[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第43回(常会)
[演説者] 池田勇人内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1963/1/23
[参議院演説年月日] 1963/1/23
[全文]
第四十三回通常国会の再開に際し、明年度予算とその他の重要案件の御審議を求むるにあたり、内外の諸問題についての政府の所信を明らかにし、国民諸君の理解と協力を得たいと存じます。
終戦以来、わが国民は、貧困と窮乏から抜け出して生活の安定と向上をはかることに必死の努力を傾注して参りました。そして、今や、われわれは、かつては国家の発展を制約する宿命的な原因と考えられていた国土の狭少、資源の貧弱、人口の過剰等の困難な諸条件を克服しつつあるのであります。国民総生産の規模は、すでに十八兆円をこえ、西欧先進国の水準に迫っております。最近、欧米諸国からわが国を有力な市場として注目するとともに、低賃金国としての悪評も、また根強い対日差別観も、ようやくにして緩和のきざしを見せて参りました。
経済のこのような繁栄に伴い、わが国は、自由主義陣営の重要な一員として、世界平和推進の政治的な役割についても世界各国から高い評価を受くるに至り、さらにはまた、発展途上にある新興諸国に明るい希望を与えておるのであります。
このような成果は、わが国民の創意と工夫の結果であります。今日の時代において、一国の運命を決定するものは、領土の大小や保有する金の分量ではなく、われわれ自身の決意と努力であることを立証したものであると信じます。これは、一つには、民主主義を国是とした自由な体制が進んだこと、また一つには、サンフランシスコ条約、安保体制の確立によってわが国自身の安全を保障し、極東の安全、ひいては世界の平和が確保されるなど、環境と条件に恵まれたこともあずかって力があったのであります。
しかし、われわれは、この程度の成果に安住し、これに満足することはできません。経済が目ざましく発展したといっても、過去の蓄積が乏しく、国民一人当たりの所得は、欧米諸国に比べてなお相当の開きがあります。また、道路、住宅、環境衛生施設など社会資本の分野においては、歴然とその立ちおくれが看取されるのであります。国家、民族、伝統等に対する敬愛の念、社会生活における公聴心、公共心についても、なお欠くるところがあることをいなめません。
私は、今後、世界の平和とわが国の安全、国民創造力の発揮などを基盤として、順調な成長を続けつつある経済をさらに伸長するとともに、その内容を充実して均衡のとれたものとし、一方、真の自由を体得した近代的市民生活の秩序を確立し、もって福祉国家の建設に努めなければならないと思います。私が、あらためて、人つくり、国づくりを強調しているゆえんもここにあるのであります。
人つくりについて申し上げます。
人つくりは、国づくりの根幹であります。輝かしい歴史を生み出すものは、世界的な視野に立ち、活発な創造力と旺盛な責任感を持った国民であります。国民の持てる資質を最高度に開発し、それを十二分に発揮することは民族発展の基礎であり、その発展を通じて世界人類に寄与するゆえんでもあります。
このような人つくりは、国民一人一人がみずからの問題として精進すべきことであり、われわれ政府の任務は、家庭、学校、社会のそれぞれの場において、このような機運を醸成し、そのための環境と条件を整えることにあるのであります。
人つくりの主たる対象は、何といっても将来をになう青少年でありましょう。青少年が心身ともに健康で能力に富み、真の自由を体得するとともに、みずからの責任を果たし得る自主性を養い、祖国の伝統につちかわれた豊かな創造力を十分に発揮して、わが国の繁栄と世界の平和に貢献し得るよう、私は心から願うものであります。
わが国における教育の普及は、世界の最高水準にあるのでありますが、その内容については、反省を要する点が少なくないと思われます。政府は、まず、青少年の教育に携わる指導者、教育者の自覚を促し、その資質の向上をはかるとともに、道徳教育の充実、科学技術教育の振興、育英事業の拡充、私学の助成強化、義務教育における教科書の無償供与、学校給食の拡充等を実行することといたしました。また、社会教育及び体育についても一そうの充実強化をはかっております。
指導的人材の育成と学術振興のにない手である大学においては、認証官学長制度を設ける等の措置を講じ、その運営が自主的に適正化されることを強く期待するものであります。このほか、心身に障害ある人々、家庭環境に恵まれない子供たちや、取り残された青少年の処遇とその能力開発についても一そうの配慮を加えることといたしました。
新聞、ラジオ、テレビ等は、家庭、学校、社会の三つを通じ、人つくりの環境を整える最も強力な手段となりつつあります。最近におけるテレビの普及は、このことを決定的にしたものといっても過言ではありません。私は、これら言論機関の責任者が社会教育の先達者であるとの誇りと責任を持って、人つくりに一そうの力を尽くされるよう期待するものであります。
人つくりは、それにふさわしい社会的、政治的環境が不可欠の要件であります。しかも、その環境は、われわれ社会人が近代市民としての自覚を持ち、そのルールを守ることによって確立されるものであります。
この意味において、私は、深い反省と自戒のもとに、政治に携わる諸君とともに、国民のよりよき代表となり、わが国民主化の確立に懸命の努力をいたす覚悟であります。
当面の経済情勢と経済運営の基本方針について申し上げます。
国づくりの骨格は、産業間、地域間の格差の是正と産業の近代化、社会資本の充実、雇用の拡大、消費者物価の安定、社会保障の拡充等に深く留意しつつ、調和のとれた経済成長を推進し、もってすみやかに高度の生活水準を実現することであります。
最近の経済情勢を見ますと、一昨年来の金融引き締め措置等一連の景気調整策が着実に功を奏したのであります。今年度末の外貨準備高も十八億ドルをこえる見通しとなりました。政府としては、今後、国際収支の均衡に十分留意しつつ、財政金融政策その他各般の施策を適切に運用して、正常にして力強い経済の発展をはかって参る考えであります。私は、政府民間相協力して努力をするならば、わが国の経済は、秋を待たずして好況に転じ得るものと確信いたしておるのであります。
経済成長について当面克服すべき試練は、自由化の問題であります。貿易・為替の自由化はわれわれ自身の利益であり、自由化は経済成長を促進するものであっても、それを抑制するものではありません。大事なことは、自由な国際競争にたえ得るだけの経済力を強化することであります。このためには、国民経済全体として、国際的な視野に立って、生産性の向上と国際経済環境の変化に即応する産業体制の確立を進めていくことが要請されるのであります。政府としては、道路、港湾、輸送等の社会資本を充実して産業基盤を強化し、科学技術の振興に特段の配慮を加え、資本の蓄積とその効率的運用並びに金利の国際水準へのさや寄せをはかり、民間における企業合同等生産規模の拡大合理化を進め得るような施策を講ずる必要があります。さらに、輸出の拡大をはかるためには、秩序ある輸出体制の確立が喫緊の要務であるのであります。
今や、経済は全面的な近代化革命の時代であります。農業や中小企業における人手不足の出現がそれを示しております。すなわち、近代的な諸産業の導入と拡大によって生産性の高い職場が拡充され、多数の従業者の労働条件が向上し、近代化するとともに、農林漁業や中小企業における近代化の必要性と可能性が急速に表面化したのであります。政府は、この現状に対応して、わが国農林漁業の近代化と経営の安定をはかるため、長期かつ低利の資金を円滑に融通する制度を創設するとともに、農業基本法の趣旨に基づき、農業構造改善事業等諸般の施策を引き続き強力に実施することはもちろん、林業、漁業についても、これと並行して所要の処置をとって参りたいと思います。
中小企業につきましても、中小企業の近代化を進める根本方針を確立するため、今国会に、中小企業基本法案を一連の関連法案とともに提出することとし、また、財政上、税制上の助成策を強化したのであります。
地域格差の是正が経済の均衡ある発展上必要なことは言うまでもなく、政府は、後進地域の開発と産業の適正配置等に一そうの努力を傾ける考えであります。
なお、需要構造の変化等の観点から問題のある石炭、非鉄金属、海運等についても、政府は、関係各界の自主的努力と協力を期待するとともに、あたたかい配意をめぐらし、でき得る限りの援助をする所存であります。
国民経済の発展のためには、その動脈ともいうべき道路、港湾、鉄道等について早急に抜本的な整備を推進する必要があります。また、わが国特有の災害については、これを未然に防止できるよう治山治水計画を促進しなければなりません。さらに、生活環境の改善、特に、住宅建設の推進や上下水道の整備は、国民生活の向上と相待って近年とみに緊急な課題となっております。しかるに、従来は、わが国の生産性の低さと生産能力の不足のために、社会資本に対する要求を満たすことができず、これら施設は著しい立ちおくれを見たのであります。
最近数年間における合理化近代化を目標とした民間設備投資の急増は、このような要求を飛躍的に充足する力を生み出したのであります。この力を生かさなければなりません。それによって、この国土の全体を健康で住みよいものになし得るのであります。三十八年度予算は、この方向における大きな前進であることを私は確信するものであります。
およそ経済成長が生産性の向上を不可欠の条件とすることは申すまでもありませんが、それは国民の多数を生産性の低い職場に拘束したままで実現できるものではありません。低い生産性を温存することによってではなく、前向きに、高い生産性に脱皮することが肝要であるのであります。これがためには、従来の年功序列賃金にとらわれることなく、勤労者の職務、能力に応ずる賃金制度の活用をはかるとともに、技能訓練施設を整備し、労働の流動性を高めることが雇用問題の最大の課題であります。
今後の雇用情勢は、全体として、相当数の増加が見込まれますが、石炭や非鉄金属等一部においては、引き続き離職者が発生するものと考えられます。政府としましては、職業指導、職業訓練、失業保険制度など、従来の失業対策を大幅に改善強化するとともに、産業災害の防止にも格段の努力を傾注する所存であります。
ILO八十七号条約については、でき得る限り早期にその批准をいたしたい政府の基本方針に変わりはなく、関係法案とともにこれを本国会に提出いたすことにいたしております。
卸売物価が軟調であったにもかかわらず、消費者物価が上昇したことは、この際特に留意しなければなりません。この上昇は、所得水準の向上によって、消費需要が旺盛となったこと、サービスの価格が上昇したこと並びに産業構造の高度化に伴い資本費が増加したことなどが基本的原因であります。このことは、わが国経済が急速に西欧先進諸国の水準に近づき、所得格差が是正され、物価体系が近代化されつつある過程においては、ある程度やむを得ない面もあると思われます。今後の対策としては、合理的理由のない値上げについて極力抑制することはもちろん、農林漁業、中小企業の生産性向上について指導、助成措置を講ずるとともに、宅地造成と住宅建設の促進による地価及び家賃の抑制、消費物資、特に生鮮食料品の供給力の増大、流通過程の整備等の方策を進め、国民生活が脅かされないよう万全の努力を払う考えでございます。
言うまでもなく、日本の経済成長は、われわれの幸福と繁栄の条件を増進するためのものであり、経済の繁栄を推進する機会とその成果をすべての国民にひとしく分かち与えるためのものであります。
社会保障制度の意義は、病人とか生活能力の乏しい人々に援助の手を差し伸べ、働き得る人々を病苦と貧困から解放し、再び建設的、創造的な活動に復帰せしめることにあるのであります。社会保障の拡充につきましては、政府はつとに最大の努力をいたして参りましたが、来年度も引き続き生活保護基準の大幅な引き上げ、福祉年金の増額等低所得者対策に最も意を用いました。医療面においても、国民健康保険の内容改善、結核、精神衛生対策の強化等、一段とその前進を期することとしたのであります。
次に、外交について申し上げます。
一国が世界の動きと無関係にその安全と繁栄をはかることは不可能であります。以上申し述べてきました人つくり、国づくりが真に実を結び、わが国が一そうの繁栄をかちとるためには、わが国が国際社会の一員としての役割と責務を忠実に果たし、世界平和に寄与することが必要であります。このことがまた、わが国の国際的信用を高め、その安全を全うし、わが国を繁栄に導くゆえんであります。私がかねがね内政と外交の一体を唱えているのもまさにこの点に存するのであります。
昨年は、インドシナ半島における情勢の緊迫化、中印間の国境紛争、キューバをめぐる危機の発生、さらには中ソ対立の顕在化等、国際政局はまことに多事多難をきわめた年でありました。なかんずく、キューバ問題は、幸いにして戦争の破局に発展することなく、未然に防止されましたが、これは、米ソ両国首脳が、戦争が人類を破滅に陥れることを十分に認識して、良識ある忍耐強い努力を払ったためであります。しかし、その背後に、米国のかたい決意と中南米諸国を初めとする自由陣営全体の確固たる団結があったことを見のがしてはなりません。さらに、キューバ問題は、西欧陣営に政治的、軍事的、経済的並びにこれらの総合的な力に対する確固たる自信を与えたものと考えられます。
しかしながら、東西陣営間の基本的対立関係や、各種の国家的利害関係の対立は、依然として根強いものが存することには変わりはありません。私は、世界各国が波乱に満ちた昨年の国際情勢の推移を反省し、国際粉争は、すべて平和的手段によって解決するという国際連合憲章の根本精神を厳守するよう強く訴えるものであります。この意味におきまして、私は、軍縮問題なかんずく核兵器実験停止協定締結のための交渉がさらに進展を見ることを強く期待するものであります。政府は、かねてより有効な核実験禁止協定の早期締結について強く働きかけてきましたが、最近、地下実験の査察方式について、米ソ両国間の話し合いに打開の糸口が出てきたことを喜ぶものであります。私は、関係国がさらに一段の熱意をもって協定成立に到達することを強く希望し、本年こそ話し合いによる緊張緩和に新たな第一歩を踏み出す年となることを期待してやみません。
昨年は、わが国の対外経済発展の上からも、まことに意義深い年でありました。去る十一月、多年の懸案でありました日英通商航海条約の署名を見るに至り、また、その他西欧諸国との間にも、対日輸入制限の緩和ないし撤廃について原則的了解に到達し、さらに経済協力開発機構への加入についても明るい見通しを得るに至りました。これらの事実は、西欧諸国の、わが国に対する信頼の向上、北米に加えてわが国との協力提携を緊密にしようとする意図の現われにほかならないのであります。しかし、今後日本と西欧諸国との間の経済関係がさらに発展の道を進むかいなかは、わが国がこれら諸国の信頼を維持し、さらにこれを強化し得るかいなかにかかるところがきわめて大きいのであります。従って、私は、特に秩序ある輸出体制の整備強化について、政府民間相協力して、一そうの努力を必要とすることを重ねて強調いたしたいのであります。
今後西欧諸国は、経済統合のもとにさらに繁栄を続けるものと見られ、米国は、通商拡大法の成立により貿易の拡大をはする態勢にあり、これにカナダを加えた先進工業国は、関税の一括引き下げを含み、相互の貿易の一そうの自由化拡大の方向に向かうものと予想されるのであります。わが国といたしましては、このような趨勢に対応して、関税一括引き下げ交渉にみずから参加するとともに、貿易の自由化についても一そうの努力をいたす所存であります。
ソ連との貿易が次第に増大の方向に向かい、対中共貿易も再開の緒につき、東欧諸国がわが国との貿易の促進に目を向けつつあるなど、共産圏諸国との貿易は増大の機運に向かっているのであります。しかし、これら諸国の経済状況を見るとき、貿易の伸長に多くの期待をかけることは困難であります。政府としては、これら諸国との貿易を行なうにあたり、自由陣営の一員としての立場を考慮しつつ、自主的判断のもとにこれを進めていく従来の方針に変わりはありません。
先進工業国の経済発展が明るい前途を約束されている際に、われわれは、発展途上にある新興諸国家の前途にも目を向けることを怠ってはなりません。もし先進工業国と新興諸国との経済上の格差がますます拡大するごとき結果となるならば、調和のとれた世界の発展を阻害し、世界平和の維持をも危うくするものであるといっても過言ではありません。先進工業国の経済的繁栄は、新興諸国家の政治的安定と経済発展に依存するところがきわめて大きいのであります。私は、この意味において、アジアにおける最も進んだ工業国としてのわが国の責務の重大さを痛感し、本年はアジアを中心とする発展途上にある諸国家に対し、経済協力を一そう積極的に推進する所存であります。
日韓交渉とビルマ賠償再検討問題は、いずれもわが国のいわゆる戦後処理として残された懸案であります。この意味におきましても、私は、できる限りすみやかに交渉が妥結に到達することを希望し、これがため格段の努力をなさんとするものであります。私は、これらの問題に取り組むにあたりまして、単なる過去の懸案を解決するとの立場にこだわらず、新興諸国に対するわが国の寄与を通じて、相互の発展と繁栄をはかるという大局的見地に立ち、相手国の理解を得て交渉を促進し、諸問題を解決するよう最善の努力を傾ける所存であります。
われわれは今、大きな歴史的課題の前に立っております。われわれは、世界の平和と繁栄のため独特の貢献をなし得るはずであります。われわれの力はまだ十分でないかもしれません。しかし、私は、世界の平和と繁栄は、大西洋の両岸の国々だけでささえるということよりも、アジア大陸の東岸、太平洋の西岸に位するわが国を加えた三本の柱でささえる方が、はるかに強固になると考えるのであります。
私は、この世界史の課題に対し、日本国民が堂々と立ち向かう意欲と情熱と能力を持っていることを信じて疑わないものであります。