[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第16回(特別会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1953/6/16
[参議院演説年月日] 1953/6/16
[全文]
第十六回国会にあたり、ここに政府の所信を述べる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。
皇太子殿下には、去る二日、御名代として英国女王陛下の戴冠式に参列せられ、滞りなく御任務を果たされたことことは慶祝にたえません。今後、欧米諸国を御歴訪の上、十分の御成果を収められ、無事帰朝せられまするよう、国民諸君とともに祈念いたす次第であります。
最近の国際情勢は、朝鮮の休戦を初め、東西両陣営の対立が多少緩和する傾向にあるやに見受けられます。もとより共産側の世界政策が基本的にかわることはあり得ないにいたしましても、朝鮮の休戦はアジアにおける平和回復の第一歩と見るべく、わが国としては、これを契機に、アジアにおける平和建設、特に朝鮮の復興に大いに協力いたしたいと考うるのであります。
今や独立後第二年を迎え、祖国再建の要務は一日もゆるがせにし得ざるものがあります。政府は、日本再建の基盤が経済の自立にあることを信じ、内、自給度の向上にあらゆる施策を行うとともに、外は正常なる貿易の振興に最善の努力を傾けんとするものであります。しかしながら、昨年以来の世界的の輸入制限と、予想される輸出競争の激化に当面いたしまして、事は決して容易ではありません。政府は、経済外交の推進とともに、商社の強化と独占禁止法の緩和による貿易態勢の整備に努め、さらに、わが国物価のコスト高が国際市場進出の一大支障なるに顧み、基礎産業の合理化を極力促進し、コストの引下げによる国際競争力の培養をはかる考えであります。
同時に、不急不要の物質、特に奢侈品の輸入については、厳にこれを戒めたいと考うるのであります。また中小企業については、それが輸出産業の有力なる一翼たるに顧み、その組織化、合理化を促進し、特に金融問題については、財政資金の積極的な投入により、その育成強化を期する考えであります。
国際収支の拡大均衡上重大な役割をになう海運については、引続き外航船舶の拡充を推進するとともに、国際競争上の弱点を克服するための幾多の育成措置を講じ、海運基礎の強化に最善の努力をいたす所存であります。
中国貿易に多くを期待し得ない今日、東南アジア関係の重要なるは、あらためて申し述ぶるまでもありません。政府は、東南アジア諸国の繁栄のためには、資本、技術、役務等のあらゆる協力を惜しまず、今後一層互恵共栄の関係を深めたいとの所存であります。
正常貿易の振興、国際収支の拡大と並行して最も緊要なるは、実に民生の安定であります。政府は、前内閣に引続き行政の簡素化、合理化に努め、真に国力と国情に適合した行政制度を確立するとともに、行政監察機構を整備強化し、行政運営の能率化と予算の効率的使用をはかり、もって行政費の節約、国民負担の軽減に資する考えであります。
国民租税負担の軽減については、所得税等において本年度約千二十億の減税を実施するはもちろん、政府は、今後負担の軽減と課税の合理化を目標に、中央地方を通ずる税制の根本的改正に着手する所存であります。
国民生活の基本をなす食糧については、総合的な自給度向上をはかることが緊要であります。このため、増産の基盤である農地の拡張と改良を行うことはもちろん、営農技術の普及改善並びに畜産の振興をはかり、水産資源の維持開発に努めるとともに、農林水産業経営の安定合理化のため、金融措置、保険制度の拡充強化等に遺憾なきを期したいと存ずるのであります。
住宅問題の解決、結核対策の強化等の厚生施設、戦傷病者遺族及び未帰還者の留守家族に対する援護並びに中共地方からの帰還者の受入れ援護等は、すべて第四次吉田内閣の計画を踏襲し、旧軍人恩給もまた恩給法特例審議会の建議を尊重し、でき得る限りの措置を講ずる考えであります。
前内閣の争議方法規制に関する法律案も、同様にこれを踏襲し、提案いたしました。本案は、昨年の電産、炭労二大争議の苦い経験にかんがみ、前国会に提案して、解散前すでに衆議院の可決を見たもので、公共の福祉と労働争議権の調和を期する上において当然の措置と考うるのであります。
もとより、政府は、労働者の福祉についても深い関心を有するもので、重要産業の合理化と並行して、乏しい財源のうちから失業対策費を増額いたしております。
この際特に一言を要するは地方財政の現状であります。政府は、その窮状打開の一助として、今回とりあえず地方財政平衡交付金の増額及び地方起債のわくの拡大を行い、一応の調整措置をなしたのでありますが、そも\/地方財政の窮乏は、ひっきょうするに地方制度それ自身に内在するものであります。自治体の財政運営についても厳に検討を必要とするものがあると考えます。政府は、鋭意制度の根本的改革を進め、もって国情にふさわしい合理的な地方制度を確立したいと考えております。
国土の荒廃が産業経済の復興と民生の安定を著しく阻害せる実情に顧み、政府は、今後治山治水の総合的、多目的計画を実施するとともに、一面重要幹線道路及び資源開発道路、鉄道その他交通を整備し、一段の努力を払って、もって国土の保全及び開発に資したいと存ずるのであります。
最後に、いわゆる防衛問題については、最近種々の論議が行われておりますが、政府は、一貫せる所信により、ごうも従来の方針を変更する必要を認めておりませんのであります。
以上、政府の所信の一斑を述べましたが、国民生活の安定、文教の刷新、道義の高揚、治安の確保は、前内閣以来の不変の信条であります。
思うに、政局の安定と祖国の再建のための強力なる施策の推進とは時局の要請であります。政府は、党派のいかんにかかわらず、同憂の各位が必ずや政府とこの認識をわかたるべきを信じ、二十八年度予算案その他重要法案がすみやかに審議可決せらるることを期待いたしてやみません。