データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第70代鈴木(昭和55.7.17〜57.11.27)
[国会回次] 第96回(常会)
[演説者] 鈴木善幸内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1982/1/25
[参議院演説年月日] 1982/1/25
[全文]

 第九十六回通常国会の再開に当たり、当面する内外の諸問題について所信を明らかにしたいと存じます。

 一九八二年は、ポーランド情勢に象徴される国際的緊張の高まりのうちに明けました。第二次大戦後の最も根本的な課題である東西間の緊張緩和には、なお好転の兆しが見えず、永続性のある世界の平和は、いまだに遠いかなたにあります。欧米先進諸国は、インフレーションの進行、景気の停滞、失業の増大に加え、国際収支の不均衡など依然として多くの困難を抱え、世界的な経済発展の鈍化と通商摩擦の増大は、自由貿易主義の前途を危うくするおそれがあります。さらに、開発途上国の経済運営も思うに任せず、貧困と社会不安からの脱出には、なお多くの努力と支援を必要としております。

 この中にあって、わが国は、安定した経済成長を維持し、失業率も低く、特に物価は、二けたの上昇率を示す国が多い中にあって、きわめて落ちついた動きを示しております。

 不安要因の多い現在の世界の中で、自由と平和と繁栄を享受しつつあるわが国は、最も恵まれた国の一つであると申しても過言ではありません。国民は創意と活力に富み、科学技術の先導的分野においても、二十一世紀に向かって着実に地歩を築きつつあります。そして、国民の英知と努力が築いたこの基盤の上に、われわれは、より成熟し、より開かれた社会を建設していかなければなりません。

 そのため、私は、この際、特に緊急な課題として、第一に行財政改革を一層推進するとともに、第二に、国際的な経済摩擦を解決する必要があると考えております。

 私は、政権を担当して以来、財政を健全な姿に戻し、行政を抜本的に見直して、新しい時代にふさわしいものとするため、行財政の改革に取り組んでまいりました。今後も、内閣の最重要課題として、一層これを推進していく決意であります。

 他方、国際的な相互依存関係がますます深まっている今日、台頭する保護貿易主義を抑え、自由貿易の維持拡大及び国際経済の活性化と発展に寄与することは、国際社会の有力な一員としてのわが国の責務であります。そのためにも、まず私は、進んでわが国市場の一層の開放を図り、各国との通商関係を円滑なものとするため努力する考えであります。

 以下、政府の重要政策について、その基本方針を申し述べます。

 行政改革については、昨年七月に臨時行政調査会から第一次答申が提出されました。政府は、この答申を最大限に尊重し、速やかに所要の施策を実施に移すことを基本方針とし、すでに、さきの臨時国会において、法的措置を必要とする事項について、いわゆる行革関連特例法が成立しました。また、その他の事項についても、昭和五十七年度予算において、極力その実現を図っております。

 本年は、近く許認可の整理合理化に関する答申が、また、夏ごろには、本格的な基本答申の提出が予定されておりますが、私は、国民の深い関心事である行政改革に、従来にも増して情熱を傾けてまいる決意であります。

 行政改革を実現するためには、国民の政治と行政に対する信頼がなければならないと思います。そのため、予算の執行を初め政治と行政のすべての面で国民の不信を招くことのないよう政治倫理と官庁綱紀の一層の確立に努めてまいります。

 なお、国会におかれては、議会制民主主義の一層の進展を図るため、参議院全国区制の改革を初め、種々御検討中と承っておりますが、速やかに改善が行われることを切望しております。

 次に、財政の再建についてであります。

 昭和五十七年度予算の編成に当たっては、臨時行政調査会の第一次答申と、いわゆるゼロシーリングを主軸として、歳出の徹底した削減に努めた結果、一般会計予算のうち国債費と地方交付税を除いた一般歳出の増加率を一・八%にとどめ、昭和三十年度以来の緊縮予算とすることができました。また、歳入面では、税外収入の増額に努めるとともに、税制面でも、租税特別措置の整理合理化、交際費課税の見直しなどを行いました。こうした措置により、昭和五十七年度の公債発行額を前年度当初予算より一兆八千三百億円減額して十兆四千四百億円としましたが、その結果予算の公債依存度は、前年度当初予算の二六・二%から二一%にまで低下したのであります。

 このように厳しい五十七年度予算ではありますが、極力財源の重点的配分に努め、中長期的視点から充実を図る必要のあるエネルギー対策、科学技術の振興、経済協力、防衛力の整備には特に配慮しました。また、社会保障、文教などについては、きめ細かく配慮し、特に社会保障については、老人保健制度の実施を予定するほか、限られた財源の中で、老人に対する在宅福祉サービスの強化、心身障害者対策の拡充など経済的、社会的に恵まれない人々に対する施策の充実を図っております。

 なお、昭和五十六年度補正予算では、六千三百億円の公債の追加発行を行うこととしております。これは、巨額に上った災害の復旧に充てるための経費と、年度当初には予想できなかった税収減に伴う歳入不足を補てんするための措置であり、まことにやむを得ないものであります。しかしながら、これによって財政再建の基本路線はいささかも変わるものではありません。この点、ここに改めて明確に申し上げ、国民各位の御理解と行財政改革に対する一層の御協力をお願いする次第であります。

 さて、わが国経済の現況を見ますと、かつてのような高い成長は期待しがたいものの、第二次石油危機によるインフレと失業に悩む他の先進工業諸国に比べて、順調な動きを示しております。

 しかしながら、内需の拡大は依然緩慢で、業種、地域、規模別には景気の回復に格差が見られ、また、経済成長の多くを貿易に依存する現状は決して望ましいものではありません。景気の拡大のために国の財政が従来のような役割を果たし得ない今日、住宅建設、民間設備投資、技術革新を初めとする民間部門の活動が最大の効果を上げることが重要であります。こうした民間の経済活動に加え、安定した物価を基礎とした消費の堅実な拡大によって内需を振興し、雇用の安定を図る必要があります。このため、政府は、物価の安定に意を用いつつ、金融政策を機動的に運営するとともに、地方自治体の単独事業にも配慮するなど、経済環境の整備と適切の経済運営を行うことによって、内外ともに調和のとれた経済政策を展開していく考えであります。

 また、わが国経済社会の活力を維持、培養し、創意に富んだ民間の経済活動が力強く展開されるためには、良好な労使関係を維持するとともに、中小企業の経営を安定させ、経済環境の変化に適切に対応できるよう体質強化を図らなければなりません。

 農業の分野におきましては、長期的展望に立って農業生産の再編成と生産性の向上に努め、食糧自給力の維持強化を図ります。また、新時代に対応した水産業の発展と森林資源の整備を通じた林業の振興にも努めてまいります。

 次に、わが国の国際社会への対応についてであります。

 本年は、サンフランシスコ平和条約が発効して三十周年を迎えます。同条約の締結とともに発足した日米安全保障体制が、今日まで一貫してわが国の平和と安全を確保する基盤となっていることは、多くの国民の認めるところであります。今日、日米関係は、双方の努力によってきわめて強固なものとなっておりますが、この成熟した日米関係を引き続き発展させていくことは、単に日米両国のみならず国際社会の平和と繁栄にとってきわめて重要であります。

 わが国の今日の発展は、もとより国民各位のたゆみない努力のたまものであり、米国、西欧諸国を初めとする先進民主主義諸国、アジア・太平洋諸国など広く世界の国々とわが国との協力の成果と言えるのであります。

 私はこのような認識のもとに、国際社会全体の安定と発展に貢献するため積極的な外交の展開を図ってまいりました。昨年における私のASEAN諸国、米国及び西欧諸国の歴訪、オタワの主要国首脳会議及び南北サミットへの出席は、このような積極的外交の重要な一環でありました。中国との関係の着実な進展に努めてまいりましたのも同様の考慮によるものであります。本年は特に日中国交正常化十周年に当たることもあり、中国の総理と私の相互訪問を実現したいと考えております。また、アジアにおける重要な安定勢力であるASEAN諸国との関係は、一層強化発展させてまいりたいと考えます。

 さらに、わが国と最も近い隣国である韓国との関係は、幅広い国民的基盤とより深い相互理解の上に築き上げていくことが肝要と考えております。昨年来の懸念となっている経済協力問題につきましては、わが国の経済協力の基本方針のもとに、できる限りの協力を行うべく、問題の円満な解決のため努力してまいるつもりであります。

 経済協力は、わが国が国際社会において貢献すべき重要な分野であります。私は、昨年のASEAN諸国訪問を通じ、自助の精神の盛んな国において、わが国の経済協力がその国づくりに大きく貢献していることをこの目で確かめることができました。政府は、今後とも、開発途上国の経済社会開発及び民生と福祉の向上に資するよう、新中期目標のもとで援助の拡充に努め、世界の平和と繁栄のため、積極的な役割りを果たしてまいりたいと思います。

 対外経済関係をめぐる情勢は、近年、ますます厳しいものがあります。わが国としては、保護貿易主義を排し、自由貿易の維持強化を図り、市場の一層の開放と製品輸入の促進などを図っていくことが緊要であります。先般、新しい内閣の発足に当たり、関税一括引下げなどについての方針を指示したのは、このような認識に基づくものであります。

 わが国外交の重要な課題の一つとして日ソ関係の改善があります。しかし、遺憾ながら、現在、両国の関係は、わが国の北方領土におけるソ連の軍備強化、アフガニスタンへの軍事介入、ポーランド情勢等により、依然として困難な局面に置かれております。政府は、このような事態の速やかな是正を強く求めるとともに、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、両国の真の相互理解に基づく安定的な関係を確立するため、引き続きソ連側と粘り強く話し合ってまいる考えであります。

 ポーランド情勢は、現在、世界の平和と安定に深刻な影響を及ぼしつつあります。ポーランドの事態は、何よりもまず、外部からのいかなる干渉にもよることなく、ポーランド人自身の手によって自主的に解決されることが肝要であり、わが国としても、米欧諸国との緊密な連絡、協議のもとに、事態の改善に努力してまいりたいと考えております。

 本年一月、多年の懸案であった難民条約が発効いたしました。政府は、これを契機として、人道的立場で難民対策の充実を図る考えであります。

 政府は、流動的な国際情勢のもとで、わが国の安全と発展を確かなものとするため、事態に即応した外交施策の積極的な展開に特段の意を用いてまいりたいと存じます。

 わが国が平和の中で繁栄を維持していくために、国の防衛をいかにすべきかは、国政の基本であり、国民一人一人が真剣に考えていかなければならない問題であります。また防衛は、国の存立にかかわる問題であるだけに、国民的合意が形成され、その支持によって裏づけされることが何よりも必要であります。

 現在の国際社会においては、一国の安全を単独で確保することは困難であります。わが国の場合もみずから適切な規模の防衛力を保持するとともに、米国との安全保障体制を堅持することによって国の安全を確保してまいらなければなりません。

 今日、自由主義国の有力な一員としてのわが国が、みずからの国はまずみずからの手で守るとの決意のもとに、憲法の範囲内で必要最小限度の防衛力の整備を着実に進めることは、わが国に課せられた当然の責務でもあります。このため、私は、わが国の基本的防衛政策にのっとり、専守防衛に徹し、近隣諸国に軍事的脅威を与えることなく、かつ、非核三原則を堅持しつつ、わが国の防衛力を「防衛計画の大綱」の水準にできるだけ早く到達させるよう努めてまいります。

 もとより、国の平和と安全は、単に防衛力を増強することのみをもって確保されるわけではありません。資源・エネルギー、食糧などの多くを海外に依存するわが国が平和を維持するためには、各般の施策を整合性をもって推進する総合安全保障政策の確立が必要であり、このことは、私が就任以来一貫してとってまいった基本的な方針であります。

 今日の国際社会が、力の均衡を基礎としていることは、否定できない現実であります。しかし、東西両陣営が競って軍備の増強を続ける結果となっては、人類の幸せは望むべくもありません。われわれは、力の均衡が平和と安定を支えているという現実を認め、その均衡の維持に努めるとともに、その水準をできるだけ低くする努力を続けなければなりません。軍縮と軍備管理は、世界がこぞって努力すべき課題であり、それによって生じた余力を開発途上国への協力と世界経済の発展に向けていかなければ真の平和は得られません。私はこれまでも、このような考え方を主要国首脳会議あるいは南北サミット等の場を通じ、各国首脳に訴えてまいりましたが、本年六月の第二回国連軍縮特別総会は、このような努力を国際的に一層推進するためのまたとない機会でありますので、私自身が出席して、平和国家としてのわが国の立場から、核軍縮を中心とした軍縮の促進を強く訴えたいと考えております。

 エネルギー問題は、官民挙げての努力の結果、昨年度の石油依存度が十一年ぶりに七割を下回る成果を上げ、国際的な石油の需給緩和と原油価格の安定もあって、現在、小康を得ております。しかしながら、不安定な中東情勢に左右されるわが国エネルギー供給の脆弱性は、基本的に変わりはなく、現在のような比較的安定した時期にこそ、中長期的なエネルギー政策を進める必要があります。そのため、産油国との友好協力関係の強化、備蓄増強などによる石油の安定供給の確保、省エネルギーの徹底を図るとともに原子力発電の推進を初め、石炭、LNG、太陽熱の利用など、安全の確保と環境の保全に十分配慮しつつ、石油代替エネルギーの開発導入を総合的に推進してまいりたいと考えております。

 わが国は、石油を初め重要資源には恵まれておりませんが、すぐれた国民の知的能力を十分に生かし、次代を担う独創的な人材を育て、科学技術を振興することによって、国の将来を確実なものにすることができるのであります。わが国は、すでに、電子、産業ロボットなどの技術分野では世界の最先端にありますが、今後は、宇宙、生命科学、新材料技術など将来の中核的な科学技術として期待される分野及び基礎的研究についても努力を傾ける必要があります。

 私は、こうした認識のもとに、産業界、学界、官界相互の緊密な協力により、わが国の総力を結集して新しい時代を創造する科学技術の振興に取り組み、産業構造を高度な分野に移行させ、国民生活をより豊かにしていく考えであります。同時に、科学技術を通して、国際社会の発展に積極的に貢献してまいりたいと存じます。

 わが国は、二十一世紀の初めには、これまでどの国も経験したことのない高齢化社会に入るものと予想されています。

 高齢化社会の課題は、単に老人対策にとどまるものではありません。福祉、労働、産業、教育、住宅、地域など各般の施策にわたり、多くの分野で既存の考え方にとらわれることなく整合性を持った対応が求められております。

 そのため、まず、高齢者が健康で生きがいのある毎日を送ることができるようにすることが肝要であります。現在、国会で御審議いただいている老人保健法案は、これからの時代の老人保健制度の第一歩でありますので、ぜひ早期成立をお願いいたします。また、年金制度については、人口の高齢化がピークを迎える三、四十年後に備えて、制度全体について計画的に検討を行っていく考えであります。

 雇用問題は、社会の活力を維持するために特に重要であります。六十歳定年の早期実現を初めとする高齢者の雇用対策は、すでに現実の要請となっており、政府もその推進に努力しております。

 成熟に向かう社会にあっては、国民の一人一人はもとより、社会全体が思いやりとゆとりを持つ必要があります。そのため、生活と生命の安全を確保するための諸施策を進め、利用しやすい公共施設、ゆとりのある居住空間を整備し、環境の汚染を未然に防止していかなければなりません。自然と人間活動の調和の問題は、単に限られた地域や国にとどまらず、さらには地球的な視野に立って考えていく必要があると思います。

 私は、また、これからの社会をさらに創造性に富んだものとするため、特に婦人の活動に期待するとともに、人々の心の問題、人間性の涵養に配慮してまいりたいと存じます。この観点から、平和で健全なわが国社会の中で、昨今増加の一途をたどる青少年非行はまことに憂慮にたえません。私は、これからの社会が、希望に満ちた明るい社会であるためにも、家庭、学校を初め社会全体が一体となって、次代を担う青少年の健全な育成に幼児のころから心がける必要があると思います。特に、青少年の心をむしばむおそれのあるような社会環境を改善しなければなりません。覚せい剤等の乱用が蔓延し、犯罪が頻発するような社会にならないよう最善の努力が必要であります。国民各位におかれましても、文化と伝統を大切にし、温かい人間性にあふれた社会となるよう力を合わせて努めていただきたいと存じます。

 以上、私は、流動し、変化しつつある世界の中で、どのようにして国民生活を守り、国際協調の実を上げるかについて、政府の施策の概要を申し述べてまいりました。

 今日、内外に山積する課題は、いずれを見ても容易なものではありません。しかし、今日の豊かで平和な日本は、自由な社会に生きる国民一人一人の英知と努力によって築き上げられたものであり、これこそはわが国のあすを切り開く原動力であると確信しております。

 私、課せられた責任の重さを思い、心を新たにして、内外の懸案を解決し、御期待にこたえてまいりたいと存じます。

 国民の皆様の御理解と御協力をお願いいたします。