データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第56代第1次岸(昭和32.2.25〜33.6.12)
[国会回次] 第27回(臨時会)
[演説者] 岸信介内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1957/11/1
[参議院演説年月日] 1957/11/1
[全文]

 私は、第二十六回国会終了後、二回にわたって海外を歴訪し、また、去る七月には内閣の大改造を行いました。その後、広く国内各地を回り、国民諸君と接することに努めて参ったのであります。そして、現下の国政を担当することは、国際場裏においても、また内政の面においても、いかに責任の重いかを身をもって痛感するとともに、国民から託されたこの大任を十分に果すよう、決意をいよいよ固くしたのであります。

 国政の全分野にわたる施政の方針につきましては、近く開かれる通常国会において明らかにいたしたいと存じますが、本臨時国会開会に際し、前国会閉会から今日までにおける主要な国政の動向と当面する諸問題について所見を申し述べ、施政の方針を明らかにしたいと思うのであります。

 私は、さきに東南アジアの諸国を訪問いたしました。また、九月には中華民国の張羣特使を、十月にはインドのネール首相を迎えたほか、多くの国々からの賓客の来訪を受けました。これら諸国の首脳者と胸襟を開いて会談し、わが国平和外交の基調を明らかにし、世界平和の確保にアジア諸国が一致協力すべきことを訴えるとともに、アジアの平和と繁栄のための経済協力と文化提携を強調したのであります。ことに、ネール首相とは、核実験禁止、軍縮問題などについて会談を重ねたのであります。各国首脳が、いずれも、多くの点において、私と同じ考えを持っていることを見出し、わが外交方針に一そうの自信を深めるに至ったのであります。こうした積極的な外交の展開によって、アジア諸国家との友好親善はいよいよ深まるものと、かたく信ずるのであります。

 本国会の終るのを待って、前回訪問することができなかった東南アジア諸国とオーストラリア及びニュージーランドを歴訪することとしているのであります。前回の東南アジア訪問と同様、この訪問も必ずやよき成果をもたらすものと確信するのであります。

 次に、去る六月、私は、米国を訪問し、アイゼンハワー大統領を初め米国政府首脳と腹蔵なく話し合いを行いました。もともと、この訪米の目的は、日米平等の立場に立った強固にして恒久的な協力関係の基礎を築くことにあったのでありますが、この意図は十分所期の成果をおさめることができたのであります。私は、この新しい日米協力の関係をさらに推し進めることを決意するとともに、国際政治において、自由諸国とわが国とが一そう協力関係を緊密にして、世界の平和と安全の維持にますます貢献し得るようにいたしたいのであります

 アジア諸国との善隣友好と、自由諸国との協調とともに、わが外交の三大原則の一つは国際連合の支持であります。わが国は、早くから国際連合への加盟を希望し、また、この加盟が実現する前におきましても、外からの協力を惜しまなかったのでありますが、昨年末宿望がかなって正式加盟を見ましてからは、国際連合の使命達成に努力を傾けてきたのであります。このたび加盟後一年にも満たないわが国が安全保障理事会の非常任理事国に当選することができましたことは、わが国の国際的地位の急速な向上と世界平和への貢献の能力とを如実に示すものでありまして、まことに心強く感ずる次第であります。同時に、私は、国民諸君とともに、わが国が負うこととなりました責任の重きをあらためて痛感し、平和と安全の確保という人類共通の目標に向ってさらに一段と努力いたしたいのであります。

 以上、最近の外交の動きとその成果について触れてきたのでありますが、私の国際社会に対する基本的な信条は、世界永遠の平和を確立することであります。核実験禁止について、関係国に対し再三の申し入れを行い、また国際連合に訴えているのも、一にここに帰するのであります。今日世界の平和と人類の幸福が核爆発によって脅かされている事態に対処し、純粋な人道的な立場とわが国の全国民的感情に基づく要請として、重ねて、ここに、核実験の停止とあわせて大国間の軍備縮小の実現を促進するため、たゆまない努力を続けようとするものであります、

 さて、民主主義と自由とそして平和とをあくまで守り通すことは、言うまでもなく、国政の大体であります。私が暴力の追放を取り上げたのは、暴力が、国際的には世界平和の敵であり、国内的には民主主義の敵であるからであります。暴力の横行は、戦後のわが国の病根の一つであり、現在もなおその病根は絶えておりません。ことに許しがたいのは、集団によるいわゆる実力行使によって、法の秩序を乱したり、あるいは公務の執行を妨害するような、組織的な暴力であり、また、これに便乗する反民主主義勢力であります。このような暴力を徹底的に根絶しなければ、民主政治も、平和な社会も、決して安全ではないのであります。暴力の根絶には、暴力を徹底的に憎み、これと勇敢に戦う国民的な背景が必要であります。暴力を許すことが、やがては民主政治と世界平和を破壊する結果になるおそれのあることを国民諸君がよく認識し、暴力に対してきわめて峻厳でなければなりません。

 汚職の追放も、私のかねてからの悲願とするところであります。さきに、すべての公務員に対し綱紀の粛正を促すとともに、自由民主党の総裁として、党風の刷新をはかって清潔な政治を行うようにいたしたのであります。もちろん、一片の通達や内規の改正で能事終れりとするものではありません。国民の信託を受けて国政を議する者と、国民の奉仕者たることを本分とする公務員の諸君とが、自己に与えられた職責の重きを自覚し、国民の信頼にこたえられることを期するとともに、世のそしりを受けるような事態を招く者があるときは断固たる措置をとることを誓うものであります。

 貧乏の追放を実現するためには、経済の繁栄に基く国民所得の増大と社会福祉の充実をはからなければならぬことは申すまでもないところであります。

 わが国の実情から見て、経済の長期にわたる安定的な発展の基盤を整備することは、わが国経済運営の第一義的目標であります。政府といたしましては、近時の国際収支の悪化に対処し、いわゆる緊急総合対策を樹立し、当面応急の措置を講じましたため、国際収支は相当に改善され、物価は一応の落ちつきを見たのであります。しかし、事態はいまだ必ずしも楽観できないと思われますので、なお当分の間は、特に投資と生産の調整をはかり、輸出の増大を期するなど、着実な経済政策を堅持していきたいと考えているのであります。国民諸君におかれても、国内需要の増大によって輸出促進がはばまれることのないよう、貯蓄の増強と消費の健全化について十分の御理解を得たいのであります。

 なお、この機会に、中小企業の振興について一言いたしたいと思います。中小企業は、わが国の産業の構造の中できわめて重要な地位を占め、その生産額と輸出額は、ともに全体の半ば以上に達しているのであります。しかしながら、その規模は零細であり、かつ、過度の競争による経営の不安定に悩んでいるのであります。また、設備や技術が立ちおくれていることも否定できないところであります。このような中小企業の特質に応じた振興策を強力に講ずることは、わが国の経済を安定した基礎の上に発展せしめるためきわめて緊要なことであります。この見地から、さきに内閣が提出し、現在継続審査中の中小企業団体法案の成立を強く希望いたしているのであります。政府といたしましても、国際収支改善のための緊急総合対策の実施に当り、金融引き締めの影響が不当に中小企業に及ぶことのないよう、中小企業金融の確保について特別の措置を講ずることとしたのであります。

 社会保障制度の充実と労働政策の推進につきましては、かねて政府が意を用いているところであります。経済繁栄の陰に、一家の支柱を失い、あるいは失業・老齢・疾病などのために、その生活を守り得ない人たちのために鋭意施策を講じているのでありますが、さらに、医療皆保険制度、国民年金制度、最低賃金制度などについて真剣な検討をいたしているのであります。私は、全力を傾け、すみやかに国民の期待にこたえ得る福祉国家の実現をはかる所存であります。

 なお、ここで、労働組合運動につきまして、率直に所見を申し上げたいと存じます。健全な労働組合運動の発達が社会経済の進歩のために望ましいものであることは言うまでもありません。しかるに、なお、労働組合の一部には年々計画的に大規模な闘争を繰り返して顧みざるものがあり、中でも公共企業体等国民生活に重大な関係を有する部門の職員が、いわゆる実力行使を行い、国民のきびしい批判を受けておりますことは、最も遺憾とするところであります。政府といたしましては、労働政策の推進と相待ちまして、よき労使慣行を確立し、正常な労働運動の実現を期して参りたいと考え、かねがね、仲裁裁定などの完全な実施に努めるとともに、違法な行為については常に厳格な態度を保持して参ったのであります。最近、政府のこの態度に対して、労使双方において、その真意を理解して、よき労働慣行を作ろうとする良識の芽ばえが見受けられることは、まことに頼もしいことであります。この際、特に労使の当事者が一そう法令の順守に意を用い、秩序ある行動をとられるよう、強く望むものであります。

 なお、本年七月九州地方を襲った豪雨による災害に際し、私は、直ちに現地におもむき、惨状を視察して罹災者を慰問激励するとともに、鋭意復旧に努めて参ったのでありますが、このような連年の風水害等に対しては、進んで根本的な治山治水対策を講ずるよう努めていきたい考えであります。

 最後に、次の世代をになう青少年諸君に対し、特に訴えたいのであります。申すまでもなく、わが国の将来の運命をになうものは青少年であります。国家興亡の世界歴史をたどってみましても、青少年が祖国を愛することを忘れ、民族の誇りを失った国は、永久に滅び去っているのであります。これに反し、一たびは亡国の危機に瀕しながらも、青少年が、国家のため、民族のため、ひいては世界人類のために立ち上った国は、やがて再び栄えているのであります。それゆえ、青少年の諸君が、さらに道義心をつちかい、わが国の歴史や文化に対する正しい理解と愛情を深めていかれることに、限りない期待を託します。そして、私は、青少年を含め全国民が、強い自信と誇りを持って祖国の繁栄と世界の平和に貢献せらるるよう、切に努力を望んでやまないものであります。