[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第19回(常会)
[演説者] 吉田茂内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1954/1/27
[参議院演説年月日] 1954/1/27
[全文]
第十九回国会の休会明けにあたり、政府の所信を述べる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。
最近の国際情勢を通観いたしますと、国際的緊張はかなり緩和されたように見受けられるのでありますが、東西の冷戦状態は依然として存続していると考えられます。かかる情勢を前にして、わが国は、世界平和の確立を念願する見地より、自由諸国との協力提携を強化せんとする従来の基本的方針を堅持し、なかんずくアジアの自由諸国との友好関係の増進に努めるべきであると考えるのであります。特に東南アジア諸国に対しては、賠償問題の早急なる解決を期し、正常なる国交の樹立を急ぐとともに、経済協力を通じて相手国の繁栄に寄与し、善隣相助けて世界の平和に貢献したいと考えるのであります。
李ライン問題その他隣邦韓国との間の懸案が年を越えてなお解決を見ないのは最も遺憾とするところであります。政府は、あらためて最善の努力をいたすつもりであり、両国唇歯の関係からも必ずや公正妥当の結論を得るに至ることを信じて疑わないのであります。
昨年十二月奄美群島が復帰したことは、まことに御同慶にたえません。過去八年にわたる二十万同胞の労苦に深甚の同情を表するとともに、政府としては、今後同群島の復興と民生の安定につき、あとう限りの努力を惜しまないのであります。
沖縄諸島、小笠原諸島等の復帰についても、政府は、今後機会のあるごとに全国民の強い要望を伝えて、その早期実現を要請する考えであります。
未復帰の領土とともに想起を禁じ得ないのは戦犯者の問題であります。政府は、昨年豪州、フィリピン両国政府によってとられた寛容の措置にあらためて謝意を表するとともに、同様の配意がなるべくすみやかに残存する戦犯者の上に注がれることを期待するものであります。けだし、独立後三年、戦争の記憶と創痍とを一日も早く払拭し、国民的気概を新たにして世界の平和に寄与せんとすることは、独立日本の切なる念願であるからであります。
政府は、二十九年度予算案を編成するにあたり、極力財政の規模を圧縮し、これを一兆円以内に収めることにいたしたのであります。わが国の経済が最近インフレ的傾向にあることは、もろ\/の数字より見てこれを否定し得ないところであります。もしこの趨勢がさらに早められ、インフレーションによる悪循環がせきを切って奔流するに至れば、それはただちに日本経済の崩壊であるのであります。かかる実情にかんがみ、昭和二十九年度においては、わが国経済の基調を積極的な物価の引下げ及び円の対外価値の強化に置き、通商貿易の振興、従って国際収支の発展的均衡に最善の努力を傾けるつもりであります。問題は決して単なる財政の圧縮のみをもってよくするところではありません。すなわち、政府は、金融引締め継続強化する一方、資本の蓄積、貯蓄の増強等に資するため税法の改正を行う所存であります。民間においても、この際産業設備の合理化、技術水準の向上に努め、もって国際競争力の強化に最善を尽されんことを切望いたすのであります。
政府は、この間においても、治山治水、道路等の国の根本をつちかうものについては、乏しき財源の中からあとう限りの施策をなさんとするものであります。昨年の屡次にわたる大災害は、もと天災によるとはいえ、戦前戦時を通じ治山治水の対策を等閑に付した結果であります。これ政府がさきに治山治水対策協議会を設けてその根本対策を検討したゆえんであります。本予算においても、災害復旧費とともに、一つの重点をこれに置いたゆえんであります。道路もまた治山治水と同様国の将来に対する投資であり、蓄積であり、これは財政圧縮の中にあって特にこれを取上げた次第であります。
財政圧縮を前に当然に考えられるのは食糧問題であります。経済自立の基盤をつちかうためには、総合的な食糧自給度の向上をはかることは急務中の急務と存ずるのであります。政府が過般北海道開発に関する専任大臣を任命した一つの理由も、以上の観点から、国の関心をより強く北海道開発に注がんとするものにほかならないのであります。一面、政府は、農地の改良、営農技術の普及改善等、従来の方針をさらに強力に推進するとともに、近時国民的食嗜好の変遷の傾向にかんがみ、この際積極的に米食偏重の食生活を改善すべく鋭意検討を進めたいと存ずのであります。
防衛問題については、国力に応じ自衛力を漸増する基本方針については、何らかわるところはないのであります。米国が財政緊縮方針に基きその駐留軍漸減の希望あるに対し、来年度において国家財政を勘案し保安隊を増強する考えであります。それは、ひとり日米安全保障条約上の要請であるばかりでなく、国力の許す範囲において、自由諸国の共同防衛体制の樹立に寄与するため、みずからの手によってみずからの国を守る体制を一日も早く樹立することは、当然の責務であると考えるからであります。これがため近く米国との間に相互援助協定が締結される運びになっておるのであります。政府は、叙上の情勢を考慮して、この際保安庁法その他関係法律に所要の改正を行い、保安隊、警備隊をそれヾ/自衛隊に切りかえるとともに、航空自衛隊を新設し、自衛隊に直接侵略に対処する任務を持たせるため必要の規定を設けたいと存ずるのであります。
政府は、さらに、最近の治安状況にかんがみ、その確保と責任の明確化に腐心しつつあったのでありますが、たまたま今回の行政機構改革にあたり、独立後の懸案であった警察制度の根本的改革を行うに決し、近く案を具して国会に提出する所存であります。その主眼とするところは、現在の国家地方警察と自治体警察とをともに廃止して、新たに都道府県警察を設け、警察管理の民主的保障を保持しつつ責任を明確にするところにあります。
一部極端なる傾向が教育界に現われつつある事実もまた政府として見のがし得ざるところであります。学校教育は心身の発達の未熟な生徒児童を対象とするものであり、従って特定の政党政派の主義主張を刻印するがごとき教育を施すことは厳に戒めるべきであります。しかるに、現状においては、学校教育の政治的中立性が侵されんとする危険性が少くないので、政府は、これに対し所要の立法措置を講じ、国の将来のため正常な学校教育の運営を保障したいと考えるものであります。
財政の緊縮に伴い、行政整理と地方諸制度の合理化は、思うに当然の措置であります。政府は、過去六年の間常に行政各部門の機構とその事務の簡素化を検討して参り、なお今後も努力を続けるつもりでありますが、二十九年度においては警察制度の改革と人事院の改組等を行い、人事整理の面においても事務の簡素化に伴い約六万人の縮減を断行する所存であります。地方制度については、さきに地方制度調査会の答申を得ましたので、その結論の線を尊重し、逐次所要の改正を行う考えであります。
以上、政府の所信の一端を述べましたが、緊縮予算の趣旨を貫くことは、事必ずしも容易でないのであります。政府は、国民各位がよく一旦の耐乏生活を克服して、各界一致、労資協調、国家経済の自立達成に協力せらるるを信ずるものであります。政府においても、この際特に民生安定に努め、この重大時局の打開に際し、いやしくも国民的偕調が害せられざるよう最善の努力を傾ける覚悟であります。切に各位の御協力を希望いたします。