データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第71代第1次中曽根(昭和57.11.27〜58.12.27)
[国会回次] 第98回(常会)
[演説者] 中曽根康弘内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1983/1/24
[参議院演説年月日] 1983/1/24
[全文]

 第九十八回通常国会の再開に当たり、内外の情勢を展望して私の施政の方針を明らかにし、国民の皆様方の御理解と御協力を得たいと思います。

 近年、世界は、東西の軍事的対立や南北問題という現代の構造的問題に加え、先進国、開発途上国、自由圏、共産圏を問わず、未曾有の経済的社会的困難に直面しており、失業と生活の不安は世界を覆っている感があります。各国がそこからの出口を求めて必死の努力をしているのが今日の世界の姿であります。

 わが国もまた、程度の差こそあれ、このような世界の中にあって苦悩を抱えている一員であります。国際社会における相互の依存関係が深まった今日、世界の運命はまた日本の運命でもあります。

 その中で、われわれはいかにわが国のあすの進路を開拓していくべきでありましょうか。

 私は、日本が、戦後史の大きな転換点に立っていることをひしひしと感じます。いまこそ、戦前戦後の歴史の中から、後の世代のために何を残し、何を改むべきか、そしてわれわれはどこに向かって進むべきかを真剣に学び取り、新しい前進のための指針とすべきであると思います。

 戦後日本の繁栄は、自由と平和、民主主義と基本的人権の尊重を高らかにうたった現行憲法、わが国の長期にわたる平和と安全のための基盤となったサンフランシスコ平和条約と日米安全保障体制の上に花開いたのであります。その間にあって、低廉で豊かな原油供給、技術革新の進展、IMF、世銀、ガットなど世界の金融、経済システムの確立など多くの要因が、わが国民の営々たる努力を助けました。

 ところが、二度の石油危機を経て、いまや事態は一変し、世界は容易に回復しがたい病弊に悩んでおります。

 そうした中で、貿易摩擦の激化に見られるように、世界の荒波は容赦なくわが国に打ち寄せております。その対応を誤れば、わが国は一転して、世界の孤児になることを覚悟せなければなりません。かつての高度成長を支えてきた諸要因はすでに衰微し、前途には、どの国も経験したことのない急速な高齢化社会が待ち受けております。このような時代の激変に対応して、われわれは、従来の基本的な制度や仕組み等についても、タブーを設けることなく、新しい目で素直に見直すべきであると思います。

 このような時代認識に立って、以下、国政の各分野について私の基本的考えを申し述べます。

 今日、国際社会においては、戦後最悪とも言われる失業の増大を背景に、保護主義の圧力が日増しに高まっています。このような保護主義に代表される安易なナショナリズムが横行すれば、世界経済は衰退の道をたどり、再び一九三〇年代の恐慌の悲劇を繰り返すことにもなりかねません。

 このような情勢下で、自由世界第二の経済大国であるわが国への世界各国の期待と要求は、一層多面的かつ日を追って厳しく、切迫したものとなってきております。わが国の対応いかんが、世界の国々とわが国の運命に大きく影響を及ぼします。もとより、わが国に対する外部からの要請や批判の中には、国情の違いを無視し、誤解や一部の偏見に基づくものも少なくありません。わが国の実情を理解させる不断の努力を心がけるとともに、守るべき国益については断固としてこれを守ってまいります。しかし一方、世界におけるわが国の役割りを大局的に考えるとき、世界に開かれた日本の認識に立って、わが国の立場のみにとらわれることなく、世界全体との調和を図っていくことが、ひいてはわが国益に沿うゆえんでもあるのであります。世界に目を開き、独善や利己主義に陥ることなく、世界の人々と相ともに生きるとの立場に立つことが必要であると考えます。

 すでに、先進工業国の中では、日本に照準を当てた、保護主義的立法の動きも活発化しております。もし、これが現実のものとなれば、わが国が深刻な不況に見舞われることはもとより、ひいては世界経済も衰退へ向かうことは必至であります。われわれは、このような動きを阻止するためにも、外に対して自由貿易の維持強化を強く主張するとともに、みずから率先して、さらに世界に開かれた日本へと前進していかなければなりません。

 このような見地から、政府は一連の市場開放対策を進め、最近においても、新たに関税率の引下げ、輸入検査手続の簡素化等の思い切った措置を講じたところでありますが、今後とも合理的な市場開放対策の一層の推進に努めてまいる決意であります。

 一方、世界経済が直面している困難の根本的解決の道は、世界各国、特に先進諸国が相協力して世界経済の活性化と着実な拡大の方向を目指すことであります。

 このため、貿易、金融面における国際機関の機能の十全な発揮を図り、科学技術の分野における研究開発の国際的共同歩調を整えることによって技術革新の波を呼び覚まし、さらに、各種国際投資活動の活発化や資源エネルギーの安定的供給確保の体制を整える等、各方面にわたる国際協力の拡充の可能性が探られなければなりません。また、国際経済の均衡ある発展のためには、開発途上国の成長の確保が不可欠であり、新中期目標のもとで経済技術協力の一層の充実を図るとともに、現在多くの国に見られる金融上の困難を、国際協調のもとに解決する努力が必要であります。

 わが国は、こうした方向への国際的努力に、積極的に参加していきたいと考えております。

 国際社会でのわが国の対応において、米国との友好協力関係がその基軸となってきたことは、戦後一貫して変わらざるところであります。同時に、それはまた、アジア、さらには世界の平和にとっても不可欠の条件となっております。

 私は、このたび米国を訪問し、レーガン大統領との間で、国際情勢や両国間に存在する諸問題について、率直な意見交換を行ってまいりました。この会談を通して、両国間の信頼のきずなをさらに確固としたものとするとともに、太平洋地域の希望に満ちた将来について認識をともにした次第であります。このような成果を踏まえ、私は、今後とも両国の友好関係を一層強固にし、それを出発点として世界各国との外交を展開してまいります。

 特に、私は、日本に近接するアジア及び太平洋地域との外交を重視してまいります。その第一段階として、私は、訪米に先立ち、国交正常化後、わが国の総理大臣として実質的に初めて韓国を公式訪問し、全斗煥大統領との会談において、今後幅広い国民的基盤に基づき、両国間の関係を発展させていくことに合意いたしました。このような平和と友好の輪を、さらに力強くアジア全域に広げ、世界に広げてまいります。このような見地から、私は、できるだけ早い機会に、ASEAN諸国を訪問したいと念願しております。

 また、重要な隣国である中国に対しては、現在の良好で安定した関係の基礎の上に、友好協力関係の一層の発展を図るべく努力してまいります。

 重要な課題となっているインドシナ等の難民問題につきましては、昨年来、大規模救援施設の設置を進めているところでありますが、今後とも人道的な立場から、国民の皆様の御協力を得て、対策の推進を図ります。

 西欧諸国とは、自由主義諸国の連帯強化の観点から、各般にわたる協力関係を一層緊密化すべく努力してまいります。

 ソ連との関係につきましては、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、真の相互理解に基づく安定的な関係を確立するため、新指導部との間で、今後粘り強く、対話を続けてまいります。

 中近東地域においては、最近、米国及びアラブ関係当事者による和平実現への動きが活発化しており、わが国としても、このような努力に対しできるだけ協力していく所存であります。

 核兵器の廃絶を目指し、軍縮を推進して、その余力を開発途上国の発展のために振り向けることは、世界の人々のだれもが抱く願いであり、私の強い念願でもあります。しかし残念ながら東西間において、平和の維持、侵略の抑制のための確たる保障が成立していない現状のもとでは、世界の平和と安全は、核兵器を含む力の均衡によって維持されております。極論すれば、恐怖による均衡によって、辛うじて維持されているとも申せましょう。このような恐怖から脱却することが、全人類の念願であり、軍縮は、この均衡の水準を、確実な保障のもとに、可能な限り引き下げる現実的な努力であります。私も、わが国の使命として、国連活動等を通じて、軍縮の一層の推進を強く訴えてまいりたいと思います。

 一方、現実における世界の軍事情勢、特にアジアの状況を見るとき、北方領土を含む極東におけるソ連の軍備増強などわが国周辺の状況は、憂慮すべきものがあります。

 この厳しい現実を踏まえれば、わが国としては、総合安全保障の観点からの各種施策の積極的推進に引き続き努めるとともに、日米安全保障体制を堅持し、自衛のための必要な限度において、質の高い防衛力の整備を図っていく必要があります。

 もとより、わが国の防衛力の整備は、憲法の許す範囲内で、みずからを守る必要性の限度において自主的判断のもとに行うものであります。その際、非核三原則を堅持し、専守防衛の姿勢を貫き、近隣諸国に軍事的脅威を与えないという従来からの方針を守るべきことは当然であります。

 私は、このような見地に立って、わが国防衛力について、「防衛計画の大綱」の水準にできるだけ速やかに到達するよう整備に努めてまいります。昭和五十八年度予算における防衛費については、きわめて厳しいわが国の財政事情の中にあって、世界におけるわが国の占める位置、国を守るための必要性、さらには他の歳出項目とのバランス等各方面から慎重に検討したところであります。

 政府は、防衛分野における米国との技術の相互交流を図ることが、日米安全保障体制の効果的運用を確保する上できわめて重要となっていることにかんがみ、このたび相互交流の一環として、日米相互防衛援助協定の関連規定に基づく枠組みのもとで米国に対し武器技術を供与する道を開くこととし、その供与に当たっては、武器輸出三原則等によらないこととすることを決定いたしました。同協定においては供与される援助について、国際連合憲章と矛盾する使用、第三国への移転等に関し、厳しい規制を課しているところであります。したがって、この措置は、国際紛争等の助長を回避するという平和国家としての基本理念を確保しつつ行われるものであります。政府としては、今後とも基本的には武器輸出三原則等を堅持し、国会決議の趣旨を尊重していく考えをいささかも変更するものではありません。

 わが国の戦後の発展は、何よりも新憲法のもたらした民主主義と自由主義によって、日本国民の自由闊達な進取の個性が開放され、経済社会のあらゆる面に発揮されたことによるものであります。

 しかし、戦後三十七年を経過した今日、われわれはややもすれば、終戦直後この民主主義と自由を手にしたときの感激を忘れ、その恩恵を当然のものとし、これをさらに守り育てていくみずからの努力を怠っているものではないでしょうか。また、当時、われわれが新鮮な感動をもってつくり上げ、戦後の繁栄を支えてきた各種の制度の中には、いまや硬直化し、みずみずしい活力を失いつつあるものも少なくないのではないでしょうか。

 私は、国民の間で、民主主義の基本に立ち返り、既成の観念にとらわれない活発な論議が行われることを期待し、二十一世紀に向かって新しい展望のもとで諸制度の改革、運営の改善等に積極的に努力していきたいと思います。

 民主主義において、政治は国民のものであります。主権者たる国民の政治への不断の関心と活発な働きかけが基本でなければなりません。これによって、代議制度は、国民の負託に誠実にこたえ、その意思を吸い上げる有効な回路として機能いたします。もとよりそれを支えるものは、国民の政治に対する信頼であります。政治に携わる者が、その使命を深く自覚し、常に国民の模範となる行動を心がけなければならないことは当然であります。私は、各党各会派そして議員各位の御協力のもと、清潔な政治を目指し、政治の倫理の確立に努めるとともに、国民の不信を招くことのないよう行政の適正な運営に努力してまいります。

 私が、内閣総理大臣就任以来、最重要課題の一つとして行財政改革に取り組んでまいりましたのも、それが国政の基本的見直しと新しい進路への出発に際しての大きな課題であり、国民の一致した要請であると考えたからであります。また、活力ある経済社会を説き、「たくましい文化と福祉の国」づくりを目指しておりますのも同じ思いによるものであります。

 行財政改革の目標は、新たな経済、社会情勢の進展に即応し行政の見直しを行い、また、財政のあり方を再検討してその適正な対応力の回復を図ることによって、民間の活力を引き出し、国、地方を通じ、公的部門と民間との新しい関係をつくり出し、明るい未来の展望を開こうとするものであります。

 行政改革については、特に急務である国鉄の事業の再建を期し、日本国有鉄道の経営する事業の再建の推進に関する臨時措置法案について審議をお願いしておりますが、今後さらに、電電、専売両公社の事業の改革、公的年金制度の見直しなどを初め、臨時行政調査会のこれからの答申を含め、諸問題に真剣に取り組み、国政全般にわたって、着実かつ強力な改革を推進していく所存であります。

 また、財政の改革については、まず当面の昭和五十八年度予算編成に当たって徹底した歳出の見直しを行った結果、昭和三十年度以来初めて一般歳出の規模を前年度以下に圧縮いたしました。また、税外収入等歳入面においても増収努力を重ねて公債発行額をできるだけ抑制いたしました。これにより、きわめて厳しい環境の中にあって、増税なき財政再建の基本理念に沿いつつ、財政改革に向けて新たなる一歩を踏み出すことができたものと考えております。

 さらに今後、新しい観点に立った長期的な経済展望のもとに、歳出歳入構造の徹底した合理化適正化を進めることによって、できる限り早期に特例公債依存体質からの脱却、さらには公債依存度の引き下げを図り、財政の健全性を回復してまいります。

 このようにして、財政の対応力を確保することにより、今後予想される経済社会の変動に弾力的に対処し、経済の活性化に貢献し得る新しい時代の財政を実現することができるものと考えております。

 また、国の財政と同様、厳しい状況に置かれている地方財政についてもその健全化を図ってまいります。

 政府は、当面の経済運営に当たっては、物価の安定を基礎としつつ、国内民間需要を中心とした景気の着実な拡大を実現し、雇用の安定を確保するため、引き続き適切かつ機動的な政策運営に努めてまいる所存であります。

 さらに、今後の長期的な経済社会の運営のあり方につきましては、政府は、昨年、経済審議会に対し、新しい経済五カ年計画の策定を諮問し、審議をお願いしてきたところでありますが、内外の経済社会の先行きの変動要因の大きさにかんがみ、これを、より長期的視野に立ち、かつ、弾力的で自由主義経済における民間活力を十分生かしていくような指針として検討策定していただくべく、先般、改めてお願いをしたところであります。

 こうした指針に基づき、将来における産業構造の転換と社会システムの変化を展望し、真の技術立国を目指した創造的な新技術の研究開発とその導入、基礎素材産業の再活性化などの政策を進め、また生産性の向上を基本とする農林水産業の体質の強化、中小企業の近代化等の振興対策を講ずることによってわが国経済社会の基礎を確固たるものにしてまいります。また、労使関係の安定に十分配慮しつつ、適正な労働政策によって人的能力の完全な発揮に努めるとともに、婦人の持つ豊かな能力を引き出し、一層の社会進出を図るなど、婦人問題に積極的に取り組んでまいります。

 この場合、その基礎条件として、物価の安定、為替レートの安定、資源エネルギー及び食糧の安定的確保、社会資本の充実、さらには環境汚染の未然防止、地震、災害や交通安全対策等に配慮を払うべきことは言うまでもありません。

 私は、政治目標の一つとして「たくましい文化と福祉の国日本」をつくることを掲げました。

 戦後の経済社会の発展と個人尊重思想の浸透は、一面において、村や国、家庭や企業といった、それまで日本人の心のよりどころとなっていたものの変化する過程でもありました。いま人々は、繁栄の中でともすれば孤立感と不安感を覚えるような状況に陥っております。そうした中で、長い老後への不安、子供のしつけや教育に対する悩みなど物質的豊かさのみでは解決し得ないさまざまな問題が生じております。人々の孤立感と不安感を取り除き、こうした問題を解決していくためには、社会的連帯の中で新しい生きがいと安心とを見出させ、能動的な自己開発の力を導き出すこと、そのための環境づくりが、最も必要であると考えます。政治の光を家庭に当てることも、同じ考えに基づくものであります。

 われわれは、個人の尊重という基礎の上に立ちつつ、もう一度、個人をはぐくんでくれる家庭、コミュニティー、国について思いをいたすべきではないでしょうか。

 覚せい剤や非行、暴力といった青少年をむしばむ現象も、社会の原単位たる家庭の基盤が揺らぎ、礼儀、責任感、正直さ、兄弟愛、隣人への親切、奉仕の精神等、人間として生きるため必要な基本的な要素についての青少年に対する教育が、不十分となっていることと無関係ではないと思われます。このような見地からも家庭の役割りの充実は急務であり、政府においても、住宅や身近な生活環境施設の整備等行政の各分野において、その基礎条件づくりを進めてまいります。

 過激な国家主義が国民を戦争に追いやったという暗い思い出から、われわれは、ともすれば国そのものを意識の外に置こうとしているのではないでしょうか。しかし、戦後のわが国の繁栄も、国を基盤に、共通の目的に向かって共同の力を傾注した輝かしい軌跡であったと思うのであります。

 われわれは、国という長い歴史の中で形成された文化的、社会的な共通の基盤の上に生き続けております。わが国の長い伝統もまた目に見えない力となって、われわれの心の持ち方、生活のあり方を規定しております。個人の生きがいの積み重ねが国をつくり、国の歩みの選択が個人の運命を左右します。

 私は、個人の充実を基礎に、その活動の方向を、積極的に、家庭に、社会に、そして国にと振り向けさせることこそ、人々の孤立感を克服する道であり、「たくましい文化と福祉の国」建設のかぎであると考えます。そのためには、国のレベルで、地域のレベルで、そうした人々の積極性を引き出すいろいろな試みがなされる必要があります。たとえば、社会福祉、青少年の健全育成、環境美化などに対するボランティア活動のより幅広い展開であり、各種教育、社会福祉事業に対する支援活動へのできるだけ多くの人々の参加であります。さらに、個々人が、外へ向かって能動的に働きかけ得る能力を養うための生涯教育、各種教養学習活動の充実であります。

 また、地方を重視し、国土の隅々にまで伝統産業、芸能、スポーツの各分野にわたって、特色ある地方文化の花を開かせることに重点を置きたいと思います。

 自立自助や、社会連帯の気風も、このような外なる世界への積極的な働きかけに目覚めた人々が構成する社会から醸成されます。そこに生まれる福祉は、たくましさと人間的なぬくもりを兼ね備えたものとなるでありましょう。私は、社会保障制度等についても、このような福祉を実現するという見地から見直しを進めていく考えであります。その際、障害者、母子家庭、寝たきり老人など社会的に弱い立場にある人々に対しては、できる限りの温かい配慮が払われていなければなりません。私は、このような分野に対しての施策の充実に特に意を用いてまいります。

 わが国は、国際的に見れば、なお恵まれた状況にあるとはいえ、景気、雇用等の当面する問題を抱え、中長期的には、高齢化社会に向けての社会保障制度等の整備、総合的な安全保障面での充実、農林水産業や中小企業分野を含めた各産業分野の長期的発展の基礎づくり、技術、産業の振興等による地域開発、環境問題への対応等、国内的にも多くの課題を抱えております。しかもそうした対策の重要な裏打ちとなるべき財政はきわめて苦しい状況にあり、有効かつ機動的な対応力を欠いております。

 加えて、いま、世界経済の一割を占め、自由世界第二の経済大国日本に対する世界の目は、われわれの想像する以上に厳しくなり、貿易、防衛、経済協力等の各分野でのわが国への期待と要求は、一層強くなってきております。

 政治の責任は、こうしたわが国の現時点での内外における立場を、国民に十分理解していただくとともに、その協力を得て、個々の課題について長期的視野に立った適切な解決を、一つ一つ図っていくことにあります。特に国際問題の多くは、当面の負担を受け入れることが、どのように国益に結びつくかを目に見える形で示しがたい性格のものであるだけに、その対応をめぐって、いろいろな考えや利害の対立が生じやすいものであります。しかし、いま必要なことは、それぞれの困難な問題を適切に処理し、世界から孤立することなく、世界に開かれた、世界に受け入れられ、そして敬愛される日本として、新生面を開いていくことであります。それがまた、われわれの子孫の繁栄を確保する道だと考えるのであります。

 内外の政策の実行に当たって、政治に求められるものは思いやりと責任であります。公正に喜びも苦しみも分かち合って、すべての分野にきめ細かい配慮と対策を実行し、国民とともに前進することを心がけたいと思います。

 われわれの祖先や先輩たちは、難局に遭遇したとき、常に団結して偉大な力を発揮し、これを乗り切ってまいりました。当面する困難に対しても、わが国民は、民主主義体制のもと、伝統的な底力を発揮してこれを克服し得るものと確信しております。

 私は、国民の皆様の御鞭撻を得つつ、その先頭に立って全力を尽くすことを誓うものであります。

 重ねて国民の皆様の御理解と御協力を切にお願いいたす次第であります。