データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第42代鈴木(昭20.4.7〜20.8.17)
[国会回次](帝国)第87回(臨時会)
[演説者] 鈴木貫太郎内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1945/6/9
[貴族院演説年月日] 1945/6/9
[全文]

 本日開院式に方りまして特に優渥なる 勅語を拜し、洵に恐懼感激の至りであります、御軫念の程を拜察し奉り、私は諸君と共に謹みて 聖旨を奉戴致し聖慮の奉行に邁進致したいと存ずるものであります

 曩に敵の空襲に依りまして畏多くも宮城及び大宮御所が炎上致しましたことは、洵に恐懼に堪へない次第であります、幸に 三陛下竝に賢所は御安泰に亙らせられ 天皇陛下には引續き宮城内御座所に於て萬機を臠はせ給ふことは洵に有難き極みであります

 今日帝國は正に肇國以來の重大なる危局に直面致して居るのであります、開戰以來陸に海に空に、皇軍將兵の舉げました戰果は、洵に赫々たるものがあります、又銃後一億國民の努力は、實に並々ならぬものがありますが、此の國を舉げての努力に拘らず、戰局は漸次急迫し、遂に本土の一角たる沖繩に侵寇を見るに至りました、而して沖繩に於ては陸海軍一體の勇戰と、之に協力する官民の敢鬪とにより、敵に多大の損害を與へて居るのであります、此の精忠義烈と不滅の勳功とは、永く青史に記録せらるべきものでありまして、私は之に對し深甚なる敬意を表するものであります、併しながら今日沖繩の戰況は、洵に憂慮すべきものがあります、軈ては本土の他の地點にも敵の侵冦を豫期せざるを得ない情勢に立至つたのでありまして、今こそ一億國民は擧げて此の事態を直視し、毅然たる決意を以て對處せねばならぬ秋となつたのであります

 抑々大東亞戰爭は、宣戰の大詔に明かに示し給はりました通り、當時米英兩國の執つた暴戻なる態度と其の野望とが、帝國の存立を危殆ならしむるに至りましたので、帝國は其の自存自衞を全うし、東亞安定に關する積年努力の成果を維持せんが爲に、已むを得ず起つたのであります、私は多年側近に奉仕して、深く感激致して居る所でありますが、畏き極みながら世界に於て我が 天皇陛下程世界の平和と人類の福祉とを冀求遊ばさるヽ御方はないと信じて居るのであります、萬邦をして各々其の所を得しめ、侵略なく搾取なく、四海同胞として人類の道義を明かにし、其の文化を進むることは、實に我が皇室の肇國以來の御本旨であらせられるのであります、米英兩國の非道は、遂に此の古今を通じて謬らず、中外に施して悖らざる國是の遂行を、不能に陥れんとするに至つたものであります、即ち帝國の戰爭は實に人類正義の大道に基くものでありまして、 斷乎戰ひ拔くばかりであります

 今次の世界大戰の様相を見まするに、交戰諸國はそれぞれ其の戰爭理由を、巧みに強調して居りますけれども、畢竟するに人間の弱點として洵に劣等な感情である、嫉妬と憎惡とに出づるものに外ならないと思うのであります

 私は曾て大正七年、練習艦隊司令官として米國西岸に航海致しました折、サンフランシスコに於ける歡迎會の席上、日米戰爭觀に付て一場の演説を致したことがあります、其の要旨は、日本人は決して好戰國民にあらず、世界中最も平和を愛する國民なることを、歴史の事實を擧げて説明し、日米戰爭の理由なきこと、若し戰へば必ず終局なき長期戰に陥り、洵に愚なる結果を招來すべきことを説きまして、太平洋は名の如く平和の洋にして、日米交易の爲に天の與へたる恩惠である、若し之を軍隊輸送の爲に用ふるが如きことあらば、必ずや兩國共に天罰を受くべしと警告したのであります、然るに其の後二十餘年米國は此の眞意を諒得致しませず、不幸にも兩國相戰はざるを得ざるに至りましたことは洵に遺憾とする所であります、而も今日我に對し無條件降伏を揚言して居るやに聞いて居りますが、斯の如きは正に我が國體を破壊し、我が民族を滅亡に導かんとするものであります、之に對し我々の執るべき途は唯一つ飽くまでも戰ひ拔くことであり、帝國の自存自衞を全うすることであります

 而して滿洲國、中華民國を初め大東亞諸國は帝國との締盟益々鞏く我が征戰に多大の寄與をせられつヽあることは、帝國として洵に感謝に堪へない次第であります、今次の戰爭は畢竟敵米英が東亞を奴隷化せんとするのに對する東亞開放戰であります、此の戰にして蹉跌せんか大東亞民族の自由は永遠に失はるヽのみならず、世界の正義は蹂躙せらるヽことを銘記して、帝國は何處までも締盟諸國と一體となり行動せんことを期するものであります、帝國の大東亞、延いては世界秩序に關する根本方針は政治的平等、經濟的互惠、固有文化尊重の一般原則の下に各國各民族の共存共榮を確保する爲の、不脅威不侵略を趣旨とする安全保障の方途を確立することであります、強國本位の利己的な國際處理に對しましては、帝國は飽くまで抗争せざるを得ないのであります、此の見地よりして帝國は中華民國の統一救國の氣運を支援するものであり、又中立國との友好關係を一層促進せんことを欲するものであります、我が國民の信念は七生盡忠であります、我が國體を離れて我が國民はありませぬ、敵の揚言する無條件降伏なるものは、畢竟するに我が一億國民の死と云ふことであります、我々は一に戰ふのみであります、若し本土が戰場となれば、地の利、人の和、悉く敵に優ること萬々であります、即ち優勢なる大軍を所要の地點に集中することも、之に對する補給も、最も容易に遂行し得るのでありまして、是までの島嶼に於ける戰況とは全く異つて、必ずや敵を撃攘し其の戰意を壊滅せしむることが出來るのであります、凡そ戰に勝つの道は、之を古來の戰史に徴しまするも、敵の戰意を挫くことにあります、而も敵の戰意を挫くことは我が戰意が敵を壓倒することであり、是が爲には我の戰意の日々益々昂揚することが肝要であります

 今や苛烈なる戰局の現段階に於て我が國内の事情は、或は今後食糧も必ずしも十分とは參らず、又交通運輸も圓滑を缺く虞なしとせず、更に軍需生産も困難の度を増しませう、併しながら此の際國民全體が愈々鬪魂を振起して、各々其の職任に必死の努力を傾注するに於きましては、是等の難關をも克服し、以て戰爭完遂の目的を達成し得るものと確信する次第であります

 斯くして私の率直に感じまする所、我々としては今一段の努力であります、敵国の國内情勢の動向を推しましても、又國際情勢の機微を察しまするに、我々としては唯此の際飽くまでも戰ひ拔くことが、戰勝への最も手近な方法であると云ふことを痛感せざるを得ないのであります、私は此の信念に基きまして大命を拜し、内閣を組織致した次第であります、眞に容易ならぬ事態ではありますが、全國民諸君の協力を得て、此の信念の下に、御奉公の誠を竭したいと存じて居るのであります、今般臨時議會の召集を奏請し、各般の法案を提出して諸君の御審議を仰がんとする所以も一に茲に存するのであります

 尚ほ政府は別に今般地方總監府を設置致しまして、戰時下に於ける應機適切なる行政の實施を可能ならしむる爲め、國内態勢の整備確立を圖り、更に又國民義勇隊を結成し、之を中軸として生産及び防衞の一體的強化を圖ると共に、事態急迫の場合に處し、國防上萬全の施策を講ぜんとするものでありまして、今次義勇兵役法案を提出致しましたのも此の趣旨に依るのであります、又行政の刷新を圖る爲め、官吏登用の途を擴げまして、野に遺賢なきを期し、信賞必罰以て官紀の振粛を期して居るのであります、幸ひにして法案成立の暁には、是等諸施策と相侯つて、之を活用して決戰段階に直面せる今日の戰局に處し、速かに採るべきは採り、捨つべきは捨て、舊來の陋習に忸まず、勇 斷事に當り、以て本土決戰態勢の整備に遺憾なきを期したいと存ずる次第であります

 近時敵機の空襲益々熾烈となり全國各地に多大の被害を生じ、戰災者も亦少からず、洵に同情に堪へない次第であります、而も空襲は今後更に苛烈を加ふることは必然でありますが、之を全國的に見ますれば、其の地域は尚ほ極めて局限せられて居り、重要生産施設の疎開、復舊も相當進捗して居りますので、目のあたりに見る状況に依つて判斷を誤るべきではありませぬ、要は國民の旺盛なる戰意であります、私は數多き戰災者の起ち上る姿を見、復興と言はんよりは、寧ろ生れ變つた建設と云ふ逞ましい氣魄に接しまして、洵に力強きものを感じます、我々は何處までも皇土を保衞し、帝都を固守し、敵の暴戻を反撃すべき時期の到來を期するものであります

 今や我々は全力を擧げて戰ひ拔くべきであります、一部の戰況に依り失望したり落膽するは愚かであります

 天皇の大纛の下、一切を捨てて御奉公申上げてこそ日本國民であるのであります、私は政治の要諦は國體を明かにし、名分を正すにあると信じます、國體を護持し、皇土を保衞し、全國民一體となり、而も各自が一人以て國を興すの決意を固め、自ら責任を負ひ、自力を以て最大の工夫と努力を凝らし、目標を戰爭完遂の一點に凝集し、一人も殘らず決死敢鬪する時に、國民道義は確立せられ、秩序は整然たる態勢の下に、戰力の彌が上の發揮が出來るものであると確信致します、私は國民諸君に信頼し、軍官民眞に一體となり、一億が力を出し切る態勢を整へまして、其の最前列に全生命を捧げて奮鬪致す所存であります

 今や戰局眞に重大なる段階に直面するの秋、我々は夙夜思ひを前線に挺身せらるヽ將兵諸士の上に馳せまして、洵に感謝感激に堪へぬ次第であります、又茲に護國の英靈に對し謹みて敬弔の誠を捧げますると共に、其の遺族に對し深甚なる同情を表する次第であります、我々は速かに戰勢を挽囘して、誓つて 聖慮を安んじ奉ると共に、是等勇士に報いんことを期するものであります、以上私の信念を披瀝しまして諸君の御協力を冀ふ次第であります