データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第55代石橋(昭和31.12.23〜32.2.25)
[国会回次] 第26回(常会)
[演説者] 石橋湛山内閣総理大臣(代理岸信介)
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1957/2/4
[参議院演説年月日] 1957/2/4
[全文]

 石橋内閣総理大臣には、さきに内閣首班の重責につき、本国会に臨んで、親しく諸君に施政の方針を述べるはずでありましたところ、去る一月二十五日から風邪のため就床し、主治医の診断によれば、今後なお約三週間の静養を要するとのことであります。このような次第により、国政全般に、かりそめにも遅滞を生ずることのないようにするため、石橋総理の病気引きこもり中、不肖私が内閣総理大臣臨時代理の職務を行うこととなったのであります。私は、この間、全力を尽して、私に与えられた重大な職責を全ういたしたい決意であります。

 ここに、第二十六回国会に臨み、石橋内閣の施政の方針を申し述べることといたします。

 二大政党による国会の運営が、真に国民の期待に沿い、国民の信を一そう高めるためにとるべき方途は一、二にとどまりませんが、その中でも、特に、自由民主党及び日本社会党の両党が、外交を初め、国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合せるべきことについては相互に協力を惜しまず、世界の進運に伍していくようにしなければならないと思うのであります。国会に国民が寄せる信頼は、民主主義の基であります。これにいささかなりともゆるぎがあってはなりません。そのためには、個人としてはもとより、公党の立場においても、清廉はつらつの気風をふるい起こし、常に国家の永遠の運命に思いをいたし、地方的利害や国民の一部の思惑に偏することなく、国民全体の福祉をのみ念じて国政の方向を定め、論議を尽していくように努めたいのであります。

 政府といたしましては、国会運営の正常化に極力協力するとともに、官公庁が国民のための奉仕機関としての実を十分に発揮し得るよう、その業務の運営についてすみやかに検討を加えて行政の能率化をはかるとともに、行政監察を一段と強化したい考えであります。このようにして、政界と官界がよくその使命とすべき職分を全うし、綱紀の刷新を行うことが、今日における政治について心をいたすべき根本であると私は信じております。新内閣は、まず改むべきは政治であり、政府であるとの見地から、政府部内を戒めるとともに、進んで新しい局面に対処する積極的な政策を推進し、国民がはっきりと希望を持ち得る政治を行いたいと考えているのであります。

 まず、目を国際政局に向けますと、昨年は世界政治の上に重大事件が相次ぎ、特に東欧の新事態とスエズをめぐる中近東の動乱によって、世界の緊張緩和の趨勢は一頓挫し、その結果、国際政局は著しく変転し、その前途は多難と思われるのであります。このときに当り、さきにソヴィエト連邦との間に国交を回復することによって東西に外交のとびらを開き、全世界の注視と祝福のうちに国際連合に加盟したわが国は、きわめて重要な地位を占めるとともに、これに伴う重い責任を負うに至ったのであります。私は、この機会に、国際連合への加盟が国民多年の念願であったことを想起し、戦後多難な歳月をよく耐えてきた全国民のたゆまない努力と友邦諸国の並々ならぬ支援に対し、深い敬意を払うものであります。われわれ日本国民は、この重要な地位と責任にふさわしい力を、物心両面にわたって養わなければなりません。終戦以来ともすればありがちであった他力依存の思想を一掃し、独立自主、自力更生の思想をふるい起し、国力の増進をはからねばなりません。今後、わが国は、国際連合を中心として、世界の平和と繁栄に貢献することを、わが外交の基本方針とすべきものと思います。もとより、わが国は民主主義国家として発展することを国是としており、従って、わが国の外交政策の基盤は、民主主義国との協調を積極的に実現することにありますが、たまたま、日米両国において、時を同じゅうして新しい政府が成立したことにもかんがみ、米国との間の相互理解と協力を一そう推進していくよう、特に考慮を払いたいと考えておるのであります。また、アジア諸国とは、賠償その他の諸懸案の解決、経済、文化などの面における協力の増進に努めることによって、これらの国々との善隣友好を深め、互助発展を期したいのであります。

 さらに、私は、国際経済の面において、国民各位の不断の努力により、わが国の地位が向上しつつある現状を喜ぶとともに、政府としても、さらに国際競争上不利な障害を除き、通商その他の面において、わが経済力がますますその実力を伸長できるよう、経済外交を強化し、適切な措置をとる決意であります。

 次に、わが国の経済は、生産、貿易などの分野において近来著しく発展してきましたが、この際、さらに生活水準の向上と完全雇用を目ざし、あくまでもインフレを防ぎつつ、産業活動と国民生活の全般にわたって均衡のとれた発展を促進することが必要であります。

 昭和三十二年度予算の編成に当っては、財政の健全化を確保しつつ、財政の役割を積極的に果し得るよう、重要施策を重点的に推進いたしたいと考えております。予算案に盛り込んだ重要施策の詳細につきましては関係閣僚の演説に譲り、私は、そのおもなるものについて、簡単に述べることにいたします。

 まず第一は、産業基盤の確立と貿易の拡大についてであります。わが国産業の対外競争力は、欧米諸国に比べ、いまだかなり遜色がありますので、産業設備の近代化、生産体制の整備、労働生産性の向上などによって産業の近代化をさらに徹底的に行うとともに、道路、港湾、輸送機関など産業関連施設を増強する方針であります。ここ数年来、わが国の輸出は、きわめて好調に推移しておりますが、これは海外経済の好況に負うところが多いので、今後、激動する世界情勢のもとにおいては、輸出の振興について、なお、特段の配慮を要すると考えます。このため、政府は、海外市場の積極的開拓、輸出取引秩序の確立、東南アジアや中南米などに対する海外投資、技術協力の促進などに努力を払う方針であります。また、このことと並んで、産業技術の革新と向上が輸出振興上もきわめて重要であることにかんがみ、新技術の研究、その成果の活用、普及などに関し、総合的な施策を実施したいと考えております。

 第二は、農林漁業と中小企業の対策についてであります。

 食糧の自給度を高めるとともに、食糧需給の調整を総合的見地から一そう円滑にすることは、わが国農政の基本問題でありますので、政府は、これが対策について諸般の措置を講じておるのでありますが、その一つとして、食糧管理の合理化に努める所存であります。また、農産物生産の基盤である土地条件の整備を計画的に推し進め、青年層を中心とする自主的な活動による新農山漁村建設事業の振興をはかるよう、極力援助いたす考えであります。さらに、寒冷地帯に対しては、有畜経営と農業機械化の促進など、適切な対策を講じていくようにいたしているのであります。

 また、わが国の経済好況の波は、ようやく中小企業にも及びつつありますが、中小企業については、なお解決を要する多くの問題があります。このため、金融を円滑にし、その組織をさらに強化して、その経済的地位の向上をはかるとともに、輸出産業を中心とする設備の近代化、技術の向上、経営の改善などを助成する方針であります。

 第三は、国民生活の安定についてであります。

 国民の生活を安定させ、福祉国家を築き上げることは、政府の最も意を用いているところであります。その具体的な方策といたしましては、まず一千億円を上回る減税を断行し、国民の税負担を軽くしたことであります。また、住宅が現在なお相当不足しておりますので、明年度におきましては、民間の自力によって建設されるものも含めて、約五十万戸を建設することを目標といたしております。なお、国民生活の環境を改善整備し、この面においても明るい国民生活の実現を期したいと考えているのであります。

 次に、社会保障制度の整備拡充については、種々施策を講じていく所存でありますが、まず、社会保障制度の中核である医療保障制度を確立するため、できるだけ早く、すべての国民が社会保険に加入できるよう必要な措置を講ずるとともに、国民生活の上に大きな脅威となっている結核に対して、その予防措置を強化し、結核を撲滅するよう努めたいのであります。また、老齢者と母子世帯の福祉の向上をはかるため、さしあたり明年度において年金制度の創設を準備することとし、社会保障制度の拡充に大きく新生面を打ち出すこととしたのであります。また、近時国民生活水準の著しい向上にもかかわらず、これに足並みを合わせることのできない低所得者階層に対しまして、新たに医療費の貸付制度を設けるなどにより、これら階層に属する人々の防貧、更生施策を強化いたしたのであります。また、このことと並んで、多年の懸案であった在外財産問題につきましては、引揚者の現状にかんがみ、在外財産問題審議会の答申を尊重して、この問題の処理をはかるようにいたしたいのであります。

 次に、雇用問題につきましては、経済の活況により、就業者の数は増加し、一方離職者の数は減少するなど、相当好転してきたのでありますが、なお、多数の不完全就業者が存在し、一方において、年々新たに就職を必要とする労働力人口が増すなど、今後において解決を要する問題が多いのであります。しかし、この余った労働力こそは、わが国経済発展の余力を示すものでありますから、政府は、この労働力が十二分に発揮できるよう、雇用の増大、やさしく申せば、仕事をふやすことに政策の中心を置く方針であります。なお、以上の雇用拡大の方策をとるほか、当面の情勢に対処するためには、公共事業を拡充するとともに、失業対策事業を充実し、失業者の雇用吸収に万全を期したい所存であります。

 最後に、右以外の重要事項について述べたいと存じます。

 現在経済発展の隘路である運輸交通につきましては、その総合的な整備、拡充の方途を講じたい考えであります。これがためには、国鉄運賃の改訂を行い、鉄道輸送力の増強をはかることといたしましたほか、高速自動車道路建設の促進、港湾の整備、航空路網の増強、通信施設の拡充などに着手することとし、一面頻発する水害を根本的に防ぎ、国土保全の万全を期し、電源の開発、北海道、東北地方の振興を行うなど、産業基盤の整備の立場からも、特段の考慮を払っていきたいと考えているのであります。

 次に、独立国家の民族的支柱であり国民活動の精神的源泉である教育の充実をはかり、科学の振興と国民道義の確立を期し、文教の刷新を講ずべきことを特に強調したいのであります。

 最近の治安情勢につきましては、特に著しい変化は見られませんが、わが国内外の情勢にかんがみ、今後国内における反民主主義活動の動向は必ずしも楽観を許さないものがありますので、民主主義擁護の根本方針にのっとりつつ、治安の維持に万全を期したいと存じております。

 また、国土の防衛につきましては、わが国の立場から考え、わが国の国力と国情に応ずる防衛力を整備する方針を堅持することとし、防衛力の当面の整備に当っては、日米共同防衛の建前を基礎としながらも、世界の趨勢にかんがみ、量より質に重点を置き、自衛隊の装備の充実をはかることとしたのであります。

 次に、地方財政につきましては、地方財政の健全化を推進しつつ行政水準の確保に努め、住民福祉の向上をはかりたいと存じます。また、新市町村の建設の助成を強化するとともに、府県制度など地方制度全般についても、地方制度調査会の答申を待って根本的な改革を検討いたしたい考えであります。

 以上、当面の重要施策について決意を述べたのでありますが、この機会に、私は、国民各位、とりわけ、わが国の将来をになう青年諸君が、自主独立の精神に燃え、世界平和の旗手として新日本を建設せんとする決意を深められるよう、切望いたしたいのであります。自主の思想は、模倣と雷同によってはつちかわれず、実にみずからの探求においてのみ得られるものであります。このため、私は、今後、いろいろの機関を通じ、青年諸君はもとより、広く各層の国民各位と接触し、国民の声を聞き、同時に、私どもの考えているところも率直に申し上げ、国民とともにある明るい政治を築くようにしたいと念願しておる次第であります。