[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第77回(常会)
[演説者] 三木武夫内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1976/1/23
[参議院演説年月日] 1976/1/23
[全文]
ここに第七十七回国会が再開されるに当たり、政府の施政に対する基本方針を申し述べ、国民を代表する議員の皆さんと国民の皆さんの御理解と御協力を得たいと存じます。
今年、昭和五十一年、一九七六年は、二十世紀最後の四半世紀を踏み出す第一年目であります。二十一世紀へのスタートの年としての新しい芽を育てる決意であります。
しかしながら、このスタートの年は、国内的にも国際的にも、歴史的な大転換期に遭遇しております。
日本経済は、石油危機を契機として、年間実質成長率一○%程度から、ゼロ成長に転落いたしました。高度成長路線を支えてきた条件、たとえば、安い石油とか、工場の容易な立地条件といった内外の支えは、いまやほとんど失われてしまいました。われわれは、二度と再びかつてのような高度成長路線には戻れないことを覚悟しなければなりません。これからの日本経済は、成長スピードを減速した適正な成長路線に切りかえられなければなりません。しかし、私は、それをいたずらに嘆くのではなく、むしろこれに積極的に取り組んで、健全な安定路線への転換を図るべきものと信じます。
しかしながら、設備も雇用も借入金も、すべていまだ高度成長時代の引き継ぎであります。それを新しい路線に円滑に切りかえ、いかに適応させていくかは、大変な難事業であります。しかし、この障害を突破せずしては、日本経済は立ち直れません。
この路線転換の難事業を、できるだけ犠牲をなくしてなし遂げることが緊急の要請であります。国民総ぐるみで、英知をしぼり、協調の精神を発揮して、この困難を突破する覚悟を持たなければならぬと思います。
それは企業にだけ求められる問題ではありません。行政、財政においても同じことで、高度成長時代の安易な考え方を断ち切って、発想を転換し、行政、財政の両面にわたって合理化を進めてまいりたいと思います。
こうした経済の路線転換の問題に加えて、今日、世界経済を苦しめている不況と物価高の同居する、いわゆるスタグフレーションの難問題に日本経済も直面しております。
一方に不況と失業の谷、もう一方に高物価、インフレの谷がありますが、われわれは、どちらの谷にも落ちずに、インフレなき経済発展を図らなければならないのであります。それを、全体主義的な統制経済のやり方ではなく、政府、企業、組合、個人の良識と自制と協調に基づく自由・民主のやり方でやろうというのが、われわれの決意であります。
昨年十一月に、パリ郊外の古城ランブイエに集まりました先進民主主義工業国の六カ国首脳会議で約束したことも、まさにそれでありまして、民主的な手法と国際協力とによって、不況と物価高の難問題を解決しようとお互いに決意を固めた次第であります。
今日の世界は相互依存がますます深まっています。それだけに、従来のやり方を繰り返しているだけでは決して問題は解決いたしません。
先進民主主義工業国の団結と協力が必要であることは言うまでもありません。しかし、それだけでは不十分であります。社会主義国の影響力にも、産油国の発言力にも、そして、石油を産出しない発展途上国の窮状にも、十分なる考慮が払われなければなりません。
特に、非産油途上国の窮状を放置しておいては、世界経済の本格的な立ち直りを期待することは困難であります。
国家間には表面上のいさかいの姿があるにもかかわらず、人類は、いまや、いやおうなしに、一つの運命、一つの世界に、追い込まれつつあります。われわれはこの世界史の趨勢を深く認識しなければなりません。
このように、国内的にも、国際的にも、われわれは、いまだ経験したことのないほどの、新しくかつきわめて困難な問題に直面しております。まさしく世界の試練、日本の試練であると思います。
これらの課題に対処する三木内閣の施政方針の基本的態度を以下四項目に分けて申し述べたいと存じます。
第一は、当面の緊急課題であります。第二は、二十一世紀への挑戦であります。第三は、防衛と外交の路線確立であります。そして最後に、以上の三項目の実行についての私の国民の皆さんに対する訴えであります。
私は、当面の緊急課題を二つの問題にしぼって申し上げたいと存じます。それは不況と政治不信の問題であります。
第一に、今年の最大緊急課題は、不況を脱出して、適正な安定成長路線への転換を図ることであります。
もちろん、物価に対する監視は常に怠ってはなりませんが、当面は景気浮揚に全力を挙げる方針であります。
三木内閣が発足したときの最大緊急課題は、何といっても、あの異常なる物価を鎮静させることでありました。
政府の総需要抑制政策による物価対策は成功をいたしました。昨年三月を目標とした消費者物価一五%以下は、予定通り達成いたしましたし、今年の三月を目標とした一○%以下も達成される見通しであります。
ところが、不況の方は、四回にわたる景気対策にもかかわらず、回復力はいまだ弱い段階にあります。
もっとも、全般的に見れば、いわゆるマクロ的には、鉱工業生産は昨年の春に底入れし、その景気回復の基調はできたのでありますが、いわゆるミクロ的には、個々の業種や企業にばらつきがあり、また日本企業の持つ雇用や借入金依存の特殊事情も手伝い、まだかなり深刻な問題が残っていることも事実であります。
しかし、第四次景気対策に引き続き、今国会で御審議を願う来年度予算及び経済運営では、景気の順調な回復と雇用の安定を図ることを最優先目標としております。財政においても公共事業と住宅に重点を置きました。公共事業予算は、予算全体の規模が前年比一四%増であるにかかわらず、二一%増にいたしました。住宅に関しては、第三期住宅建設五カ年計画を策定して、公的資金による住宅建設三百五十万戸、民間の自力建設と合わせて八百六十万戸の建設を目指しております。
すべての努力を傾け、五十一年度は、実質五ないし六%程度の経済成長を達成できると考えております。
また、アメリカ経済の上昇とヨーロッパ経済の回復徴候は、日本経済を勇気づける材料であります。
しかしながら、先ほど申し述べましたように、日本経済はその体質と構造とを変革しつつ転換期に処さなければならぬという二重の課題を抱えております。したがって、景気回復を図るとともに、新しい経済秩序の建設のために、創造的努力を怠ってはならぬということであります。
緊急課題のもう一つは、政治不信の解消であります。
国民が行政と国会運営とに不信感を抱き、議会制民主主義に懐疑的になるときには、独裁政治と全体主義の誘惑が出てまいります。
対話と協調、清潔と改革を唱えて発足した三木内閣に対し、現在いろいろな批判がなされていることを承知しております。
政治浄化と近代化とは、空念仏に終わらないか、社会的公正の実が上がらないのではないか。不況からの脱却がおくれるのではないか。国会は対話どころか対決の場ではないかといった国民の厳しい声が聞こえてまいります。
私はえりを正してその声を聞き、私の全エネルギーを燃焼し尽くしても、その声にこたえなければならぬという深い責任感を覚えております。非才ではありますが、私は一身をなげうってもやる決意であります。
国民の要望にこたえて政治の信用を回復するために、政府のなすべき仕事は、数多くありますが、中でも、現下の緊急課題として、先に述べました不況対策のほかに、私は四つの点を考えています。
一つは、ルールと約束事を守るという法治国の精神に基づいた社会秩序の確立。二つは、対話と協調の精神の徹底。三つは、誠実に努力するものが報いられる社会的公正の保障。四つは、生命をいたわる人間尊重主義の徹底。この四点であります。
具体的に申せば、第一の、法秩序と社会秩序の維持の中には、スト権ストの問題が含まれます。
三公社五現業のスト権問題でありますが、私は、違法スト−処分−抗議スト−処分という悪循環を断ち切る転換点は、違法ストを自制することにあると思うのであります。違法ストは強行するが、処分はやめてもらいたいということでは、悪循環は永久に断ち切れるものではありません。
他方、政府もまた、経営のあり方、当事者能力、関係法令の改正の三問題について、専門家の意見を十分に聞いた上で最終方針を決定いたします。公労協側も、法を守るという基本的態度を確立することを要請するものであります。
また、改正された政治資金規正法と公職選挙法のもとで行われる来るべき総選挙でも、この法律尊重の精神が生かされて、清潔な選挙を通じて、政治への信頼が回復されることを大いに期待いたすものであります。金力、権力など手段を選ばず式のやり方がはびこる限り、政治への信頼は回復されません。
第二の、対話と協調の精神の徹底については、特に国会運営と与野党関係のあり方の改善が重要と考えます。
国会は良識の府として、また、重要なる国政審議の場としての機能を発揮し、国民の期待にこたえるのではなくては、議会制民主政治は維持できるものではありません。
審議拒否の独善も、数のみに頼る安易な態度も、いずれも国会の権威と信用を落とす以外の何物でもありません。国会運営と与野党間の対話と協調につき、格段の工夫、改善がなされることを強く要望するものであります。
第三の社会的公正の中には、教育の機会均等、諸種の社会保障、税制改革、その他多くの問題が含まれます。中でも、老人、心身障害児者、母子世帯、生活保護世帯等の経済的、社会的に弱い立場の人々の生活の安定と福祉を図ることには、来年度予算でも特に配慮いたしました。
しかし、社会的公正に関連して、特に論議の対象となっているものは、独禁法の改正問題であります。
独禁法は競争の公正化、消費者の利益擁護を図ろうというものであります。基調は、あくまでも自由経済、市場経済でありまして、社会主義経済ではありません。
ですから、独禁法の改正というものは、時代の要請にこたえる節度のある自由経済体制を堅持するためのルールづくりをするということであります。
この点をよく理解していただいて、関係者の納得のいく形で再度改正案を提案して、国会の御審議を願おうと思っております。
第四の、国民の生命の安全を保障する上で、政府の責任はきわめて重大であると考えております。
毎日の新聞紙上には、さまざまな暴力行為などの殺伐なニュースが絶えません。災害のニュースも絶えません。交通事故では一年に一万人以上の生命が失われています。薬や環境汚染による被害があります。このことについては、私も心を痛めております。
生命の安全は、人間が最も本能的に求めるものであるだけに、政府もその安全確保には万全を期さなければならぬことは言うまでもありません。
交通事故対策としては、死亡者数を五年間のうちに、少なくとも一番多かった年の半分にするべく、五カ年計画を発足させます。
災害対策としては、科学技術を総動員して、事前の予防に最善を尽くします。
薬や環境汚染対策としては、事前検査や事前の環境調査を厳重にいたします。
しかし、中でも最も国民の協力を得て達成したいことは、種類のいかんを問わず、目的のいかんを問わず、あらゆる暴力を根本的に否定するという思想と風潮を全国民に浸透させたいということであります。
以上申し述べました緊急課題の解決も、その場しのぎのものではなく、二十一世紀を展望した長期視野に立つものでなければなりません。
そういう意味で、息の長い、民族発展の将来に思いをいたすときに、私は、特に次の四つの問題を重要と考えております。それは、一、教育、二、科学技術、三、福祉、四、繁栄の基盤の四点であります。
第一は教育でありますが、その重要性はいかに強調してもし切れるものではありません。
資源に恵まれない日本ですが、天の与えた最大の恵みは人であります。無限の能力を秘めた人間こそが日本の宝であります。その能力を引き出すのが教育の責任であります。 現在、教育を受けつつある青少年こそ、二十一世紀に活躍する未来の創造者であります。今日の教育をおろそかにすることは、二十一世紀に対する責任の回避にほかなりません。
ところが、今日の教育が、日本の青少年の知、徳、体の均衡のとれた教育の成果を上げ得るや否やについては、各方面の強い批判があります。現状では、伸び伸びとした創造的な人間の育成が期待できがたいのではないかという懸念も広く国民の中にあります。
政府は、こうした批判にこたえ、こういう懸念を解消するため、三つの方向の教育改革を実行したいと考えております。
第一は、国立大学の共通学力テストを試みる等、入学試験制度の改革であります。
第二は、高校新増設のための国庫補助や専修学校制度の新設など、学校教育の機会の拡充であります。
第三は、教育指導面の強化による学校教育の質的充実であります。
私は、教育を政争の外に置くことと、がりがりの競争第一主義と入試第一主義を排することを期待しております。最近文相が提唱した「助け合い教育」などは教育界に新風を吹き込むものとして、私も賛同するところであります。
第二は、科学技術の重視、活用であります。
二十一世紀は、人類連帯と科学技術の時代となるでありましょう。科学技術面での教育研究あるいは開発におくれをとる国民は、二十一世紀の後進国となりかねません。
それだけに、科学技術の分野に携わる人の責任は重大であります。教育同様に、科学技術の分野も政争の外にあらなければなりません。
原子力発電及び原子力船の安全性、環境汚染、災害の防止、都市再開発、さらには二十一世紀の無限のエネルギー源となる可能性があるといわれる核融合の問題等々、人類と資源と自然とをめぐる無数の課題は、科学技術者の公平なる判断力と創造的能力に依存しなければならぬ問題ばかりであります。
政府としては、本当に信頼のできる科学技術の発展、本当に平和に奉仕できる科学技術の発展のために一層努力いたします。
第三は、国民福祉に対する新しい総合的な取り組みであります。
当面の福祉対策についても、優先度について厳しい選択を行いつつ、真に必要な施策を計画的かつ積極的に推進をすることとし、社会保障関係費は五十年度に比し二二・四%増額し、一般会計予算に占める割合も一九・八%に高めました。
私は、福祉社会の建設こそ近代民主政治の目標であると考え、多年、この問題を真剣に検討いたしてまいりました。
人生にはいろいろな段階がありますが、そのいずれの段階においても、各人の人生観と価値観に従って、自由で生きがいのある社会を実現することが必要であります。それが私の描く福祉社会でありますが、そうした福祉社会を支える二つの柱となる基本精神があると思います。
一つの柱は、生涯のそれぞれの段階で機会さえ公平に保障されるならば、後は個人の意志と努力次第という独立、自助の精神であります。
もう一つの柱は、生涯のいずれの段階であれ、個人の努力ではどうにも解決のつかない経済的、社会的困難に陥った人に対しては、国が救済の手を差し伸べるという最低限の保障であります。連帯と相互扶助の精神であります。
また、私の構想する生涯設計計画は、教育も就職も住宅も、医療も、老後も、すべてを含む総合的なものであります。
私は、英国型あるいは北欧型でもない日本型福祉政策を目指しておるものであります。この計画を具体化する第一歩として、ことしから政府においても総合的検討を進めることにいたしました。
第四は、二十一世紀へかけての民族繁栄の基礎固めであります。
さきに述べましたとおり、日本経済は適正な安定成長路線への転換とともに、その体質と構造を変えていかなくてはなりませんが、そのためには中小企業と農林漁業、地方行財政、労使関係、国際協力という四つの重要な課題があります。
第一の中小企業と農林漁業につきましては、その振興なくして日本経済の繁栄はないということであります。
当面の対策としては、中小企業においては、金融対策及び小規模事業対策に重点を置きました。また、農林漁業対策としては、自給力向上のための基盤整備、生産対策等を重視いたしました。しかし、そのいずれも構造改革による生産性向上という長期構想の一環としてとらえてまいります。
第二は、国民生活の向上のために地方行財政の健全化を図ることが不可欠であります。このため、地方の自主的努力を期待するとともに、政府もこれがため、一層努力をいたしてまいります。
第三の労使関係につきましては、相互理解と信頼の上に立ったよりよき労使関係が生まれることを期待しております。
二十一世紀に向かうにつれ、日本の企業は低賃金の発展途上国、政治優先の社会主義国、合理化の進む先進工業国の三方からの競争にさらされることになります。
このような国際的条件のもとで、より合理的な労使関係が樹立されて、勤労者の生活の安定が図られることを願うものであります。政府としても、それに役立つ環境づくりに労をいとうものではないということでございます。
第四の国際協力は、ランブイエ精神にあらわれているように、先進民主主義工業諸国間の協力、体制を異にする社会主義国との協力、発展途上国との協力が必要であります。
中でも、発展途上国との協力は、わが国にとって重要であります。
政府としては、長期展望に立って、発展途上国の国民生活の向上と国際平和につながる協力を進めてまいります。
ことに、今後予想される世界的な食糧と人口の不均衡対策として、発展途上国の食糧増産計画に対する国際的協力を促進したいと考えております。
私は外交と防衛を、国の安全を図るという政府に課された重大なる責任の両面としてとらえております。
複雑な内外情勢に対処して、国の安全を図るには、外交と防衛と内政の全般にわたって総合的対応策を必要といたします。
ベトナム情勢の急転後、わが国の防衛論議に変化が見られます。問題を現実に即して考えようという傾向があらわれておることを歓迎いたします。これをきっかけとして、いままで余りにも距離のあり過ぎた与野党間の防衛に対する基本的な考え方についての対話が進められ、防衛問題が国民全体の問題として建設的に取り上げられるようになることを期待いたすものであります。
私は国の守りの基本として四点をあげます。
第一は、国民の抵抗の決意であります。国民の生命、財産、生活、独立を侵すものには断固として抵抗するという国民的決意であります。その決意のあらわれが自衛隊であります。
第二は、堅実なる国内体制の確立であります。政治や社会が腐敗し、経済が疲弊し、国民が自信を失うときには、国は内部から崩壊をいたします。
第三は、平和を維持する外交であります。日本みずからが平和を乱すもとになってはならぬことはもちろんですが、日本を取り巻く国際環境を安定させる外交努力は、国の安全を守る重要な要素であります。
第四は、国際協力に基づく集団安全保障体制であります。今日、いかなる軍事大国といえども、一国だけの力で安全を全うすることはできません。軍備はむだだから非武装でよいというのでは余りにも飛躍し過ぎた非現実論であると言わなければなりません。
世界の現状においては、集団安全保障体制が日本のとるべき道であると考え、日米安保体制を継続していく決意であります。
以上、私は、四点に集約された考え方のもとに、国民的支持を背景として、量よりも質を重視し、基盤的防衛力を整備しようという新しい防衛構想を推進してまいりたいと思います。
また、非核三原則を堅持いたしますから、核武装は絶対にあり得ません。この点を内外に明らかにする意味からも、核拡散防止条約の批准のための承認が今国会で行われることを切望いたします。
やろうと思えばできる技術と経済力を持ちながら、日本国民が核武装をみずから放棄する決意をした点にこそ、世界に訴える平和説得の道義力が生まれるものと私は信ずるものであります。
アジア・太平洋地域の安定は、日本の安全にとっての大前提要件であります。
アジア・太平洋地域の安定のために、日米、日中、日ソ、日韓の関係強化、ASEAN及び大洋州諸国との関係強化を図り、さらにインドシナ諸国との外交関係、北朝鮮との交流を進めてまいります。
中でも、強固なる日米関係の推進、発展が日本外交の基軸であることは変わりありません。
安全保障の観点からも、民主主義の観点からも、また、経済貿易の観点からも、いずれをとらえてみても、日米はきわめて自然なパートナーであります。
本年は米国にとって建国二百年を迎える記念すべき年であります。政府はそれを心から祝福するとともに、日米間の相互理解、相互信頼、相互協力を一層推進する決意であります。
日中関係につきましては、四年前の日中国交正常化以来、約束された四つの実務協定の締結はすべて完了し、残るは平和友好条約の締結のみであります。私は相互理解を一層深めて、できるだけ早い機会に条約締結にこぎつけ得るよう努力をいたしたいと考えております。
この機会に、私は改めて、日中国交正常化に多大の貢献をされた偉大なる政治家、周恩来国務院総理の逝去を心から悼むものであります。
日ソ関係についても、政府は、日ソの友好、協力関係の増進に努力いたしております。しかし、日ソ間には、依然として領土問題が未解決の問題として残っております。
先般、グロムイコ外相の訪日の機会に、この問題を話し合いましたが、ソ連のかたい態度は依然として変わりはありませんでした。政府は今後とも、この問題の解決のために忍耐強い努力を続けてまいりますので、国民の御支援を得たいと思います。
しかし、日中、日ソ間には、それぞれの懸案があるとはいえ、経済、文化及び人の往来の面では、着実に関係は深まりつつあります。
日韓関係は、いろいろ問題が介在しましたが、友好関係の根底には揺るぎはありません。しかし、相互理解増進の努力を怠ってはならぬと考えます。
また、日韓大陸棚協定の批准のための承認が、他の外交案件同様、今国会で行われるよう希望いたします。
ASEAN諸国と大洋州諸国との関係の緊密化は、アジア・太平洋地域の安定と繁栄のために歴史が新しく求めているものであると考えますので、これら諸国との相互理解と友好関係の増進には一層の努力を払います。
長い戦火の終息を見たインドシナ諸国との新しい外交関係は、政府の重視するところであります。この地域の新しい政権の動向は、今後のアジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。
同様に、朝鮮半島における南北関係の動向もまた、アジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。
朝鮮半島の現状に急激な変化をもたらすことは、かえって朝鮮半島の安定を損なうものと考えます。しかし、わが国と北朝鮮側とが互いに正確な情報を欠いているという状況は、不要な疑心暗鬼と警戒心を起こさすことになりかねません。ですから、漸新的に北朝鮮との交流を進めてまいり、相互が正確に理解し合えるようにしたいと考えています。
以上、アジア・太平洋地域の問題を申し述べましたが、それは世界の他の地域への関心が低いという意味では決してありません。
現に、昨年十一月のランブイエ会議にも積極的に参加しましたように、政府は、日本、北米、西欧、それに大洋州も加わるべき先進民主主義工業諸国との協力に大いに貢献したいと考えています。日米に比べては、比較的立ちおくれている日本とヨーロッパの間の相互理解の増進にも大いに努めたいと考えています。
中東紛争については、日本は石油問題を通じて死活的な関係を持っておりますだけに、その関心度はきわめて深いものがあります。
政府は、国連安全保障理事会決議二四二号が完全に実行され、パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されるとともに、イスラエルとPLOの対話の実現を切望するものであります。そうした対話と協調の精神にのっとって、中東地域に正しく、かつ永続できる平和が訪れることを強く希望しておるものでございます。
また、アンゴラの武力紛争による不幸な事態に対しては深い関心を持っておりますが、外国の軍事介入が停止され、一日も早く平和が達成されるよう願っておるものであります。
もとより、中近東、アフリカ、さらに中南米の諸国との間においては、相互理解と友好協力関係の一層の強化に今後とも努力してまいります。
平和憲章の精神からいっても、貿易に依存する資源小国たる日本の立場からいっても、平和世界なくして日本の存立はあり得ないのであります。
それだけに、世界の平和と安定のためには、日本は特別の関心を持ち、できるだけの努力をいたすべきものと考えます。わが国は軍事的には何もできませんが、経済、政治、文化の諸分野では貢献できる余地は少なくないと考えております。
以上、率直にわが国の実情並びに私の信ずる政治理念と政策を申し述べてまいりました。
この際、特に国民の皆様に訴えたいことがあります。
それは、自主性と協調の問題、国益の問題、それに権利と責任の問題であります。
いま、自主外交が求められています。しかし、それは決して反対することが自主で、協調することが追随というわけではありません。協調することを自主的に決めることも自主外交であります。
また、国益とは、国際協調を排した一方的なる利己利益主張と理解されることがあります。
しかし、これほど相互依存度の強まった今日の世界では、そうした狭隘な国益論というものは通用いたしません。
また、権利を主張することに急で、その半面の責任や義務が無視されることが、いろいろな国内問題を引き起こしております。
こうしたことが、外交や政治をときにきわめて困難にすることがあります。
世界にも、日本にも、多様な考え方があります。それを力によらず、相互理解と善意と良識によって調整していくのが民主政治であり、平和外交であると信じます。
政治体制にもいろいろありますが、私は、長く議会政治に携わってきた議会人として、日本にとっては、やはり議会制民主主義が最も適合している政治体制であると信じて疑わないものであります。
しかし、それは、内政においても、外交においても、議会運営は言うまでもありませんが、私の言う対話と協調でなければ、その真価は発揮できない制度であります。
私は重ねて対話と協調とを訴えて、民主政治擁護に挺身するということを誓うものであります。
以上、私は内外の諸問題につき、きわめて厳しいことを申し述べてまいりましたが、それは私が日本国民を信ずるがゆえに、あえて申し上げた次第であります。私は、いざというときに日本国民が発揮してきた英知と和の精神と献身の歴史を信ずるものであります。過去幾多の困難を乗り越えてきた日本国民であります。
必ずや日本民族の活力を発揮して現下の困難を乗り切り、明るい明日への道を切り開くことができることを確信いたします。
私も根限り献身いたします。
議員の皆さんと国民の皆さんの御理解と御協力を願ってやまない次第であります。