データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第33回(臨時会)
[演説者] 岸信介内閣総理大臣
[演説種別] 所信表明演説
[衆議院演説年月日] 1959/10/28
[参議院演説年月日] 1959/10/28
[全文]

 ここに、臨時国会が開かれるにあたり、災害対策その他当面する諸問題と、これに対処する所信を明らかにしたいと思います。

 過般来の相次ぐ台風は、全国各地にきわめて多数の死傷者と被災者を出しました。私は、これらの方々に対し、深く哀悼と同情の意を表するものであります。

 特に、このたびの第十五号台風による被害が、死者、行方不明者合わせて五千名をこえ、高潮による水没が、長期、かつ、広範囲にわたる等、史上まれに見る大規模なものでありましたことは、まことに遺憾であります。

 政府は、時を移さず、応急救助については中央災害救助対策協議会を開き、復旧については中央に災害復旧対策協議会を設け対策に当たるとともに、現地に中部日本災害対策本部を置き、中央から責任者を派遣し、現地において適時機宜の対策を協議推進せしめ、陸海空自衛隊より、延べ人員三十万人余、多数の艦艇、航空機、車両等を動員して、被災者の救助と災害の復旧とに全力をあげてきたのでありますが、ここに、今国会に所要の予算と法律案を提出し、すみやかな審議を願うこととしたのであります。

 政府は、あとう限りの財源をもって、災害の復旧と民生の安定に万全を期する決意であります。これにより、被災者が一日も早く立ち直り、被災地の復興が一そう促進されるものと確信いたします。被災者におかれましても、受けられた打撃に屈することなく、力強く復旧に立ち上がられるよう心からお祈りいたします。

 政府は、今次災害の事例にもかんがみ、早急に治山治水対策を中心とする基本的災害対策について、総合的、かつ、科学的に検討を加え、恒久的災害予防の方途を樹立し、これを強力に推進して国土保全の万全を期する所存であります。

 なお、今次災害に対して、広く国民各層並びに世界各国からあたたかい見舞の言葉や義援金、救済物資などが続々送られてきましたことは、まことに感謝にたえないところであり、特に被災者の救出と保護のため、迅速、かつ、適切な協力を与えられた在日米軍当局の厚意に対して深甚な謝意を表するものであります。

 ベトナムに対する賠償問題に関しましては、本年五月サイゴンにおいてわが国との間に協定の調印を終えたのでありますが、これをもって、ビルマ、フィリピン及びインドネシアに次いで、わが国が条約上賠償義務を負っているアジア諸国との間の賠償協定の締結は、完了するわけであります。私は、また、これを契機として、わが国とベトナムとの友好関係が増進され、ひいては貿易、海運等各分野における両国間の関係が一そう緊密なものとなることを確信いたします。

 最近の経済は、国際収支の黒字が続き、物価の安定が維持されるなど、順調な景気の持続が期待される状況にあり、また、世界経済全般も拡大傾向を示しつつあります。このような経済全般の好況にもかかわらず、石炭鉱業は、深刻な不況に悩んでおり、著しい経営不振から多数の離職者が発生しておりますことは、憂慮にたえないところであります。政府は、石炭鉱業の根本的体質改善について積極的な施策を推進して参るとともに、その離職者対策に万全を期する所存でありますが、とりあえず、緊急に炭鉱離職者の再就労、援護等について所要の措置を講ずることといたしております。

 石炭鉱業の再建につきましては、労使が協力してこれに当たることが何よりも肝要でありますが、関係労使の対立が次第に深まりつつある現状は、まことに遺憾にたえないところであります。労使双方は、石炭鉱業の置かれている現状を十分認識し、いたずらに対立意識にかられることなく、ともに同一産業のにない手として、共通する現下の危機を相協力して打開するよう、今後とも平和的な話し合いの中から事態の収拾がはかられることを念願してやみません。

 私は、さる七月、八月の両月にわたり、約一ヵ月欧州及び中南米各国を訪問して、それぞれの政府首脳者と意見の交換を行い、親しく現地の情勢を見て参りました。この間、各国首脳者との会談を通じて痛感いたしましたことは、国際場裏におけるわが国の地位と役割がとみに重きを加えつつあるということであります。また、東西両陣営の接触点たるヨーロッパにおきましては、集団安全保障体制の強化、あるいは、いわゆる欧州統合化の推進等、自由主義陣営の強化について非常な努力が見られ、主要各国首脳が一致して考えているところも、自由主義諸国の結束の強化と、それを背景にした話し合いによる平和の実現ということでありました。この意味におきまして、わが国といたしましては、欧州におけるこれら諸国との友好関係を今後とも促進する必要を痛感した次第であります。

 政府は、つとに日米両国の関係の改善を企図して、わが国の自主性を高めつつ両国の協力体制をさらに合理的なものとするため、日米安全保障条約の改定に関する協議を進めつつありますが、このことは、わが国の安全と繁栄とを確保するのみならず、自由主義陣営の結束を強化し、世界平和の確立に資するものとの確信に基づくものでありまして、過般の各国訪問により、さらにその確信を深めた次第であります。

 過日のフルシチョフ・ソ連首相の訪米によって、国際間の諸問題を話し合いによって解決しようという雰囲気が一段と醸成されましたことは、まことに画期的なことであります。私は、このような両陣営の話し合いによって国際間の懸案が解決され、世界平和を一歩一歩前進させることを衷心より願うものであります。

 ここに所信の一端を述べ、国民諸君の協力を心から切望してやみません。