[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第61回(常会)
[演説者] 佐藤榮作内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1969/1/27
[参議院演説年月日] 1969/1/27
[全文]
第六十一回国会が開かれるにあたり、当面する内外の諸問題について所信を申し述べたいと思います。
教訓に富み、波乱に満ちた明治百年を終え、新しい百年に向かって第一歩を踏み出したわが国は、多くの分野で転換期を迎えつつあり、これからの数年間はきわめて大切な時期であると考えます。時代の流れを的確に把握し、誤りなく歩を進めることこそ、現代に生きるわれわれの使命であります。工業生産力において世界第三位を占めるに至ったわが民族の活力は、さらに豊かな未来を創造する可能性を十分に持っております。人間の尊厳と自由が守られ、国民のすべてが繁栄する社会を実現するとともに、国際的信頼にこたえ、世界の平和と文化に独自の貢献をしなければなりません。
新たな目標を追求しようとするわれわれの前途には、多くの試練が横たわっております。すでにわれわれは、都市問題、農村の人口流出、大学問題など、急激な社会の変化に直面しています。これに賢明に対応するためには、物質的な豊かさが心の豊かさに結びつく新たな精神文明を確立しなければなりません。私は、過去百年間に吸収した近代文化を未来への展望に立って大きく飛躍させるため、国民の皆さんとともに、進歩する社会にふさわしい倫理観の上に強い社会連帯の意識を育ててまいりたいと考えます。
わが国の国際的立場を考えるにあたっては、常に国際政治の基調を把握し、時代の新しい流れを冷静に見きわめなければなりません。
アジアにおいては、多年緊張の中心であったベトナム問題が政治的解決の方向に大きく動き、平和が芽ばえつつあります。和平交渉の前途には幾多の曲折が予想されますが、この動きが恒久的な平和につながるよう、政府は、今後ともわが国の役割りを果たしてまいりたいと考えます。
パリ会談を契機として、アジア全体に平和と建設のための協力の機運が盛り上がり、アジアの先進工業国であり、近年とみに国力の充実したわが国に対する国際的な期待は、ますます高まりつつあります。私は、アジアの平和と安定がそのままわが国の平和と繁栄につながることを深く認識し、東南アジア諸国の自助の気概と努力に敬意を払いつつ、その復興と建設に可能な限りの協力と援助を行ないたいと思います。
他面、国際政治の基調は依然として変わらず、イデオロギーを異にする二大陣営がそれぞれの集団安全保障体制のもとに共存し、時の推移とともに、それぞれの陣営の中で分裂や意見の対立はありますが、究極的には、その力関係によりまして世界の平和が維持されています。この冷厳な現実を見失ってはなりません。
このような国際環境のもと、資源に乏しいわが国の生存と繁栄を確保するためには、わが国のみならず、わが国周辺の平和と安全が保たれることがきわめて肝要であります。
政府は、今日まで、国力に応じ自衛力を漸増整備しつつ、日米安全保障体制と相まって脅威と紛争を未然に抑制してまいりました。かくして、わが国の安全が保たれ、繁栄が達成されたということは、何人も否定し得ない厳然たる事実であります。国民各位は、引き続き日米安全保障体制を堅持する政府の政策に必ずや強い支持を寄せられるものと確信いたします。
政府は、日米安全保障体制から派生する諸問題については、安全保障上の要請を考慮しつつ、適切な解決をはかる方針であります。昨年来、日米安全保障協議会において協議の結果、約五十の施設区域について、返還、移転、共同使用を検討することとなりました。このことは、日米双方が基地周辺住民に生活上の不安を与えることのないよう、真剣に対処している一つのあらわれであります。政府は、今後とも、随時米側と話し合って、基地問題について最善の努力を払ってまいります。
沖縄の祖国復帰については、早期返還を願う国民世論を背景として、今年こそその実現に向かって大きく前進をはからねばならないとかたく決心しております。私は、今年後半の適当な時期に訪米し、ニクソン新大統領と率直に話し合って、日米両国政府及び国民の相互理解と友好協力のもと、祖国復帰の実現の時期を取りきめたいと思います。その際、沖縄にある米軍基地が、現状において、まず第一にわが国の安全に果たしている役割りと、あわせてわが国のみならず極東の安全保障に果たしている役割りを認識し、国際情勢の推移を見守りつつ、国民の納得のいく解決をはかりたいと存じます。
政府の基本方針である本土と沖縄との一体化については、本土復帰の日に備え、沖縄同胞の意向を十分にくみ入れて推進いたします。沖縄同胞の国政参加については、超党派的な合意によるすみやかな実現を期待するものであります。また、米軍基地の存在から生ずる種々の問題についても、施政権が米国の手にあるという現実に即しつつ、最善を尽くしてまいります。
わが国とソ連との通商、経済開発、文化交流等の分野における友好親善関係は、近年とみに緊密の度を加えつつあり、政府は今後ともその増進をはかる方針であります。
しかしながら、両国間の最大の懸案である北方領土問題については、基本的な考え方の相違があり、その前途には大きな困難が横たわっております。私は、国民の強い関心と願望を背景に忍耐強く交渉を続け、その解決をはかる決意であります。
韓国、中華民国をはじめ近隣諸国との友好関係を維持増進することが大切であることは、申すまでもありません。同時に、将来のアジアの情勢に思いをいたすとき、最大の問題は、わが国と中国大陸との関係であります。アジアの歴史において、古くから、中国本土とわが国とは相互に理解し合い、政治、経済、文化の面で有益な交流を行なってまいりました。今後、中共が広く国際社会の一員として迎えられるようになる事態は、わが国としてこれを歓迎するものであります。しかしながら、現在の中共は、文化大革命は収拾段階に入ったとはいえ、内外の多くの問題をかかえ、いまだ世界すべての国との国際的な理解と協調を基礎とする対外関係を打ち出すに至っていません。政府は、当面、中共の態度の変化に期待しつつ、従来どおり各種接触の門戸を開放してまいります。
最近の経済動向を見ますと、国際収支は引き続き大幅な黒字を続け、国内経済も全体として順調に推移し、わが国経済はかつて例を見ない長期にわたる好況を続けております。しかしながら、最近の経済情勢には、消費者物価の根強い上昇基調があり、また、米国景気の今後の動向、流動的な国際通貨情勢など、なお警戒を要する動きも少なくありません。私は、内外経済の動向を注視し、慎重にして節度ある財政金融政策の基調を堅持しつつ、さらにその機動的、弾力的運営につとめ、現在の好調をできるだけ長期にわたって持続させたいと考えます。
このような観点から、昭和四十四年度予算の編成にあたっては、経済の拡大が過度にわたることのないよう、財政規模を適度のものにとどめるとともに、国債発行額を縮減いたしました。
欧州における通貨不安は、国際通貨体制の安定が世界経済の発展にとって重要な基盤であることをあらためて認識させました。現在、各国は密接な連絡と協調のもとにこの安定のための努力を重ねておりますが、この間にあって、わが国は、今後とも適切な経済運営によって円価値の維持につとめてまいります。
さらに、自主技術の開発、産業構造の改善等を通じて国際的競争に耐え得る企業の育成と国内経済体制の整備を進め、貿易及び資本の自由化に真剣に取り組み、一そう貿易の拡大につとめてまいります。関係者の決意と努力を期待します。
国民税負担の軽減をはかることは、私のかねてからの念願であります。昨年に引き続き今年も、所得税を中心に、国税、地方税を通じ平年度約二千六百億円の減税を行なうとともに、住宅及び土地関係税制の改善合理化をはかることといたしました。今後とも、中堅以下の所得者に対する税負担の軽減に一そうの努力を続けてまいります。
近年、国民の食生活における消費構造が変化し、米の生産が需要を大幅に上回る一方、畜産物、園芸作物、水産物は必ずしも増大する需要を満たすことができないため、農産物の需給の均衡をはかることが農政の当面の大きな課題となりました。政府は、需給動向に対応した総合農政を推進し、その基礎の上に農家の生活の安定と向上をはかってまいります。
中小企業の近代化への意欲は、とみに高まりつつあります。政府はこれにこたえ、少ない人手で高い生産性をあげることができるよう、金融、税制面の助成を通じて体質を強化し、その振興をはかる所存であります。
消費者物価の問題は、国民生活にとって切実な問題であり、政府が最も力を入れてきたところであります。このため、公共料金については、国鉄の旅客運賃以外は極力抑制することとし、生産者米価及び消費者米価を据え置く方針をとるなど、政府が関与する公共料金により物価上昇を刺激することがないよう配慮いたします。
公害による生活環境の悪化、交通事故による死傷者の増加、住宅問題などは、急速な経済発展と都市化の進行の過程で生じた人間疎外の要因であります。政府は、社会開発推進の基本的課題として今後もその解決に全力をあげてまいります。また、老人、母子、心身障害者など、社会の進歩と繁栄による恩恵に直接あずかることのできない人々に対して社会保障を充実し、あたたかい施策を講ずる決意であります。
過密、過疎問題は、いまや国土全体にまたがる総合的な視野から解決への方向を見出すべきであります。全国にわたって新しい交通、通信、情報網を整備し、各地域の特性に応じた開発事業を進め、魅力ある広域生活圏を展望する新総合開発計画を策定し、均衡のとれた国土開発をはかってまいります。
行政改革については、真に国民のための行政の実現を期して、今後とも、行政機構及び運営の簡素化、合理化を推進してまいります。地方公共団体においても、国と同様、行政の効率化につき格段の努力をするよう強く要請いたします。
アジアに初めて招致され、すでに多くの国々の参加が予定されている日本万国博覧会の開催は明年に迫りました。政府は、この大会を成功に導くため諸般の準備を進めております。
わが国は、戦後、経済的に世界有数の国家として発展し続けていることは、すぐれた国民教育のたまものであります。今後、わが国がさらに発展し、国際社会において指導的役割りを果たし得るかいなかは、教育によって国民の資質をより一そう高め、学問の世界的水準と高度の科学技術を維持、発展させることができるかどうかにかかっております。特に、大学の国家社会の将来に対する使命と責任は重大であります。戦後、大学は、量的にも拡大され、質的にも変貌いたしましたが、このことは新しい時代の要請であり、その役割りは高く評価されなければなりません。
しかるに、今日、大学紛争という形で表面化した教育の危機は、わが国の前途に暗い暗影を投げかけるものであります。東京大学に見られるように、学園が暴力によって長期にわたり占拠されたにもかかわらず、管理者が秩序維持の責任を果たさず、学生もまた暴力の前に学園の自治を放てきした結果、建物や研究施設が破壊され、学内の信頼関係までも荒廃させるに至りました。
政府は、もとより学問の自由と学園の自治を尊重するものであります。およそ、学問の自由は、その進歩と社会の発展という大きな目標のために存在するものであり、学園の自治はそのためにこそ尊重さるべきであります。大学は、人間形成という崇高な使命を持つ教育と研究の場であり、破壊的政治活動の場であってはなりません。大学当局、教職員及び学生が、この認識に立ってそれぞれの社会的責任を自覚し、暴力に屈せず、ともに協力して、一日も早く大学本来の機能を回復するよう強く期待いたします。
私は、今日の大学が真に国民のための大学として再建され、国民の期待にこたえることができるよう、最善の努力を払うとともに、中央教育審議会の答申を得て、教育制度全体につき、すみやかに改革を断行する決意であります。
われわれ日本人がいま享受している自由は、明治以来、われわれの先人がきびしい内外情勢の中で徐々に築き上げ、幾多の試練を経てようやくここまで到達させたものであります。この自由を守り抜くことこそ、国民の総意であると確信いたします。暴力を否定する勇気なくして民主主義は保持し得ず、責任と規律なくして真の自由はあり得ません。私は、この信念のもと、政治の姿勢を正し、自由と民主主義を守るためあらゆる努力を尽くし、国家の発展と民族の興隆のため全力を傾倒する決意であります。
国民各位の御理解と御協力を切望してやみません。