[内閣名] 第52代第1次鳩山(昭和29.12.10〜30.3.19)
[国会回次] 第21回(常会)
[演説者] 鳩山一郎内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1955/1/22
[参議院演説年月日] 1955/1/22
[全文]
さきに私は本国会の指名によりまして内閣総理大臣の重責につき、ここに政府の所信を申し述べる機会を得ましたことは、私のまことに光栄とするところであります。
明朗な政治を実現して民主主義の徹底をはかり、国民大衆の声をよく国政の上に反映することの必要であることは、まさに時代の強い要請であると信じております。過ぐる第十九回国会以来の国会の実情及び吉田内閣退陣から現内閣の成立に至る政治情勢から見まして、国民の意思が正しく国会の勢力分野に反映されておらないことは明白であります。よって、政府は、この見地に立って、民主主義のルールを尊重し、信を国民に問うべく、近く衆議院を解散して公明な選挙を行い、もって国民の神聖な審判を仰ぎたいと考えております。かくして、公明な選挙によって国民の信任を確保し、難局の打開に邁進いたしたい所存でございます。
今日わが国の最大の課題は、すみやかにわが国の自主独立を完成いたし、独立国家の国民としての自覚を高め、わが国の自立再建を達成することにあると信じております。
このため、政府は、まず、外交においては、世界平和の確保と各国との共存共栄を目標とし、広く国民の理解と支持とによる積極的な自主平和外交を展開しようとするものであります。このため、アメリカその他自由諸国との緊密な提携協力の基本方針を堅持し、国際緊張の緩和に努めるとともに、なおこれまで国交の開かれざる諸国との関係をもでき得る限り調整していく方針でございます。韓国及び東南アジア各国に対しては、誠意をもって諸懸案の解決をはかりまして、善隣友好と経済提携を促進いたし、進んでアジアの復興と繁栄に寄与したいと存じます。
なお、多数の未帰還同胞がいまだ異国に残留しており、さらに現在なお六百余名の同胞が戦争犯罪人として拘禁せられておることはまことに遺憾でありまして、政府といたしましては、関係諸国に訴えて、すみやかに引き揚げ並びに釈放が実現するように一そうの努力をする考えであります。
変転する国際情勢のもとにあって、わが国の自主独立の実をあげるためにも、国力の許す範囲において、みずからの手によってみずからの国を守るべき態勢を一日も早く樹立することは、国家として当然の責務であろうと存ずるのであります。従って、防衛問題に関する政府の基本方針は、国力相応の自衛力を充実整備して、すみやかに自主防衛態勢を確立することによって駐留軍の早期撤退を期するにあります。
わが国の自主独立の達成のためには、占領下において制定された諸法令、諸制度につきましても、それぞれ所要の再検討を加えて、わが国の国情に即した改善をいたしたいと考えるのであります。特に国家の基本法たる憲法については、制定当時の事情と、これが実施の結果にかんがみまして、国情に即した修正を施す必要があることは、これを認めざるを得ないところであります。しかし、憲法は、その重要性にかんがみ、これが改革につきましては最も慎重を期すべきものであると存じます。従って、政府といたしましては、国民各層の意見を十分に徴して、しさいにその内容を検討し、平和主義、民主主義の原則を堅持しつつ、最もわが国情に適するごとく改善の方途を講じなければならないと存ずる次第であります。すなわち、これがため、国会に、学識経験者その他国民各層代表者の参加を求めまして、超党派的な憲法調査審議機関を設置いたしまして、慎重審議の上でその成案を策定するようにいたすべきであると考えております。
経済の自立再建は国家の独立のため最も必要なことであることは、言うをまたないところであります。もとより、狭少な領土に膨大な人口を擁するわが国経済の自立再建をはかることは容易ならざるところであります。これを実現するためには国民全体の協力を必要とすることは申すまでもありませんが、そのためには、国民経済に対し長期の見通しを持つ総合的な計画を示し、国民に希望を持たせることが必要であります。政府が自由企業の原則に立って総合経済六カ年計画を樹立し、広く国民の理解を求めようとするのは全くこの趣旨にほかならぬものであります。すなわち、政府は、長期かつ総合的な計画のもとに、まず税制を改正して中小企業者、勤労者、農民等の負担軽減を行いつつ、中央、地方を通じて財政の健全化をはかり、もって経済拡大への基礎を固めんとするものであります。また、金融面においてもその健全化に努めることといたし、これがためには豊富な資金が必要でありますので、資本の蓄積と国民貯蓄の増強に特段の措置を講じたいと考えております。
経済の自立を達成するため、正常貿易の伸張と、これが要件である基幹産業の近代化、合理化、科学技術振興の緊要なことは申すまでもありません。これらについて、政府は必要有効な措置を講じ、万遺漏なきを期する所存でありますが、特に科学技術振興のため官民研究機関の機能を充実し、もって資源の開拓とその有効な利用により優秀な国産品を生産し、その使用奨励に資せんとするものであります。
産業を復興し、経済の自立を達成するためには、労働と資本の協力を必要とするものであります。政府は、労使の双方が正義と友愛の精神に基づいて、相互にその立場を尊重して、産業の復興再建に最善の努力を傾けられることを切望するものであります。そのため、政府は、労働運動の正常化を念願するとともに、各般の方策によって労使の協力体制を確立いたしまして、産業平和の確保に努めようとするものであります。
デフレによる経済健全化のための過程として、失業者の増大と中小企業者に対するしわ寄せの集中が見られるのでありますが、政府といたしましては、中小企業者に対しては、わが国における経済的、社会的重要性にかんがみ、その組織化と金融の円滑化につき格段の措置を講じ、特に中小企業製品の優秀化とこれが輸出振興について積極的施策を考慮中であります。
失業対策といたしましては、根本的には前述の長期総合計画の実施により雇用の増加を期するはもちろんでありますが、さしあたりの強力な対策としては、公共事業の面において緊急就労対策事業を全国的に実施し、もって失業者の大幅な吸収をはかる所存であります。
なお、国民生活、特に働く者の生活を安定せしめるため、昭和三十年度においては思い切った予算措置を講じて、庶民住宅建設の強力な推進をはかりたいと考えております。
農林、漁業及び食糧問題につきましては、まず畜産物、水産物を含めた総合的食糧の計画的増産を確保することによって食糧輸入の節減をはかり、他面、農林水産物の輸出振興方策を講ずる考えであります。
内外の農業経済情勢に応じ、農林漁業の経営安定には特に力をいたし、これがため肥料、飼料等重要生産資材の価格の低廉化と需要の安定をはかるとともに、農林畜水産物の価格の安定と流通の改善刷新、農地担保金融制度の創設、農業災害補償制度の改善等を実施する所存であります。
さらに、食糧管理制度につきましては、内外の食糧事情及び経済事情にかんがみまして、根本的改革を行うため、すみやかに成案を得るよう努力中でございます。
毎年頻発する災害の抜本的防除と国土保全のため、政府は、造林、林道並びに道路事業、都市計画事業、災害復旧事業等につきまして、総合的な治山治水基本計画を確立いたしまして、これが適性かつ能率的な推進をはかる所存であります。
なお、政府は、北海道及び東北地方の占める地位の重要性に着目いたし、これが開発については特段の力をいたす所存であります。
また、災害を未然に防止し、国土、人命の安全をはかるため、気象業務、非常無線通信網等の整備拡充をはかるとともに、船舶、航空機等の整備により海上保安態勢を強化していく考えであります。
社会保障の充実強化は、民生安定のためきわめて肝要な事柄でありますが、政府は、各種疾病保険の普及充実をはかるとともに、これら保険に対する応急的補強措置を講じ、また結核その他の疾病予防に力をいたすとともに、医療機関の整備普及を期せんとするものでございます。
なお、恩給制度の改革、遺家族及び引揚者に対する援護につきましては、財政事情の許す限り適宜の措置を講ぜんとするものであります。
文教の刷新は、現下のわが国にとって最も緊急の問題であります。戦後急激に行われた学制の改革は国情に適合しない点が多々ありますので、現行教育制度及び教育内容について十分な検討を加えるとともに、教育施設の整備充実、特に最も緊急を要する六三制施設並びに老朽危険施設の整備をはかりたいと思っております。
わが国力を回復いたし、自立国家体制を確立するためには、何よりもまず国民各自の個人道徳の高揚をはかり、道義と相互扶助の精神を基調とした社会道徳を確立しなければならないのであります。
覚醒剤、不良出版物等のはんらんはまことに嘆かわしき事態でありますが、特にわが国の将来をになうべき青少年に対して悪影響を与えていることは、まことに憂慮すべきことであります。政府としては、広く民間諸団体の協力を得まして、早急にこれが絶滅のため適切有効な対策を講じ、もって明朗な社会の建設に邁進いたしたいと存ずるのであります。
近時わが国の治安はようやく平静に復しつつあることは御同慶にたえないところでありますが、暴力は絶対に否定いたしたい。すなわち、極左的破壊活動については、わが国の現状にかんがみ、断固これを取り締る方針であり、また、これと並んで最近極右分子のうちにも直接行動に訴えんとする事例も発生しているので、これが取締りについても徹底的に行う方針であります。
この際特に一言したいのは、戦争終結以来すでに十年の歳月を経過したにかかわらず、自主独立の気風上がらず、国民道義のいまだ全からざることでありまして、これは私の衷心遺憾に感ずるところであります。特に、近時政界、官界を通じて著しく綱紀の弛緩頽廃を招き、国民の激しい指弾を受けておりますことは、私のまことに慨嘆にたえないところであります。政府は、この現状にかんがみまして、公明選挙を基盤として政界の粛正刷新をはかり、議会政治の信用を回復するとともに、官公吏については信賞必罰を徹底して官紀の振粛をはかる方針であります。さらに、政府は、社会道義、国民道徳の高揚をはかり、順法精神を振起し、精神、物質両面にわたる国家再建の一大国民運動を強力に推進いたす所存でございます。
近く行われる予定の総選挙は、前国会において成立した新選挙法のもとにおいて初めて行われる選挙であり、その意義は真に重大であります。政府は、前国会における衆議院の決議の趣旨に従って強力な公明選挙運動を展開しようとして、引き続き行われる地方選挙とともに、各界各層の御協力のもとに公正明朗な選挙に有終の美をおさめしめるため全力を傾注したいと念じておるものであります。
以上明らかにいたしました諸施策によりまして、人心を新たにし、国民が前途に希望を持ち得る明朗清新なる社会を建設いたしたいと存じます。
ここに所信の一端を披瀝いたしまして、国会を通じて国民各位の御理解と御協力を衷心切望する次第であります。