データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第68代第1次大平(昭和53.12.7〜54.11.9)
[国会回次] 第87回(常会)
[演説者] 大平正芳内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1979/1/25
[参議院演説年月日] 1979/1/25
[全文]

 私は、さきに、国会において内閣の首班に選ばれ、組閣早々、来年度予算の編成を了し、ここに第八十七回国会を迎えました。この機会に、施政全般にわたっての私の所信を申し上げ、国民各位の御批判と御理解を得たいと思います。

 まず、私の時代認識と政治姿勢について申し上げます。

 戦後三十余年、わが国は、経済的豊かさを求めて、わき目も振らず邁進し、顕著な成果をおさめてまいりました。それは、欧米諸国を手本とする明治以降百余年にわたる近代化の精華でもありました。今日、われわれが享受している自由や平等、進歩や繁栄は、その間における国民のたゆまざる努力の結晶にほかなりません。

 しかしながら、われわれは、この過程で、自然と人間との調和、自由と責任の均衡、深く精神の内面に根差した生きがい等に必ずしも十分な配慮を加えてきたとは申せません。いまや、国民の間にこれらに対する反省がとみに高まってまいりました。

 この事実は、もとより急速な経済の成長のもたらした都市化や近代合理主義に基づく物質文明自体が限界に来たことを示すものであると思います。いわば、近代化の時代から近代を超える時代に、経済中心の時代から文化重視の時代に至ったものと見るべきであります。

 われわれが、いま目指しておる新しい社会は、不信と対立を克服し、理解と信頼を培いつつ、家庭や地域、国家や地球社会のすべてのレベルにわたって、真の生きがいが追求される社会であります。各人の創造力が生かされ、勤労が正当に報われる一方、法秩序が尊重され、みずから守るべき責任と節度、他者に対する理解と思いやりが行き届いた社会であります。

 私は、このように文化の重視、人間性の回復をあらゆる施策の基本に据え、家庭基盤の充実、田園都市構想の推進等を通じて、公正で品格のある日本型福祉社会の建設に力をいたす決意であります。

 今日、われわれが住む地球は、共同体として、いよいよその相互依存の度を高め、ますます敏感に反応し合うようになってまいりました。この地球上に生起するどのような事件や問題も、またたく間に地球全体に鋭敏に影響し、地球全体を前提に考えなければ、その有効な対応が期待できなくなっております。対立と抗争を戒め、相互の理解と協力にまたなければ、人類の生存は困難となってまいりました。

 しかしながら、世界の現状を見ますと、国際政治は多元化の傾向を強め、その中で不安定要因も増大しつつあります。

 他方、戦後四半世紀にわたって国際経済秩序を支えてきたガット、IMF体制は、いまや、大きい地殻変動に見舞われており、世界は、そのための新しい対応策を模索いたしております。資源問題やナショナリズムによる緊張も異常な高まりを見せ、南北間の格差も一層拡大しつつあります。

 地球をめぐる現実は、そのようにきわめて厳しいものがあります。世界に対する甘い認識や安易な対応は、もはや許されません。世界を一つの共同体としてとらえ、世界に対するわが国の役割りと責任を踏まえて、内外にわたる施策を真剣に展開しなければなりません。

 日本の平和と安全を確保することは、政治の最大の責務であります。そのためには、節度ある自衛力と、これを補完する日米安保条約とから成る安全保障体制を堅持することが必要であります。しかし、真の安全保障は、防衛力だけで足れりとするものではありません。世界の現実に対する冷厳なる認識に立って、内政全般の秩序正しい活力ある展開を図る一方、平和な国際環境をつくり上げるための積極的な外交努力が不可欠であることは申すまでもありません。

 今日、国民の間には、民主政治の基本に関する合意がすでに形成されるに至っております。

 その一つは、議会制民主主義に基づく政治の運営であり、一つは、秩序と活力のある自由市場経済の維持であり、一つは、内政外交を通ずる総合的な安全保障の確保であります。すべての施策を行うに当たりましては、これらの基本的な枠組みを踏み外すことがあってはなりません。既成概念にとらわれた不毛な対立や、個人や集団の利害に固執する硬直した姿勢は民主社会においては、もはや許されるところではありません。私は、民主的ルールに従い、謙虚に真実を語り、率直に当面する困難を訴えてまいるつもりであります。そして国民に対する信頼の上に立って、厳しい現実に対する有効な対応策につき、柔軟な姿勢をもって、より広い国民的合意を形成していくことを政治の基本姿勢としてまいる決意であります。

 行政はもとより国民のものであり、国民の活力の活発な展開を促すことが行政の任務であることに思いをいたせば、行政は簡素で効率的なものでなければなりません。しかるに、経済の成長に支えられ、中央、地方を通じて、政府に対する期待や行政の民間への介入は、年とともに増大し、行政事務の煩瑣化と財政の肥大化とがとみに進んでまいりました。政治の国民生活への過剰な介入や国民の政治への過度の期待は、この際改められなければなりません。

 確かに、社会的公正の確保、構造改革の推進等、行政が新たな役割りを担うべき領域は拡大しております。しかし一方、時代の要請に適さなくなった制度や慣行は、不断に見直しを行い、行政機構や定員の抑制と合理化は、一層進めなければならないと思います。今日、家庭や企業は、厳しい現実に対する適応の努力を重ねております。政府も国民と苦しみを分かち合うところがなければなりません。

 なお、公務に従事するすべての者は、自らの行動に常に反省を加え、いささかも綱紀の弛緩を招くことのないよう自戒するところがなければなりません。政府は、公務に従事するすべての者に対して、強くその自覚を促してまいる所存であります。

 最近、外国航空機の購入をめぐる疑惑が国民の間に大きな論議を呼び起こしております。このことは、政治の信頼にかかわる問題でもあり、政府は事態を解明するため最善の努力をいたす所存であります。

 私は、以上の基本的考え方に立ちまして、わが国が当面する内外の諸問題につき、所見を申し述べることといたします。

 わが国の外交の基軸は、日米友好関係の維持、強化にあることは申すまでもありません。日米間の友好関係は、各種の試練に耐え、ますます揺るぎないものとなっております。日米両国は、相互理解を一層深めつつ、当面する経済上の問題についても、世界経済の安定的拡大に資するため、その解決に協力しなければなりません。私は、そのため、精力的に努力する所存であります。

 また、私は、わが国の隣国として、国際社会の中で重要な役割りを果たしている中国及びソ連との友好関係を一層推進してまいることも、わが国外交の最も重要な課題であると考えております。ソ連との間には、未解決の北方領土の問題がありますが、しんぼう強くその解決を図り、平和条約の締結を目指してまいりたいと考えております。

 昨年秋、日中平和友好条約が締結され、本年元旦、米中外交関係が樹立されました。これら一連の外交的展開は、アジア・太平洋地域のみならず、世界の平和と安定に大きく寄与するものと期待いたしております。わが国としても、その方向に沿って、日中間の平和友好関係を着実に発展させたいと考えております。

 日韓関係は、年とともに緊密の度を加えております。私は、両国の信頼と友好の関係をより強固なものにするよう努力する一方、南北両当事者間の対話が再開され、朝鮮半島における緊張が一層緩和の方向に向かうことを期待するものであります。

 また、わが国は、今後とも、ASEAN諸国を初めとするアジア諸国の安定と発展のために、これら諸国の自主的努力に精力的に寄与してまいる方針であります。特に、私は、インドシナにおける最近の事態を深く憂慮し、平和の回復を強く希望するものであります。わが国としては、これまでも国連その他の場を通じ、外交努力を行ってきておりますが、今後とも東南アジアの平和と安定のための努力を一層強めてまいる考えであります。

 さらにまた、西欧諸国との調和のとれた協力関係は、世界の平和と繁栄にとりましてきわめて重要であります。私は、この認識に立ちまして、日欧関係をより幅広く、より強固なものに発展させていくための一層の努力を続けてまいります。

 中近東及びアフリカの諸国との友好と協力の関係、さらには東欧諸国との交流と友好関係は、近年ますます拡大しております。わが国は、これらの国々との関係増進に今後とも努力してまいる考えであります。

 米国、カナダ、豪州、ニュージーランドなどの太平洋圏諸国との相互依存関係、中南米諸国との友好協力の関係は、ますます濃密なものになっております。私は、これら諸国との友好協力関係を一層揺るぎないものにするよう努力を重ねてまいる所存であります。

 わが国は、世界経済の運営に重要な役割りを果しておりますが、今後とも率先して国際社会に受け入れられる経済運営に努め、世界の期待にこたえてまいる必要があると考えます。わが国としては、引き続き内需の拡大を図り、諸外国に向けてより参入しやすい開かれた市場を提供できるよう努めなければなりません。他方、相手国にも喜ばれる輸出に心がけて、対外的な経済均衡を図るよう努めなければなりません。

 本年、アジアにおいては初めての主要国首脳会議がわが国で開催される予定となりましたことは、きわめて意義深いものがあります。この会議は、世界経済の安定的拡大の諸方策につき、関係国の首脳が率直に話し合い、国際協力の実現を目指す場としてきわめて重要な意味を持っております。わが国は、主催国として万全の準備を整えますとともに、参加国全体の協力を得て、その成功を期してまいりたいと考えております。

 また、完結に近づきました東京ラウンド交渉が実りある終結を見るよう努め、新しい貿易秩序の基礎固めに貢献するところがなければなりません。

 五月には、マニラにおきまして第五回国連貿易開発会議の開催が予定されております。政府としては、一層積極的な姿勢で南北問題に取り組んでまいる所存であります。最近の南北問題の推移やアジア・太平洋地域との関係を考えますとき、わが国の経済協力はきわめて重要であります。私は、政府援助を三年間で倍増し、援助額の国民総生産に占める比率の改善に努めるという既定の方針は、苦しい財政事情の中にありましても、これを貫いてまいる所存であります。

 また、わが国の国際社会における立場を考えますと、先進国と開発途上国とを問わず、また、政府、民間を通じ、必要とされる資金、物資、知識、技術を可能な限り提供し、幅広く経済交流を進めてまいらなければなりません。特に、私は、留学生や研修生の受け入れ、学者、技術者等の派遣を通じて、相手国のマンパワーの開発に対する協力を重視してまいる考えであります。

 昨年いっぱい変動の大きかった国際通貨情勢は、関係主要国の話し合いと協力によりまして、このところ小康を見ております。しかし、今後とも、より望ましい通貨秩序の形成を目指して、各国が、基礎的諸条件の改善と整備のため、それぞれの立場で協力することが必要であると考えております。

 なお、ここで一言付言いたしたいことは、新時代にふさわしい国際性豊かな人材の養成であります。このところ、日本人の国際性がとみに向上を見せておりますことは喜ばしいところであります。また、これまで、わが国は、資金、物資の両面にわたりまして、自由化を進めてまいりました。さらに、文化の領域においても国際化を進めなければならない時代を迎えております。私は、この傾向を推し進め、国際性豊かな人材が各分野で幅広く活躍できるよう期待いたしますとともに、政府としても、そのための協力を惜しまない所存であります。

 当面の経済運営に当たっての課題は、物価の安定を保ちながら、雇用の維持、拡大に努め、あわせて世界経済に対するわが国の責任を果たすとともに、財政再建の契機をつかむことであると思います。

 このため、雇用対策の面では、中高年齢者、離職者等の雇用拡大に細心周到な配慮を加えますとともに、中小企業、構造不況業種等に対する対策をきめ細かく実施することといたしております。

 また、これらの対策とともに、適切な内需の拡大を図るため、厳しい財政的制約にもかかわらず、可能な限りの財政支出を確保し、民間経済活動の展開と相まちまして、景気の回復を定着させるため、精いっぱいの努力をいたしました。このことは、同時に、国際的要請の強い国際収支の均衡化にも資するものと考えております。

 物価の安定は、不断に堅持すべき目標であります。最近までの物価動向は、円高の影響等から卸売物価、消費者物価とも安定裏に推移してきましたが、今後はこれら諸条件の変化や諸物価の動向を十分注意しつつ、その安定基調の維持に万全を期してまいるつもりであります。

 財政再建の問題は、いよいよ緊切な課題となってまいりました。今般の予算編成に当たりましても、歳出内容の厳しい洗い直しに取り組むとともに、社会保険診療報酬課税の特例を初めとする租税特別措置の主な懸案事項について、その是正に努めました。しかし、財政の現状は、なお前年度を大幅に上回る公債に依存せざるを得ない状況であり、さらに、将来の展望を考えますと、その再建は、いまこそ本格的に取り組まねばならない国民的課題であると思います。政府は、歳入、歳出を通じ、中央、地方にわたって、積極的に検討を進めてまいる決意であります。財政があらゆる要求にそれなりに適応することができた高度成長期の夢は、もはやこれを捨て去らねばなりません。私は、そういう観点に立ち、一般消費税の導入など税負担の問題についても、国会の内外において論議が深まることを強く望んでおります。

 当面の経済的課題の克服と並んで、わが国経済の中長期的発展の展望を示すことも、政府の重要な任務であると存じます。

 政府は、このたび、昭和六十年度までを展望する新しい経済計画の基本構想を取りまとめました。国民の先行きに対する不透明感を払拭し、均衡のとれた経済社会の発展に展望を開こうとするものであります。政府は、この構想に基づく計画を速やかに作成し、それを指針として、今後の経済政策の具体的展開を図ってまいる考えであります。

 今日、資源・エネルギーの確保は、わが国の命運を左右する重大な意味を持っております。私は、省エネルギーの一層の推進、石油の安定供給の確保、石油代替エネルギーの開発、日米科学技術協力などによる核融合を初めとする新エネルギーの研究開発等、一連のエネルギー政策を精力的に進めてまいりたいと思います。

 また、国民食糧の総合的、安定的確保は、政治の基本であります。私は、そのため、国内で生産可能なものは極力国内で生産することとし、生産性の高い近代的な農家を中核的な担い手として、需給の動向や地域の実態に即して、農業の再編成を図ってまいる所存であります。また、国内で不足する食糧につきましては、多角的、安定的な秩序ある輸入によって、これを補うことといたします。

 あわせて、世界的な二百海里時代の本格的な到来に対処して、漁業外交の積極的な展開と沖合い・沿岸漁業の振興に努めたいと思います。さらに、森林資源の維持、培養を図って、国土の保全と林業の発展に努めてまいる方針であります。

 経済的、物質的豊かさとともに、われわれは、暮らしの中に豊かな人間性、参加と連帯に生きるふるさとを取り戻したいと思います。その実行に当たって、私は、日本的な問題解決の手法を大切にしたいと思います。すなわち、日本人の持つ自立自助の精神、思いやりのある人間関係、相互扶助の仕組みを守りながら、これに適正な公的福祉を組み合わせた公正で活力ある日本型福祉社会の建設に努めたいと思います。

 そのため、私は、都市の持つ高い生産性、良質な情報と、民族の苗代ともいうべき田園の持つ豊かな自然、潤いのある人間関係とを結合させ、健康でゆとりのある田園都市づくりの構想を進めてまいりたいと考えております。緑と自然に包まれ、安らぎに満ち、郷土愛とみずみずしい人間関係が脈打つ地域生活圏が全国的に展開され、大都市、地方都市、農山漁村のそれぞれの地域の自主性と個性を生かしつつ、均衡のとれた多彩な国土を形成しなければなりません。私は、そうした究極的理念に照らして、公共事業計画、住宅政策、福祉対策、文教政策、交通政策、農山漁村対策、大都市対策、防災対策等、もろもろの政策を吟味し、その配列を考え、その推進に努めてまいります。また、沖縄の振興開発につきましても、その実情に応じて、施策の充実を図ってまいる考えであります。

 さらに、家庭は、社会の最も大切な中核であり、充実した家庭は、日本型福祉社会の基礎であります。ゆとりと風格のある家庭を実現するためには、各家庭の自主的努力と相まって、政府として、住宅を初め家庭基盤の充実に資する諸施設の整備を初め、老人対策、母子対策等の施策の前進に努めたいと思います。また、本年は国際児童年に当たっておりますが、児童・青少年のための諸施策を一層充実するよう努めてまいります。

 私は、教育の自発性と活力を尊重してまいりたいと存じます。多様化し、充実した教育の中から、個性も持つ、豊かな創造力とすぐれた国際感覚を身につけた若者が育ってくるものと信じます。そのため、教育に対する政治の側からの関与はできるだけ控えつつも、入試制度の改善、すぐれた教育者の確保、教育施設の整備等につきましては、国公私立を問わず、政府の果たすべき役割りは、責任を持って遂行してまいりたいと思います。

 また、すべての国民が自主的な選択により、生涯にわたって常にみずからを啓発し、それぞれその個性と能力を伸ばし、創造的な生活を享受できるよう、文化、教育、スポーツなどの諸条件の整備と充実を図ってまいります。

 われわれは、西欧型の近代化には目覚ましい成果をおさめましたが、その代償として、わが国に特有の精神文化のあり方を十分尊重してきたとは言えないように思います。私は、日本的なものを大切にし、それらをわれわれの生活の中に生き生きと位置づけていきたいと願うものであります。

 元号問題につきましても、私は、これが日常生活の中に定着しておるという事実を尊重して、今国会で、その法制化を果たしたいと願っております。

 現在、世界も日本も、新しい時代を迎えようとしております。旧来の発想や使い古された手法にとらわれていてはなりません。いま、重要なことは、政治が、何とかして確かな未来への展望を国民の前に示し、国民とともに一歩一歩前進することであると思います。

 壮大な文化の創造、個性ある地域社会の形成、科学技術の革新と産業構造の刷新、海洋や宇宙の開発、厳しい世界の現実に対応しての総合的な安全保障の確保等は、いま、われわれが挑戦すべき重要な課題であります。

 私は、そうした課題にいどむ次の世代の持つ可能性を最大限に引き出すことが政治の責務であると確信します。

 以上、私は、所信の一端を申し述べましたが、国民各位の良識と英知に支えられた御理解と御協力とを切にお願いするものであります。