データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第29回(特別会)
[演説者] 岸信介内閣総理大臣
[演説種別] 所信表明演説
[衆議院演説年月日] 1958/6/17
[参議院演説年月日] 1958/6/17
[全文]

 このたびの総選挙は、わが国政治史上画期的な意義を有する保守、革新の二大政党対立下における最初の総選挙でありましたが、その結果、与党たる自由民主党は国民の圧倒的多数の支持を得、ここに、私は、再び内閣総理大臣の重責をになうこととなりました。

 この総選挙に示された国民の意思は、大多数の国民が、現実的かつ進歩的な政治を信頼し、急激かつ冒険的な変革を欲しないということであります。私は、この国民の審判に深く思いをいたし、国政の運営に最善を尽し、もって、国民諸君の信頼と期待にこたえる決意を新たにするものであります。

 総選挙において公約した重要政策につきましては、政府としても、できるだけすみやかに具体的方策を決定し、適当な時期において国会の審議をお願いいたしたいと考えております。従って、この際は、今後の施政の進路について所信を率直に述べ、また、当面の緊急問題につき方針を明らかにしたいのであります。

 まず、私は、民主政治の擁護を強調いたしたいのであります。

 わが国の民主政治の歴史は、日なお浅く、これを正しく育成し、その基盤を固めるためには、さらに多くの努力を要するのであります。

 わが国の民主政治の健全な発達をはかるためには、極左、極右の活動を抑制しなければなりません。最近、ややもすれば、公然と法の秩序を無視し、あるいは、集団の圧力によって国会の自由な活動を不当に制肘するような傾向が見受けられますことは、法の権威と国会の威信を保つ上からも、きわめて遺憾なことであります。このような非民主的な活動に対しては、私は毅然たる態度をもって臨むものであります。また、私は、与野党のいずれもが、民主政治の本旨にのっとり、常に反省を怠らず、いやしくも外部からの不当な圧力に屈することなく、互いに協力して、公明な議会政治の確立に努められることを切に期待するものであります。

 政府がこれまでとってきた外交方針は、このたびの総選挙の結果に徴しましても、国民のきわめて強い支持があったものと確信するのであります。政府は、今後も、従来からの外交の基調を堅持し、国際情勢の推移に応じて、いよいよ積極的に自主平和外交を展開し、アジアの繁栄と世界の平和に寄与したいのであります。

 最近の世界の情勢は、緊張のうちにも国際間の対立を打開しようとする真剣な努力が続けられているのでありまして、特に東西の巨頭会談の動きには、大いに注目すべきものがあると思うのであります。私は、このような世界の大勢に応じ、今後も各国首脳者とできるだけ往来し、また、国際連合を通じて、国際緊張の緩和、世界平和の建設に一そう積極的な努力を続けていきたいのであります。

 この際、私が特に申し述べたいことは、原水爆禁止の問題と中共関係についてであります。

 科学兵器の高度かつ急速な発達は、一方において大規模な戦争の勃発を抑制する効果を有することは事実でありますが、このような大国間の力の均衡による平和の維持ということは、実はきわめて不安定なものであり、もしもこの均衡が破れることになると、再び戦争の危険が生ずるのであります。その結果、万一にも原水爆戦に発展することになれば、それは、もはや、人類の破滅を意味することは言うまでもありません。

 このような不幸を絶対に避ける道は、大国間の軍備縮小とあわせて、原水爆の実験はもとより、その使用、製造、貯蔵を全面的に禁止するほかはないのであります。私が、かねてから、わが日本全国民の悲願を込めてこれを強く世界に訴え、また、あらゆる機会と手段を通じてその実現を強く推進しているのも、このような認識に基くものであります。政府は、さらに、志を同じくする世界各国と緊密に協力し、人類の良識に訴えて、原水爆全面禁止の実現にたゆまざる努力を傾ける決意であります。

 日中関係につきましては、政府は、従来から、わが国の現在の立場上可能な最大限度において、貿易や文化交流を促進し、漁業問題等の解決もはかるという方針で対処して参り、今後も、この方針で進みたいと考えているのであります。私は、国交が正式に回復していない現状のもとにおいて、貿易や文化交流を行わざるを得ない相互の立場を理解し合うことを期待するものであります。

 最近の経済情勢の推移を見ますと、昨年来の緊急総合対策は予期以上の効果を上げ、国際収支は著しく改善されたのであります。しかしながら、世界経済が、なお沈滞を続けておりますことは、わが国の輸出の伸びにも大きく影響しており、わが国経済の国際的な環境は、いまだ楽観を許さない状況であります。

 このような経済の実情に対処し、政府は、経済の正常化をはかるため、適切な措置を講じ、さらに、長期にわたる経済計画のもとに、着実に経済の安定した拡大に導くように、経済基盤の強化など必要な施策をとる方針であります。特に、輸出の増進は、わが国経済発展のための必須の要件でありますので、これには、さらに特段の努力を傾けたいと考えるのであります。

 政府は、このような方針によって経済政策を推進するに当り、かねて、中小企業と農林漁業の地位の安定に意を用いているのでありますが、私は、特に、この際、労働秩序の確立と産業平和の確保をはかって、生産性を高めるべきことを強調したいと思います。

 民生の安定向上も重要な公約であります。これに関する諸施策につきましては、政府としても、鋭意その具体化をはかる決意であります。特に、一方において税負担の軽減合理化をはかり、他方国民年金制度の創設など多額の財源を要する政策を実施することは容易ならぬことでありますが、福祉国家建設の理想のもとに、万難を排して逐次これを実施する決意であります。

 未来の新しい日本を作り出すことは、青少年に課せられた使命であります。私は、青少年が常に明るい希望と情熱に生き、わが国の歴史と文化のよりよき創造発展に努められることを望むものであります。政府は、このため青少年教育を刷新充実し、その地域活動を促進するための諸施設を拡充するとともに、現在一部に見られる青少年の不良化を防止する方策を講ずるなど、これが対策を活発に進める考えであります。

 なお、最近における繭糸価格の下落と旱魃による水田の被害が関係農家に不安を与えておることにかんがみ、政府は、すみやかに適切な対策を講ずることとしております。

 以上、所信の一端を申し述べたのでありますが、私は、国政が常に民意の上に立ち、公正にして誤まりなく運営されることを念願するとともに、謙虚な気持ちで、国民の信頼と期待にこたえたいと思うのであります。また、国会における少数の意見であっても、聞くべきものは十分これを聞き、いやしくも多数党の独善に陥ることなく、真の民主政治の実をあげたいと存ずるのであります。

 国民諸君の力強い支持を切に期待してやみません。