データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第13回(常会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1952/1/23
[参議院演説年月日] 1952/1/23
[全文]

 私は、ここに第十三回国会開会に際し施政の方針を演説することを欣快といたすものであります。

 平和条約は近く列国の批准を了して効力を発し、新日本として国際の間に新しく発足せんとするに至りましたことは、まことに御同慶に存ずる次第であります。そのここに至れるは、過去六箇年有余にわたり、八千万同胞が一致協力、国力の回復に渾身の努力をいたし、列国がわが民族の優秀性と愛国の至誠を認識せる結果にほかならぬと存ずるものであります。

 わが国現下の情勢は、まず食糧の確保を基礎といたしまして、内外の諸環境と相まち、日々安定を加え、労資の関係も漸次健全なる方向に向いつつあるのであります。わが国民所得は、昭和二十六年度においては四兆六千六百億円に達し、生産額は戦前昭和七年より十一年までを基準として一三八%となり、外国貿易は一昨年以来とみに激増し、輸出入総額は一兆二千億余円、三千五億ドルに達し、世界の軍拡景気に刺激せられ、ます\/活況を呈しつつあるのであります。ことにドル資金は昨年の末において五億五千万ドル、英貨は七千五百万ポンドを保有し、国家財政の基礎も堅実の度を加えて参っておるのであります。政府は、来年度以降においても均衡財政を堅持するに努めつつ、極力インフレ防止に力をいたして参るつもりでおります。

 しかしながら、明治以来幾十年の国力の蓄積は、敗戦の結果一朝にして喪失し、多少の繁栄によって近時経済の基礎ようやくならんといたしておりますが、いまだ脆弱なるを免れないのであります。ゆえに、市場景気のささいなる変動により、ただちに経済界に影響し、一喜一憂するの現状でございますがゆえに、たとい平和条約発効による独立回復いたしましても、かかる脆弱なる財政経済の基礎においては、自立経済の達成ははなはだ困難と考えるのであります。

 しかしながら、もしそれ産業の合理化、施設の改善、電力源の開発、外航船舶の増強などなるにおきましては、生産及び対外貿易は一層の進展を見るに至るべきことを確信いたすものであります。しかして、そのことたるや、一に外資の導入をまつにあらざれば急速の発展は期しがたいのであります。外資の導入は、国情の安定、わけて政局の安定を見るにあらざれば期待いたすことができないのであります。政府は、国民諸君の協力をもって、国情並びに政局の安定に極力力をいたす覚悟でございます。

 次に、当面重要なる事項について政府の所信を述べたいと思います。

 まず第一に外交関係でありまするが、各連合国における平和条約批准の状況は、現に順調に進行いたしておる模様であります。また日米安全保障条約に基く行政協定についても、近く具体的交渉が行われる予定であります。

 今日、平和の維持、経済の発展は、自由主義諸国が互いに密接なる互恵援助の関係を樹立するにあらざればその実現は期しがたいのであります。政府は、平和条約を基調といたしまして、国際連合の原則にのっとり、極力国際協力を推進いたしまするとともに、平和条約に調印しなかった諸国ともすみやかに国交回復を実現すべく、現に話を進めております。また中立国及びイタリア、ヴァチカン等の国々との間にも国交再開の話合いを進め、そのうち若干の国とはすでに外交関係再開の了解に到達いたしております。中国に関しては、平和条約に示された諸原則に従って国民政府との間に正常な関係を再開する条約を締結する用意がある旨を明らかにいたしたのであります。

 また、わが国の国際連合加盟のすみやかならんことを希望いたしまするが、その加盟前においても、国際連合の行う平和維持の措置に対しては今後とも全幅の協力をいたす考えでおります。

 平和条約中の漁業条項と賠償条項に関する交渉は、政府としては十分なる誠意を持ってこれに当たる決意であります。また日、米、加三国政府の代表者の間において、すでに北太平洋の公海漁業に関する国際条約案が一応妥結いたし、昨年末十四日に仮調印を見るに至ったのであります。これは関係各国において好感情をもって迎えられております。

 また賠償については、すでにインドネシアの代表団と、賠償や漁業等の問題について協定を成立せしめる意向のもとに交渉を開始いたしました。フィリピン政府とは、賠償のための下交渉の準備を始めております。

 なお、わが国と韓国との間における諸問題の解決のため双方の意見を交換し、相互に理解を深めておりまするが、近く本格的な会談を行うことになるものと考えます。

 わが国の国際経済関係については、平和条約の効力発生後できるだけすみやかに関係各国と通商航海条約を締結する考えであります。特に日米の間の通商航海条約については、近く米国政府との間に具体的交渉に入ることになっております。

 財政関係について申し述べますが、講和後に対処すべき明年度予算においては、わが国経済力の増強と国民生活の確保について万全の考慮を払いつつ、平和回復に伴う新たなる責任を遂行し、自立国家としての地位の確立を期したいと思います。すなわち平和回復に伴って、賠償、防衛負担費、国内治安費等を初めといたしまして、財政支出は相当に増加をいたしまするが、従来の均衡財政の方針を堅持するとともに、経費の重点的配分をさらに徹底せしめ、財政の規模をあくまでも国民経済力の限度に適合したものにとどめたいと存じております。経済規模の拡大発展をはかり、経済安定の基礎を確立するため、今後資本蓄積を強力に推進する措置をとりたいと考えております。また税制については、本年度において実施した改正を来年度においても強化維持し、国民負担の増加を避け、その適正化をはかることにいたしております。今後とも増税は避け、減税に努むる覚悟であります。

 行政機構改革について申し述べますが、政府は、講和の成立を機会といたしまして、現行の複雑厖大な行政機構に根本的検討を加えて、極力行政の簡素合理化とともに国費の縮減を行い、簡素かつ能率的な行政機構に改めるがため、国家行政組織法及び各省設置法等必要なる改正法律案を本国会に提案する所存であります。

 また地方制度にも検討を加え、簡素にしてかつ能率的な地方行政の確立を目ざして、本国会に関係法律案を提出いたしたいと存じております。

 国内治安関係について申し述べますが、現下の国際情勢を反映いたしまして、共産分子の国内の破壊活動は熾烈なるものがあると考えられるのであります。まことに治安上注意を要する次第であります。かかる事態に対処して、本国会に所要の法律案を提出する所存であります。

 また産業、通商貿易関係について申し述べまするが、広く自由世界との通商貿易を振興するため、価格の低位安定と品質の向上に特段の努力が必要と考えるのであります。政府は、そのため必要な電力、石炭等の急速なる増強をはかると同時に、産業の合理化、生産設備の近代化及び技術水準の向上、特に最新技術の導入につき鋭意施策を講ずる考えでございます。

 海運関係につきましては、政府においては、昭和二十四年以来、見返り資金の貸付等によって大型航洋船の整備拡充に努めた結果、本年当初において二百五十五隻、百五十万総トンの外航船腹を保有するに至っております。最近の情勢にかんがみ、大型航洋船の建造、改造等に要する資金の確保に特別な措置を講じ、外航船腹の緊急整備をはかる所存であります。

 労働関係について申し述べますが、労働者の福祉をはかりつつ労働能率を向上し、進んで国際的信用を維持高揚するがため、現行諸法規につき検討中でありまするが、このことは事態即応の当然の措置であり、経済の民主化、労働条件の国際的水準保持という基本方針に何ら変更するものはないのであります。これに関する一部の危惧は、まったく当らざるものであります。

 国民生活関係について申し述べますが、生産の増強も、貿易の振興も、また価格の安定も、帰着するところは国民生活の安定であります。終戦以来、遂年国民生活は安定の歩をたどり、生活水準も漸進的に回復を見ておるのでありまするが、食糧政策については前国会において明らかにいたしました通り、食糧事情は、全国農家の理解と協力による生産及び供出の好調と、食糧輸入の順調の結果、着々安定を見ておるのであります。従って、何ら前途に不安はないのであります。しかしながら、国内食糧の増産による自給度を高めることは農業政策の大本であります。政府は、来年度において、食糧増産につき格段の予算措置を講ぜんとするものであります。

 なお近時、災害による国土の荒廃はなはだしく、産業経済の復興と民生の安定をはなはだしく阻害しておる実情にかんがみまして、積極的に治山、治水、利水事業の総合計画を策定するとともに、道路の整備、住宅の建設に力をいたす考えでございます。

 国民生活の安定と相まって、文教の振興は政府の常に意図するところであります。特に国民教育の基本たる六・三制の義務教育については一層その充実向上をはかるのほか、産業教育を振興し、学術文化の高揚のために必要なる措置を講ずる考えであります。

 引揚げ問題について一言いたしますが、いまなお多数の未帰還者のソビエトにあることは、まことに憂慮にたえないところであります。目下スイス国ジュネーヴにおいて開催中の国際連合の引揚げに関する特別委員会の主催する会議の招請に応じまして、帝国政府は——日本政府は代表三名を出席せしめたのであります。再度にわたり引揚げ問題について説明の機会を与えられるに至りましたことは、国連引揚特別委員会その他関係諸国の好意と援助とのたまものでありまして、日本政府は、これらの国国に対し深甚なる謝意を表するとともに、すべての連合国が国際連合を介し、または他の方法によって、これら日本人のすみやかなる帰還を実現するために、あらゆる努力と協力とを与えられるよう切望いたしてやまないのであります。

 戦没者の遺族及び戦傷病者に関しては、政府として、国家として、敬弔と感謝のまことを込め、慎重に審議研究を続けて参りましたが、今期国会にこの予算並びに法律案を提出する考えであります。

 終わりに臨んで一言いたしますが、新日本発足の門出において、私は国民諸君とともにさらに決意を新たにして、外、平和条約を基調とし、国際連合の原則にのっとり、国際協力を推進し、内、治安防衛を確保しつつ経済財政の基礎を強固にするがため、国民的一致協力、国力の培養に専心せんことを要望してやまないのであります。既往六年有余の苦難に耐え忍ばれたる八千余万の同胞の愛国の至情は、世界列国環視のもとに新日本建設の偉業を開く抱負と矜持を持って勇往邁進せられることを私は信じて疑わないのであります。