データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第45代第1次吉田(昭和21.5.22〜22.5.24)
[国会回次](帝国)第92回(通常会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1947/2/14
[参議院演説年月日] 1947/2/14
[全文]

 議員各位、終戦後こゝに一年有余を経過いたしまして、その間わが国は、憲法の改正、労働組合法の制定、農地制度の改革、補償打切りに関する諸法令の制定等を初めといたしまして、国内諸体制の全般にわたりまして、民主的平和的なる国家建設の歩を進め来ったのでありまするが、こゝに本年五月新憲法の施行を目標といたしまして、法律制度を整備せんがために、本議会に多数の関係法律案を提出いたしまする考えでございます。

 しかるに国家復興の基礎である経済に関しましては、今なお健全なる状態を回復し得ず、ために国民生活の安定を確保し得るに至っておらぬことはまことに遺憾なる次第でございます。これに対して政府はそれヾ/緊急施策を進めつゝありまするが、そのうち重要なるものは産業の再建と労働の問題であります。さらにインフレーション及び国民生活の安定の問題であります。

 産業の再建は、資材を重点的に集中活用して、基本的原材料の生産を振興するをもって基調とするものであります。石炭の生産の増強は、当面における中枢的目標であります。二十二年度において年産三千萬トンの出炭を目標として、わが国民経済を拡大再生産の過程に転ぜしめんと欲するものであります。本年四月以来、まず鉄鋼、肥料等の基本物資より逐次生産量の拡大を示すはずでありますが、連合国輸入の重油、石炭等はこれがためであります。これがため、一時他の産業または国民生活に対し相当の犠牲を余儀なくされることになりますが、経済復興を急速ならしめるために、ぜひとも国をあげての協力を期待するものであります。

 この際、特に政府の経済統制について一言いたしたいと思います。政府の目標とするところは、できるだけ速やかに個人企業的自由を確保する経済状態を可能ならしめんとする点にあります。しかしながら敗戦後極度に窮乏に陥ったわが国において、社会秩序と経済秩序を維持しつゝ、前に述べた通り基本産業を中心に急速に経済を再建し、国民生活の基本を確保せんがためには、当面において基本原材料、重要生活物資関係につき、適正にして強力なる統制方策を採用することがきわめて必要な措置であります。これはまたわが国がこれら重要物資について、外国からの支援輸入にまつところが少くない以上、当然とるべきところであります。統制の目的がかゝる点に存する以上、政府は今後の統制については、必要な範囲、程度を超えしめないことはもちろん、現に行いつゝある統制にして、その弊害顕著なるもの、または存続不要となったものについては、是正し、もしくは廃止せんとするものであります。政府はこれがため統制制度の調整に関する機関を内閣に設置して、急速にこれが実施をなさんとするものであります。同時に必要な統制の効果をあげ、インフレーションを防止するためには、重要物資に関する闇行為、闇市葉の撲滅を期し、政府はこれについて必要なる政策を積極的に実施せんとするものであります。

 次に、悪性インフレーションが国民生活を脅威し、産業経済の基本を危うからしむることについては、政府の最も苦慮し、これが対策に遺憾なからしむることを期するものであります。貯蓄増強運動については、議会の格別なる協力によってその効果の見るべきものがあり、今後も引続き強力に推進いたしてまいるつもりであります。しかしながら対策の基本は、金融財政の健全化、物資の生産増進及びその流通の円滑適正にまたねばならぬのであります。よって財政収支の均衡を保持し、産業資金の貸出しを合理化し、併せて所要の監査制度を樹立する等の方針を、生産流通面における格段の施策と併行してとらんとするものであります。これによって通貨の膨脹を抑止し、これが価値の安定を期するものであります。

 労働対策について申し述べますが、現下の経済危機を克服して、わが国産業再建の基礎を確立いたしまするためには、国民全体が真に一丸となってこれに当らねばならぬのであります。特に全勤労者の積極的な協力なくしては、その完遂が不可能なることは申すまでもありません。よって政府は勤労者の地位の向上と生活の安定については重大なる関心をもっておるのであります。その賃金、勤労時間、休息その他の勤労条件について、その最低基準を定め、もってその地位の向上と能率の増進をもたらすために、労働基準法案を本議会に提出することにいたしておるのであります。さらに税制の改正その他の方法によって、不公正なる富の分配を是正し、よって生ずる収入をもって、公益事業及び生活安定施策の拡充に充てる等、労働者の保護と経済復興への推進に資することについて考慮いたしておるのであります。特に給與の問題については、給與審議会において、わが国経済力を綜合的に検討し、現在わが国民に許さるべき生活の水準と、それに基く一般賃金基準とを算出し、それらを基礎として各部門の適正賃金を決定し、わが国の実情に適応した合理的な給與体系を確立いたしたいと考えております。

 わが国の労働運動は、終戦以来労働組合組織の整備充実を通じて活溌に展開せられつゝありまするが、これら労働運動がわが国経済再建にます\/貢献いたすように、政府は衷心より希望してやまぬのであります。また昨秋以来各方面において、産業経済復興に関する具体策の樹立のため、活溌なる活動が開始されつゝありまするが、政府はその成果を十分に尊重し、取るべきものは進んでこれを取入れ、真に盛上る労働者の勤労意欲により産業の再建が完遂せらるゝことを期待するものであります。

 さらに今回の官公庁職員の争議については、御承知のごとく政府は、その要求が切実なる生活事情に基いておることを率直に承認し、ゼネストの禍を防止するため、応急措置として、国家財政の許す限度までこれを認めることにいたしましたのでございます。しかして中央労働委員会を通じてあらゆる努力を払い、折衝したのでありますが、まことに不幸なことには、たゞその危機を回避するのは、わが国民みずからの手によって回避せらるべきはずでありましたが、不幸にして国民みずからの手によってこれを回避することができなかったことは、まこに遺憾に思うところであります。

 労働組合が、その内部における民主化を徹底いたしまして、かりにも少数者の独裁的指導により、組合員大衆の意思と游離した活動をなすがごときことがないよう、正常かつ健全なる発達をなすことを政府は希望してやまないのであります。すなわち政府は、個々の組合員の人格が十分に尊重され、その自由に表示された意思が正しく反映されるように、組合内部の民主化が徹底することを期待するのであります。それがためには、単に労資関係者のみならず、一般国民大衆が民主主義の真の精神を理解し、自己の良心に従って、率直に自己の意思と見解とを表明し得る、道義的勇気をもった自主の人たることが何よりも必要であり、これこそは民主主義の基礎であり、国民の教育の要諦もまたこゝにあると確信しておるのであります。政府は右の趣旨に則り、必要な啓発活動を実施するとともに、教育の刷新を企画いたしておるのであります。

 この際食糧問題について一言いたします。昨年秋における豊作によって、わが国の食糧事情が好転したのを機会に、政府は主食の増配を断行したのでありまするが、今年度におきましても、なお多量の食糧の輸入を仰がねばならぬことは御承知の通りであります。従って主食に関する統制はこれを行って行かねばならぬのであります。特に供出の完遂は、経済再建の途上にあるわが国においては、きわめて必要であり、農民諸君の十分の理解と協力とによって遺憾なきを期したいと思うのであります。政府としては、肥料その他の見返り物資の供給はもちろん、供出確保の措置についてはさらに一段の努力をなさんとするものであります。

 官紀の粛正については、申すまでもなく官公吏は国家公共の公僕であり、直接公共の福祉に奉仕するものでありまするから、その行動は直ちに国家全般の利害に重大なる影響をもつものでありまして、官紀綱紀の厳粛に保持せられねばならぬことは、もとよりであります。殊に直接教育に携わる教職員は、再建日本の礎石たるべき若き子弟に與える影響力の重大なるものあることを考え、その任務の崇高なるに思いをいたし、常にみずからの行動に深い戒慎を加えられたいと思うのであります。近時民主主義の真精神を誤解し、一面には著しく綱紀が弛緩し、みずから規律を軽んじ、法を無視してはばからない風潮がはなはだ顕著なることは、まことに国家のために遺憾に堪えないのであります。かゝる風潮は一日も速やかにこれを是正し、官界における綱紀の粛正をはからねばならぬと思うのであります。よって政府は給與の改善と相まって、官界における綱紀の維持刷新を期し、真に国民の公僕たるゆえんを十分に徹底せしむる所存であります。

 以上は政府の施政方針の大綱でありまするが、最後に国際の関係について一言いたしたいと思います。国際情勢は漸次平時の状態に復帰せんといたしておるのであります。わが国との関係においても、やがて近く講和条約等を考慮せられるの時期に至ることを予想いたしまするが、われ\/は一日も早くその時期に到来して、国際社会に復帰せんことを念願してやまないのであります。しかしながらそのここに至らしむるためには、国民が挙国一致、国家再建に専念するの誠意と事実が最も顕著に内外に表明せられねばならないのであります。しかるに終戦以来次第に国民の一致団結、国家再建に邁進する気迫の日に衰えつゝあるの感があるのは、真に遺憾であります。かつて愛国心に富める国民なりとして列国より尊敬せられたわが国民は、敗戦の結果志気沮喪し、道義頽廃、相剋摩擦日に加わるの風を見るは、まことに慨嘆にたえぬところであります。わが国の生活水準は、わずかに過去のストックと連合国の輸入物資により支えられ来ったのでありますが、そのストックの消耗とともに、一に輸入物資に依存せざるを得ない実情にあるのが今日であります。また輸入物資は、わが輸出の増進せざる限り、現状においては連合国の負担において輸入せらるゝものであります。しかるにもかゝわらず、現下のごとく労働争議の続発により、ひいて各方面に一致を欠き、民主政治の円満なる発達を妨げつゝあるがごとき外観を呈するにおいては、わが国に対する国際の批判も自然低下し、連合国の同情も離れ、遂に物資の輸入も減退して、さらに国家経済再建の遅延せらるゝのみならず、かくては講和条約の時期も自然遅延せらるゝに至らざるかを恐れるものであります。こゝに見るところあって、マッカーサー元帥は本議会後総選挙を勧告せられたものと想像いたします。議員各位におかれても、よくこれら現在各般の実情を直視せられ、この難局突破のために、はたまた国家再建のため、ぜひともます\/十分の協力あらんことを切に希望いたします。