[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第12回(臨時会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1951/10/12
[参議院演説年月日] 1951/10/12
[全文]
先般サンフランシスコにおいて、平和条約が三共産主義国以外の参加国との間に調印を終りましたことは、御同慶にたえません。
その前文において、日本は国際連合に加入し、国際連合憲章の原則を遵守し、人権を尊重し、公正な国際商慣習を尊重する意思を表明し、連合国はこれを歓迎することを明白にいたしております。日本国民の自発的宣言を記録し、喜んでこれを迎うるの形をとったことは、連合国において日本国民の意思を尊重し、これに信頼を置く証左でありまして、この条約のよって立つ精神を明らかにしたものであります。
条約の第一章は、戦争状態を終了し、日本の領域に対する日本国民の完全なる主権を認める旨を明らかにいたしております。
第二章は、日本の主権が四大島及び連合国の決定すべきその他の諸小島に限らるべきことを定めた降伏文書の第八項の原則に従って領土の処分を規定しております。日本は、朝鮮の独立を承認し、その他特定地域に対する権利、権原を放棄する。これらの地域の帰属が規定されていないのは、現在連合国の間に意見の一致を得られないからであるのであります。第三条に規定する北緯二十九度以南の南西諸島については、合衆国を施政権者とする信託統治制度のもとに置くことを規定し、同条は第二条のごとく、日本の権利、権原の放棄を明記いたしておりません。これらの諸島に対する主権が日本に残ることは、サンフランシスコにおいて米英代表が明言せられたところであります。
第三章は、安全保障に関する規定であります。日本は、国際連合憲章第二条の原則に従って行動すべきことを約束し、同時に連合国においても、日本との関係において同様の原則のもとに行動すべきことを明らかにいたしております。日本がただちに国際連合の一員となることができるならばこの規定の必要もないわけでありますが、大国による拒否権の行使のため資格ある諸国の国連加入が妨害されておる事情から考えまして、日本が安全保障の面において連合国とこのような関係に立つことを明記することを必要といたしたのであります。同時に、日本が主権国として国連憲章第五十一条にいう個別的または集団的の自衛権を有すること及び日本が集団的安全保障とりきめを自発的に結ぶことができるということを明らかにいたしております。なお、ポツダム宣言第九項で約束された帰還未了の日本軍隊の引揚げ実施の事務を、さらにこの条約において確認明記いたしております。
第四章、貿易及び通商の規定は、永久的な差別待遇を排除し、日本経済は何らの制限を受けない旨を明らかにいたしております。通商航海条約締結前四年の暫定期間中、連合国国民は、互恵的基礎において、関税に関して最恵国待遇、経済的活動については内国民待遇を受けることになっておるのであります。
第五章、賠償及び財産に関する規定において、日本が連合国に対し損害賠償支払いの原則を承認すると同時に、日本の現在の資源をもってその経済を維持し得る限度において負担する、すなわち賠償の限度を規定しておるのであります。日本軍隊の占領によって損害を受けた連合国に対し、日本人の役務を提供することによって賠償となすべきことを原則といたしているのであります。ダレス代表は、この規定をもって、正しい請求権に対しては精神的満足を与え、太平洋地域における健全なる政治及び経済と両立し得る物質的満足を最大限に与うる解決策であると言い、また日本は現在遊休労働力と遊休工業力とを有しているが、原料の不足のためにこれを活用できないでいる。従って、戦争で荒廃したこれらの国々が豊富に持っている原料を日本に提供し、日本人は原料供給国のために加工することができ、その上日本人の役務が提供されれば、相当の賠償を支払うことになるであろう、とりきめには、消費財のみならず、機械及び資本財も含まれ得るであろうし、これによって未開発国はその工業化の速度を早め、外国への工業上の依存度を軽くし得るであろう、と述べられておるのであります。
第六章は、紛争解決についての規定であります。
第七章は、批准、効力発生等の規定であります。その第二十六条は、この条約に署名しなかった国と日本との間に後日締結せらるべき二箇国間の平和条約の締結についての規定であります。中国については、連合国の間にその代表政府に関し一致が得られない困難な事情があり、さりとて連合国の間の意見が一致するまで対日講和を延期するということはできないことでありますから、後日日本と中国の間にこの条約と同様の平和条約を締結する道を開いておるのであります。
トルーマン大統領は、その歓迎の辞で、この平和条約は、過去を振り返るものでなく、将来を望むものであると言い、また、われ\/は新日本がゆたかな文化と平和に対する熱情とを持って国際社会にもたらすべき貢献に期待する、この貢献は年とともに増大するであろうと述べられ、ダレス代表もまた、この条約が、戦争から勝利、勝利から平和、平和から戦争へと歴史上繰返された悪循環を断ち切らんとするものである、復讐の平和ではなく、正義の平和であると言い、またヤンガー英国代表は、英国は伝統的に日本と利害を共通にし、日本国民に友情を持った、この伝統は、不幸過去二十年の間のできごとによって破られたが、今や日本との従前の友好関係をとりもどし得べきことを信ずるものである、英連邦は日本軍の残虐暴行を決して忘却するものでないが、この条約によって、連合国は、敵国にいまだかつて与えられたことのない寛大な条約を日本に与え、日本が自由と平和を愛好する諸国家の社会において正当なる地位へ復帰するよう日本を援助するものである、日本の多幸を祈る、と言われておるのであります。これらの論調は、サンフランシスコ会議の対日友好的感情を表明するものと存じますから、特にここに諸君に御報告いたす次第であります。
若干のアジア諸国は、日本の戦時中の残虐行為、戦災により生じた損害に対する賠償の履行を云々いたしております。またアメリカ、カナダ、豪州その他の諸国は、日本の漁船による濫獲等の既往の事跡に顧み、魚族保護のため漁業協定の迅速なる締結を希望し、さらにあるものは、日本の将来について、再侵略、軍国主義の復興ないし通商上の不当競争に対する危惧の念を表明せられたのであります。
私は、各国代表の意見陳述の後、所見を開陳する機会を与えられたのであります。私は、日本が欣然この平和条約を受諾するものであることを明らかにし、領土、経済、未引揚者等、平和条約について日本国民として陳述すべき所論を率直に述ぶるとともに、今日の日本は昨日の日本にあらず、国際連合憲章の精神の尊重と人権尊重の上に立って、列国とともに世界の平和と繁栄のために相協力して、その恵沢をともにせんとするものなることを明らかにいたしたいのであります。けだし、これは国民諸君の意ここにありと信じたから、かく述べたのであります。
戦争による損害賠償の義務の当然のことといたしましても、近代戦における敗戦国に、かような義務を完全に遂行する能力のないことは明白であります。ゆえに、ダレス代表は、全関係者を稗益する経済的仕組みのうちに正義の理念に奉仕する方式を主張せられ、日本はこれを欣然受諾いたしたのであります。しかる以上は、日本は誠意をもってこれが履行に当るべきであります。この趣旨は、私の受諾演説においても明らかにしておきました。これに伴う国民諸君の負担が重かるべきことは否定いたしませんが、わが国民の愛国心と、信義に徹するわが国民的性格は、この条約の義務を負うに決して異存はないと信ずるものであります。漁業問題についても同様であります。
一部代表の、平和克服後における日本の通商上の競争に対する危惧の念は、私が最も意外に感ずるところであります。また容易に納得いたし得ないところであります。受諾演説におきましても言及いたしました通り、領土の喪失、資源の不足、戦争による国土の荒廃、船腹の喪失、機械設備の損耗、さらに今後誠意をもって履行いたさんとする賠償の負担など、経済的にあらゆる不利な条件をになっておる敗戦日本に対し、他国が経済的に脅威を感ずるというがごときは、私ははなはだ了解ができぬところであります。日本の労働条件についても、トルーマン大統領及びダレス代表がその演説において強調された通り、占領下に断行された改革により、世界の最高水準を行く労働法制を整備しておるのであります。あまりに理想に過ぎてわが国情に適合せずとまで考えられるほど、前例の少きほどの高度の労働基準を設定いたしておるのであります。しかも平和条約において、日本は公正な国際商慣行を遵奉すべきことを誓約いたしておるのであります。しかして、なおわが貿易の海外進出をおそれ、わが自由活動を制限せんと欲する色あるは、私のます\/了解のできないところであります。
グロムイコ・ソ連代表は、日本の軍国主義の復活の防止が平和条約の締結にあたっての主要な仕事でなければならないにもかかわらず、この条約にはいかなる保障も含まれていないと評し、十三項にわたる修正案を提議いたした。これに対して、ダレス代表は、ソ連代表は日本における民主的傾向を阻害すべからずと言うが、ソ連のいう民主的傾向とは共産党のことであり、従って日本における共産党の破壊的活動を阻止すべからず、すなわち内部から日本を無防備にするねらいである。ソ連代表の日本に許す軍備は、名目にすぎない軍備を認めて、集団安全保障の利益を拒否するものである、日本をめぐる四つの海峡が、日本海に面する国の海軍、現実にはソ連の海軍にだけ通航を許すというがごときは、対内的にも対外的にも日本を無防備のままにしておき、近隣の強い力の犠牲にしようとする意図が明瞭に暴露されておる、と反駁されておるのであります。条約において、わが主権に何らの拘束を加えておりません。従って、日本がみずからの軍備を持つ道が平和条約でとざされておらないのであります。現実に日本としては、近代的軍備に必要な基礎資源を欠いており、再軍備のためにこの上増税をいたすことは、国民の耐え得るところではないのであります。さらに、今日の日本は、いまだ戦争の痛手からいえず、軍国主義、国家主義の再現への警戒は、いまなお怠っておるのではありません。かかる事実を前にして、ソビエト全権がわが国における軍国主義復活云々というのは、まことに根拠なき宣伝であります。
また日米安全保障条約は、平和条約と同日に署名されまして、これによって独立回復後の日本の安全について一応の保障を得るに至ったのであります。国内の治安は自力をもって当たるべきは当然でありますが、外部からの侵略に対して集団的防衛の手段をとることは、今日国際間の通念であります。無責任な侵略主義が跳梁する国際現状において、独立と自由を回復したあかつき、軍備なき日本が他の自由国家とともに集団的保護防衛の方法を講ずるほかなきは当然であります。日本が侵略主義の圏外に確保せられることは、とりもなおさず、極東の平和、ひいては世界の平和と繁栄の一前提であるのであります。これが日米安全保障条約を締結するに至った理由であります。
今日なお中立条約をもってわが独立を守らんと唱道するものがありますが、日本をめぐる国際情勢上、日本の中立について関係列国間に合意ができるものとも考えられません。また、かりに中立尊重の約束をなしても、その約束に信を置き得ない性格の国があることを忘れてはなりません。他方、国際連合による一般保障に活路を求めんとする者があります。国際連合は、世界最大の、また最高の安全保障機構でありますが、欧米列国においても、国際連合の保障に加うるに、補足的安全保障体制を整備しつつある現状であります。平和条約後における日本の安全保障の道として、平和愛好国との集団安全保障、すなわちこの際は日米条約による安全保障以外に方法はないと私は存ずるのであります。
安全保障条約の実施のために必要な細目は、今後日米両政府間に交渉をして取結ばれることになっております。その内容は将来決定されるところであって、国会に対しては、交渉が成立し、所要の予算または法案の審議を求める等の機会において、その内容は十分説明をいたします。
この条約による安全保障は、条約自身が規定しておるように、暫定的の措置であります。日本の永久的安全保障の道をどうすべきかということは、独立回復後において、政府及び国民が独自の見地に立って慎重考慮の上決定すべきものであります。
南西諸島の処理について、いまなお国民諸君の一部に不満の声を聞くのでありますが、日本は昭和二十年八月十四日に無条件降伏をし、領土の処分を連合国の手にゆだねたのであります。もちろん連合国がその最後の決定をなすにあたっては、わが国民の感情に沿うよう最善の努力をなされた結果到達されたものであります。国民の一部がいまなお釈然たらざる言動をなすことは、その心情を了といたしますが、外、連合国の好意と理解にこたえるゆえんでもなく、内、ポツダム宣言を敢然受諾をいたしたわが国民の当時の態度に比較いたして、わが国の威信に関するものと存じます。また日米両国の親善関係の樹立を妨げんとする悪意の策動に乗ぜらるるゆえとも考えらるるのであります。国民諸君が冷静に事態に対処して、米国政府の善意に信頼を置かれ、これら諸島の地位に関する日米両国間の協定の結果を静かに待たれるよう希望いたします。
平和条約の内容について、日本国民としては種々望むことがなおあるでありましょうが、歴史上前例のない公正な平和条約を得たことは、既往六年間敢然として降伏条項を履行して来た日本国民への信頼と期待がここに至ったのであります。この条約に宣明された日本の意思及び条約義務の完全な遵守、履行に今後最善の努力を傾けつつ、日本国民全体が協力一致して祖国再建に邁進せらるることを私は切望するものであります。アチソン議長は、閉会の辞において、日本の友人にとして、世界における平等と名誉と友好への大道に横たわる障害は、政府の手で取除き得るものはすべて取除かれた、残りの障害は、諸君のみがこれを取除き得る、諸君が理解と寛大と懇情とをもって他の諸国と行動するならば、それは可能である。これらの性質は日本国民の本性の中にある、と述べておるのであります。日本が世界において平等と名誉と友好の大道を邁進するやいなやは、一に国民諸君の自覚と奮起とにかかるのであります。
私は、関係諸国が進んで平和条約、日米安全保障条約の批准を了し、日本の完全なる独立が一日もすみやかに実現するために、わが国会にこの両条約の迅速なる審議と承認を希望いたしてやまないものであります。
財政について申し述べますが、平和条約に基づく、今後わが国の財政経済上の負担となるべき事項として、賠償、外貨債の支払い、連合国財産の損失補償等のほか、対日援助費の処理、防衛費の負担等、今後経済に重大なる影響を及ぼす問題の少くないのであります。これら条約に基く諸問題については、政府としては誠心誠意その処理に当たるはもちろん、一方わが国の経済力の現況から見て、これら負担が国民の生活水準に重大な圧迫を加えることのないよう万全の努力を払う所存であります。
補正予算については、今国会に提出する昭和二十六年度補正予算において、従来の健全財政の根本方針を堅持するとともに、最近における主食等の値上げに基づく生計費の増加に応じて所得税負担の適正化をはかることとし、さらに公務員の俸給の改善をはかる等の措置を実施いたします。産業の開発促進のため必要の資金の確保についても配慮を加うる考えであります。
行政の簡素化については、すでに一昨年相当規模の行政整理を断行いたしましたが、いまだ行政機構及び人員が、戦前に比較いたしますると、昭和七年の公務員が五十九万人であったのに対し、現在百五十二万人であるというような顕著な増加となっておるのであります。よってこの際、わが国の国力に適応するとともに、近代文化国家の運営に真に必要な簡素強力な行政内容を基礎として、これを能率的に運営するにふさわしき機構と人員にいたしたいと考うるのであります。これがため、まず事務の簡素化をはかり、また人員についても、現定員に対し、とりあえず十二万人程度を、来年一月一日より六箇月間の期間に整理することといたしました。これが実施のため必要な法律案を本国会に提出するとともに、政府関係機関については所要の予算上の措置を提案する所存であります。なお本整理による退職者については、財源の許す範囲で退職金等の増加支給に考慮をいたします。その失業対策としても、できるだけの手段を尽す考えであります。
なお政府として、国会、裁判所、会計検査院等の独立機関についても、国一般の行政官庁に準じて人員の整理を断行するよういたしたいと存ずる次第であります。
地方財政について——政府は、地方行政の改革についても、中央の行政改革に対応し、ただいま具体案を検討中であります。
食糧問題及び農林水産業について——食糧事情は今や安定した状態になったのに顧み、政府はすみやかに現行の主食の管理統制制度を撤廃する方針を決定いたしました。よって今後も農林水産業の生産の増強をはかりたいと存ずるのであります。