データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第40回(常会)
[演説者] 池田勇人内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1962/1/19
[参議院演説年月日] 1962/1/19
[全文]

 諸君とともに新しい年を迎え、ここに第四十回通常国会の再開に臨み、明年度予算その他重要案件の御審議を求めるにあたり、わが国をめぐる内外の諸問題に対する政府の所信を披瀝する機会を与えられましたことは、私の最も欣快とするところであります。具体的施策については関係閣僚の所信表明に譲り、施政の大綱について率直に申し上げたいと存じます。

 戦後十七年、国民諸君の努力により、わが国の経済は驚異的復興を遂げ、生産技術も著しく進歩し、国民生活は着実な向上を記録することができました。また、わが国に対する世界の信用は年とともに高くなり、国際的地位もまた向上して参りました。このことは、わが国が、内外に新たな課題と責任をになうに至ったことを意味するものであって、小成に安んじ、安逸をむさぼり、放縦に流れ、闘争を事としては、この課題と責任にこたえることができないものと思います。

 真の繁栄は、豊かな経済を基礎としつつ、これを貫くに高い精神、美しい感情、すぐれた能力をもってして初めて実現されるものであります。真の福祉は、漫然として享楽すべき贈りものではなく、われわれが営々として追求し、額に汗して建設すべきものであると思うのであります。

 この意味において、私は文教の刷新と充実、特に次の時代をになう青少年諸君の育成が、現下最も重視すべき要務であると信じます。政府は、地方公共団体その他教育界の各位と協力して、学校教育と社会教育を通じて、教育機会の均霑、教育内容の向上、教育施設の拡充等に努め、教職員と学生が遺憾なくその本務に邁進できるような環境の整備と、働きつつ学ぶ方々に知識と技能を体得される機会の提供に一段と努力を傾ける所存であります。このことは、政府が、明年度の予算の編成にあたり、新時代に即応する科学技術の開発並びに科学技術者の養成とともに、最も力点を置いたところであります。

 青少年こそは祖国の生命力の聖なる源泉であり、民族の純潔と勇気を代表するものでありますから、遠大な使命感とゆかしい学問教養を身につけていただきたいと思います。また、教職員諸君は、その職分にふさわしい品格と学識の研摩に努め、父兄と国家の期待にこたえていただきたいと希望いたします。このことが、教師と学生の間を一そう緊密にし、学校教育を真に充実したものにするものであると信ずるのであります。

 文教とともに、政府が日夜意を用いなければならない問題は、貧困、病気、失業等のため、不幸にして。経済成長の陰に取り残された同胞に対するあたたかい配慮でなければなりません。わが国の社会保障は、国民の深い理解と協力を得て、逐年着実な前進を遂げて参りましたが、なお、今後の改善に待たなければならない事項が少なからず残されております。政府は、予算の編成にあたり、引き続き重点をこの分野に置き、低所得層対策と医療保障の充実を中心として、一そうの伸展をはかることにいたしました。

 国家社会の秩序の安定は、国民一人一人が、国民生活の支柱をなす民主的な法秩序を尊重し、これを順奉することにより確保されるものであります。国民各位の良識により、わが国の民主的秩序の大本が、堅実な土壌の中に育成されつつあることを喜ぶものであります。しかるに一部には、少数者の恣意により、あるいは集団を頼み、さらには誤れる海外の思潮におぼれ、民主的秩序を無視した脅迫的政治活動が今なお跡を絶たないことは、われわれに深甚な考慮と警戒を要請するものであります。政府としては、みずからの姿勢と体制に絶えざる戒慎を加えつつ、国家社会のあらゆる分野によき民主的慣行の浸透を促すとともに、一方国法を犯すものに対しては厳正な処断を加えて、国家と社会に対する内外からの破壊活動の根源を除去して参る決意であります。

 現代の社会における対立は、ひとり思想や政治の領域にとどまらず、労働関係等に見られるように、国民の間における利害の対立が、ときに先鋭な姿をとることがあります。かかる場合、私は、当事者が相互に民主主義に欠くことのできない敬意と寛容の精神を重んじ、事案に対する合理的検討と忍耐強い話し合いを通じて、その対立を解消し、進んで国民福祉の増進のために相ともに協力されることを期待いたすものであります。世界の平和を願うものはまず国内の平和を追求しなければならず、国内の平和を願うならば、何をおいても同胞間の不信と憎悪を取り除かなければなりません。同胞間の不信と憎悪をかり立てながらいたずらに平和を呼号することは、自他を欺く矛盾であるからであります。

 国家社会の秩序を確保し、国民福祉の増進をはかるためには、政府においてもみずからその姿勢を正し、戒慎の実をあげる必要があることはもちろんであります。政府は、綱紀の維持と行政の効率的運営に不断の努力を払っておりますが、今回新たに臨時行政調査会を設けるゆえんは、行政の機構と運営の根本的刷新を期し、国民の願望にこたえんとする配慮に出たものであります。また、選挙制度審議会の答申に基づき、近く公職選挙法の改正法案を提出し、御審議を求めんとするゆえんも、選挙の公明化をはかるため、公明選挙運動の一そうの推進と相呼応して、政治に対する信用を高めたいと念願しておるからであります。私は、さらに国会がすみやかに懸案の国会正常化をなし遂げ、国民の負託にこたえられるよう、各党各派の真剣かつ建設的な試し合いを心から希望するものであります。

 次に、外交方針について申し上げます。

 国際情勢は依然険悪な様相を呈し、緊張緩和は、にわかに望みがたい状況にあることは御承知の通りであります。特に、ソ連の核実験再開とこれに続く米国の対応は、平和の空気に対する心理的重圧となっておることもいなめません。しかし、東西の勢力は重苦しい均衡の状況にありますので、愚かな偶発事件の突発しない限り、全面戦争に立ち至るがごとき事態は考えられないことであります。また、ベルリン問題、核実験の禁止問題、軍縮問題等当面の懸案は早急な解決を見ることが困難であり、さらに忍耐強い試し合いとそれへの瀬踏みが繰り返されるものと考えられます。一方、東西間の問題のみならず植民地問題等をめぐっても、世界各地に局地的衝突が起こる可能性もなしとしない情勢であり、現に新たな緊張がアジアの一部に発生しつつあることにつきましても十分注視する必要があると思います。

 このような国際情勢に処して、日本は、自国のみならず、アジアひいては世界の平和と繁栄の増進に寄与するため、一そうの明知と勇気をもって、あらゆる機会をとらえ、緊張の緩和と経済外交の推進に努力しなければなりません。そのためには国連を中心としてさらに強力な平和外交を展開しつつ、各種懸案の積極的打開と新しい外交的課題に立ち向かって参る決意であります。

 わが国外交の基調が、政治的にも経済的にも自由国家群との協調にあることは申すまでもありません。自由世界の内部において、特に注目すべきことは、旧来の国家主権の考えを修正しつつ、欧州文明の伝統と自由を守るという強い自覚のもとに、西欧六カ国が企図した欧州経済共同体が、急速にその統合の成果を上げつつあることであります。さらに英国その他の志を同じゅうする欧州諸国がこれに参加をはかり、優に米ソ両国に匹敵する新しいヨーロッパを形成しつつあり、米国がこの共同体と経済的な結びつきを一そう強化しようとしておる事実であります。このような自由世界内部における新しい動きに対処することが、わが国にとり、経済上のみならず、国際政治の上においても、今後の新しいかつ長期的な課題となって参りました。

 また、わが国はアジアの一員として、アメリカその他の自由諸国のアジア諸国に対する援助計画との関連を吟味しつつ、これら各国との貿易の伸長に努めるとともに、その経済の平和的建設に積極的に協力すべき任務を持っております。わが国は賠償の誠実を実行と並行して、可能な限りアジアの友邦との間に経済協力の実をあげて参りましたが、タイ国との間に特別円問題の最終的解決を遂げ、ビルマとの間にも賠償の再検討を通じ、新しい協力関係を樹立すべくせっかく交渉中であります。

 韓国の安定と日本の安全とは深い関連を持っております。私は、韓国が、善隣としていち早く今日の困難を克服し、民主国家として繁栄することを心から希求するものであり、日韓の間に横たわる各種の懸案を合理的かつすみやかに処理して、国交の正常化をはかるべく、目下鋭意交渉を重ねておるのであります。

 中国代表権問題は、国連今次の総会が、従来のたな上げ方式を捨てて、実質的討議に入りましたことは一つの前進であると思います。この問題は、現実に即し、しかもあくまで公正妥当な国際世論に基づいて対処せねばならぬものと信じております。国連加盟国の圧倒的多数が、わが国の提案に同調されたことは、わが国の良識が広く支持されたことを意味するものであり、私は、国連が慎重にかつ公正に本件の実質的審議を続け、賢明と勇気を持ってその解決を見出すことを、アジア及び世界の平和と進歩のために望んでやみません。

 わが国は明治維新以来、みずからの後進性をいち早く脱却して偉大な進歩を遂げて参りましたが、世界の新しい波に進路を誤り、軽率にも無謀な戦争を強行し、悲惨な敗戦を経験したのであります。私は、アジアの友好諸国が、この轍を踏むことなく、それぞれの国民性を重んじつつも、国連を中心としてあらゆる問題の平和的解決をはかる態度を堅持し、すぐれた政治的経済的自立への建設的努力を続けられることを衷心より希望するものでありましてわれわれとしても、あとう限りの協力を惜しまないものであります。

 北方領土の問題につきましては、政府として、公正な内外の世論の喚起を通じて、わが国の正当な主張を貫徹するよう、今後とも一そうの努力を継続して参りたいと存じます。沖縄、小笠原の問題については、日米相互の信頼と理解の上に立って、これら地域同胞の安寧と福祉の増進のため、米国と協力して積極的な施策を講じつつ、その施政権返還の実現を促進して参りたい所存であります。

 変転する国際情勢に対処して、わが国の安全を保障することは、政府に課せられた至大な責任であります。政府としては、日米安保体制を堅持しつつ、引き続き国力と国情に応じ、自衛力の自主的整備をはかるため、国民の防衛意識の高揚を期待しつつ、さきに国防会議において決定した第二次防衛力整備計画にのっとり、防衛力の内容充実に努めたいと思います。

 私は、つとに外交と内政は一体不可分のものであるとの確信を披瀝して参りました。内における民主的秩序の確立、自由な経済体制による豊かな経済力の充実によって、初めて、自由国家群の一員であると同時に、アジアの一員であるという立場にあって、世界の平和と繁栄のためにわが国独自の貢献をなし得るものであると思うのであります。またかくしてのみわが国の国際的信用の向上を期待することができると思うのであります。国際政局多難のおりから、国民諸君が、公明かつ寛厚な精神をもって、政府の外交政策に建設的な批判と協力をお願いするものであります。

 次に、経済について申し上げます。

 昨年の日本経済は、設備投資の著しい増大と消費の堅調にささえられて、きわめて旺盛な拡大を続け、三十六年度の国民総生産は十六兆七千億円余に達し、三十五年度の実績に比し、一四%にも上る成長を示しておるのであります。この結果、国民生活水準の向上、雇用の改善と並行して、貿易の自由化に対応する産業の近代化に顕著な成果をおさめました。しかし他面、この成長のテンポはわれわれの予想をはるかに上回り、内需の旺盛と輸出の停滞による国際収支の悪化を招き、また、消費者物価の上昇、労働力の不足、道路、港湾等の社会資本の立ちおくれが顕著となるなど、経済の各分野に不均衡を生じ、この状態を憂うる世論もまた異常な高まりを見るに至りました。

 経済の成長発展は、本来、程度の差こそあれ、生産、流通、消費はもとより、貿易、雇用、物価等の経済要因に革新をもたらすものであります。かつて見ない近代化革命を経験しつつあるわが国経済にとっては、その成長過程においてこれらの経済要因に相当の変動を見ることは、これまた当然のことと申さねばなりません。今日の緊張した事態は、日本経済がその進路を誤ったことから生じたものではないのでありまして、予期以上の経済成長が、われわれの予想を越えた不均衡を引き起こしたものと見るべきであると思います。それにしても、あらかじめ起こるべき事態の的確な予見と、これを回避すべき事前の対応策に十分でなかったことは、これを認めるにやぶさかではありませんが、われわれの堅持している経済政策がその進路を誤ったと見る見解には承服することはできません。私は、この反省と認識の上に立って、全力を傾けて事態の発展的な収拾に当たり、わが国経済の堅実な成長を推進して参る決意であります。

 今日、大企業はもとより、中小企業においてもその近代化は非常な速度で進み、その生産性も著しく向上して参りました。また、その労働条件は日とともに改善され、その水準は生産性向上の線に迫りつつあり、賃金の構造的格差も着実に縮小を見つつあるのであります。農業生産の選択的拡大と農業経営の近代化は急速な進展を見せ、農業所得も堅実に増加して参っております。雇用構造は顕著な改善を見、失業者は減少し、雇用は増大し、一部にはその不足さえ訴える状況になりました。

 一方、中央地方を通ずる財政力は、明年度の一千二百億円余の減税を加えて戦後一兆円以上の減税を断行しつつも、逐年充実し、行政水準も漸次向上を見つつあります。特に住宅事情は年とともに好転し、一世帯一住宅の実現に着実な歩を進め、環境衛生の状況も目ざましい改善を見つつあります。また、教育の機会と教育の施設は顕著に拡大整備され、生活困窮者や低所得層に対する社会保障は、医療保障の一般的拡充とともに、その改善の跡は見るべきものがあるのであります。

 総じてこれらのことは、われわれの経済政策が、国民諸君の協力を得てなし遂げた偉大なる成果であって、九千四百万国民の就業と所得の機会が急速に増加し、その内容が改善されつつあることを物語るものであります。われわれは、もとよりこれに満足することなく、さらにわが国経済の近代化とその構造改善のために、ますます精力的に施策し、経済の地域的構造的格差を解消して、われわれが希求する近代福祉国家としての骨格を作り上げて参る所存であります。

 私は、これら一連の大きい成果につき国民諸君が冷静に正しい評価を加えられることを希望いたします。同時に、かかる成果がもたらした各種の不均衡の存在とその是正の方途についても、十分な理解を持っていただきたいと存ずるのであります。われわれはすみやかにこの不均衡を解消しなければなりませんが、このことが成長途上にある農林漁業や中小零細企業に対し不当な圧迫にならぬよう心がけるとともに、受難期にあります海運事業や石炭産業等に対しても周到な配慮を加え、さらにはその後において経済の沈滞を招くことのないよう十分留意して参る所存であります。従って、これら不均衡是正の措置は、いたずらに成長を抑制することによってではなく、建設的かつ発展的に進めて参ることがわれわれの課題であると信ずるのであります。そしてこのことは、われわれの創意と工夫、決意と行動によって可能なものであり、ただにその実行が可能であるばかりではなく、その過程を通じて日本経済の新たなる躍進を約束することになると考えるものであります。われわれが明年度の予算編成にあたり、従来より推進してきた基本政策の地道な拡充をはかることをその方針として堅持したゆえんもここにあるわけであります。

 物価は、わが国経済の近代化による生産性の向上と流通秩序の改善によって、私は遠からずその上昇傾向を食いとめ得ると確信しております。ただ、生産性の向上に均霑し得ない物資ないしはサービスの価格についてはその合理的値上げを容認しつつ、消費者ないし利用者の所得増加の一部をもってこれを吸収し、全国民が公正に経済成長の恵沢に浴するよう配慮して参りたいと存じます。

 道路、港湾その他の社会資本の充実は、もっぱら政府及び地方公共団体の任務でありますが、治山治水の事業、環境衛生の事業とともに、政府がその予算の編成上最も重点を置いたところであります。特に交通対策としては、国民諸君に交通秩序の尊重を求めつつ、道路、鉄道、駐車場の整備等国民の期待にこたえる諸施策を強力かつ周到に進めて参る考えであります。

 私は、わが国の国際収支の均衡を本年秋ごろまでに達成するという目標を打ち立て、経済の伸びをやや控え目に見積もるとともに、国際収支改善の対策を打ち出しました。この対策が、国民諸君の協力を得て、漸次予期した効果を上げつつあることを報告できることを喜ぶものであります。また、IMF当局よりの借り入れも成立の運びとなり、当面外貨操りの懸念は一応一掃されました。もとより、国際収支については、引き続き慎重な態度を堅持し、輸出の増進につき一そうの工夫と努力を必要といたしますが、これまでの経過から見て、私は、日本経済の実力に十分の自信と期待を持ち、政府の慎重な施策とこれに対する国民の協力を得れば、われわれの目標が確実に達成できるものと確信いたしておるのであります。

 諸君、新しい年も、たんたんたる泰平を楽しみ得る年ではありません。国際情勢は平穏ではなく、国内的にも多くの問題が解決を待っております。しかし、これらは、日本国民が、新たな歴史的時代を創造するために与えられたとうとい機会であり、課題であると思うのであります。問題のないところに進歩はなく、困難を克服することなくして飛躍と発展を望むことはできません。新しい年に臨み、新たな課題の挑戦を前にして、私は、国民諸君とともに、このような覚悟を新たにするものであります。

 進歩と繁栄が謳歌されておる欧米諸国にあって、その反面に遊惰と頽廃の風潮に対する反省と警戒が叫ばれておりますが、わが国においては、決してかかる憂いのないよう、政府としてもその施政上十分戒めて参る所存でありまするが、国民諸君に対しましても一そうの御奮発を期待いたすものであります。