データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第53代第2次鳩山(昭和30.3.19〜30.11.22)
[国会回次] 第22回(特別会)
[演説者] 鳩山一郎内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1955/4/25
[参議院演説年月日] 1955/4/25
[全文]

 さきに行われました総選挙の結果に基きまして、私は、第一党たる日本民主党の総裁として、本国会の指名によって再び内閣総理大臣の重責をにないまして、第二次鳩山内閣を組織いたしました。

 本日、昭和三十年度予算を国会に提出いたしまして国政の本格的審議を求めるに当りまして、ここに政府の所信を申し述べる機会を得ましたことは、私のまことに光栄とするところであります。

 私はまず私の抱く政治理念の大本について申し述べたいと思います。

 その第一は、民主政治のあり方についてであります。およそ民主主義の基調は個人の自由の達成と人格の尊厳とを主張する自由主義にありますが、それは同時に他人の自由と人格の尊厳とを認めることを前提としておることでありまして、私はこれを友愛精神と呼んでおります。要するに、互譲、寛容の精神こそ民主政治を正しく運用させる基本であると思うのであります。

 各政党が、それぞれの信念に基いて、お互いに自説を主張し合うことは当然でありますけれども、それはあくまでも、国家国民のために、よりよい政治を実現することが目的でなければなりせん。しかるに、不幸にして、近来、わが国の政治の実態は、その民主政治の精神から逸脱いたしまして、何事についても与野党の間に絶対相いれない形の政争が繰り返されたことは、まことに遺憾にたえないことであります。

 このような風潮に対して、政府は、今後あくまでも民主政治の本義に徹して、みずから恥じない行動をとり、わが国の民主政治を正しい姿に引き戻しまして、りっぱに育て上げ、国民の議会政治に対する信頼を回復するために最善の努力をいたすべく深く決意しているのであります。いたずらに権力をふるって独善に陥ることなく、あくまでも謙虚な態度で各派の意見に耳を傾けまして、国政の審議に当っては十分その意を尽し、国民の要望する政局安定のために誠意を披瀝いたして、その協力を求める態度をとりたいと考えておるのであります。

 次に、その第二は、平和外交の推進についてであります。従来しばしば申し上げました通り、わが国外交の基調が、自主独立の方針を堅持しつつ、米国初めその他の民主主義国との協調にあることは、不動の方針であります。他方、ソ連に対しては、たびたび表明いたしました通り、すみやかに戦争状態を終結し、正常関係を回復したいという考えを持っておりまして、同じく中共に対しましても、極力貿易関係の改善に努めたい所存であります。

 私はこの機会に特にあらためて明らかにしておきたいと思いますことは、共産主義国家と国交を行うことと、共産主義を受け入れるということは、全然別個な事柄であるということであります。われわれは、あくまでも反共の態度を堅持いたしまして、民主主義擁護のため万全の対策を講じて参る覚悟であります。しかしながら、幾らわれわれが反対している共産主義思想であっても、現にその共産主義を信奉している有力な国家が存在する事実は否定はできないのであります。このような国家に対しては、お互いに相手国の主権を尊重し、自国の思想を他に宣伝強制することなく、正常なる国際関係もしくは経済交流の道を開くことによって、ともに利益を得ることを考えなければなりません。しかも、このことは、世界のたれもがおそれる第三次世界大戦の勃発を防ぐためにも必要であると信ずるものであります。戦争の回避と平和の確保こそは、今、日本国民にとって何ものにもかえがたい絶対の悲願であります。従って、平和外交の推進こそは、今日の日本の為政者に与えられた最大の務めであると確信するものであります。

 もとより、アジアに国をなす日本として、アジア諸国との親善に力を注ぐのは当然なことであります。そこで、政府は、あらゆる機会をとらえてアジア復興の方策に参画し、さらに他国の主唱するアジア援助計画にも積極的に参加するなどの手段をとりまして、相携えてアジアの自立と発展に寄与したい所存でございます。

 以上のような外交方針とも関連して、わが国が自主独立の実をあげるためには、どうしても国力の許す範囲内において自分の国を守る態勢を整えておく必要があります。従って、政府は、国力に相応じた自衛力を漸次整備いたしまして、米国駐留軍が逐次撤退できるようにするため、経済六カ年計画と見合う長期防衛計画を作成するつもりであります。そのためにも、国防会議を設置し、国防に関する重要事項を審議することといたしたい考えであります。

 次に、国民生活の安定と向上について申し述べます。

 独立の完成は、経済の自立がその基礎でありますが、この経済自立のためには、国民生活の安定をはからなければなりません。国民生活を安定させることは、ひいては真の防衛力を培養することとなるとともに、わが国を共産主義の脅威から守ることにもなるのであります。

 国民生活の安定のためには、まず農林、水産、鉱工業等の生産と貿易を盛んにするとともに、消費生活をできるだけ豊かにすることが肝要であることは言うまでもありません。

 しかしながら、敗戦によって経済の基盤を破壊されたわが国においては、終戦十年を迎えた今日、いまだその回復が十分ではありません。従って、民生の安定も一挙にその成果を全うすることは困難でありまして、長期にわたる総合計画を着実に実施いたさなければなりません。政府はさきに経済六カ年計画を発表いたしましたが、本年はその出発の第一年として、拡大生産への地固めと民生安定の第一歩を着実に進める方針でありまして、このため諸般の施策を三十年度の予算に具体化した次第であります。詳細については関係閣僚から説明することになっておりますので、そのおもなるもの二、三について簡単に申し上げることにいたします。

 その一は、住宅問題であります。政府が住宅政策に大きな重点を置いておりますことは、すでに種々の機会に申し述べたところであります。昭和三十年度における建設目標を四十二万戸といたしまして、公営住宅、住宅金融公庫による住宅等のほか、新たに住宅公団を設立して、一般庶民住宅の建設、宅地造成等を積極的に推進していく予定であり、また、民間の自力による住宅建設に対しましては、税制その他の面において必要な措置を講じて、できる限りこれに協力を惜しまない所存であります。

 その二は、社会保障関係の問題であります。まず失業問題については、政府の最も重視しているところでありまして、根本的には、長期経済計画のもとに逐次産業活動を活発化し、それによって雇用の増大をはかっていく考えでありますが、当面の対策としては、失業対策費を大幅に増額して失業対策事業を拡充し、また特別失業対策事業と公共事業の総合的運用によって失業者の吸収をはかり、いやしくも社会不安を引き起すことのないよう万全の措置を講ずるつもりであります。また、医療保障及び各種の公的扶助等の社会保障の充実は、民生の安定上きわめて肝要な事柄でありますので、政府もまたこれに十分力を注ぎたいと思っております。

 その三は、所得税の減税であります。税制が国民生活に影響することはきわめて大きいものでありますが、本年度においては、所得税を中心とする直接税三百二十七億円の減税をはかりました。国民生活に関係の深い所得税については、特に低額所得者の負担を軽減することとし、公約の実現に努めたのであります。

 以上、私は政局の現状に対する基本的態度と重要政策の二、三について申し述べましたが、私は、民主政治は力の政治ではなく、あくまでも正義の政治でなければならないと確信いたしております。正義の政治が行われる土台がその国の国民のかおり高い品性と良知良能にあることはもちろんであり、その意味で教育こそすべての大本であることは申すまでもありません。政府は、そのために必要な文教の充実と刷新の諸施策を講ずるとともに、国民の間から盛り上がる新生活運動を助長して参りたいと思います。

 政府は、民主主義のルールを守り、みずからその身を清廉に持して、国会の品位を高め、それによって政治の信頼を回復することに全力をあげる覚悟であります。しかも、国民大衆の声をできるだけ施策の上に反映させて、国民と血のつながる明朗な政治を行い、人心を一新して、国民が前途に希望の持てるような正しい社会を築き上げたいと念願しております。

 ここに政府の所信の一端を申し述べまして、国会を通じて国民各位の御理解と御協力を衷心より切望する次第でございます。