データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第65代第2次田中(昭和47.12.22〜49.12.9)
[国会回次] 第71回(特別会)
[演説者] 田中角栄内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1973/1/27
[参議院演説年月日] 1973/1/27
[全文]

 第七十一回国会の再開にあたり、施政に関し、所信を申し述べます。

 世界が注目し、待望していたベトナム和平は、明日を期して実現することになりました。これは長かったベトナム紛争が解決に踏み出したというだけでなく、新しい平和の幕開けであります。人類が恒久平和と社会正義に基づく繁栄の実現に向かい、新しく進むべき第一日を迎えたものと思います。

 第二次大戦後、四半世紀余の歳月が過ぎました。国際政治は、力による対立の時代を経て、話し合い、協調へと移行してきました。これは、緊張と混迷の中で多くの経験を積んだ人類の英知の勝利であります。

 わが国は戦後、世界に例のない平和憲法を持ち、国際粉争を武力で解決しない方針を定め、非核三原則を堅持し、平和国家として生きてまいりました。これは正しい道であったと思います。

 今日、大きな経済力を持つに至ったわが国は、国際政治、国際経済の転換期の中で、平和の享受者たるにとどまることなく、新しい平和の創造に進んで参画し、その責務を果たすべきであります。この際、平和を一そう確実なものとするため、核をはじめとする全般的な国際軍縮に貢献してまいりたいと考えます。

 東西問題のあとを受けて、大きく浮かび上がってきたのは、南北問題であります。地球上における富の偏在を改め、南北問題を合理的に解決することなくして、真の平和を確保することはできません。

 敗戦ですべてを失ったわが国も、四半世紀前はゼロから出発し、経済の復興に取り組んだのであります。その後、お互いが汗水を流し、一所懸命に働いたかいあって、IMF十四条国から八条国へのステップを踏み、わが国は、いまや国際社会に大きな影響を及ぼす国に成長したのであります。南の開発途上国が経済的な自立、社会的な安定を達成できるよう、わが国の経済力と技術の力を提供し、援助することは、わが国に対する世界的な要請であり、国際社会に対するわが国の責務でもあります。わが国の援助は、量的には、国際的目標である国民総生産の一%をほぼ達成しております。しかし、政府援助の拡大、借款条件の緩和、ひもつきでない援助の推進など、質の面ではOECD加盟諸国の平均水準を下回っております。援助の質の改善については、国連貿易開発会議において表明した基本方針に従って、最善の努力を続け、相手国にほんとうに役立つ援助をしてまいります。

 わが国が直面している緊急課題は、ベトナムに実現しつつある平和を確固たるものにするための貢献であります。戦火に荒らされたインドシナ地域の復興、建設のため、できる限りの努力を尽くすとともに、ようやくできかけた和平を定着させるため、アジア諸国をはじめ太平洋諸国を網羅した国際会議の開催の可能性を検討したいと考えております。もとより、アジアの国際政治はヨーロッパに比べてはるかに複雑であり、新しい安定の基盤を築くことは容易なことではありません。戦後の復興とインドシナ半島の平和維持のため、真剣な討議の場が設けられ、よりよい方策が見出されるならば、平和はやがてアジア全体の安定につながっていくのであります。

 政府が、長い間の懸案であった中華人民共和国との関係を正常化したのも、アジアの平和と安定に寄与すると考えたからであります。今後は互恵平等の精神で、両国間の親善友好関係の基盤を一そう固めていかなければなりません。近く大使を派遣し、多くの実務関係の円滑な処理に当たらせたいと考えております。

 同じく隣国であるソ連とは、平和条約の締結が懸案となっておりますが、すでに軌道に乗っております両国の関係は、経済、文化の分野で年々着実な発展を遂げております。特に、シベリアの開発協力については、日ソ両国にとって長期にわたり有意義なものとなるよう実現に努力したいと思います。

 わが国が政治信条や社会体制を異にする諸国との間に対話を進め、平和な国際社会の建設に積極的に参画していくためには、わが国と同じ自由と民主主義を奉ずる諸国との友好関係の維持が基本であり、実際的であることは言うまでもありません。その中で、特に日米関係が重要であることは、私が就任以来一貫して強調してきたところであります。

 この機会に、わが国の防衛について一言いたします。

 わが国が必要最小限の自衛力を保持することは、独立国として平和と安全を確保するための義務であり、責任でもあります。しかし、自衛力の保持とあわせて、日米安全保障体制を維持しつつ、国際協調のための積極的な外交の展開、物心両面における国民生活の安定と向上、国民すべてが心から愛することのできる国土と社会の建設、これらがしっかりと組み合わされる中に、わが国の平和と安全が保障されることを強調したいのであります。

 いまから二十年前、二千八百二十四カ所もあった本土の在日米軍施設区域は、いまや九十カ所に整理、統合されました。加えて、さきに開かれた日米安全保障協議委員会において、本土及び沖縄を通じ十カ所の施設区域の整理、統合が合意されました。これは、本土では関東平野の首都圏、沖縄では県都那覇という国民にとって社会的、経済的に最も重要な地域での整理、統合であり、その意義はきわめて大きいと思います。政府は、わが国の独立と安全のため必要な施設区域は今後とも提供を続けてまいります。同時に、急速な都市化現象などによって引き起こされている基地問題と真剣に取り組み、その整理、統合を検討するとともに、基地と周辺住民の間に無用な摩擦が生じないように万全の対策をとっていく考えであります。

 わが国は、いま、内外から国際収支の改善対策を迫られております。資源に乏しく、狭い国土に一億をこす人口をかかえるわが国は、海外から原材料を輸入し、これに付加価値を加え、製品として輸出するという貿易形態をとっております。貿易の振興を国是としてきたわが国は、自由世界第二位の経済力を持ち、二百億ドルに近い外貨準備を持つようになったのであります。しかし、わが国がいままでのように大幅な国際収支の黒字を累増させていくことは、国際的な理解を得られないだけではなく、国際社会において最も大切な信頼を失うことになります。このため昭和四十六年十二月、多国間通貨調整の一環として円平価の切り上げを行ないました。さらに、輸出の適正化、輸入の拡大、経済協力の拡充、国内景気の振興による輸出の内需への転換などに総力をあげて取り組んでまいりました。さきの臨時国会で過大ではないかとの批判を受けながらも、六千五百億円の補正予算を編成したのはこのためでありました。しかし、このような努力にもかかわらず、なお、所期の目的を達成しておりません。輸入は増大しておりますが、輸出もなおかなりの高水準を続けており、昭和四十七年度を通じ貿易収支の黒字は、八十九億ドルと見込まれております。このような状況のもとで、一部に円の再切り上げ論が唱えられております。しかし、一昨年の平価調整の効果はまだ完全にあらわれておりません。円の再切り上げがわが国経済に与える影響を考えれば、切り上げ回避のためあらゆる努力をいたさなければなりません。貿易立国を国是としているわが国は、自由貿易が阻害されるような事態を避けるため、全力を傾ける必要があります。現に国際間には保護主義が台頭しつつあります。このような事態が進む場合、広い意味では南北問題を解決するための大きな障害ともなりますし、わが国経済の発展を阻害することにもなります。わが国がガットの場においてケネディラウンドを積極的に推進し、現に新国際ラウンドを提唱しておるのはこのためであります。

 国際収支の均衡をはかることは、緊急の課題であります。このため関税の引き下げ、輸入・資本の自由化を一そう推進しなければなりませんが、国内には自由化にたえられない分野があることも事実であります。しかし、政府としては、この大目標を達成するため、国内対策に万全を期しながら自由化を進めていかなければならないと考えます。

 わが国は、戦後驚異的な経済成長を遂げ、国民総生産は百兆円に達しようとしております。昭和三十年の十二倍であります。一人当たり国民所得も増大し、イギリスの水準に近づいてまいりました。社会保障制度も西欧先進国に劣らない制度を持つに至っております。しかし、その内容はまだ十分とはいえず、これを整備して国民福祉を充実しなければなりません。すべての問題を同時に解決することはできませんが、新しい長期経済計画のもとにおいて社会保障の位置づけを考えており、計画的に内容の整備をはかってまいります。

 昭和四十八年度予算においては、社会保障費二兆一千億円を計上いたしました。理想には遠いかもしれませんが、最善の努力をいたしました。すなわち、老齢福祉年金については、当面夫婦一万円に引き上げるとともに、厚生年金及び国民年金についても、いわゆる五万円年金を実現し、あわせて年金額の物価スライド制を導入することにいたしたのであります。また、老人医療の無料化を六十五歳以上の寝たきり老人にまで拡大するほか、心身障害者をはじめ援護を必要とする人々についても、収容施設の整備充実をはじめ血の通った援護の手を差し伸べてまいります。さらに、難病奇病について、原因の究明、治療費の公費負担及び医療体制の計画的な整備などの施策を推進いたします。

 国民共同の負担としての公費負担については、国民の要望を強く、かつ、重要なものから一つでも多く実現するため努力をしていることを御理解願いたいのであります。

 社会保障は、国民各層の連帯感にささえられ、経済成長の成果が社会のすべての階層に対し行き渡るものでなければなりません。私は、引き続いて社会保障の充実に努力してまいります。

 また、働く人々がゆとりと潤いのある生活ができるよう、勤務条件の改善をはかるとともに、余暇を活用するための勤労者いこいの村の建設、余暇情報の提供などを行なってまいります。

 物価の問題は、先進工業国に共通する現代の悩みであります。わが国の場合、消費者物価は過去数年来平均五%台の上昇を続けてきましたが、幸い卸売り物価はほぼ横ばいに推移してまいりました。ところが、昨年来、卸売り物価が高騰し始めております。羊毛、木材、鉄鋼など一部の商品を中心としたものではありますが、このような現象をそのままにしておくことはできません。欧米先進国においては、コスト圧力を生産性の向上によって吸収し得ないような事態が生じておりますが、わが国においてこのようなことが起こることは避けなければなりません。

 当面の物価対策としては、まず輸入の積極的な拡大をはかることであります。昨年、対外経済政策の一環として関税率の一律引き下げ、輸入当り当てワクの拡大など輸入増大政策を実施しましたが、今後も国民生活と密接な関係のあるものを中心として、関税率をさらに引き下げるとともに、輸入の自由化と輸入割り当てワクの拡大を推進いたします。また、生鮮食品など生活必需物資の価格安定をはかるため、生産対策、流通対策について格段の予算措置を講じたのであります。独占禁止法の適正な運用によって、適正な価格形成が行なわれるよう競争条件を整備することも必要であります。さらに、労働力不足を緩和するため、中高年齢層、婦人などを対象とする職業訓練や職業転換対策など労働力の流動化を推進いたします。また、長期的な構造対策として、農業、中小企業、サービス業などの低生産性部門の高能率化及び輸送面における隘路の打開につとめます。このような物価対策を総合的に推進するため、経済企画庁に物価局を設置することといたしました。

 私は、これだけで物価問題が解決するとは考えません。物価安定の基本は、経済活動全体が均衡ある姿で安定した成長を続けることであります。このためには供給の円滑化をはかるほか、総需要面の動向を注視しながら財政の運営に慎重を期するとともに、金融政策の適時、適切な組み合わせが必要であります。外貨の累増などに関連して企業の手元資金が潤沢となり、土地などに対する投資に向けられたという事実は否定できません。過剰流動性は吸収されなければなりません。このためすでに、預金準備率の引き上げや窓口規制など金融面の措置もとられつつあります。物価の安定は、国民が最も求めている政治課題であり、私は、今後とも必要な施策を果断に実施してまいります。

 土地問題は、政治が直面している最大の課題であります。土地は、財産であり、財産権は、憲法によって保障されております。しかし、財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律で定めるものとされ、また、正当な補償のもとでは、私有財産を公共のために用いることができることとなっております。私は、憲法が認める範囲内で、最大限に公益優先の原則を確立し、土地が広く公正に国民に利用されるよう努力いたします。これが土地対策の基本であります。全国的な土地利用の混乱をなくし、土地の値上がりによる社会的な不公平を改めるためには、長期政策と、緊急に必要な政策をあわせて行なう必要があります。このため、国土の総合的な利用によって土地供給の増加をはかるとともに、全国的な土地利用基本計画を策定し、あわせて土地取引の届け出制、取引の中止勧告、開発行為の規制などを行なってまいります。都道府県知事が指定する地域については、一定の期間、特に、土地の投機的取引を防止し、開発行為を凍結するため、土地取引の届け出制の拡充、先買い制度の創設、土地所有者から地方公共団体などに対する買い取り請求権の付与などの措置をとってまいります。

 公的な用地取得と宅地供給を促進するため、地方公共団体などによる土地の先買いを推進するとともに、住宅公団の機能の充実を行ないます。また、宅地の供給を促進するため、大規模な宅地開発事業、特に都道府県、市町村などによる事業の推進をはかってまいります。さらに、休耕田の活用をはかるとともに、農業協同組合などを通ずる土地賃貸方式も早急に導入する考えであります。

 政府は、土地に対する投機的な需要を抑制し、土地の供給を促進するため、法人の土地譲渡益について重く課税する一方、特別土地保有税も創設することといたしました。また、投機的な土地の取引に対する融資を抑制するため、金融機関に対する指導を強力に進める方針であります。

 戦後の高度成長と今日の繁栄をささえてきた人口や産業の都市集中の結果、公害問題が深刻になってきました。生命と健康が何よりも大切であることは言うまでもありません。その意味で、公害を防除して健康な生活環境と美しい自然環境を確保することは、政治に与えられた現在の至上命題であります。このため、生産第一から生活優先へ経済政策を転換し、地域の住民や職場で働く人々の生命、健康を害することのない産業と技術を開発していくことが緊急に必要であります。景気の回復に伴い、産業界には新しい設備投資に向かう動きが見られます。しかし、これまでのような民間の設備投資主導による経済成長を改め、公害防除のための設備投資、工場が過密都市から地方へ移転するための投資などに重点を置いていくことが必要であります。このため、金融当局とも協力して適切な指導を行なってまいります。

 政府は、全国の自然環境保全の基本方針を樹立し、国土の総合開発の施策との調整をはかりながら、自然保護対策を展開してまいります。また、汚染者負担の原則に立脚しながら汚染物質の減少をはかるため、環境基準をきびしく改め、排出規制における総量規制の導入など規制を強化するとともに、無公害コンビナート技術の開発をはじめ、公害防止技術の開発にも一そう努力したいと考えます。新しい技術の開発や導入にあたっては、それが人間や自然に弊害を及ぼさないよう、その内容を総合的に把握し、技術の再点検を進めてまいります。

 公害被害者に対しては、救済に万全を期するため、新たに公害被害者の損害賠償を保障する制度を創設することとし、成案を得次第今国会に法律案を提出いたします。

 さらに、交通事故、危険な商品、労働災害、新しい職業病などに対して、国民の安全を確保するため、必要な施策を講じてまいります。

 以上のほか、環境問題をはじめ現代社会における広範な問題に対処して、実効性のある研究開発を助け、育成するため、シンクタンクの機能を持つ特別の機関を官民合同で設立することといたしております。

 現在、わが国の総人口の三二%に当たる三千三百万人の人々が、国土面積のわずか一%にすぎない地域に集中しております。しかも、わが国はアメリカのカリフォルニア州よりも狭いのであります。したがって、こうした過密地域においては、公害、物価、土地不足などの問題が生じ、深刻になるのは必然であります。特に、過密化している大都市では、都市の改造、再開発を急がなければなりません。しかし、人口や産業の大都市集中を無制限に放置したまま、その改造を行なうことは不可能であります。

 このような現状を改め、国民が健康で豊かな生活ができるようにするためには、片寄った国土利用を改め、国土全体の均衡のとれた発展をはかり、きれいな空気と水、緑に恵まれた住みよく暮らしよい地域社会を計画的に建設することが必要であります。私が、人と物と文化の大都市への流れを大胆に転換し、日本列島の改造を提唱してきたゆえんもここにあります。

 政府は、今後、大都市の再開発、生活環境施設を中心とする社会資本投資の拡大、教育、文化環境の整備などを含めた総合的な施策を強力に進めます。また、交通・通信ネットワークの整備、工業の全国的な再配置、地方都市及び農村環境の整備などを実施してまいります。工業の全国的再配置の促進のため、地方へ移転していく工場に対しては、環境保全施設整備のための補助金、移転資金の低利融資、税制上の加速償却などを行なってまいります。また、工場を受け入れる市町村に対しては、緑地などの整備のために補助金を交付してまいります。さらに、移転した工場のあと地は、公園など公共の目的のために有効に活用してまいります。

 これらの施策を強力に推進するため、十分な企画調整権限を持った総合的な行政機関として国土総合開発庁、その実施機関として国土総合開発のための公団を創設することといたしました。

 この際特に申し上げたいのは、国土の総合開発を進めるにあたっては、地域住民の意向を尊重するため、地方自治体などの意見を反映した政策を実現したいことであります。

 沖縄の振興開発につきましては、沖縄の特性を生かしながら環境の保全を優先させ、新しい時代に即した豊かな地域社会を実現するようつとめます。このため、昭和五十年に開かれる国際海洋博覧会のための施設の整備をはじめ、沖縄振興開発計画の実施を推進し、沖縄県民の長い歳月にわたる労苦に報いてまいります。

 また、高能率農業の育成、生産と生活とを一体とした農村環境の総合的な整備をはじめとする農業の近代化政策を進めるとともに、中小企業については、これまでの施策に加えて、小企業を対象とした無担保、無保証の経営改善資金の融資制度を創設することにより、その近代化をはかってまいります。

 国鉄は国民の足であり、輸送の大動脈であります。わが国の輸送は、その地形、地勢上の理由からいって、道路、鉄道、内航海運が有機的に一体となって組み合わされてこそ、初めてその機能を十分に発揮できるのであります。現在国鉄は、その経営努力にもかかわらず、累積赤字が一兆二千億円に達しております。国鉄経営の健全性が維持されなければ、国民生活に重大な影響を及ぼすことになります。国鉄自身の合理化や経営努力だけでは国鉄の再建は不可能であります。このため政府は、国鉄に対し思い切った財政援加をすることといたしました{前13字目ママ}。国鉄財政再建十カ年計画を策定し、一兆五千億円余の出資を行なうほか工事費補助、再建債に対する利子補給などを行なうこととしておりますが、これらの国の一般会計による助成は、国民全体の税金によってまかなわれるものであります。財源にはおのずから限度があります。社会保障など欠かすことのできない支出の拡充が要請されるとき、国鉄の場合、必要最小限の負担は、利用者に求めざるを得ないのであります。国鉄運賃の改定を提案するのは、このためであります。

 医療保険制度も、抜本的な解決をはからなければなりません。来年度においては、家族医療給付率を五割から六割に引き上げ、家族高額療養費の支給など給付内容の改善を行なうことといたしました。同時に、累積赤字二千八百億円に達する政府管掌健康保険に対しては、定率一○%の国庫補助の導入により八百億円の財政援助を行なうことといたしたのであります。このように政府は、できる限りの対策を講ずる一方、保険料率を改定して、被保険者にも応分の負担を求め、その改善をはかってまいります。

 教育の振興が重要なことは申すまでもないことであります。戦後行なわれた教育改革からすでに四半世紀の時を過ごし、その制度は定着をしましたが、なお改革を要する問題は数多くあります。国際人としてだれからも尊敬され、信頼される新しい日本人を育てるための教育制度の確立のために、私たちはたゆみない努力を払うべきであります。人間形成の基本が小、中学校で定まることを思えば、義務教育を充実し整備することは、何よりも大切な問題であります。小中学校の校長が退職後再び町に職を求めなければならないような現状を改めるため、定年の延長について真剣に検討をいたしておるのであります。今回、これらの教員に対し給与の増額予算を計上したのは、子供を導く先生によき人材を得て、先生がその情熱を安んじて教育に傾けられるような条件を一日も早くつくりたいと願ったからであります。この措置は、たとえささやかなものであっても、やがては大きく実を結ぶものと考えております。

 大学は学ぶところであります。世の親たちは、子弟が大学生として広く、高い知識を吸収し、よき社会人として世に出ることを期待しております。しかし、いまだに学園に紛争が絶えないのは遺憾なことであります。かつてはよい環境の中にあった大学も、急速な都市の過密化によって大都市内の教育環境が破壊されているのも一つの原因であります。また、管理運営にとっても、過密は大きな支障をもたらしておるのであります。

 諸外国の大学に見られるように、山紫水明の立地条件のもとで理想的な教育環境をつくることができないはずはありません。大学の地方分散と新しい大学の設立を考え、新たに調査費を計上したのもこのためであります。私学の振興は重要な課題であり、助成措置の拡大をはかっております。

 教育は、次代をになう青少年を育て、民族悠久の生命をはぐくむための最も重要な課題であることを思い、理想的な教育の条件と環境の確立にたゆみない努力を傾ける所存であります。

 以上申し述べましたように、本年の重点的な政治目標は、平和外交の推進、国際収支の不均衡の是正、社会保障の充実と生活環境の整備、物価の安定、国土総合開発の推進などであります。私は、これらの課題を解決するために最善の努力を傾ける決意であります。

 もとより新しい政策は、長期的な視野に立ち、国民的な支持と理解を得ながら総合的かつ計画的に実施していかなければなりません。このため、わが国経済社会の発展の方向と政策体系は、新しい長期経済計画をもって明らかにしてまいります。

 現代社会は、大きく深い変化を経験しつつあります。内に外に変革期の課題は、山積しております。私は、さきの総選挙を通じて国民の政治に対する期待や不満を痛いほどに感じ取りました。

 人間性を回復した平和な新しい日本をつくるには、古い制度や慣行にとらわれることなく、産業や経済のあり方を大胆かつ細心に変えていかねばなりません。しかも、当面している難問を解く処方せんは、わが国の歴史に先例を求めることができません。他国にその例を見出すことも不可能であります。

 新しい時代の創造は、大きな困難と苦痛を伴うものであります。しかし、私は、あえて困難に挑戦し、議会制民主主義の確固たる基盤に立って、国民のための政治を決断し、実行いたします。そして結果についての責任をとります。国民各位も積極的に発言し、ともに日本の将来を切り開く歴史的な事業に参加してほしいのであります。

 私たちは、これまでもお互いに多くの障害を乗り越えてまいりました。こうした日本人の英知と、日本経済の活力は、いささかも衰えてはいないのであります。一億をこえる私たち日本人が、ひたすらに平和の道を歩み、物心ともに豊かな社会を建設するため、総力をあげて国内の改革に進むとき、外に平和、内に福祉の新時代のとびらを開くことは、必ずできると確信をするのであります。

 国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。