データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第39回(臨時会)
[演説者] 池田勇人内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1961/9/28
[参議院演説年月日] 1961/9/28
[全文]

 第三十九回国会に臨み、補正予算を初め当面処理すべき案件の御審議を求めるにあたり、私は、先般の梅雨前線豪雨並びに今次の第二室戸台風により、不幸にして罹災せられた方々に対し、深甚な哀悼と同情の意を表したいと思います。政府といたしましては、災害対策事業につき二百七十億円に上る補正予算の編成を初め、各般の特別立法措置を講ずるとともに、災害対策基本法案その他恒久対策の確立に万全を期する所存であります。罹災者におかれましても、この打撃に屈することなく、力強く復興に立ち上がられまするよう心からお祈りいたします。

 この機会に、私は、最も国民の関心と注目を引いておる外交と経済に関する当面の問題につき、政府の基本方針を申し述べ、国民各位の批判と協力をお願いいたしたいと存じます。

 現下の国際情勢を見るに、ベルリン問題をめぐる東西の確執に加えて、事態は、ソ連の核実験再開とこれに続く米国のそれへと発展し、国際緊張は、一そう激化の様相を示しております。しかも、これを有効に制止する方途が、容易に見当たらない状況にあることも、御承知の通りであります。また、内にあっては、経済が、われわれの予想以上の成長を遂げつつある反面、国民の精神生活の面は、各層各界に健全な方向への自覚と努力が芽ばえつつありますものの、今なお戦後の混迷を十分脱却し得ない状況にあります。

 かかる内外の情勢に対処して、わが国がよく平和と安全を維持し、国民生活の物心両面にわたる充実をはかりつつ、世界平和の確立に積極的役割を果たすためには、内政外交を通じ、決意を新たにして臨まなければならないと存じます。私は、ここに思いをいたして、政府と与党との陣容を一新し、内外にわたる難局打開に当たることといたしました。同時に、私は、野党各派並びに国民各位の良識に期待しつつ、相協力して国会の正常な運営に努力を傾けるとともに、行政の清潔かつ能率的な執行を通じて、国民諸君の期待にこたえなければならないと決意いたしております。

 私は、ちょうど十年前の昭和二十六年九月、サンフランシスコ講和会議に、全権団の一人として参加するの光栄をにないました。そのとき調印された対日平和条約は、その理念において、その寛大さにおいて、当時の国際環境のもとで望み得る最上のものでありました。その後わが国は、よく平和を確保し、友邦との間に経済と文化の活発なる交流を営み、国民経済と国民生活は目ざましい発展と向上を遂げることができました。もとより、これは、善意で勤勉な多くの国民の営々たる努力のたまものでありますが、他面、われわれの選んだ外交路線が正しかったことを立証するものであると考えます。

 最近、ソ連は、核実験を再開いたしましたが、これは、平素ソ連が宣伝するいわゆる平和共存政策と矛盾するのみならず、全世界の平和を愛好する諸国民の失望と怒りを招いたものであります。ソ連の実験再開により、米国もついにその再開を決意するに至ったことは、これまた遺憾しごくのことであります。わが国としては、ソ連に深甚な反省を求めるとともに、米国に対してもその自制を強く要請するものであります。同時に、私は、米ソ両国を初めとする核保有諸国が、世界の世論に従って、すみやかに核実験停止協定を締結するよう、重ねて強く要求するものであります。なお、今回、列国議会同盟会議において、わが方の核実験禁止決議案が圧倒的多数をもって可決されたことは、われわれの勇気を鼓舞するに足るものであります。もとより、国連においても、この目的達成のために、さらに精力的に努力する所存であります。

 ベルリン情勢は、依然不気味な混迷状態をたどっておりますが、米ソともに交渉開始の契機を探索し始めております。私は、いわゆる話し合いにより、本問題解決の糸口が見出されることを心から希望しております。

 中国代表権問題は、昨年第十五回国連総会以来、わが国のみならず、世界の関心と注目を引くに至りました。われわれとしても、本問題は、その性質上世界的規模を持つ重要な問題としてこれを取り上げ、あらゆる角度から検討を加えて参りました。特にわが国の立場からは、本問題に関連して、中国大陸の国民に親近感を感じつつも、すでにわが国と平和条約を結んで友好関係にある中華民国の将来に、至大の関心を持たざるを得ないのであります。従って、この重要案件が国連において十分討議され、世界世論の納得のいく公正な解決を期するため、わが国としてもさらに努力を傾ける所存であります。

 韓国の政治経済の安定と日韓関係の改善は、わが国にとって重大な関係を持つものであることは申すまでもありません。私は、大局的見地から、誠意をもって韓国との間に懸案打開の方途を講じ、国交の正常化を通じて、日韓の間における経済と文化の交流が活発に行なわれ、相互の繁栄が確保されることを強く期待するものであります。

 私は、去る六月、米加両国政府の招請に応じて両国を訪問し、ケネディ米国大統領、ディーフェンベーカー・カナダ首相を初めとする両国政府首脳と、わが国と両国間の問題にとどまらず、広く世界の情勢につき検討を加える機会を持つことができました。また、世界の平和と繁栄を達成するために、それぞれの果たすべき役割と高度の協力関係につき、有益な意見の交換を行ないました。私は、この会談を通じ、世界政治におけるわが国の地位と責任が、まことに重大であることをあらためて痛感いたしたのであります。

 私は、また、来る十一月中旬より、インド、パキスタン、ビルマ及びタイの諸国を訪問する予定であります。私は、この機会に、これら諸国の首脳者と、アジア諸国共通の問題につき、忌憚のない意見交換を行なうとともに、これら諸国との一そうの友好関係の増進をはかりたいと考えている次第であります。

 わが国は、今や世界平和の確立について、重い責任をになうに至りました。われわれは、自由国家群の一員であるとともに、いわゆるAA諸国の一員でもあります。われわれは、この立場に立って、わが国みずからの存立の基礎を固めるとともに、進んで、いかにすれば世界平和の達成に建設的に貢献できるかという、より高次の理念を堅持しつつ、あらゆる国際問題に対処していく所存であります。世界各国も、また、わが国の役割に大きい期待を寄せております。私は、わが国の立場と責任に対する国民的自覚を期待しつつ、冷静に国際政治に対処し、わが国の安全と繁栄を守り抜いて参りたいと存じます。

 わが国の経済は、昭和三十三年以来、引き続き旺盛な拡大を続けて、本年度の国民総生産は十六兆数千億円に達する見込みであります。これは、昨年度の実績に対し、実質約一○%、所得倍増計画に予定した昨年度のそれに比し、実質約十七%余りの成長に当たり、経済拡大の速度は、われわれの予想をはるかに上回っておるのであります。このことは、わが国民のたくましい成長力を物語るものであり、わが国の産業構造と就業構造が、非常な勢いで高度化しつつあることを示すものであります。これによりすべての国民に、より高い生活を可能にし、その能力を十分に発揮し得る機会と条件が形成され、わが国経済の国際的競争力が強化されるのであります。私は、われわれがとっている成長政策の根本は、その意味において、正しい方向を指向し、時代の要請にこたえるものであることをかたく信じておるのであります。

 本来、経済の成長は、当然に経済諸要因に変動をもたらすことはいなめないことでありますが、近来の成長率が予想以上に著しいものであるため、輸送、通信、金融、労働力、特に技術者等の面に隘路を生ずるとともに、物価、国際収支等の経済要因に異常な緊張を生みつつあることも事実であります。

 われわれの当面する課題は、この現状を正しく把握し、もし過度に走り、過熱に及ぶことありとせば、これを調整しながら、長期にわたって忍耐強く、経済の成長を確保することにあるのであります。私は、この見地に立って、物価と国際収支の二点に焦点をしぼりつつ、政府の基本的見解を明らかにいたしたいと存じます。

 まず、物価について申し上げます。

 卸売物価は、ここ数年間、供給力の飛躍的充実にささえられて、木材を除いては、おおむね安定した動きを示しております。そしてこの供給力は、技術革新をてことした旺盛な合理化投資により、ますます充実する方向にありますので、景気抑制策の浸透と相待って、卸売物価の基調は、おおむね弱含みに推移するものと判断いたしております。従って、政府としての施策は、特に供給の弾力性を欠く木材等の供給力の増加に、その重点を指向して参る所存であります。

 消費者物価は、近来、住居費、雑費、食料費を中心に上昇傾向をたどっております。一方、国民の実質所得は、引き続き着実な増加を見ておりますとはいえ、消費者物価の動きは、われわれにとっては大きい関心事であります。御承知のように、消費者物価は、生産性向上の容易でない第一次及び第三次産業部門の状況を反映するのみならず、生活内容の向上にも左右せられます関係上、経済の成長過程においては、その上昇傾向を押さえることは、必ずしも容易なわざではないのであります。政府は、内外にわたる消費物資の供給力の増加、流通秩序の改善等を通じて、極力その上昇を押さえる措置を講じつつあります。

 サービス部門は、生産性向上の弾力性に最も乏しい部門でありますが、この部門をになっている中小企業者とその従業員の方々にも、経済成長の果実が一様に均霑されますよう配慮することは、政府の責任であるとともに、わが国経済の健全な発展を期待するためにも必要なことであります。従って、政府としては、適正な料金の改善を容認するとともに、一部便乗的な値上げは、これを規制する措置を講じておるのであります。

 次に、国際収支、経済収支の問題について申し上げます。

 本年に入ってから、輸出は、前年同期に比し五%程度の増加を見ておりますが、輸入は、約三○%という著しい増勢を示し、経常勘定は、大幅の赤字を記録いたしました。また、自国船腹の不足と輸入の増大による運賃支払いも、大きい赤字要因になっておるのであります。他面、資本取引面における巨額の黒字にもかかわらず、外貨準備高は、逐月減少の一途をたどりつつ今日に至りました。しかも、輸出入の先行きを示す信用状は、八月に入ってようやく黒字に転じたものの、その回復歩調は順調でなく、近い将来に明るい見通しを期待することは、容易でない状況であります。もとより、これは、一つにはわが国経済の予想以上の成長の結果であり、二つには特に自由化に備えての旺盛な合理化投資によるところが多いのであります。このことは、企業全体の改善を通じて、わが国の国際収支のより高い水準における均衡を具現する原動力であって、それ自体憂うべきことではないのであります。

 しかしながら、これがため、当面、国際収支の動向をめぐって経済界に心理的不安を醸成していることも事実であります。従って、政府は、従来とも、経済の行き過ぎにつき、しばしば一般の注意を喚起いたして参りましたが、経済成長政策の堅実な遂行を期するため、さきに輸出金融を中心とする当面の輸出振興措置を実行し、七月下旬には、日銀の公定歩合の引き上げに続き、一割程度の設備投資の抑制を経済界に勧奨してその協力を得ております。さらに、去る九月十八日から、輸入物資に対する輸入担保率の引き上げを断行し、あわせて最近においても、一連の国際収支改善方策を決定いたしました。すなわち、金融、税制、保険、経済外交等、各分野にわたる輸出振興策に配するに、財政、投資、金融、消費等の規制による輸入抑制策を実行することにいたしました。あわせて、これらの措置により打撃を受けるおそれのある中小企業者に対しましては、特別の措置を講じましたが、なお、今後の事態の推移に応じ、さらに一そう周到な配慮を加えて参る所存であります。私は、これらの措置につき国民諸君の協力を得れば、明年度中には国際収支の均衡を回復することができるものと信じておるのであります。なお、これらの臨時的措置は、事態の好転とともに、緩和ないしは撤廃すべきものであり、私は、国民各位の自覚と協力によって、その時期の一日も早からんことを期待いたしております。

 この際、私は、国民諸君とともに思い起こしたいことがございます。それは、昭和二十八、九年並びに三十二年において、それぞれ国際収支の危機を招きましたが、国民の忍耐強い努力と政府の果断な措置により、これを克服することができました。このことが、一面わが国の国際信用を高めることに役立つとともに、その後のわが国経済の成長を一段高い水準に押し進める力になったのでございます。

 わが国をめぐる内外の情勢は、きわめて多端であります。私は、国民諸君の一そうの理解と協力を得て、当面の事態を処理しつつ、相ともに新たなる英気をもって、内政と外交にさらに堅実な前進を続けて参りたいと存じます。