[内閣名] 第45代第1次吉田(昭和21.5.22〜22.5.24)
[国会回次](帝国)第90回(臨時会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1946/6/21
[参議院演説年月日] 1946/6/21
[全文]
不肖今般図らずも大命を拝して内閣を組織致しました、洵に真に恐懼に堪えませぬ、唯渾身の力を捧げて奉公を致す覚悟でございます
御承知の如く我が国は目下洵に容易ならざる事態に際会致して居ります、ポツダム宣言の趣意に副うて、民主主義的平和国家の建設と云う大事業を控え、目前の問題として出来るだけ速かに食糧問題を解決致さなければならないのでございます、此のことたるや諸君の一致御協力に俟つの外ないのは勿論でありまするが、新たなる意味に於ける国民総力の結集を必要と致すのであります
諸君、今議会の劈頭に於て、新生日本の建設の基盤たるべき憲法改正案が勅命に依って付議せられましたのであります、幸いにして今議会は新選挙法に依る総選挙の結果成立したる歴史的民主議会であります、政府は此の機会に諸君と共に国家最高の法典たる憲法改正を議することを無上の光栄と致します、而して政府は速かに民主主義と平和主義とに依る政治の運営、並に行政と経済の全般に亙って再検討を行い、是が改革を実行し、真に平和的国際社会の一員たるの資格と実質を贏ち得んことを期して居るのであります、随て憲法の改正を俟つまでもなく、軍国主義と極端なる国家主義との色彩を完全に払拭し、其の将来に於ける再生を防止する為め、教育の内容と、制度の全面にも亙って根本的刷新を行わんとして居るのであります、又言論、思想、結社の自由に付ては格段の注意を以て必要なる措置を執って居ります、又自由と放縦とを混同し、之を以てデモクラシーとなし、善良なる風俗を紊し、社会秩序を破壊せんとするような行動に対しては厳に之を戒めなければなりませぬ、今日社会秩序の混乱の徴候が見えまするのは、畢竟するに国民道義の頽廃の結果であります、それは永年に亙る教育の積弊、殊に教育を其の時々の国策の手段とするような傾向に胚胎して居るのであろうと思います、現内閣と致しましては、教育の尊重、道徳の滲透、被教育者の人格の完成並に其の個性の健全なる育成等に重きを置き、殊に学校教育に併行して、家庭教育、社会教育を尊重して、此の目的の実現に鋭意努力したいと思って居る次第であります
次に敗戦に因る経済の混乱を克服し、平和産業を活溌に復興せしめて、国民生活の安定を図ることが急務であります、就中今日の食糧事情は未曾有の困難なる状態に陥って居ります、京浜地方初め、北海道其の他の消費地方に於て殊に甚だしきものがあります、此の危機を突破する為には、何としても連合国に援助を俟つの外はありませぬが、幸いに連合国は好意を以て此の問題を考慮して居ることは洵に感謝に堪えませぬ、併しながら先ず以て我が国民自ら今日の食糧の窮迫を克服するの覚悟を要するのであります、随て政府は凡ゆる政策に先だって食糧問題の解決に重点を置き、全国民に対して忍苦、友愛の精神に依る挙国一致の団結を強く期待致して居るのであります、農業生産力の発展は日本再建の基礎であります、此の際更に農村の民主化を徹底させ、肥料其の他必需資材の増産に付ては、石炭その他の基礎産業の振興と併せて適切なる施設を講じ、農業技術の刷新、大規模なる開墾干拓及び土地改良事業等をも実施せんとして居るのであります、尚お将来の食糧問題の解決に為には、蛋白、脂肪、澱粉等各種の食糧を総合的計画的に増産することが根本でありまするから、此の際所要の諸対策に遺憾なきを期したいと思うのであります、特に水産物の画期的増産は今日極めて重要であります、緊急に実効を挙げるよう努力する積りであります
金融財政に付ては悪性インフレーションを絶対に生ぜしめないよう必要なる対策を行うべきは当然であります、併しながら目下の我が国に於て最も肝要なることは、産業の復興、生産の増強であります、其の基本をなすものは生産意欲の昂揚であります、斯くて初めてインフレーションの防止も出来るのであります、仍て現内閣は此の目的の為に、産業界及び金融界を終戦後の事情に即応して速やかに整頓し、今後の国民の鞏固なる経済活動の基礎を確定することとし、民主主義的にして新たなる希望に燃ゆる産業の勃興を促し、民需生産の増加を図ることに凡ゆる努力を致さんとする積りであります、其の具体的施策に付ては今議会に別途若干の法律案を提出して御協賛を経る積りであります
生産の復興と関連致しまして、現下の労働不安の問題に付ては、労働組合の健全なる発達を促すと共に、事業者側の生産への努力奮起を要望し、労資の間に合理的基礎に立脚した問題の解決を促進する所存であります、又我が国経済界に於て中小工業の占めて居る地位、役割の重要なるは今後益〃大なるものがあることを信じられます、其の安定向上に付ては経営、技術、設備、労務等の全面に亙って必要なる対策を講ずる決心であります
又失業問題の解決も極めて重要であります、政府は六十億の国費を投じて公共事業を起し、生産の振興と相俟って其の目的を達したいと考えて居ります、右の外国民最低生活の保障の為め適切なる施策を講じたいと考えて居ります
最後に戦災の復興に付きましては、政府の特に重点を置いて居る所であります、戦災者、在外同胞及び其の帰還者並に復員者等の援護等に能うる限りの手を盡し、特に是等の人々が安定して業務に就いて経済的基礎を固め得るようにしたいと思って居るのであります
以上施政の大綱と所信とを述べ、諸君の御協力を切望する次第であります