[内閣名] 第47代芦田(昭和23.3.10〜23.10.15)
[国会回次] 第2回(常会)
[演説者] 芦田均内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1948/3/20
[参議院演説年月日] 1948/3/20
[全文]
今回国会の指名により、不肖私が内閣を組織することになりました。国家に対し、国民大衆に対して、責任の重きことを感じます。この上は、私の肉体と魂のすべてをささげて、この重責を果すことに努める決心であります。
つら\/内外の情勢を察するに、わが国再建の前途には幾多の難関が横たわっております。何とかしてこれを乗り切らなければ、われ\/民族の前途は危うい。それには、われ\/国民が一体となって困難を克服する以外に、みずから救う途はありません。わが国の現状は、あらしの中にただよう難破船のように、これを救う唯一の途は、船客も乗組員もその力に応じて船の安全のために協力することが急務であると存じます。この際いたずらに党派心にとらわれて議論に時を空費するがごときことは、われ\/の断じて與しないところであります。それゆえにわれ\/は、機会あるごとに各党各派の政治休戦を唱え、同胞相携えて危機突破に邁進すべきことを強く主張してきたのでありまして、片山内閣成立の当時、自由党を含む四党政策協定を結び、互譲の精神をもって政治の円満なる運用に努めたのも、そのためであります。今回の組閣にあたっても、私は政争の休止と国民総力の結集を目標にして各党に協力を求めたのでありましたが、今日の危機に対する認識において異なる点があったためか、私の念願が完全に達し得られなかったことは、深く遺憾とするところであります。しかしながら、われ\/は決してこの望みを捨てるものではありません。あくまでも国内の総力を集めて政局と民生の安定をはかることに努力し、そのためには政府は常に謙虚な態度をもって民論に耳を傾け、あくまで調和と融合の精神をもって進退する覚悟であります。
新内閣が達成せんとする最高の目標は、平和と自由と正義とが支配する世界を建設することであります。われわれは、この理想のもとに国内の再建に当たり、この精神をもって諸外国に対せんことを期するものであります。
一昨年制定された新憲法は、絶対の平和と自由とを確立することを明らかにしております。われ\/が平和と自由と正義の理想を追究し、それを実現することによって、初めて日本民族は永久に価値あるものとなることを信ずるものであります。新憲法の制定は、実にこの意味において民族更生の一大宣言でありました。われ\/は、これを一片の紙上の宣言に止めることなく、国内においても外国に対しても、これを実践する努力に全力を尽さなければならないと信じます。
新内閣はこれを施政の最高目標とするのでありますから、その歩まんとする道は当然に中道であります。何となれば、左右いずれにせよ、極端な思想は平和を維持するゆえんでないからであります。およそ無血革命と呼ばれるごとき国家の変動期においては、人心はややもすれば右か左かの極端に流れて、中正な進路を失いがちであります。しかしながら、偏った思想と極端な政治行動は、帰するところ暴力革命に導く危険を包蔵するのみであって、断じて平和に通ずる道ではありません。この意味において、われ\/は責任感の伴わない自由を排斥します。同時に、正義の名に隠れた利己主義をも排斥します。われ\/は、あくまでも真の民主主義を守って中道を進み、勤労を尊重し、社会連帯、国民協同の理念のもとに、生産の増大と分配の公正とを同時に実現せんことを企図するものであります。
わが国が一日も早く世界の平和国家群に参加することは、国民のひとしく熱望するところであります。今のところ、講和会議がいつ開かれるかは、はっきりとした見透しはつかないけれども今から講和会議に備えて、日本が世界列強の信頼を博するよう最善の努力をいたしたいと思います。世界列強の信頼を博する途は、われ\/が平和の愛好者として、精神的にも物質的にも自由を尊び、正義感に燃え、世界文化に貢献する気迫を示すことにあると考えます。講和条約の内容はもとより連合国の決定によるものでありますが、われ\/の行動が平和と自由と正義の原則に適うものであれば、講和条件は必ずや日本の独立と生存を傷つけない、公平なものであることを期待し得るでありましょう。
われ\/は、今占領軍の治下に住んでおります。占領軍の指導が歴史上まれに見る公正寛大なものであることは、万人の認めるところであります。これに対して、われ\/日本国民もまた占領軍に対してきわめて協力的態度を示した結果、未だ平和条約の調印を見ずして、すでに平和生活に一歩を踏み出し得たことを幸福とするものであります。この際政府が特に注意を傾けようとする点は、現在の環境において、わが内政の処理をなすにも、まずもって世界的関連においてなすべきものであるという点であります。
次に、政府のとらんとする経済政策については、他の閣僚より詳細申し述べるはずでありますから、私はその二、三について所見を述べるに止めます。
現在の日本においては、いかなる政府もインフレーションの克服に重点をおくべきことは言うまでもありません。それがために、インフレ克服の根本対策を立てて生産の増強をはかることは、何人も異論のない点であります。生産の増加については、資本と労働と経営の合理的調和をはかることが最も肝要でありますが、特に勤労大衆が崇高なその職責への自覚に立って心かう協力するのでなければ{前11字目ママ}、生産の増加が望み得ないことは明らかであります。その点から言って、政府は労働組合の健全な発達を切に念願しておるのでありまして、そのために必要な対策は十分考慮しております。しかしながら、自己の利益のみを主張し、社会協同生活に必要な調和の精神を欠くものは、労資ともに厳に排斥しなければなりません。それは結局において国民大衆の利益と相容れないからであります。
浮動購買力を吸収することは、インフレーションの克服のために緊急必要とする施策でありますが、この点については、別に具体的の対策を準備しておりますから、遠からず国会に提案する意向であります。もっとも、この流通面に対する施策にあたって最も重きをおくべきことは、通貨の信用を保持することでありまして、政府はそのために万全の注意を怠らない考えであります。
次に必要なことは資本の蓄積であります。日本は戦争によって国富の三分の一を失ったのでありますから、生産を興すには、まず資本を蓄積しなければなりません。しかるに、国民の大半が勤労階級となった今日では、資本は広く大衆から集めることが一層必要となるのでありまして、従ってまた大衆の利益を擁護するため、投資の危険を少くする途を講じなければなりません。
次に、産業の健全な発達のために経営を合理化し、その能率を十分発揮しなければ、生産の増大もはかられないことは明らかであります。今後日本が国際市場に進出することを許されたときに、輸出貿易が発達するかどうかはこの点にかかっておる点から言っても、経営の合理化は特に強調されなければならないのであります。
なお、これに関連して必要なことは生産技術の向上であります。わが国の生産技術が世界の水準に比べて最近著しく遅れておることはまことに遺憾でありまして、政府は生産技術の向上のために万全の施策を講ずる考えであります。
なお経済政策としてわれ\/の考えておる一、二の問題を附言して申し述べます。日本のような特殊の形態をもつ国においては、国土に適する産業を検討して、これを振興しなければなりません。その点から水力電業を開発することは、石炭の不足がちなるわが国にとって焦眉の急務でありまして、殊に大規模の発電工事については、政府がその資金を供給することも考慮しなければならぬと思います。
食糧問題については、最近米の供出が未曾有の好成績を示しまして、すでに一〇〇%を超えております。これまったく農民諸君の救国的精神の結晶でありまして、私はこの機会に、全国の農村に対し深く感謝の意を表するものであります。しかしながら食糧増産のためには、なお第二次農地改革の徹底、供出制度の改善等幾多の施策を必要とするのでありますから、政府はこれらの点について具体的研究に着手いたしたいと考えております。
なお、昨年度の水害による災害の復旧は一日も緩くすることを許されない事情にありますから、目下その対策について遺漏なきを期しておる次第であります。また平野地帯と山嶽地帯との中間に位する波丘地帯約三百万町歩の開発も、食糧増産、失業救済のために適切な事業でありますから、政府は具体的研究に着手したいと考えております。
今後における経済再建の基調については、各党各派の間にあるいは基本的理念を異にするところがあるかもしれません。しかしながら、わが国が現在おかれておる環境からするならば、当面に行わるべき施策はおのずから発見されるはずでありまして、資本主義政党が経済の終局の目標を企業の自由におくとしても、物資が極端に欠乏しておる現状においては、ある程度の統制が絶対に必要であることは明らかであります。政府が近く発表する生産の長期計画によって生産が増加するに従い、不必要な統制はこれを廃止し、合理的な経済体制を樹立する時期の来ることも予想し得ることであります。
以上は、政府が企図する生産増加対策の概要でありますが、その効果の完全に現われるには、なお時間を要するとも考えられます。その間にインフレが高進して、日本経済を破局に陥れる危険がないとは言えません。よって当面の急務は、生産増加に並行して不足物資を輸入に仰ぎ、一時の急を救うことであります。
不足物資の輸入は、一に連合国の好意的援助によるほかないのでありますが、さいわいに周囲の事情は好転して、おい\/多量の物資を輸入し得る曙光が輝き始めたことは、諸君とともに欣幸とするところであります。聞くところによれば、アメリカにおいては、日本経済を一九五四年までに、一九三〇年ないし三四年水準の一二五%にまで復興させる援助計画を考慮する向きもあると聞いております。わが国の経済は終戦後一時どん底に落ちたのでありますが、その後国民の気力と連合国の物資補給によって、緩慢ながら、徐々に回復の方向に向かい、インフレの高進にかかわらず、国民の実質的生活が向上したことは疑いないところであります。この際連合国の物質的援助があれば、インフレの進行は著しく鈍化して、経済の再建は強固なる基礎の上に立つことができるでありましょう。かくして初めてわれ\/は、久しい間の耐乏生活を脱却する希望をもつことが可能となるのであります。
しかしながら、連合国の好意的援助を得るためには、まずもって輸入の支払のために輸出の増進を必要といたします。これと同時に、われ\/の態度がその好意に値するものでなくてはなりません。日本国民が諸外国の信頼に背かない明らかな証拠として、ポツダム宣言を厳格に実行することはもちろん、国内の民主化を促進し、文化国家の建設に全力を傾けたいと思います。
なお外国資本の導入を容易にするためには、今日までその隘路となっておった幾多の障害を除いて、外国の資本家をして安んじてわが国の産業に投資するごとき受入態勢を整えなければなりません。政府は漸を逐うてこれを実現する考えであります。
終戦以来、国内の治安は敗戦国としては予想以上によく維持されてきました。しかしながら、戦争の結果として文化と道徳を頽廃させ、今なお犯罪の減少を見ないことは遺憾にたえないところであります。日本民族の血液から凶暴性を刈りとることは、一は国民生活安定の問題であり、さらにまた道義の高揚をはかる教育の問題であります。政府は最大の関心をもってこれに善処する決心であります。
地方自治体の運用は、新憲法によって今試練の前に立っております。われわれは地方自治体が民主主義の根幹であることを思い、正しき自治精神が発揚されて、地方分権が名実ともに完成されることを期待するものであります。地方に移管せられた自治警察が、今後真に民衆の友として十分に機能を発揮する日も遠くはないと信じますが、同時に、国民諸君もまた進んで犯罪の防止に協力せられんことを切望してやまないものであります。
さらにまた国民道徳の高揚については、民族の名誉にかけて、この際速やかに適当な処置を講じなければなりません。われ\/の伝統は、正しきを踏んで恐れない精神と、同胞に対する愛情とでありまして、この伝統をとりもどすことによって、われ\/の祖国は真に住みよい国となり得るのであります。政府はこの精神を基調として、教学の振興に今後一層努力をいたすとともに、六・三制の実施についても前内閣以来の方針を堅持する意向であります。
この際私は、国内において最も恵まれない境遇にある海外引揚同胞と戦災者に対して一言いたします。これらの人々は、多くはまとうに衣なく、住むに家なき境遇にありますが、政府は事情の許す限り真心を傾け、国費を投じて救済に努めることを約束いたしたいと思います。
戦災都市の復興も、まことに急を要する重大問題であります。政府はこの際、その道の権威者を集めて、その計画に基いて戦災都市の復興を促進する意向でありますが、特に住宅の建設については、欧米の実例に鑑み、学ぶべき点は十分にこれを採用して、早急にその実現をはかりたいと考えております。
最後に、国際情勢に関するわれ\/の関心について一言いたします。
最近の大戦争によって人類の受けた惨禍は、今なおわれ\/の体験に新たなるものでありまして、世界の多くの国民は、飢餓と混乱のちまたに迷っております。それにもかかわらず、世界はさらに第三次大戦のまぼろしにおののいているというのが現在の姿であります。わが国は、まだ国際連合に参加する時期に達していないために、平和に対する発言権さえももち得ない立場にあります。けれども、われ\/の生存が密接に世界に関連をもつ今日、われわれは決して平和の維持に無関心であり得ないのであります。殊に東洋の隣邦諸国において政情の安定を見ないことは、わが国の経済再建に大いなる障害をなすものであります。われわれは新憲法において、一切の軍備を放棄し、一切の戦争を否認する決意を示しました。世界がこの崇高な理想において日本国民と歩調を同じくせんことは、われらの熱望であると同時に、われ\/は今後引続きこの理想の旗のもとに、平和と自由と正義との支配する世界の建設に不断の努力をいたしたいと決意しております。
以上私は、新内閣が政局の現段階に対する物心両面の用意と、経済危機の突破についての構想の概要とを申し述べたのでありますが、私は右に述べたような基本観念に立って、広く国内の政治力を結集し、国民大衆と力を協せて政局の安定をはかり、経済再建に直進する決心であります。今日世界の国国がひとしく窮乏にあえいでおる際、われ\/は外からの援助のみによって救われようとする卑屈なる態度をとろうとは考えておりません。食糧の補給も、物の生産も、まずみずから起ち上って、できる限り自給自足をはからなければ、外からの援助は期待し得ないと思います。民族の特質は、かようなときにおいて最も顕著に現われるものでありまして、日本人が世界に伍して遜色なき国民であることを示すのは、逆境にある今日がその絶好の機会であります。
わが国が当面する危機は、今日ただいまも進行を止めてはいないのでありまして、これに打勝つことは容易ならぬ大事業であります。国会は申すに及ばす{前1字ママ}、広く国民諸君の心からなる支援を得なければ、この大事業を遂行することはできません。われ\/は、心を空しくして輿論に耳を傾け、広く建設的意見に傾聴し誠心誠意奉公の誠を尽したいと念願する次第であります。