[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第55回(特別会)
[演説者] 佐藤榮作内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1967/3/14
[参議院演説年月日] 1967/3/14
[全文]
さきの総選挙において、わが自由民主党は国民多数の支持を得、私は、国会の指名により、再び内閣首班の重責をになうことになりました。私は、国民各位の信頼にこたえ、いよいよ心を新たにして議会民主政治の確立につとめる決意であります。総選挙において公約した諸政策の実現はもとより、国民の付託に対する責任を誠実に果たしてまいります。
今日わが国は、経済の国際化、人口構造の変化、急激な都市化など、経済社会の構造的変化に直面しております。この変化は、急激かつ広範で、国民生活に及ぼす影響ははかり知れないものがあります。社会の主体は人間であり、経済の繁栄は人間の尊厳と社会の福祉に奉仕するものでなければなりません。私は、民族の生み出す巨大なエネルギーを生かし、先進諸国に比して遜色のない重厚かつ能率的な社会基盤を確立する考えであります。その基礎の上に、民族のすぐれた伝統を継承し、創造力を豊かに開花せしめ、風格ある日本社会を建設いたしたいと存じます。
世界の平和と繁栄の中に、みずからの安全と発展をはかるわが国の基本的な立場は、ようやく国際的に理解され、わが国に対する期待も強まりつつあります。変貌する国際情勢に対応し、世界平和の増進とアジアの繁栄に貢献いたしたいと考えます。
道は険しく、困難に満ちておりますが、私は国民の先頭に立って進むことを誓うものであります。国民各位においても、それぞれの分野における活動を通じて祖国の真価を高め、国家と民族に対する義務を果たすことを期待してやみません。
最近の国際情勢は、協調を通じて繁栄を求める国際融和の方向に動きつつあります。去る一月にはわが国をも含めた宇宙天体条約が締結され、核兵器拡散防止条約締結の機運も高まっております。また、米ソ関係は和解の度を深め、欧州においてはフランス・ソビエト関係、ドイツと東欧諸国関係等も新たな展開を見せております。
しかるに、アジアの一部においては、ベトナム紛争がいまだに解決を見ず、中ソ両国間の不和も深まり、中共をめぐる情勢は依然として緊張をはらんでおります。
私は、自由を守り平和に徹する外交の基本方針を堅持しつつ、わが国の置かれた環境の現実に即して外交を積極的に推進してまいる決意であります。
ベトナム紛争については、従来関係諸国により再三和平への努力が試みられ、わが国も関係諸国と接触し、和平実現の端緒を得ることにつとめてまいりました。これらの努力がいまだに成功するに至らないことは、まことに残念であります。私は、この際紛争当事者が平和交渉の発展に信頼を寄せ、勇断をもって、話し合いのテーブルに着くよう強く訴えるとともに、一日も早く南北ベトナムの人々が平和な国家建設にいそしむことができるよう心から望むものであります。政府は、今後とも、和平実現のため最善の努力を尽くし、戦火に悩む現地住民の民生安定のために協力を続けてまいります。
中共のいわゆる文化大革命の帰趨は予断を許しません。この中共の動向は、アジアはもとより、世界の平和に大きく影響するので、引き続き重大な関心をもって事態の推移を注視してまいります。政府は従来どおり、政経分離の原則のもとに中共に対し慎重に対処いたします。
昨年来わが国において開催された一連の国際会議などを通じて、アジア諸国に相互の連帯と協力の機運が高まっていることは、まことに喜ばしいことであります。すでに、アジアの近隣地域においては、目ざましい発展を遂げつつある諸国もありますが、東南アジア等の諸国は、なお多くの困難に当面しております。わが国は、アジアの一員として、さらに世界における有数の先進工業国としての責務を自覚し、広く発展途上の諸国に対し一そうの協力につとめてまいります。
沖縄百万同胞を含めた全国民が、沖縄の祖国復帰を熱望していることはいまさら申し上げるまでもありません。私は、先年沖縄訪問の際「沖縄の祖国復帰なくしては戦後は終わらない。」と述べましたが、この国民の念願が一日もすみやかに達成できるように、あらゆる機会をとらえて努力してまいりました。この間、沖縄住民の民生福祉の向上など本土との格差是正のための施策は、大幅に充実し、また、このほど沖縄船舶に日の丸を掲揚する問題についても解決を見ました。今後とも沖縄の施政権の返還に備えて積極的な施策を進めてまいります。
核兵器拡散の傾向は、わが国の安全保障にとって大きな問題を提起しております。わが国は、世界平和を確立するため、国際融和と軍縮の方向へ一そうの努力が必要であるとの観点に立って、核兵器拡散防止条約の精神に賛同するものであります。条約の作成にあたっては、核を持たない国の意見が十分に反映され、その正当な利益が尊重されるよう強く主張いたします。
わが国の戦後における目ざましい発展も、国民が享受している平和な生活も、国の長期的な安全保障なくして達成し得なかったことは、明らかであります。政府は、日米安全保障条約のもとにわが国の安全と平和を確保してまいったのでありますが、今後ともこの条約関係を堅持するとともに、国際的環境に慎重に配意し、わが国力と国情に即応して自衛力の自主的整備を進め、わが国の安全保障に万全を期する決意であります。
わが国経済は、本年に入ってからも予想以上の拡大を続けております。この経済の上昇基調はかなり根強いものがあり、今後の国際収支及び物価の動向には細心の注意を払ってまいります。
国民生活の向上発展のためには、景気の変動を最小限にとどめ、安定した成長を維持することが最も大切であります。政府は、四十二年度予算の編成にあたり国際収支の均衡と物価の安定を主眼とし、一般会計予算の総額を五兆円以下に押え、公債の発行額を八千億円にとどめました。同時に、限られた財源を重点的に配分し、財政に課せられた本来の使命を果たすよう留意いたしました。
経済がいたずらに拡大し、再び過熱の弊害を招くことがあってはなりません。わが国経済が長期にわたり安定した発展成長を維持できるように、政府は財政金融政策を弾力的に運営してまいりますが、民間産業界におきましても、設備投資が過度に拡大して景気の行き過ぎをもたらすことのないよう節度ある活動を期待してやみません。
政府は、今般四十二年度を初年度とする五カ年間の経済運営の指針として、経済社会発展計画を決定いたしました。この計画に基づき、昭和三十年代では実現できなかった経済社会の質的な面の改善につとめるとともに、四十年代における内外の経済環境の変化に対処して、物価の安定、経済の効率化、社会開発を強力に推進してまいります。
政府は、従来から物価の安定を最も重要な課題として取り組んでまいりました。このためには、個々の価格対策だけではなく、物価上昇の根源にさかのぼってその原因を除去する必要があります。これは経済社会の基本問題に直結するだけに決して容易ではありません。今年度の消費者物価は、ほぼ五%の上昇にとどまるものと見込まれますが、五%はまだまだ大幅な上昇であり、国民生活を圧迫するものであります。基本的には経済の安定を保つとともに、引き続き生産性の低い部門の近代化、流通機構の改善、公正な競争条件の整備などの施策を充実してまいります。さらに、賃金と生産性、賃金と物価の関係につきましても真剣に考えるべき段階にあり、今後鋭意検討してまいります。
土地価格の高騰は、住宅の安定をはじめ国民生活の健全な発展に大きな障害となっております。このため大規模な宅地の開発供給を推進するとともに、土地収用法の改正案を今国会に提出するなど、土地問題と積極的に取り組んでまいります。
消費者米価については、現在のような価格関係を長く放置することは、食糧管理の運営上からも、また特別会計の赤字を一般国民の税負担において埋めることからも限度があると考えますので、本年十月からその改定を行なうことを予定いたしております。
物価問題は多面的であり、効率をあげるためには、各種の対策が相互に有機的な関連をもって実施されなければなりません。政府は、今回新しく物価安定推進会議を設けました。この会議を通じ、広く国民各層の意見を聞き、私自身が中心となり、関係大臣一体となって、有効適切な物価対策を強力に推進いたします。
物価を安定させつつ、経済成長をなし遂げるという新時代の要請にこたえ、また資本取引の自由化等経済の全国的な国際化に対応してまいらなければなりません。このためには、産業体制を整備し、技術を開発し、農業、中小企業の近代化をはかり、労働力を有効に活用して、効率のよい経済をつくり上げるとともに、一段と輸出の伸長につとめることが必要であります。このためには、産業界が自主的に国際競争力強化のため構造改善を進めなければなりませんが、政府も国民経済的観点からその方向を示すとともに、財政面、金融面などの施策を拡充してまいります。
総合エネルギー政策の一環として、特別会計を設けて石炭鉱業の長期的な安定をはかり、さらに繊維工業については画期的な構造改善対策を実施することといたします。
農業の生産性向上のため、政府は、土地改良等生産基盤の整備を計画的に進め、主要農産物の需給の動向に配意して生産の振興をはかるなどの対策を積極的に進めてまいります。また、農業の零細な経営構造を克服するため、総合的な視野から構造政策を強力に推進いたします。
中小企業は、労働力需給の逼迫による労賃の上昇、資本取引の自由化等の事態に直面し、また物価対策の見地からも、その生産性の向上が強く要請されております。このような情勢に対処し、政府は、中小企業振興事業団を設立し、中小企業の協業化を中心とした構造改善事業に対して、長期低利の融資、啓発指導等積極的な措置を講ずるとともに、政府関係中小企業金融機関に対する財政資金の投入を大幅に増加し、中小企業向け金融の円滑化をはかってまいります。
人口構造の変化に伴う労働力の不足に備え、政府は、雇用対策に関する基本計画を策定し、積極的に技能労働者の養成と確保をはかり、中高年齢者の雇用を促進してまいります。また、石炭鉱業の新たな合理化の進展に伴い、予測される離職者に対する対策に万全を期してまいりたいと考えます。
減税については、昨年度の大幅減税に引き続き、四十二年度においても、所得税を中心に、国税地方税を通じ平年度約二千億円の減税を行なうことにいたしました。特に、中小所得者の負担の軽減をはかるため、所得税の課税最低限を、夫婦と子供三人の世帯について、十万円余引き上げて約七十四万円といたします。永年勤続者の労に報い、また家庭における妻の座を高めるため、退職金や妻の相続についても大幅な減税を行なうことといたしました。
われわれ日本国民はすでに戦後の目標を達成し、いまや新たな歴史の創造に取り組む時期にまいりました。国家と民族の発展の基礎は人にあります。私は、人間を大切にする政治を行なうため、社会開発を政策の基本といたします。
青少年諸君が、次の日本をにない、あすの世界人類の福祉に貢献する誇りと責任を自覚し、いかなる困難をも克服する強靱な精神とたくましい身体を養うとともに、豊かな人間性を備え、国を愛する心と公共に奉仕する使命感に燃えた国民として成長することを心から期待いたします。
政府は、今後義務教育の充実、後期中等教育の拡充整備、私学の振興に力を入れてまいります。また、経済的、地域的に恵まれず、心身の障害に悩む子供たちのため、育英奨学事業の拡充、僻地教育及び特殊教育の振興などに一そう努力いたします。
科学技術の振興は、社会開発推進の前提であり、今後の経済成長と国民生活向上のための基礎であります。政府は、初の原子力船の建造に着手するなど原子力の平和利用を推進し、宇宙開発、特に人工衛星の開発に努力するとともに、公害及び自然災害を防止するための科学技術の研究を積極的に進めてまいります。
私は、国民の住まいを安定し、改善することを社会開発の中心といたします。四十五年度までに一世帯一住宅の実現を目途とする住宅建設五カ年計画を強力に推進しております。計画の第二年度に当たる四十二年度においては、引き続き公的資金による住宅の建設を促進し、民間の住宅建設についても、住宅融資保険制度の改善、住宅資金の積み立てに対する所得税の軽減を行ないます。
人口及び産業の都市への急激な集中に伴って、都市の機能は低下し、生活環境は悪化しつつあります。このような弊害を除去するため、人口及び産業の都市集中を抑制し、広域的視野に立って工業立地をはじめその適正な配置を促進するとともに、近代都市建設のため街路、上下水道、公園、緑地、交通機関などの基幹的施設を整備いたします。さらに、土地の立体的かつ合理的利用をはかるなど既成市街地の再開発を強力に推進いたします。
交通事故による死傷者は増加の傾向を示し、国民生活に絶えざる不安を与えております。政府は、人命尊重、歩行者優先の見地から、広く国民各位の強力を得て、一段と交通安全教育を普及し、交通安全と救急医療のための施設を整備するとともに、被害者救済対策の強化をはかります。
大気汚染、水質汚濁などの公害問題は、工業都市を中心に国民生活の健全性をむしばむ最大の要因となっております。国民の健康と生活環境を公害から守るため、公害対策基本法案を今国会に提出いたします。さらに、産業災害の防止については、近く第三次五カ年計画を策定し、職場の人々が安んじて働くことができるようにしたいと考えます。
医療保険制度については、国民医療の健全な発展のため、抜本的な改善をはかりたいと考えますが、膨大な赤字に悩む政府管掌健康保険等については、保険料率の引き上げ、財政負担の増額など、当面必要な措置を講じます。また、経済の繁栄や減税の恩恵にあずかることの少ない低所得者階層の人々に、国民の生活水準の向上に見合って、よりよい生活を保障し、老齢者、心身障害者、母子家庭など恵まれない人々に対する施策を一段と充実いたします。
なお、多年の懸案であった在外財産問題については、在外財産問題審議会の答申の趣旨に沿い適正な措置を講ずるため、今国会に所要の法律案を提出し、その解決をはかります。
行政制度の改善については、臨時行政調査会の意見を尊重し、逐次その実現をはかってまいりました。四十二年度においては、新たな行政需要に対応し緊急やむを得ないものに限って部局及び公庫、公団等の新設、再編成を行なうことといたしました。最小の行政費による最高の効率発揮のため、今後とも強力に行政組織の簡素化、能率化をはかってまいります。
思うに、道義に貫かれた議会民主主義体制の確立こそ、わが国繁栄の基礎であります。国民が法秩序を守り、自由な投票によって政権を選択し得る議会民主政治は、人類の政治的英知と歴史的経験の結晶であり、人間社会の恒久的な進歩発展につながるものであります。
しかしながら、民主政治の理想は高く、その完成のためには、国民全体、特に政党及び政治家の不断の努力が要請されるのであります。私は、政治に携わる者が、全国民の代表者たるにふさわしい道義感のもとに行動することを期待するとともに、議会制度の根幹をなす選挙制度を改善し、さらに公党の体質改善を促進してその倫理性を高め、もって国民の信頼にこたえる清潔な政治の実現につとめる決心であります。
さらに、各政党が、民主主義の原則に従って審議を尽くし、正々堂々と事を決する慣行を確立しなければならないと信じます。多数党たるわが自由民主党は、謙虚な態度で聞くべきは聞き、とるべきはとって、わが国民主政治の前進のために真摯な努力を傾けようとするものであります。
与野党が良識と寛容の精神をもって国会の正常な運営をはかることこそ、主権者たる国民の付託にこたえるゆえんであり、わが国の議会民主政治の健全な発展に資するものであることを、諸君とともに、あらためて銘記いたしたいと思います。
国民各位の一そうの御協力を切望いたします。