[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第30回(臨時会)
[演説者] 岸信介内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1958/9/30
[参議院演説年月日] 1958/9/30
[全文]
ここに、当面する諸問題の審議を願うため、臨時国会が開かれました。この際、私は、最近におけるわが国内外の諸情勢を明らかにするとともに、これに対処する決意と施策を。国会を通じ、国民諸君に訴えたいと存じます。
まず、私は、政府・与党が公約として掲げた政策について、鋭意その具体化に努めていることを強調いたしたいのであります。政府は、目下、通常国会に臨むため、明年度予算の編成を急ぎ、施政の全般について検討を進めているのであります。従って、今国会においては、とりあえず、当面の諸案件を解決するため所要の法律案等の成立を期し、もって、公約の実現を進めていきたいと思います。
世界の注目を浴びた中近東の問題については、政府は、国際間の恒久的平和を求める外交の基調に立ち、国際連合を通じて、その収拾に積極的な努力を払ったのであります。幸い、事態は解決への曙光が見出されるに至ったのでありますが、情勢は、今後なお楽観を許さないのであります。私は、この地域の民族主義運動に十分な理解を持つものでありますが、同時に、中近東問題は、あくまで国連憲章の精神に従い、かつ、国際連合のワク内において平和的に解決せらるべきものと考え、今後も極力努力いたす決意であります。
日中関係につきましては、貿易や文化の交流を通じ、相互に利益を招来するように努めることは、かねて政府の方針とするところであります。私は、双方が、その政治的立場を異にしながらも、世界の平和の保持に努めることが必要であると信ずるものであります。よって、私は、根拠なき不信や誤解にとらわれることなく、日中双方が置かれているおのおのの立場を尊重しつつ、現下の事態を改善する道を見出していきたい考えであります。
また、台湾海峡をめぐる紛争は、わが国の地理的立場からも、特に重視するところであり、事態が武力によらないで一日もすみやかに解決され、アジアの平和が取り戻されることを心から望みます。
自由諸国、特に米国との協調は、わが国の一貫した外交方針の基調をなすものであり、さきに行われた外務大臣と米国首脳との会談も、この趣旨に基くものであります。私は、今後もなお、各国首脳との接触を緊密にし、国際紛争の平和的解決と世界平和の増進に貢献するとともに、率直な話し合いを続けることにより、逐次諸種の懸案の解決をはかっていきたいと考えます。
このたびの第十三回国際連合総会におきましては、核実験停止を含む軍縮問題とアジアの諸問題に重点を置いて、その建設的な解決のため努力し、国際連合を通じてわが国の国際的地位を築いて参りたいと存じております。特に、原水爆の禁止につきましては、かねてから、あらゆる機会と手段を通じて、その実現に努めて参ったのであります。幸い、最近に至り、ようやく米英ソ各国も核実験の停止を声明するに至り、また、本年夏には核実験の査察に関する専門家会議が開かれ、これらを契機として、近く関係国間に核実験の停止に関する会議が開催される運びとなりました。このことは、わが国のこれまでの主張と提案が次第に世界に理解されるに至ったものとして、まことに喜びにたえません。
国内におきましては、民主主義の思想が、年を追って国民生活の中に広く深く根を張り、労使の関係についても、健全な労働慣行と労働秩序を積極的に確立しようとする動きが見られるに至りましたことは、まことに喜ばしいことであります。しかしながら、今日、なお一部の組合組織においては、民主主義の名のもとに、法秩序を無視して、国民の福祉と安全を脅かしているものがありますことは、遺憾にたえないところであります。特に、反民主主義思想を抱く少数指導者が、組合員の経済的要求を特定の政治的意図に利用し、暴力的闘争に組合員を走らせている傾向のありますことは、許しがたいところであります。国権の最高機関たる国会で国民多数の意思として成立した法を軽んじ、これを無視することは、明らかに議会政治の根本をゆるがすものであります。私は、勤労者諸君が、誤まった指導に追随することなく、わが国経済繁栄のにない手としての自覚を取り戻すように、強く訴えたいのであります。さらに、この際、各政党においても、党是や政策を異にするとはいえ、法秩序の維持こそが民主主義の支柱であるとの毅然たる態度を明確にし、民主主義擁護の決意を新たにせられることを切に望むものであります。
最近、教職員に対する勤務評定の問題をめぐり、その実施をはばむために、集団の圧力により、一斉休暇や登校拒否などの手段に訴え、これに学童やその父兄をも巻き込もうとするような事態が起りましたことは、教育の本義にかんがみましても、また教職員の職責の上からも、真にゆゆしいことと申さなければなりません。幸いにして、世論の支持と大多数の良識ある教職員諸君の自覚によって、この無謀な企図は、大きな不祥事を招くに至らなかったのでありますが、本来純粋に教育行政の問題として解決すべき事柄を、ことさらに政治上の争いとして、法秩序を乱すに至ったことは、まことに憂うべき傾向であります。およそ勤務評定は、人事管理の公正を期するため欠くことのできないものであり、一般公務員についてはつとに実施されているにもかかわらず、ひとり教職員のみを例外としなければならない理由は見出し得ないのであります。この実施によって、教職員の人事に公正が保たれ、ひいては学校教育の向上に役立つことを信じ、政府は、各方面の協力を得て、既定の方針を貫き、教育行政が正しい姿で運営されるよう努める決意であります。
経済の正常化をはかるため昨年来実施してきました緊急総合対策によって、行き過ぎた経済成長は抑制され、国際収支も著しく改善されたのであります。しかしながら、経済調整の余波や国際経済の不況等によって、鉱工業生産や輸出など経済活動全般は、なお停滞の傾向を続けております。
このような状況に対処し、政府は、長期計画による国民総生産の拡大を期し、経済基盤の強化、輸出の振興等従来から実施してきました諸施策を一そう推進するとともに、当面重要な施策として、新たに企業間の自主的な協定による調整体制を整備して経済の安定と国際競争力の培養に資するため、私的独占禁止法の改正を行うこととしたほか、輸出取引の秩序を確立して過当競争を防止するなどの措置を積極的に講ずることといたしました。また、東南アジアを中心とする対外経済協力については、政府が特に重視しているところであり、現在、有識者の意見も徴し、その実現に努めているのであります。
雇用問題につきましては、経済の安定した成長を確保することにより、就業の拡大に努めて参りますとともに、当面の景気停滞のもとにおける緊急な施策として、公共事業の繰り上げ実施を行うなど、失業増加の防止に特別の措置を講ずることといたしております。
最低賃金制を確立し、低賃金労働者の労働条件を改善し、労働者の質的向上をはかることは、かねて、多大の努力を重ねてきたところであります。政府は、今国会に再び最低賃金法案を提出したのでありますが、この法案成立の暁には、ただに労働者の福祉が増進せられるばかりでなく、中小企業の公正な競争を確保することができることとなるなど、国民経済の健全な発展にも少からぬ意義を有するものと確信するのであります。
なお、繊維、繭糸、酪農、石炭等については、生産の適性化、需要の開拓、価格の安定等の対策を講じてきたところでありますが、今後も一そうこれを推し進めることといたしております。また、風水害、旱害等の災害については、すみやかにその復旧に努めてきたのであります。
このたびの第二十二号台風は、静岡県を初め、各地に多数の死傷者と罹災者を出しました。私は、これらの方々に対し、深く哀悼と同情の意を表するものであります。政府は、今次の災害の規模が大きく、かつ、被災地域の広範なことにかんがみ、直ちに中央災害救助対策協議会を開き、また、現地に調査団を派遣して応急の救助に努めておりますが、被害状況の詳報を待って、すみやかに根本的な対策を講じ、民生の安定と災害の復旧に万全を期する決意であります。
社会保障制度を確立することは、政府の最も重要な基本政策の一つであります。国民健康保険の普及については、おおむね順調な進展を見ているのでありますが、さらに、その内容の充実をはかるとともに、この制度があまねく全国市区町村に適用されるようにするため、今国会に新国民健康保険法案を提出いたしました。また、これと並んで無医地区を解消し、医療機関を整備するなど、医療保険実施の基礎的条件たる諸施策を積極的に進め、もって、国民皆保険の実現を期しているのであります。なお、公約とする国民年金制度については、鋭意関係法案の作成を急ぎ、通常国会に提出いたしたいと存じます。
本年の米作は、三年にわたる豊作のあとを受けて、なお引き続き大豊作を見込むことができるに至りました。このような豊作の連続は、農民諸君のたゆまない努力、工夫が、政府の施策の積み上げと相待って実を結んだものであり、農民諸君の労苦に対し、深く敬意を払うものであります。政府としては、これがわが国経済の向上に大きな役割を占めることに思いをいたし、今後も、農林漁業の生産力の持続的な向上をはかるよう農政の振興に意を用いて参りたいと存じます。
青少年の力は、国力の根源であります。私は、青少年諸君がはつらつと伸び行く姿に力強さを感ずるものであります。しかし、近時、一部青少年に好ましからぬ傾向が見受けられることにも、深い関心を抱くものであります。政府は、家庭、学校及び一般社会の協力を得て、青少年に明るい環境を与えるよう努めているのでありますが、青少年諸君が、さらに、社会の一員として必要な規律と教養を身につけ、わが国文化の創造と発展に貢献せられるよう念願してやみません。
ここに、所信の一端を述べ、国民諸君の協力を心から切望してやみません。