データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第69代第2次大平(昭和54.11.9〜55.7.17)
[国会回次] 第91回(常会)
[演説者] 大平正芳内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1980/1/25
[参議院演説年月日] 1980/1/25
[全文]

 第九十一回国会が再開されるに当たり、内外の諸情勢についての見解と、これに対処する所信を明らかにいたしたいと思います。

 われわれは、いよいよ一九八〇年代に第一歩を踏み出しました。

 この新たな時代の黎明に当たって、内外の情勢を展望するとき、われわれは、そこに、明暗二つの要素が複雑に絡み合った姿を見出すのであります。

 今日の世界においては、各国相互の間の依存関係が一段と高まる中で、国際社会の多元化傾向は、いよいよ強まってまいりました。すでに幾つかの地域においては、国際的緊張が異常な高まりを見せ、最近では、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入もあって、米ソ間のデタントにも微妙な変化が見られます。同時に、通商上の摩擦は増大し、国際通貨にも多くの問題が生じております。エネルギーや資源の制約も一段と緊迫化し、各国経済は、おしなべてインフレと失業の双方からの脅威にさらされております。また、発展途上国の目指す経済開発も大きな試練に遭遇いたしております。他方、地球社会を一つの共同体としてとらえ、国際協調によりまして、国際社会の直面する困難を打開しようとする動きも見ることができます。いずれにいたしましても、国際社会は複雑な要素が交錯し、一歩その対応を誤まれば破局を招来しかねない岐路に立っておると言えましょう。

 同時に、国内におきましては、経済の高度成長によって、豊かな生活を実現することができましたが、その成長の後遺症として公害、資源の制約、都市の過密化など深刻な問題をもたらし、人間関係にも、さまざまなひずみが生じております。経済の高度成長を支えた条件はすでに過去のものとなり、加うるに、社会の高齢化も進み、産業の構造や生活の様式もこれを改めなければならない状態に立ち至っております。中央と地方、政府と民間、労働者と使用者などの間を律してきた既存の制度や慣行の中には、もはや十分にその機能を果たすことができなくなり、その見直しが要請されておるものも少なくありません。しかし、同時に私は、国民の間にこうした課題に進んで取り組もうとする意欲が強まりつつあることを感ずるものであります。こうした活力を新しい時代の開拓に結集することができるかどうかがわれわれの将来を左右することになると申せましょう。

 今日における人類の課題は、これまでに築き上げてきた成果を、どうすればこの困難な時代を超えて二十一世紀に引き継ぐことができるかということであります。私は、われわれが二十一世紀においても活力のある生存を確保できるか否かは、まさにこの八〇年代の十年間におけるわれわれの英知と努力にかかっているように思うのであります。

 この重大な岐路とも言うべき八〇年代を乗り切るため、わが国は、内外にわたり必要な改革と対応が求められております。

 われわれは、まず第一に、重大な試練にさらされておる基本的な国際秩序を維持するために、わが国の国際的地位にふさわしい役割りと責任を積極的に果たしてまいらなければなりません。そのために、内外の諸施策を整合的に展開し、国際問題に対する受動的な対応から主体的なそれへ脱皮することが緊要な課題であると考えます。

 第二に、技術の革新に果敢に挑戦し、新たな環境に適応し得るよう産業の構造改革と生活様式の転換を大胆に進めなければなりません。これによって石油に依存する体質からの脱却を図ることが当面の急務であると考えます。

 第三に、これまでの近代化の精華を踏まえ、民族の伝統と文化を生かした日本型福祉社会を建設してまいらなければなりません。そのため、人工と自然の調和、潤いのある人間関係の創造に努めることが必要であると考えます。

 第四に、これらの厳しい試練を克服する基礎的要件として、政治と行政が公正かつ清廉で、国民の信頼にこたえるものでなければなりません。そのためには、政治の倫理を高め、行政の綱紀を正し、時代の変化と国民の要請に対し適確な展望を示す努力が不可欠であると考えます。

 私は、この四つを一九八〇年代の道標として、内外の施策を展開する必要があると考えております。

 わが国対外政策の基本は、自由主義諸国との連帯関係を強化し、これを基盤として全世界に友好と協調の輪を押し広げてまいることであります。とりわけ、日米安全保障体制を基礎とした米国との揺るぎない相互信頼関係がわが国の外交の基軸であることは申し上げるまでもありません。政府といたしましては、これをより確かなものとするよう政治、経済、文化を通ずる日米協力の増進にたゆまない努力を続けるとともに、西欧諸国を初め自由主義諸国との協力関係を強めてまいる考えであります。

 私は、地球上のだれしもが強く平和を希求しているものと信じます。しかしながら、一部の国が、いまなお、力をもって自国の立場を主張し、世界の平和と安定を脅かしている現実は、まことに遺憾と言わなければなりません。

 ソ連のアフガニスタンに対する軍事介入は、いかなる理由によっても正当化できないものであります。アフガンの国内問題は、同国自身にゆだねられなければなりません。わが国といたしましては、ソ連軍の速やかな撤退を求めるとともに、そのための国連緊急特別総会の決議を強く支持するものであります。

 政府としては、この重大な事態の解決に資するため、米国との連帯を中軸として、欧州その他友好諸国との協調のもとに、わが国にふさわしい努力を重ねてまいる考えであります。わが国は、これまでも、国連などにおける活動、ソ連との人事交流などの面でその立場を示してまいりましたが、今後とも、事態の推移に応じ、内外の世論を考慮しながら、ココムによる輸出規制の強化などを含む適切な措置を検討、実施してまいる所存であります。そして、それがたとえわが国にとって犠牲を伴うものでありましても、それを避けてはならないと考えております。また、わが国として、他の友好諸国の措置を阻害し、あるいはその効果を減殺するようなことはいたさないつもりであることもあわせて明らかにしておきたいと考えます。さらに、パキスタンを初め周辺諸国の安定を維持するため、それらの国の要請に応じ、欧米諸国と協調して経済面での協力を積極的に検討してまいりたいと考えております。

 テヘランにおける米大使館占拠事件は、国際社会の基本的秩序を脅かす不法行為であり、人質の拘束は人道的にも容認し得ないものであります。私は、人質が一日も早く解放され、この事態が平和的に解決されることを強く希望いたしております。このため、わが国としては、今後とも、国連を中心とする国際的な努力を積極的に支持していきますとともに、事態の推移に応じ、人質の早期解放を目的とした方途につき、米国を初め欧州などの諸国と協調して、適切に対処してまいる考えであります。

 毎年行われる主要国首脳会議が、世界経済の安定的な運営に大きく役立っておりますことは申すまでもありません。六月にベネチアで予定されておる次回会議においては、エネルギー問題を初め国際経済上の諸問題について率直に話し合い、世界経済の安定と拡大に向かって一層努力する所存であります。

 さらに、東京ラウンド交渉の成果につきましては、国会の御協力を得まして所要の国内手続を急ぎ、その誠実な実施に努める方針であります。わが国の対外取引につきましては、さきに、これを原則自由のたてまえに改める法律改正が成立いたしましたが、その早期実施を目指して、所要の準備を進めております。

 南北問題は、その解決がますます困難の度を加えつつありますけれども、国際社会の安定のためにゆるがせにできない喫緊の課題でございます。わが国の国際的な役割りを積極的に果たす立場から、開発途上国に対する経済協力は、一層充実させていかなければなりません。私は、厳しい財政事情の中にありましても、経済協力予算の拡充には特に力を入れてまいりました。そして、その実施に当たりましては、受益国の意思を尊重しながら、人づくりと農業開発並びにエネルギー問題の解決に重点を置いてまいる考えであります。

 国家間の平和と友好関係も、人間同士の関係と同じく、直接の触れ合いによる相互理解と信頼が基礎でございますことは申すまでもありません。

 私は、昨年一二月上旬に中国を、本年一月中旬に豪州、ニュ−ジ−ランドを訪問してまいりました。中国においては、八〇年代における日中関係のあり方を中心に率直かつ有益な意見交換を行いました。わが国としては、日中間の平和友好関係が、アジアひいては世界の平和と安定につながるとの立場から、中国の経済建設に対し政府借款の供与を行いますとともに、文化面における交流を一層深めていくことにいたしました。

 豪州、ニュ−ジ−ランドにおきましては、これら両国とわが国は、相互補完の関係にあるパ−トナーとして、さらに同じ太平洋国家のよき隣人として、その創造的な協力関係を発展させていく必要があることにつき意見の一致を見ました。また、太平洋をめぐる地域全体の安定と発展を期するため、環太平洋連帯構想を初め関係諸国の間の多角的な協力関係を進めることについても、有意義な話し合いを行うことができました。

 私は、今後とも、より積極的、より主体的に、世界の各国首脳との話し合いを深めてまいる所存であります。

 わが国とASEAN諸国との友好、協力関係は、現在あらゆる分野で良好であり、今後ともより緊密なものとするよう努めてまいる考えであります。また、わが国は、インドシナ地域における事態を深く憂慮しており、ASEAN諸国とともにこの地域における平和の回復のための努力を続けてまいる考えであります。インドシナ難民の救済につきましては、資金面での協力はもとよりでありますが、医療救護活動、本邦への定住促進などに一層の努力を払ってまいります。

 わが国は、朝鮮半島の平和の維持と緊張の緩和を強く希望し、このための国際的な環境づくりに努力を払いますとともに、現在韓国において進められている秩序ある変革への動きを歓迎し、日韓関係をさらに発展させてまいりたいと考えております。

 中東地域につきましては、公正かつ包括的な中東和平が一日も早く実現することを切望いたしております。わが国としても、これら地域の諸国との交流を一段と深めますとともに、その国づくりにも協力してまいる所存であります。中南米及びアフリカ地域につきましても、引き続き協力関係を進展させてまいる考えであります。

 ソ連との関係につきましては、すでに触れたソ連のアフガニスタンへの軍事介入に加え、北方領土におけるソ連軍の軍備増強というきわめて遺憾な事態が生じております。政府としては、かかる事態が速やかに是正され、領土問題を解決して平和条約を締結し、日ソ関係を真の相互理解と信頼に基づいて発展させることが可能となることを切望いたす次第であります。

 国の安全は、外交、防衛、内政の各般にわたる総合的な施策の展開により図られるべきものであります。政府は、平和的な国際環境をつくり上げる外交努力と秩序正しい内政の充実を図りながら、日米安全保障体制を基軸として、自衛のために必要な限度において質の高い防衛力の整備に努め、わが国にふさわしい防衛体制の確立を図ってまいる考えであります。

 昭和四十八年の石油危機に際しまして、わが国は、いずれの国にも劣らないすぐれた対応力を発揮することができました。しかし、今日直面している第二の石油危機は、さらに一段と厳しく、その対応を誤るならば、わが国経済は救いがたいインフレと不況に襲われ、今日の経済水準を維持することすら至難になると思うのであります。

 最近の石油価格は、昨年一年間に二倍にも達しました。この値上がりは、国際収支の悪化、円相場の下落、さらには卸売物価の著しい上昇をもたらすばかりでなく、企業経営を圧迫して経済の成長を妨げ、雇用の維持にも不安を投げかけております。

 かかる事態に対処いたしまして、われわれは、まず石油の消費節約を進めなければなりません。政府は、昨年五%の消費節減を国民にお願いいたしましたが、さらにこれは強化するため、先般、諸外国に先駆けて七%の節減を進める方針を固め、その具体的措置を決定いたしました。私は、国民各位の御理解と御協力によりまして、所期の目標が達成されることを強く期待いたしております。

 二十一世紀を展望するならば、われわれはまた、エネルギーの供給構造を、石油依存型から脱却させる戦略を打ち立てなければなりません。政府は、輸入石油依存度を現在の七十五%から十年以内に五〇%程度に引き下げることを目標として、代替エネルギーの開発にできる限りの頭脳と資金を傾注してまいる考えであります。原子力につきましては、安全対策の強化を図りながら原子力発電の推進と新型炉の開発に努めますとともに、核拡散の防止に協力しながら自主的な核燃料サイクルの確立を図ってまいります。同時に、環境保全に配慮しながら、石炭液化、太陽熱、地熱などの新エネルギーの開発利用などを進めてまいります。そのため、昭和五十五年度においては、エネルギー関連予算について三一%という大幅な伸びを確保いたしますとともに、新エネルギー総合開発機構を設置するなど、その推進体制を整備いたしつつあります。

 しかし、当分の間、エネルギー源の多くを石油に依存しなければならないわが国といたしましては、まず石油供給の確保が緊要でございます。政府は、消費国間の国際協調を保ちながら、産油国との相互協力関係の推進などにより石油供給源の多角化に努めております。石油の備蓄は、昨年末で九十九日分に達し、灯油その他の石油製品につきましても十分な在庫を確保しておりまするので、当面、その供給には不安はないものと考えております。

 次に、石油価格との関連から、物価について申し述べたいと思います。

 石油価格の上昇は、端的に申しまして、わが国から産油国に所得が移転することであり、その負担の増大は、経済の各分野で適正に負担してまいらなければならないものであります。私は、企業や労働組合を初め全国民がこの点に正しい理解を持たれ、節度のある態度をとることが緊要であると考えております。もちろん政府といたしましては、石油価格の上昇に伴う便乗値上げなどの不当な行為を厳重に監視いたしますとともに、電力、ガスなどの公共料金につきましては、経営に徹底した合理化を求め、その値上げは真にやむを得ない範囲にとどめる考えであります。その他生活関連物資につきましても、その供給の確保、価格動向の監視、流通機構の合理化などの対策を推進してまいります。

 物価の安定こそは、国民生活の安定の基礎をなすものであります。政府は、景気、雇用の維持にも留意しながら、当面、特に物価の安定を重視して、機動的な経済運営を行ってまいる方針であります。

 他方、われわれは、省エネルギーを目指す産業構造の改革を積極的に進めなければなりません。エネルギー関連技術を初めとする技術革新を積極的に進め、これを原動力として産業構造の高度化を推進することが目下の急務であると思います。中小企業につきましても、その特性を生かしながら、こうした厳しい環境変化に対応できますよう、その対策には一層真剣に取り組んでまいる所存であります。

 農業につきましては、食糧の安定的な確保が国政の基本であることに思いをいたし、需給事情、エネルギー事情などの厳しい環境に対応して、八〇年代の農業の進むべき方向を明らかにしながら、生産性の高い近代的農業経営を中核に、食生活の動向や地域の実態に即して農業生産の再編成を推進し、これを通じて自給力の向上を図ってまいります。また、森林資源の整備と林業の振興に努めますとともに、二百海里時代に即して、周辺水域内漁業の振興と漁業外交による遠洋漁場の確保に努めてまいる決意であります。

 私は、文化の時代に対応した二十一世紀へ向けての国づくりの理念として、田園都市国家の構想と家庭基盤の充実を提唱し、日本型福祉社会の建設のための方策を検討してまいりました。今日、平和と自由と豊かさの中で、多くの人々がそれぞれの個性と創造力を伸ばし、真の生きがいを求めている姿は、まさに文化の時代にふさわしいものであると思います。

 二十一世紀へ向けての国づくりの基本は、人々の創意と活力が十分発揮されるようその環境を整えることにあると思います。

 私は、田園都市国家の構想を進めていくに当たって、かかる考え方に立ち、活力に満ち、快適な環境を備えた多様な地域社会の形成を目標として、都市においては、災害からの安全の確保にも配慮しながら緑に満ちた都市づくりを進め、農山漁村におきましては、文化的にも魅力ある村づくりを推進いたしたいと考えております。

 その具体的展開に当たりましては、それぞれの地域社会の特性と自発性を尊重しながら、第一に、自然の緑の活用、都市と田園をつなぐ緑の造成、暮らしの中の緑の再生を図ることにより、自然と人間との調和を期してまいります。第二に、芸術、社会教育、体育など各種の文化施設の充実と活性化を図り、指導者の育成などを通じて、地域における文化活動の展開を促進してまいります。第三に、適地技術の開発を進め、多彩な地域産業の振興を図り、各地域に魅力ある就業機会を確保してまいります。なお、沖縄につきましては、特に、地場産業の育成など振興、開発のための施策の充実を図ってまいる考えであります。

 社会の原点は、家庭にあります。私は、この家庭が、みずからの努力と選択によって、個性豊かで、落ち着きと思いやりに満ちた場となることを期待いたしております。

 家庭の基盤を充実させるものは、何よりも居住環境の改善であります。政府は、地価の安定を図りながら、住宅、地域環境の質的充実に特に意を用い、とりわけ、大都市におきましては、その再開発を積極的に進め、高層化や新住宅技術の開発、活用を図り、住宅規模の拡大、三世代向け住宅の普及など家族構成に適した住まいの整備、充実に努めてまいります。

 今日、多くの国民の関心は老後にあります。私は、高齢化社会に備えて、年金及び医療に関する制度の整備を進めるとともに、昭和六十年度を目途に六十歳定年を実現し、あわせて高年齢者の就業機会の拡大を図ってまいります。また、生活をゆとりと潤いのあるものにするため、昭和六十年度までに週休二日制の普及なども含めて、西欧諸国並みの労働時間を目指すとともに、健康の維持、増進、福祉施設の地域開放、ボランティア活動などを支援する措置を講じてまいりたいと考えております。さらに、婦人の生活設計の多様化に対応いたしまして、就業条件の改善、文化活動への参加機会の拡大などにも努めるほか、心身障害者、母子家庭などについても、きめ細かな配慮をいたす所存であります。

 私は、子供は未来への使者であり、文化の伝承者であると思います。その健全な発展、成長に資するため、児童福祉対策の充実を図るとともに、ゆとりある学級編成を推進し、教育の諸条件を改善して、教育の自発性と活性化を促したいと思います。また、私は、国民の多くが生涯にわたってみずからを啓発し、それぞれの能力と個性を伸ばそうとする最近の傾向を高く評価し、そのための諸条件の整備と充実には、特段に力を入れてまいりたいと考えます。

 また、二十一世紀に向けて、宇宙、海洋などの新分野の研究開発を積極的に進めますとともに、世界各国の協力を得まして、未来の科学技術に対する社会の理解を深める機会をつくることにも努力してまいりたいと思います。

 政府と行政が適切に機能し得る基盤は、申すまでもなく、これらに対する国民の信頼であります。

 しかるに、このところ、政治と行政に対する信頼を損なう事例が相次いで発生いたしました。最近防衛庁におきまして発覚をいたしました秘密漏洩事件は、国の安全にもかかわる問題であり、まことに遺憾と言わなければなりません。政府といたしましては、事件の徹底的な解明を急ぎ、綱紀の保持に一層厳しく対処いたしますとともに、かかる不祥事が二度と発生することのないよう再発の防止に全力を挙げてまいる所存であります。また、先般、いわゆる不正経理問題をめぐる一連の事件に関連いたしまして、経理処理の厳正化、勤務体制の適正化、官公庁間の接遇の自粛等の綱紀を正す具体的措置を講じてまいりました。政府はこれらの事例を真剣に反省し、綱紀の保持こそあらゆる施政の原点であるとの認識を持ちまして、絶えずみずからを厳しく戒め、行政の規律を正してまいる決意であります。

 政治倫理の確立については、すでに明らかにいたしましたとおり、政治資金の明朗化、企業倫理の確立、行政における公正の確保、制裁法規の整備強化などを重点に準備と検討を進めております。公正で金のかからない選挙制度の実現についても、国会との緊密な連携のもとに、その基本的あり方を初め、選挙運動の規制などについて鋭意検討を行っております。贈収賄罪の刑の引上げを内容とする刑法の一部を改正する法律案は、近く国会に提出いたしますが、その他の関係法規についても、成案を得次第国会に提案する方針であります。また、政治家の資産公開、政治家の倫理憲章などにつきましては、事の性質上、国会の審議、検討にまちたいと考えております。

 行政の改革につきましては、政府は、国民の強い要請にこたえて、簡素で効率的な政府を目指して、不断の努力を続けてまいる決意であります。昭和五十五年度は、その第一歩として、相当規模の改革を実施に移すことにいたしました。

 まず、来年度から向こう五年の間に、三万七千人を超える国家公務員の定員削減を実施いたしますとともに、行政需要に応じた定員の再配置を進めてまいります。

 特殊法人の整理につきましては、今後数年の間に十八の法人の統廃合をなし遂げるほか、役員数の一割縮減を進めることといたしました。地方支分部局の整理合理化につきましては、管区行政監察局、財務局、地方貯金局などを含め、ブロック単位に設置されている機関を対象に再編成を実施すべく三月末を目途に具体案を決定することとし、県単位の出先機関につきましても、六月までに、その整理合理化の計画を決める方針でございます。また、千二百に上る許認可事項の整理に取り組んでまいりましたが、さらに昭和五十五年度末までに約千五百に上る報告事項などにつきその廃止ないし簡素化を進めてまいります。補助金等につきましては、今後四年の間に件数にいたしまして少なくともその四分の一を整理する方針で努力をしてまいります。

 なお、国家公務員について、退職手当を民間の実態の調査結果に基づいて改定いたしますとともに、昭和六十年度を目途に定年制を実施するとの方針のもとに鋭意準備を進めてまいる考えであります。

 財政につきましては、公債に対する過剰依存の体質を改め、八〇年代に向けてその対応力を回復するため、昭和五十五年度の予算編成において、公債発行額を前年度に比べ一兆円減額することといたしました。また、歳出規模は前年度予算に比して一〇・三%の増加、なかんずく一般歳出については五・一%の増加に抑え、最近二十年間で最も低い水準にとどめました。さらに、歳入面におきましては、新規の増税を避け、企業関係の租税特別措置の整理などにより必要な財源を確保することとし、財政再建の第一歩を踏み出したところであります。政府としては、国民の理解を得まして、今後数年間に財政の再建をなし遂げる決意であります。

 また、国と地方自治体との事務の配分の見直しを進めますとともに、地方におきましても、行財政の整理、改編を進め、新しい地方の時代に対応した真に活力ある行政が展開されるよう期待いたしております。

 最近、いわゆる情報の公開と管理についての論議が高まっております。政府は、これまでもその改善に努力を重ねてまいりましたが、今後とも情報の円滑なる提供と適正な管理を図るため鋭意検討を行い、所要の改善措置を講じてまいる所存であります。

 七〇年代を振り返ってみると、われわれは、公害、エネルギー供給の不安、国際摩擦の多発など、数々の大きな試練に遭遇してまいりました。幸いにわが国は、時代の変化に対する国民のたぐいまれな適応力によりまして、これによく耐え、諸外国にも誇り得る成果をおさめることができました。

 私は、一九八〇年代に船出するに当たり、この七〇年代に得た自信と教訓を生かしながら、国民との合意の上に立ちましてわれわれの進路を選択し、揺るぎない社会の建設に向かって勇気ある前進を続けていくことを誓うものであります。

 日本人のすぐれた資質とひたむきな努力こそ、未来を切り開く力であると確信いたします。いまこそそれを社会に根づかせ、育て上げることによりわれわれの未来を確かなものとし、人類の文化に貢献してまいりたい、これが私の願いであります。

 国民各位の御理解と御協力を願ってやみません。