データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第38回(常会)
[演説者] 池田勇人内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1961/1/30
[参議院演説年月日] 1961/1/30
[全文]

 第三十八回国会の再開に臨み、私は、当面する内外の諸情勢についての見解と、これに対処する所信を明らかにいたしたいと思います。

 私は、就任以来、政府みずからその姿勢を正し、政治と行政の運営を正常化し、さらに、政治、経済、社会の各分野において、いかなる紛議があっても、寛容と忍耐をもって、話し合いを通じて解決するという、正しい民主主義の慣行が確立されるよう努力して参りました。幸いにして、国民各位の共鳴を得て、特に昨年来一部に見られたような異常な社会的緊張も次第に緩和の方向に向かい、人心の安定と社会秩序の平穏が取り戻されつつあることは、まことに喜ばしいことでございます。

 憎しみと戦いとは破壊への道であり、和親と協力こそ繁栄の基礎であると信じます。私は、ここにさらに決意を新たにして、この秩序と平和を確立することに努力を重ねたいと思います。この意味において、国会の円滑な運営のためには、諸君とともに、格段の努力をいたしたいと存じます。すなわち、相互の良識と寛容の精神をもって、審議の委曲を尽くして堂々と事を決するという、議会主義の慣行を打ち立てることによって、国民の厳粛な信託にこたえたいと思います。

 私は、至誠をもって事に当たり、慎重に職責を尽くして、清潔な政治、明るい社会、幸福な家庭、平和な世界の建設のために奉仕する決意であります。

 今や世界は大きな転機に差しかかっていると思います。今日まで諸国民が緊張緩和のため払ってきた幾多の努力にもかかわらず、昨年五月の巨頭会談の流会、コンゴ、キューバ、ラオス等の紛争に見るごとく、世界恒久平和への前途はなお多難であります。これは、二つの体制の根本的な対立が、政治、経済、軍事の現象面のみにとどまらず、政治的、社会的な信条はもちろん、個人の世界観にまで深く根をおろしてしまっているからにほかなりません。しかし、一方、新兵器の異常な発達により、全面戦争はほとんど不可能になりつつあり、諸国民の平和に対する願望は、日とともに強くなって参りました。従って、東西双方を引き離すよりは、むしろ双方を結びつける方向により多くの関心を払うべきときと考えられます。

 わが国の外交の根本は、この新しい局面に処し、平和と繁栄の増進のために、わが国が何をなし得るかということをはっきりとつかんで、国連憲章に基づく安全保障体制を堅持しつつ、わが国の安全と平和を確保し、経済の繁栄と国民生活の向上に資する国際的環境を整備し、もって世界平和の創造に寄与することにあると確信いたします。わが国の誠実さと善意が、すべての国々によって信頼されるようになることを私は強く希望し、善意と理解が平和と繁栄の根底であることを確信するものであります。

 わが国が、平和と繁栄を確保するためには、自由諸国との緊密な関係をますます増進して参ることは申すまでもありません。米国においてはケネディ新政府の発足を見、英国においては一昨年の総選挙以後保守党の政権がいよいよその地歩を固め、フランス及びドイツにおいても現政権は国民の強い支持を受けております。かくて、新しい年を迎えた自由主義諸国家は、世界平和確立のため安定した国内的基盤に立って、一そう有効な協力関係を推進することができるものと予想されます。わが国としても、相互の繁栄と発展のために、自由諸国との協力関係をあらゆる分野において強化すべく、積極的な施策を講じて参りたいと思います。

 一方、ソ連を初めとする共産圏諸国との友好関係の増進、なかんずく、日中関係の改善をはすることもきわめて重要であります。中国大陸との関係改善、特に貿易の増進は、わが国としても歓迎するところであり、本年はこの問題への接近がわれわれの一つの課題であると思います。しかし、中国大陸の問題は、単に日中間の関係としてのみ処理し得るものではなく、広く東西間の関係調整という視野から取り扱わなければなりません。私は、日中双方が、かかる共通の認識に立って、相互の立場を尊重しつつ、与えられた条件のもとにおいて可能なる友好関係の樹立に努め、極東の平和と繁栄の確保をはかるべきものと考えます。

 昨年、アフリカにおいて多数の国が独立し、アジア・アフリカ諸国が国連加盟国中の半数に達しようとするに至りました。アジアの一員たるわが国にとりましても、喜びにたえないところであります。これら諸国の動向、特に多数決を原則とする国連におけるその去就が、世界的注視の的になってきたことは当然であります。これら諸国の国連における表決は、その意味において、国連を動かすに足る大きな力となってきたことはいなめません。従って、すべての国の利益に奉仕する国連の機能を十分に発揮するためには、わが国としては、アジア・アフリカ諸国間との連携を強化し、国連を舞台とする責任ある活動が、世界の平和のため一そう重要の度を加えて参りました。今後における国連外交の推移は、一そう慎重かつ積極的であらねばならぬと考え、私は、わが国の国連における外交陣容を強化していく方針であります。

 なお、東西間の問題とともに、いわゆる南北間の問題、すなわち、経済的先進国から開発途上の諸国への経済協力の必要性と重要性が広く認識されるに至っております。わが国は、アジア地域における工業国として、これら双方の立場を十分に理解できる地位にあります。従って、これら諸国に対しては、通商航海条約の締結を促進する等の措置を講じて、経済的、技術的強力を一段と推進する方針であります。

 わが国経済は、国民の能力・勤勉・創造的意欲に配するに、世界の平和と経済の自由という環境にささえられて、われわれの予想以上に急速な拡大を示しつつあり、国民総生産は、本年度十四兆二千三百億円に達するものと思われます。しかも、卸売物価は安定を保ち、国際収支も依然として黒字基調を維持し、外貨準備高は年度末には約二十億ドルに達する見込みであります。また、雇用情勢も一段と改善を見、国民生活も著しく充実向上して参りました。これは、わが国の経済が歴史的な勃興期を迎え、構造的変化を遂げつつあることを物語るものであり、この成長と発展は世界の驚異となっておるのであります。

 わが国経済のこの安定的成長を今後長きにわたって確保し、現在見られるような各種の所得格差を解消しつつ、完全雇用と福祉国家の実現をはかるためには、長期的観点から各種の施策を総合的に推進する必要があります。そのため、政府は、従来の新長期経済計画にかえて、今回、国民所得倍増計画と国民所得倍増計画の構想を政府の長期にわたる経済運営の指針として採択いたしました。この計画は、今後おおむね十カ年間に国民所得を倍増することを目標とし、これを達成するため必要とされる諸施策の基本的方向とその構造を示したものでございます。特に、農業と非農業間、大企業と中小企業間及び地域相互間に存在する所得格差を是正し、もってわが国経済の底辺を引き上げ、その構造と体質の改善をはかろうとするものであります。同時に、この計画は今後十年間、において新たに生産年令に達する青少年に、それぞれ適当な職場を用意する国家的責任にこたえるものでございます。

 右の長期経済計画の実施にあたっては、昭和三十六年度から昭和三十八年度までの三年間は、新規生産年令人口の急増に応じて、年平均九%の経済成長を遂げることを目標として、あらゆる施策を講ずることを明らかにいたしております。すなわち、昭和三十六年度予算及び財政投融資計画は、このような展望と期待のもとに、当面の国際経済の動向に即応し、通貨価値の安定と国際収支の均衡を保持しつつ、本計画の第一年度をになうものとして編成されたのであります。この予算の最重点は、申すまでもなく、減税、社会保障及び公共投資であり、平年度千百三十八億円に上る所得税と法人税を中心とする国税の軽減を初め、低所得層中心の社会保障費六百三十六億円、公共事業費六百八十九億円をそれぞれ増加計上しましたが、これはわが国財政史上空前のことでございます。さらに、文教の刷新充実と科学技術の振興に努め、貿易の振興と対外経済協力の推進をはかり、中小企業及び農林漁業の近代化と振興に特に配慮いたしました。地方行政水準の向上と後進地域の開発については、地方の財政力の向上をもって足れりとせず、政府におきましても積極的な助成の道を開いたのであります。これにより、政府活動は、その全分野にわたって画期的な改善と前進を見ることは明らかであり、経済の成長が予算を通して国民に何をもたらすものであるかを如実に示すものであると思います。しかも、本予算のもたらすものは、長期経済計画のほんの序幕にすぎず、この種の努力を年々歳々しんぼう強く積み重ねることによって、わが国の福祉国家としての内容はいよいよ豊かさと明るさを加え、先進諸国の水準に迫る日の遠くないことを確信するものでございます。

 私は、わが国の福祉国家へのたくましい前進にあたって、いわゆる低所得層に属する不幸不運な人々に対する配慮に力点を置きつつ、ようやく体系を整え始めた社会保障制度の合理的発展と充実に思い切った努力をいたしました。しかし、社会保障に関しまして、国家をサンタクロースのごときものと考えることは間違いであるといわれておりますように、私は、生活保護を必要とする状態に陥ることを防ぐとともに、この状態から自主的に立ち上がる機会を豊かに作り出すことを、われわれの長期経済計画の大きい使命の一つであると考えておるのであります。

 雇用の状態は、近時著しく好転し、職種においてはもとより、地域によっても求人難を訴える向きもあります。しかし、わが国には、昭和三十七年より向こう三年間に五百万人に及ぶ大量の生産年令人口の増加が見込まれるとともに、不完全就労の状態にあえぐ多数の労働人口がございます。われわれの長期経済計画は、各人の能力に応ずるりっぱな職場を豊かに作り出すとともに、産業構造の変革に応ずる労働力の適正な配置をはからなければならぬ役割を持っておるのであります。われわれがもくろんでおります経済の成長率は、その新規就労人口に見合って定められたものであり、従って、技術者、技能者の養成、職業訓練の拡充、雇用の流動化の促進等は、本予算の策定について特に意を用いたところであります。このことが、勤労人口、特に青少年に明るい希望と誇りとをもたらすことになると信じておるのであります。

 所得倍増計画の使命は、申すまでもなく、地域的、構造的所得格差の解消を期することであります。われわれは、この計画の実行によって産業構造の高度化を実現するとともに、雇用の流動化を促進し、もって所得格差解消への条件の整備を急がなければなりません。さきに述べた社会保障の拡充と中小企業と農業の近代化は、後進地域の開発とともに、われわれが特に力を置かなければならぬ課題であります。なかんずく、農業の近代化は、難事中の難事であって、われわれが最も精力を傾注しなければならない問題であります。

 わが国農業は、その置かれている自然的、経済的諸条件とも関連して、他産業に比べて生産性と生活水準が低いばかりでなく、このままに推移せんか、この不均衡はますます拡大するおそれなしとしないのであります。しかし、経済の高度成長の過程において、最近、農業の生産性の向上とその近代化を推進するに足る必要な条件が成熟しつつあります。

 その一つは、経済成長に伴って高度化する食糧需要の変化であり、その二つは、他産業の旺盛な労働力需要の増大であります。このような傾向に即応して、私は、従来の労働集約的な零細農業経営を漸次脱却して、その近代化を促進するため、農政、財政、金融、労働、産業教育、工場の地方分散その他各般の施策を展開することが、農業者に他産業従事者に劣らない社会的、経済的地位を確保する道であると信じ、予算の編成上特段の努力を払うとともに、農業基本法を中核とする一連の施策を慎重に進めて参る考えであります。

 かくて、本予算の規模は、昭和三十五年度に比し相当の増額を示しておりますが、予算規模と国民所得との比率は、例年に比して決して過大ではなく、昭和三十六年度において予想される経済の成長におおむね見合った規模であると確信いたします。

 さらに、私は、本予算を基軸とする経済の運営にあたっては、国際経済の動向に特に注意を怠らないつもりであります。昨年来、米国の景気停滞、西欧経済の上昇鈍化に加えて、米国のドル防衛措置が日程に上って参りました。政府としては、このことのわが国貿易ないしは国際収支に及ぼす影響を決して軽視するものではありませんが、国民とともに、かかる試練を克服する努力こそが政府の責務であると考えます。すなわち、外に向かっては、一そうの輸出の伸長と海外経済協力の推進に努めるとともに、内においては、長期経済計画の着実な実行を通じて、産業の体質改善と国際競争力の培養に前向きの姿勢で努力する決意であります。

 また、物価の動向も、われわれにとっては重大な関心事であります。しかし、われわれの経済成長政策は、本来、生産性の向上と供給力の増大を通じて品質とサービス内容の向上をはかり、物価水準の一般的下落をもたらすものであります。一時上昇傾向が注目されていた食料品を中心とする消費者物価は、すでに落ちつきを取り戻しており、卸売物価も高い生産性と豊かな生産力にささえられて、おおむね安定した動きを示しております。ただ、サービス関係等、人件費の上昇を生産性の向上によっては吸収することのできない一部の物価と料金については、若干上昇の傾向が見られます。これは、他の部門の生産性の向上と所得の増加に対するサービス料金の調整過程であると考えられます。所得格差の是正の上からも、また、先進諸国のそれとの比較においても、ある程度やむを得ないところであります。しかし、合理性のない便乗的値上げについては、国民的監視と並行して、政府としても消費者行政上適切な措置を講ずる方針であります。

 政府は、来年度より国鉄運賃、郵便料金等を若干引き上げることとしております。これは、他の物資の価格水準に比べ、相当期間にわたって低位のままに据え置かれてきたため、これをこのまま放置すれば、経営の圧迫となり、設備の朽廃、サービスの低下を通じて経済発展の隘路ともなることが憂慮せられたからであります。しかも、もしかかる料金改定を怠ると、その欠陥は国民一般よりの租税収入により補てんするか、あるいは借入金によってまかなわざるを得ず、合理的な独立採算性を無視するか、あるいは将来に重い負担を残す結果となり、政府としてかかる弥縫策はとるべきではないと考えたのであります。しかしながら、他面、これが急激な上昇の国民生活に与える影響にかんがみ、政府としては、極力これを最小限にとどめるべく努力いたしました。今後とも、物価水準の安定のためには一そうの努力を傾注して、インフレなき経済成長を推進して参る決意であります。

 以上、当面の諸問題につき、私の所信と施策の方向を明らかにしたのでありますが、すべての施策の前提としては、国民が祖国愛と良識に基づく共同生活の秩序を重んずることと、政治の姿勢と法秩序が正しく維持されることが重要であります。文教政策の眼目もまたここにあると思います。

 文教の基本は、わが民族と国土と文化を愛し、高い人格と良識を持ち、国際的にも信頼と尊敬を受ける国民を育成することにあります。わけても、青少年がその持てる能力を十分に発揮し、国家社会の建設にその情熱を傾けるに足る条件と環境を整えると同時に、真に健全で民主的な新しい時代に処する倫理をつちかうことが重要であると思います。このため、政府は、教育上の施設や設備を積極的に充実整備し、教職員の研修等による資質の向上に努め、もって教育水準の向上をはかって参る方針であります。なお、育英奨学の拡充を行ない、教育機会の充実と勤労青少年の教育体制の整備をはかり、青少年の能力の育成に一そう努めたいと思います。

 最近における選挙の実情及び世論の動向にかんがみ、選挙の公明化を期することは緊急の要務であると考えます。そのためには、国民の政治に対する関心をさらに高めることが必須の条件でありますので、積極的な選挙の公明化運動を展開するとともに、選挙制度の改正のための調査審議を急ぎ、すみやかにその成案を得るよう努力する所存でおります。

 法秩序の維持は、申すまでもなく、国民の福祉と繁栄の基本であり、自由の保障も民主主義の発展も、この基礎の上においてのみ成り立つものであると信じます。政府は、法秩序の維持につき、みずからの姿勢と決意を固めるとともに、国民に対しても理解と協力を求めて参る所存であります。ただ、最近、青少年犯罪、暴力事犯並びに交通事故が漸増の傾向にあることは、憂慮にたえないことであります。この種の犯罪防止については、一般に共同生活の秩序を重んずる教育の徹底と、順法意識の高揚に努めるとともに、国民の信頼にこたえ得るよう所要の措置を講ずる決意であります。

 なお、政府は、昨秋来、公務員の給与改定と同時に、努めて行政運営の簡素化と能率化をはかって参りました。今回、さらに広く国民の立場に立って行政の画期的な体質改善を行ない、国民へのサービスの向上に寄与すべく、各界各層の知能を結集して、権威の高い行政診断機関を設けることとし、近く関係法案を提出して御審議をわずらわすことにしております。

 なお、ILO第八十七号条約の批准については、これに関係する国内法の整備につき慎重検討を要するものと認めますが、自由にして民主的な労働運動の発展を期する見地から、右関係法案とともに今国会に提案すべく準備を進めております。

 以上、所信の一端を述べ、国民諸君の一段の御理解と建設的協力を切望してやまない次第でございます。