データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第75回(常会)
[演説者] 三木武夫内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1975/1/24
[参議院演説年月日] 1975/1/24
[全文]

 昭和五十年、一九七五年はわが国にとっては、戦後三十年にわたる政治、経済、社会、文化の歩みに、一つの区切りをつける時期であります。世界的に見ましても、いろいろ問題をはらんだ二十世紀最後の四半世紀に移る年であります。

 この内外とも重要な意義を持つ再出発の年に当たり、ここに第七十五回通常国会が再開されました。政府の外交、内政に関する基本方針を申し述べ、議員の皆さん、国民の皆さんの御理解と御協力を得たいと存じます。

 私は、今日の時代を国際協調の時代であると考えております。世界各国の相互依存性はますます深まり、地球はますます小さくなりつつあります。全人類は、地球船という同じボートに乗った運命共有者であります。すべての日本人は、日本丸という同じボートに乗った、もっと緊密な運命の共有者であります。

 しかし、遺憾ながら、現実の姿はいまだそこまでは行っておりません。エネルギーの問題や食糧の問題を見れば、歴然たるものがあります。

 しかし、遠からずそれではやっていけなくなることは明らかであります。もはや、一国や一個人が、「自分だけ」でうまくやっていこうとしても、やっていける時代ではありません。

 「国益」を守ることが、外交の基本目標であることは申すまでもありません。しかし、それを目先の狭い意味に解してはなりません。また個人の権利や自由が重要であることは申すまでもありません。しかし、それは社会的連帯の中で実現さるべきだと考えておるものでございます。

 まず外交面では、中東問題とアジア、太平洋の問題を主として申し述べたいと存じます。

 中東和戦の動向は、石油の問題とともに、今年最大の国際問題であります。

 石油問題は、中東紛争と分離しては論ぜられません。したがって、中東戦乱の再発を防ぎ、公正にして永続的な中東和平の達成のために、世界各国がそれぞれの立場で、これに協力することが必要であると思います。日本としては、国連安保理事会決議二百四十二号の実行を関係諸国に対して強く求めるものであります。その決議は戦争による領土取得が認められないことを強調して、一九六七年の紛争において占領された領土からのイスラエル軍の撤退を求めています。同時にまた、イスラエルを含む全関係諸国の生存権の尊重を求める公正な決議であると考えます。

 ただ、その決議は、パレスチナ人に関しては、難民にしか触れておりません。パレスチナ人の正当な権利は、国連憲章に基づき承認さるべきものであります。また、エルサレム問題は、平和的話し合いによって解決されるべきものであります。

 わが国としては、これらの諸問題が話し合いによって円満に解決され、中東に公正にして永続的な平和と安定がもたらされるよう、できる限りの努力をいたす考えであります。

 原油の価格が一挙に四倍になったことから、世界経済秩序の混乱が起こり、特に石油に対する依存度の高いわが国は、コストインフレと国際収支の悪化に悩まされております。

 工業製品や他の原料、資源も値上がりしたにもかかわらず、原油の価格が長期にわたり、きわめて低廉に抑えられていたという産油国の不満は、われわれも十分理解することができます。

 しかしながら、原油価格が一挙に四倍になり、世界経済秩序が適応の余裕を持ち得ないために、混乱が生じたことも事実であります。この点を産油国にもよく理解してもらい、産油国と消費国とが、力ずくではなく、あくまで対話と協調により、相互利益の調整を図るべきだと考えます。石油について中東に大きく依存するわが国としては、中東政策には格段の配慮が必要であります。

 わが国の海外経済協力のあり方は、今日の南北時代に処して、協力援助の量もさることながら、方法と質の改善が急務であります。

 要は、わが国の経済協力援助が、日本の貿易振興のためよりも、真に受益国の経済社会基盤の強化に役立つものでなくてはならぬということであります。

 善隣友好がわが国外交の重要な柱であることは申すまでもありません。特にわが国が米、中、ソという世界政治に重大な影響力を持つそれら三カ国と近接していることが、わが国の立場を特徴づけております。

 しかも、この日、米、中、ソの四カ国関係の中で、日本としては、他の三カ国のすべてと正式な外交関係に加えて、親善、友好の関係を持っているということは、きわめて重要なことであります。

 この四カ国関係の動向が、アジア、太平洋地域の安定と密接に関連しているだけに、こうした日本の立場は非常に重要であります。わが国は、善隣友好を一層推進していくことが、アジア、太平洋地域の安定に貢献するゆえんであると信じます。

 日米関係の安定は、日本外交の基軸でありますから、今後とも友好協力体制の強化に一層努めてまいりたいと存じております。

 日本とアメリカとの間の相互協力と安全保障の条約は、その名の示すとおり、日米協力の基本憲章であります。従来、ややもすると防衛力の面のみが表面に出るきらいがありましたが、エネルギーや食糧の問題が重視されるに至りました今日では、経済協力などの面と、防衛力の面とが並んで条約の本来あるべき均衡のとれた形で、両国間で認識されるようになりましたことは歓迎さるべきことであると存じます。

 日中関係が、一昨々年九月の日中共同声明に基づき、順調に発展してまいりましたことは、両国また両国民にとってはもとより、アジア、太平洋地域の安定のためにも喜ばしいことであります。

 本年は、それをさらに進め、日中間に平和友好の条約を締結して、子々孫々にわたる日中永遠の友好関係の基礎を固める年にしたいと考えております。

 なお、日台間の実務関係を維持していく方針に変わりはありません。

 日ソ間には懸案としての領土問題を解決して、平和条約を締結するという問題があります。戦後三十年になり、先般も宮澤外務大臣をソ連に派遣して交渉いたしましたが、懸案の北方領土問題は遺憾ながら依然として未解決であります。

 しかしわれわれが、いまから三十年後の日ソ関係を展望した場合は、その協力は世界史的意義を持つものと信じます。

 このような日ソ協力関係を可能にする大前提は、相互信頼感の増進であります。相互信頼感増進の第一歩は、領土問題を解決して、平和条約を締結することであります。私は、こうした前向きの発想で、領土問題に取り組むことができないかと考えております。この考え方のもとに、今後とも懸案の解決に努力する所存であります。

 また、日、米、欧の三者の協力関係をも重視したいと考えます。その意味からもわが国の対欧関係は、今後一段と相互理解と緊密化の努力が必要であります。

 大洋州及びカナダは、先進工業国として共通の問題を抱えており、これら諸国との伝統的友好関係を一層緊密にいたしてまいります。

 隣国韓国を初め、アジア諸国との間には経済協力、人的、文化的交流を通じ、アジア地域の安定と繁栄の基礎づくりに引き続いて貢献してまいりたいと存じます。

 アジアのみならずアフリカ、中南米諸国との相互理解と友好協力関係の増進にも一層努めてまいります。

 このように外交活動の幅を広げる場合、国連の場を重視していかなければならぬと考えております。

 最近、東京において、国連大学の理事会が開催されました。日本に本部を置く人類の大学が誕生したことは、日本人の喜びであり、今後も政府は、この大学の発展に寄与したいと考えております。

 また、今年は国連決議による「国際婦人年」に当たります。この有意義な年に当たり、婦人の地位の向上にも一層努力してまいる所存でございます。

 次に、内政問題について基本方針を申し述べたいと存じます。

 当面の急務は、物価の鎮静でありますが、本年三月には前年同期に比し、消費者物価の上昇を一五%程度に抑え、来年三月には一けた台にすべく、さらに物価対策を強力に推進していくつもりであります。公共料金を極力抑制いたしましたのも、物価に及ぼす影響を考えたからであります。

 ちょうどこの大事な時期に、春の賃金交渉期を迎えるわけでありますが、労使とも物価鎮静傾向に留意し、節度のある妥結に導かれるよう切望いたすものでございます。

 一方、景気は停滞の色を濃くしつつあることも否定できません。西独や米国でもインフレ対策から不況対策に重点を移行し始めましたが、なお消費者物価上昇率が特別に高いわが国の場合では、簡単には、総需要抑制策を外すわけにはいきません。

 したがって、引き続き抑制策は続けますが、その枠内で、健全な経営を行う中小企業などに対して、不当なしわ寄せが生ずることのないようきめ細かい対策を講じてまいる所存でございます。

 こうした抑制基調の予算の中でも、特に重点的に配分を図りましたのは、社会保障、教育、住宅や下水などの生活基盤の充実であります。インフレの影響をまともに受ける弱い立場の人々を救済して、社会的公正を期することに特に配慮いたしました。

 その他の点では、次の諸点を重視いたしました。

 食糧の自給力を高めるための農林漁業の増産対策、中小企業の経営改善対策の強化などであります。

 そして、特に重要なエネルギー対策としては、石油九十日備蓄の計画的推進、原子力平和利用の促進、原子力安全局の新設、新エネルギーの技術開発に重点を置きました。

 なお、経済の見通しや予算内容の詳細は関係大臣の演説に譲り、以下、経済、社会、文教、国防に関する私の基本的な考え方と、私の目指す新しい政治のあり方について申し述べたいと存じます。

 これからの日本経済は、量的拡大から質的充実への転換が必要であります。いままでの高度経済成長路線を転換して、安定成長と福祉向上の路線へ円滑に切りかえていかなくてはなりません。

 高度経済成長を支えた内外の条件は崩れ去り、ドルさえ出せば、幾らでも、しかも安い原料や燃料や食糧や飼料が買えた時代は終わりました。石油が一番いい例です。発展途上国もどんどん追い上げてきます。それは歴史の当然の進展であり、これをもとに戻すことは不可能でもあり、不当でもあります。

 国内でも労働事情に変化が起こり、賃金は上がり、労働時間は短縮されました。産業立地条件も環境問題などにより厳しく制約されてまいりました。これもまた、もとに戻すことは不可能でもあり、不当でもあると考えます。

 こうした内外情勢の変化は、好むと好まざるとにかかわらず、新しい情勢の変化に対応できるように産業構造の変革を促しております。

 わが国経済は、特に資源輸入に依存する体質ですから、その依存度を減らし得るような工夫が必要であります。

 個人の生活設計もそうですが、企業においても頭脳や情報の活用によって資源と労働力をできるだけ節約できるように、工夫、努力しなければなりません。

 ことに、貴重な資源である石油を少しでも節約するための国民運動を根強く展開いたしたいと考えております。

 高度成長から安定成長へ、量から質へと経済体質を変革するためには、高度成長時代の制度、慣行の見直しが必要であります。

 制度、慣行は、一たん打ち立てられますと、なかなかそれを変革することは困難でありますが、困難だといってほうっておくわけにはいきません。

 財政硬直化の問題を含め、行財政のあり方全般にわたり見直しをする考えであります。

 それは決してなまやさしいことではありません。既成の考え方を変え、既存の権利を手放すことには大きな抵抗が伴います。しかし、これを打破して、日本の政治を新しい時代にふさわしいものにしなければなりません。それが時代の要求であり、これにこたえることがわれわれ政治家に課せられた責務であると考えております。

 なお、自由経済の公正なルールを確保するため、いわゆる独占禁止法の改正案を今国会に提出いたします。

 また、社会的公正を確保するために福祉政策を重視しなければなりません。そのためには、地方行政のあり方も重要であります。

 いまや価値観も変わり、国民は華やかな消費生活よりも、美しい自然環境の保全、文化の発展、快適な生活環境、医療と教育の充実、公共施設の増強を求めています。そうした住民の要求に直接こたえなければならぬのが地方行政であります。

 私の主張するように、量的拡大の時代から、生活中心、福祉重視の質的充実の時代へ転換するためには、地方行政の果たす役割りは一層大きなものになってまいります。このときに当たり、自主的で責任のある地方行政が実現されるよう、国と地方との関係を初め、地方行財政のあり方について全面的に見直す必要があると考えております。

 また、福祉政策を可能ならしめるものは、国民の連帯観念と相互扶助の精神であります。結局、高福祉は高負担を意味することになりますから、国民連帯の精神が根底になければ成り立つものではありません。隣人愛の精神が必要であります。

 教育は福祉と並んで、私が最も重視してまいる政策面であります。

 明治の先覚者が、教育を重視してくれたおかげが今日に及んでいることに思いをいたせば、今日のわれわれには、二十一世紀の子孫のためにも、教育に力を注がなければならぬ責任があります。私は、教育にはもっともっと力を入れなくてはならぬと考えております。今回の抑制予算の中においても、特に教育を重点項目とし、私学助成の強化、教員の待遇改善、育英奨学資金の増額を図ったのもその趣旨によるものであります。

 しかし、そのためには、まず教育を本来あるべき場に引き戻すことが必要と考えます。教育を政争圏外の静かなる場に移さなければならぬと考えます。まず、そうした環境づくりが必要であると考え、あえて政党人でない永井君を文部大臣に起用した次第であります。

 すべての人に、いかなる環境に生まれようとも、その潜在能力を十分に引き伸ばすための教育の機会の均等は、ぜひとも保障しなければなりません。

 教師には、安んじて教育に専念できる待遇を保障しなければならぬと考えております。

 地球社会時代と言われる今世紀から二十一世紀にかけて、活躍できる国際的日本人の教育も緊急事であります。

 資源のない日本人としては、頼るものは日本人の創意であり、英知であり、技能であり、勤勉であります。教育はまた、そうした能力と個性の開発を目指さなければならぬものだと考えております。

 国防と治安の維持は、言うまでもなく政治の基本であると考えます。

 自衛隊については、自衛力の技術的な面もさることながら、自衛隊と国民との間に相互理解の和がなくては、真の自衛力とはなり得ません。

 私は、無防備論にはくみしません。現実的な国際常識からして、大きな国際影響力を持つ日本を、防衛力の面から真空地帯にしておくことは、アジア、太平洋地域の安定をかえって阻害すると考えるものであります。

 しかし、わが国の防衛力はあくまで自衛のためであって、アジア近隣諸国に脅威を与えるようなものであってはなりません。

 核武装は論外です。いわゆる核拡散防止条約については、原子力の平和利用につきその査察が西欧などと平等に行われることなどの条件が満たされた上で、批准のための手続を進める考えであります。

 核時代の国防の第一理念は、有事に至らしめない、すなわち核戦争や核戦争につながるような紛争を抑止することであります。

 私は、戦争抑止という観点から、日米間の安保協力と自衛隊の存在を評価するものでありますが、それを余りにも狭い純軍事的意義に局限しては、かえって真の効果が失われるおそれがあると考えます。

 自衛隊が国民から遊離、孤立した存在であっては、その真価を発揮することはできません。

 私は、国民の皆さんが自衛隊の役割りを正当に理解し、自衛隊が国民の皆さんから歓迎、祝福される存在になってもらうことを心から願っておるものであります。

 民主主義が、いかなる暴力とも相入れないことは申すまでもありません。法と秩序を無視し、国民生活に脅威を与える暴力行為は強く排除していく考えであります。

 私は、しばしば新規まき直しの必要を唱えました。

 私は、まず議員の皆さんに訴えたいのでありますが、この出直しの機会に、議会政治の本当にあるべき姿を打ち立てようではありませんか。

 また、政治全体の信頼回復のために、今日の選挙のあり方、政治資金のあり方にもメスを入れようではありませんか。われわれとしても、これに必要な法案をこの国会に提出すべく準備を進めております。

 次に、企業と組合の皆さんに訴えたいのであります。どうしても従来のような労使対決関係しか、労使関係はあり得ないでしょうか。スケジュール闘争方式しかあり得ないのでしょうか。

 企業の構成員も、組合の構成員も、同じ国民の一員であります。国民ベースで新しい労使関係のあり方が、生まれ得ないものでありましょうか。

 最後に、国民の皆さんに訴えたいのであります。高度経済成長のなれっこになって、むだもぜいたくも余り感じなくなってきたきらいがあります。これからはそうはまいりません。それは日本国民が貧乏になるということではありません。世界の資源をわがままに使うことを慎んで、節度ある安定成長の社会に生きるということであります。世界とともに歩もうということであります。正常な落ちついた日本になろうということであります。

 お互いに物的生活は簡素に、精神的生活は豊かであることを目指して、新しい時代の生きがいを求めていこうではありませんか。

 日本の先人は幾たびか今日以上の試練に耐え抜いて、今日の日本を築き上げました。われわれには潜在能力があります。われわれが互いに協力し合えば、この難局を切り抜け、世界の新しいモデルになるような新しい日本の建設が可能であるとの強い自信と希望を持とうではありませんか。

 偉そうなことを言える私ではない。また、言おうとするつもりもない。しかし、三十八年間、ただただ民主政治と国際平和とを念願して、この道一筋に生きてきた議会人として、この内外情勢のきわめて困難なるときに、私が担いました光栄ある重い責任は、日本国民のために、自由、民主政治のために、はたまた世界平和のために全力を挙げることであります。私は、この重責を果たすために力いっぱい献身する強い決意であります。

 これをもって私の施政方針演説を終わります。