愈々正しく繁榮せんことを念願する者であります、蘭印及びラングーンの陷落に依り濠洲及びインドは直接我が武力の前に立つことになつたのであります、私は此の機會に於きまして、重ねて濠洲及びインドに對し帝國の所信を表明したいと思ふのであります

 地域廣大なるに拘らず人口極めて稀薄であり、而も米英本國と隔絶せる濠洲が、我が精強なる武力に對し自己を防衞し得ざることは、濠洲人自ら知悉して居る筈であります、隨ひまして、國民の福祉を全うする爲に今日如何なる態度に出づべきやは、自ら明かなる所であります、濠洲が今にして其の態度を改めずんば、今日の蘭印の運命は、取りも直さず明日の濠洲の運命となるのであります、私は此の際濠洲が情實と因縁とに拘泥することなく、眞に事態を究めて、天の命ずる所を正視し、速かに其の最も重大なる舉措を決せんことを期待する者であります

 インド民衆に對しましては、帝國は固より之を敵とするものではないのであります、併しながら帝國は米英勢力を徹底的に破碎せんとする從來の決意には、毫も變更なきことを重ねて茲に表明する者であります、今や「ビルマ人のビルマ」は出來上らんとして居ります、インド四億の民の多年の念願でありまする「インド人のインド」の實現するは、正に今日にありと私は確信する者であります、英國は多年インドを欺き是が壓制を續けて參つたのであります、前大戰の際英國のなしたる約束の正體が遂に如何なるものであつたかは今尚ほインド人の記憶に新たなる所であると信ずるのであります、今や又英國は凡ゆる甘言を以てインドを欺かんとしております、若し夫れインドの指導者にして此の英國の甘言に誤られ、インド民衆多年の希望を裏切り、此の天與の機會を失するが如きことありと致しまするならばインドは永遠に救はれるの機なく、四億民衆の不幸是より甚だしきはないと信ずるのであります、今起つて「インド人のインド」として大東亞共榮圏建設の光榮を擔ふか、又或は俯して永久に米英の桎梏の下に奴隷の名を後世に傳ふるか、今に正にインドは過去を清算し、この緊迫せる新事態を直視し、最後の決意をなすべき秋に直面して居るのであります 今やラングーン陷落し、米英との連絡は茲に全く遮斷せられ、重慶政權は文字通り孤立の状態に陷つたのであります、而して尚ほ米英の重慶に與へんとするものは價値なき黄金であり、而も之に對し、米英が重慶より求めんとするものは、中華民國國民の血と肉なのであります、今日米英が凡ゆる欺瞞と甘言とを以て諸民族を籠絡し、他の國家を擧げて自己防衞の犠牲にし、而も一度敗るるや弊履の如く捨てて敢て顧みざる此の生々しき事實を目のあたり見て、而も尚ほ覺らざる重慶の指導者に對しましては、私は言ひ知れぬ義憤を感ずる者であります

 而して此の華々しき大東亞の黎明期に於きまして、彼等指導者に盲從して無益の戰ひを續け、無益の苦しみを嘗めつつある重慶政權下の民衆に對しましては、私は衷心より愍れみを感ずる次第であります

 大東亞戰爭開始以來茲に僅かに三箇月、今や米英の主力艦隊は太平洋より其の影を沒し、西南太平洋の據點亦悉く我が掌中に陷つたのであります、戰前帝國の國力を輕視し、自ら不敗の態勢を豪語し、我が正當なる主張を拒否し、遂に帝國をして戰端を開くの已むなきに至らしめたる米英は、今や戰つて敗れざるなく、守つて失はざるなき現實を暴露して居るのであります、此の現實の暴露に對し、米英の爲政者の責任を囘避せんとする辯明と、思ひも及ばざる虚構の宣傳とを聞き、私は彼等政府當局の厚顔無恥なる態度に對して、批判の言葉を發見するに苦しむ所であります、而して米英政府當局は徒らに遠き將來に淡き希望を繋ぎ、其の大軍備擴張を呼號して居るのであります、斯くの如きは太平洋に於て彼等に取つて代つた我が戰略的優位を故意に輕視し、又皇積年の訓練、作戰の至妙將兵の忠勇、國内不動の結束に對し、殊更に目を閉ぢ、徒らに計數を掲げて自らの不安焦燥を蔽ひ隱さんとするものでありまして、彼等の希望の水泡に歸すべきは火を睹るよりも明かであります、私は茲に爲政者の野心に誤まられて、其の傳統を破り、目途なき戰爭を敢てし、歩一歩破滅の道を辿りつつある米英國民は、此の際深く反省すべきものであることを確信する次第であります

 獨伊を始め歐洲に於ける盟邦諸國が、我が積極的作戰に呼應して、着々多大の戰果を擧げて居りますることは、洵に慶祝に堪へない次第であります、帝國は今後愈々提携相策應して、世界新秩序建設の爲に邁進せんとするものであります、又滿洲國、中華民國國民政府、タイ國等の終始渝らざる協力に對しましては、帝國の衷心より感謝に堪へない所であります、帝國は大東亞建設の一翼を擔當する是等諸國と愈々提携を緊密にし、共同の目的達成に一路邁進せんとするものであります

 惟ふに此の榮光ある大戰果は御陵威の下皇軍將士の善謀勇戰に依るのでありまして、之に對しましては、吾々國民齊しく感激に堪へない所であります、併しながら此の輝かしき勝利の蔭には、又國民諸君は凡ゆる艱苦を忍んで、銃後の責に任ぜられて居ることが與つて力があるのであります

 帝國は斯くして緒戰の大勝を博しました、而して今や帝國は此の赫々たる大戰果を擴充し、飽くまでも積極的作戰を敢行して、米英を徹底的に繋碎し、以て大東亞新秩序を確立し、世界平和の招來を期せねばならないのであります、戰爭は正に是からであります、而して建設も愈々是から本格的となるのであります、吾々國民は此の緒戰の勝利に醉ふことなく、滿洲事變以來黙々として續け來つた不撓不屈の精神を更に昂揚し、如何なる艱苦も進んで之を克服し、以て官民一途、相共に前途の輝かしき希望に燃えつつ有終の美を全うせんことを茲に誓ふ次第であります、終り