データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第6回(臨時会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1949/11/8
[参議院演説年月日] 1949/11/8
[全文]

 本日ここに施政方針に関し私は所見を述ぶることを欣快といたします。

 今日国民が最も熱望いたしておりますことは、平和条約締結の一日も早からんことであります。最近外電はしきりに米英両国が条約準備中の旨を伝えております。これは米英の、わが国民の終戦以来自省耐乏、条約及び占領政策を誠実に遵守した等の努力に対する好意ある理解の結果と私は考えるのであります。

 独立を回復して国際団体に復帰の日のようやく近からんことを考えますときに、まことに諸君とともに御同慶の至りであります。ます\/その実現を確実ならしむるためにも、わが国が国際社会の一員としてはずかしからざる民主文化の国家であることを内外に実証することが、唯一の確実ならしめる方法であると考えるのであります。米国政府の勧請により、最近学術、労働、通商等各般の国際会議にオブザーバーとして招請を受くることようやく多く、外国との交通の自由も漸次回復いたしまして、各種の国際協定への参加、通商協定の締結等、事実上国交回復の実をあげつつありますことは、まことに喜ばしいことであります。

 最近、原子力の問題に関連いたしまして、わが国においても、わが国の安全保障について国民の関心を一層深くいたしておりまするが、わが国の安全を保障する唯一の道は、新憲法において厳粛に宣言せられたるがごとく、わが国は非武装国家として、列国に先んじてみずから戦争を放棄し、軍備を撤去し、平和を愛好する世界の輿論を背景といたしまして、世界の文明と平和と繁栄とに貢献せんとする国民の決意をます\/明らかにいたしまして、文明国世界のわが国に対する理解を促進することが、平和条約を促進する唯一の道と私は考えるのであります。つら\/敗戦の過去の事実を回想いたしますると、過去において、たまたまわが国が国際情勢に十分の知識を欠き、自国の軍備を過大に評価し、世界の平和を破壊してはばからざりしことが、遂にわが歴史を汚し、国運の興隆を妨げ、国民に、その子を失わしめ、その夫を失わしめ、その親を失わしめ、世界を敵として空前の不幸を持ち来したのであります。軍備のないことこそ、わが国民の安全幸福の保障でありまして、またもって世界の信頼をつなぐゆえんであります。また平和国家として世界に誇るに足るゆえんであると私は確信いたすのであります。ゆえに私は、国民諸君が国をあげて、あくまでもこの趣旨に徹底せられんことを希望するとともに、国民がかく覚醒することを私は信じて疑わないのであります。

 政府は、さきにドッジ氏の勧告に基き、まず本年度におきまして、終戦後初めての均衡予算を編成し、経済安定政策を実行し来ったのであります。幸いに米国の好意ある援助と国民諸君の努力とによりまして、インフレーションも現段階においてはその進行を停止し、国民経済はここに安定、正常化いたしまして、さらに積極的、本格的復興の段階に進みつつあることは、まことに諸君とともに御同慶に存ずるところであります。

 また、先般来訪のシャウプ博士の熱心なる調査研究の結果たる報告書に基き、マッカーサー元帥は、私に対して税制改正の勧告書を寄せられたのであります。政府は、右勧告書に基いて、現下の国情に適する広汎にして合理的なる租税制度を確立せんとして、目下成案を急いでおるのであります。

 税制は政治の出発点であります。租税は歳出を基礎として課せらるべきものであります。税制及び課税の方法が公正にして民度に適合して初めてここに善政が生ずるのであります。国民の生活が安定するのであります。しかるに、多年軍備及び戦争遂行のために税制及び課税に多くのむりを来し、また不当にして公正ならざる徴税をあえてしてはばからざるの風を生じましたことは、遺憾千万であります。この積弊は一朝にして拂拭することは不可能でありますが、この積弊が改められて、ここに初めて国民の生活が安定し、政治が明朗となるのであります。政府も国民も相協力してこれが是正に努力いたさなければならないのであります。

 国民負担の軽減と災害復旧とは当面の急務であります。政府は、本年度の予算の執行にあたりまして、行政費、価格差補助金等各般の助成金の節減のほか、極力歳出の節約をはかり、これによって捻出した額をもって諸税の軽減をはかるとともに、応急の災害復旧費に充てんとするものであります。明年度においては、さらに不用不急の歳出を圧縮し、もって諸税の調整軽減をはかる考えであります。

 最近における累次の風水害は、再建途上わが国経済に至大な障害を與えておるのでありまするが、まことに罹災地方に対して同情にたえないのであります。しかしながら、災害の原因は異常なる降雨量にもよりますが、一面、多年治山、治水、利水、電力資源開発等を含む根本的総合国土計画が欠如しておったということにも原因いたしておると考えるのであります。ゆえに政府は、この根本的総合国土開発施策を樹立いたしまして、所要の経費を計上し、強力にこれを推進実行し、かねて公共事業費による失業問題解決にも資せんとするものであります。

 文教の基本を確立いたしまして、民主国家を担当するにふさわしい国民を育成することは、今日において最も重要なる国務の一つであります。政府は特に初等教育に力をいたし、健全なる思想と円満なる常識とを涵養せしむるに必要なる施設を充実完備せんといたすものであります。

 行政整理は去る九月末をもって完了いたし、来年度約二百余億円の行政費の節約をいたすことになったのであります。さらに進んで、中央地方を通じ、行政制度全般にわたって検討を加え、各種の統制経済の廃止、整理とともに、真に合理的であって簡素なる行政機構を設け、一面各種補給金も漸次削減いたしまして、極力歳出の節約に努め、均衡財政方針を堅持するとともに、国民経済の基礎をます\/強化いたしたいと考うるのであります。いずれの時代、いずれの国においても、政府及び地方庁は国内最大の消費者であります。少しく油断すれば、行政費はとかく濫費せらるるのであります。戦後、わが国復興のために何としても行政を簡素化し、行政費の節約をいたさなければならないのでありますが、ややともすれば官吏の増員、政府の援助救済資金の増加を要求するの弊が今なお政府内外にやまざることは、まことに遺憾であります。国家公務員の一部には、官権を濫用して苛政を行い、行政手続をいたずらに煩瑣にして、国民の怨嗟の的になっておることは、おおうべからざる事実であります。政府としては、この積弊排除に十分の注意を拂いたいと考うるのであります。歳出の縮減、行政の簡素化も、国民諸君の協力、監視を得なければ実現ははなはだ困難であります。私は、これがために国民諸君の最も理解ある協力を切望してやまないのであります。

 戦後、物資の極度に欠乏する場合には、自由経済に移行する段階として、統制もやむを得ないのでありまするが、幸いに米国の援助及び生産の回復により、今や物資の統制を不必要とするもの、または有害とするに至れるものはなはだ多く、従って政府は従来統制の整理もしくは廃止に努力して来ましたが、本年に至り、野菜を初めとして石炭、銅、非鉄金属、まき、水産物等多数を統制よりはずすことができました。なおこれに伴い、各種公団は大幅に整理または廃止を断行する所存であります。

 またさきに単一為替レートが国民の予期せる額より円安に設定せられて、貿易振興に寄與いたしたことは、諸君御承知の通りであります。ポンド切下げは、わが国輸出に一時はある程度の困難を加うるでありましょうが、三百六十円レート設定の当時、すでに三百円説あり、また三百三十円説があったのでありますが、将来の内外の経済環境を勘案いたしまして三百六十円に設定いたしたのであります。政府は、生産費の切下げ、品質の改善等によって販路の開拓に資するとともに、三百六十円レートをあくまでも堅持する考えであります。もし政府が、この際現在の円為替レートを堅持することなく、わが国内外もまた、いたずらに切下げを待望するがごときものがありましたならば、ただに輸出を阻害するのみならず、ようやく安定しつつあるわが経済を脅かすこととなるのであります。現に英国においても、ポンド切下げが早計であったというような輿論が一部に発生いたしておるのでありまするが、これはわが国においても最も有益なる参考資料といたすべきであると考うるのであります。他方、貿易協定の締結、貿易統制管理の大幅の緩和等、輸出貿易進捗に政府はます\/努力いたす考えであります。

 また国際信義を守り、わが国の対外信用を高むることの大切なることは、申すまでもないのであります。政府は、戦争以来久しく停止いたしました外貨債の償却を再開する用意をいたしております。このことを、この機会において重ねて私はここに宣明いたしたいと思うのであります。

 次に、農地改革によって農村は自作農本位に再編成されましたが、政府は、今後における国際情勢、経済情勢の変化に順応いたしまするよう、農家の経営の安定をはかり、農業の基礎を確立するため、適切なる農業政策を樹立実行いたすつもりであります。

 今日賃金ベースの改定について論議せられておりますが、賃金の改定は、ただちに物価に影響を及ぼし、再び物価と賃金との悪循環を誘発するおそれがありまするから、政府はその改定を行わず、また減税と諸手当の充実、厚生施設等に注意いたしまして、極力実質賃金の増加をはかりまして、公務員の生活の安定をはからんといたしておるのであります。

 数千万に上るわが労働力は、わが国に残されたる最大の資源であります。最近わが国労働運動は、ようやく健全にして建設的なる方向をたどり、労働の生産性が高揚しつつあることは、私の深く喜びとするところであります。行政整理、産業合理化の進捗の結果、相当数の失業者の発生をするおそれのあることは、まことに憂慮にたえないところでありまするが、政府は、これが当面の応急策として、公共事業を拡充し、災害復旧事業、国土資源開発事業等に可及的多数の労働者を吸収するとともに、他面において緊急失業対策事業、失業保険制度の適切なる運用と相まって、失業者の生活を安定せしめんといたしております。しかしながら、ひつきよう産業の振興、輸出の増進によって、ただに現下の失業者を救済するのみならず、新たなる労働の需要を誘致して、雇用の増大をはかる以外に失業対策はないのであります。政府はこの点に十分の注意をいたしたいと存ずるのであります。

 在外邦人の引揚げにつきましては、終戦以来総司令部の非常な盡力により、各関係地方より昨年までに六百余万の送還をせられたのでありますが、さらにまた、本年六月下旬より現在に至るまで約八万五千人が送還されたのであります。しかしながら、いまだシベリヤ、中共地区等に多数の同胞が残っておりまして、寒気に向わんとする際、まことに心配にたえないのであります。今後とも関係方面の援助を得て、その引揚げ促進のため一層の努力を拂いたいと考えております。

 なお、過般国家公務員法に基き、人事院規則をもって政府職員の政治活動を規正いたしましたが、これはまことに適切かつ必要なる措置であると考えるのであります。国家の奉仕者たる政府職員が、その公正な立場を保持するため、その行動に若干の制約を受くることは、当然であると私は信ずるのであります。

 およそ戦後における生活難に伴う社会不安が外国の矯激なる思想を誘致し、国家を破壊と混乱に陥れんとするものの生ずることは、世界各国にその例を見るところであります。わが国においても、自由と人格とを無視する暴力的、破壊的傾向の一部少数分子が近時治安を乱し、経済復興を阻害するがごとき好ましからざる事件を頻発せしめましたることは、はなはだもって心外に存ずるところであります。国民諸君は、批判力と自主的勇気とを堅持して、治安及びわが復興を妨害するものに対し敢然これを排除し、国家の再建に国をあげて努力して他を顧みざることを、私は信じて疑わないのであります。また矯激なる思想を抱くものといえども、経済生活が安定し、健全なる国民思想が普及し、国際の環境が明朗となるとともに、自然愛国的民族意識に立ち帰るの日のあることを、私は確信して疑わないのである。政府は国民諸君の協力を得て、国家の平和と秩序維持に万全の措置を講ずる決心であります。

 以上のほか、中小企業対策、農林、水産業振興、運輸交通、通信の改革、社会保障制度及び地方財政の確立等は、ことヾ/く重要な時務でありまするが、所管大臣より詳細説明いたすはずであります。