データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第45代第1次吉田(昭和21.5.22〜22.5.24)
[国会回次](帝国)第91回(臨時会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1946/11/27
[参議院演説年月日] 1946/11/27
[全文]

 今回の臨時議会は、主として去る十一月三日公布せられました改正憲法の実施に伴う附属法典の制定について御審議を願うためでありますが、この機会に現下の国情につきまして政府の所信を一言申し述べたいと思います。

 終戦以来、わが国はポツダム宣言の本旨に則りまして、国内において種々の改革を実行いたして参りました。その改革の最も重要なるものは、すなわち憲法の改正であります。今回御審議を願わんとする諸法案は、主としてその附属法であります。しかしながら法令はよるべき基準を明らかにするに止まりまして、真に国民文化の向上をはかり、民主平和国家としての日本の将来を安定せしめんがためには、まず国民生活の経済的基礎を確立することが欠くべからざる前提であるのであります。

 しかるに現下わが国の経済界の実情は、今春以来やゝ安定の傾向を示しておりましたが、根柢においてはなおきわめて憂慮すべき事態にあることを認めざるを得ないのであります。一時深刻をきわめました食糧危機はともかくも切り抜け得まして、かつ本年の豊作によりまして幸い事態は大いに改善せられましたために、政府は去る十一月一日から主食基準配給量の増加を断行いたしまして、食糧面においてはかなり明るい希望をもち得るに至ったのであります。この基準量の配給を続けて行きますためには、供出を完遂いたさなければならないのでありますが、なおその上にも連合軍当局の支援を仰がねばならないような状況にあります。今後の食糧生産が天候と肥料の増産とに左右せらるる所少からざる点を考えましても、食糧問題の将来についても決して楽観を許さないのでございます。

 食糧以外の重要物資の生産は、終戦後一時著しく低下をいたしまして、その後或る程度の回復をいたしましたが、なお甚だしく低位に止まっているのであります。またその生産の回復も消費財においては相当活溌でありまするが、将来の生産を維持拡大して行くために必要な生産財については、その絶対量におきましても、また上昇の比率におきましても、低いことは御承知の通りであります。さらに現在までの生産は、従来の在庫資材、ストックに依存したものが少くなく、しかもそのストックは将来におきまして急激に涸渇して参ることが予想せらるるのであります。他方生産及び輸送の設備は、現状維持のために必要なる補修資材さえも十分に配給することができない現状であります。既に戦争中酷使せられ、また老朽化しておりまする諸般の設備が次第に故障を生じ、生産力そのものを低下せしめる恐れも決して少くないのであります。

 現在の鉱工業生産の総合指数は、戦前に比べましてわずかに二五%乃至は三〇%を出ないのであります。石炭を例にとりましても、その本年度の生産見込みは、この下半期の懸命なる努力にもかゝわらず、その懸命によって生じました増産を加えましても、わずかに二千三百八十萬トンでありまして、戦前の四〇%を出ないのであります。すなわち現下の最低需要量に比べまして約一千二百萬トンの不足を生ずるのであります、さらに石炭と相並ぶ基礎資材であり、かつ石炭増産のためにも隘路となっておりまする鉄鋼につきましては、その本年度の生産予定は三十萬トン内外であります。すなわち戦前の約十五分の一に過ぎないという惨憺たる状況であるのであります。これでは戦災復旧等の特別事情を考慮のほかにいたしましても、なお現下の最低需要量の七分の一を賄うには足らないのであります。

 これを要しまするのに、現在わが国の産業は、領土の縮小、貿易の困難、戦災及び賠償により産業の規模を著しく縮小いたしましたばかりでなく、その上設備を消耗し、過去のストックを消耗しつゝありまして、物によりましては、生産せられるものよりも多く消耗しつゝあるという状態であるのであります。まことに憂慮すべき事態にあります。しかし私どもはこの現実に眼を蔽うことなく、これを素直に明確に認識いたしまして、もってこれに対処する工夫と努力を必要とするのであります。この経済再建の根本に横たわる危機を突破しまして生産の増大をはかるためには、国民全部があらゆる部面において消費を節約し、耐乏の生活を忍び、既存の資源と新生産物資とを極力次ぎの生産に振り向けて、しかも最大限に能率を上げて働いて行かねばならぬのであります。これは決して容易な問題ではございません。しかしながらかかる事態は、敗戦後の状態といたしまして当然なことであり、むしろ来るべきものが来たと申すよりほかないのでありますが、なおこれを中央ヨーロッパ等の惨憺たる状態に比較いたしますれば、今日われ\/は徒らに悲観失望しているべきではないと思います。

 元来日本経済は貿易なくして存立し得ないのでありまするが、殊に今日物資資材の面におきまして、連合軍の援助を緊切に必要とすることは言うまでもありません。しかし右援助を願うにいたしましても、その連合軍の援助は、わが国民自らの誠意努力の結果として與えられるものでありまして、わが産業経済回復の前提としてこれを要望するようなことは、国民としていたしたくないものであると考えます。

 政府は去る十一月四日六大政綱について発表いたしましたが、目下その実施実現に邁進せんといたしております。しかしながらこれら政府の施策も、全国民の国を挙げての御協力を得るにあらざれば、効果を上げることは全然不可能であります。この意味におきまして、最近議会の決議によって起されました貯蓄増強運動や、或は企業家団体及び労働組合が、産業回復振興について強力なる運動を展開しつつありますことは、政府といたしましても、まことに心強く感ずる所でありまして、全幅の賛意と敬意とを表するものであります。

 なお石炭、電気等の基礎産業の復興は、わが国経済再建の成否を決するものでありまして、一トンの減産、一日の休止も、全企業に及ぼす悪影響はきわめて重大であることは御承知の通りであります。しかるにこれらの基礎産業が労働紛議に終始せるがごとき現状にあることは、国家再建の上において甚だしき損害であります。この問題は国家経済全般及び国民生活の安定その他広汎な諸問題を包含して、決して簡単に解決を期することは困難でありますが、労資一団となりまして、国家再興に当る熱意をもって一日も速やかに解決いたしたいと考えます。

 なおこの際特に教育家諸君に希望する所は、各位が深く時局の実相を把握せられて、教育者たるの使命を自覚せられ、日本再建の途上における指導に誤りなからんことを期せられたいものであると思うのであります。

 これを要するにわが国の再建と国民生活安定のために、現在の甚だ憂慮すべき儼然たる事実を直視するとともに、この危局を打開する積極的及び建設的気迫をもって、新しい憲法の理想とする民主主義の精神に基づいて、すべてを国家再建の一点に結集いたしたいと思うのであります。また今日の現状は、これを諸外国の例に見ましても、決して悲観或は絶望すべきものではないということは、先ほど申したごとくでありますが、しかし今日日本国家、日本の経済を破壊するということは、決して連合軍の意思でもなく、従ってまたこの日本経済再興のためには、日本のわれよりする筋の立った希望であるならば、連合軍においても相当の考慮を払い、また理解をもって援助してくれるものと私は確信いたすのであります。何とぞ各位におかれましても、この経済危機突破のためには、国を挙げて協力努力して、この危機を突破し得るように御協力を切に希望いたします。