データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第101回(特別会)
[演説者] 中曽根康弘内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1984/2/6
[参議院演説年月日] 1984/2/6
[全文]

 私は、昨年十二月二十七日、再び内閣総理大臣の重責を担うことになりました。

 私は、現代が大きな歴史的転換期にあることを深く自覚しつつ、国際的信頼の維持強化を図り、堅実に内政を固め、二十一世紀へ向けて順を負って内外の準備を進めるべく、国民の皆様の信頼にこたえ、その御協力を得て全力を傾けて国政に取り組んでまいります。何とぞ御理解と御鞭撻をお願い申し上げます。

 我々を取り巻く内外の環境や時代の潮流には、最近顕著な転換の兆しが現われております。我が国も、政治、経済、文化、教育、福祉、外交、安全保障等各分野をさらに総合的に再点検し、適切な改革を強力に押し進め、転換期のハードルを乗り越え、日本の未来を開くべき時期に来ていると確信いたします。

 しかしながら、その実現は決して容易なものではありません。それは明治以来百年余の間に蓄積され、あるいは終戦以来三十八年の間に生じたもろもろのひずみを是正するということであり、また、二十一世紀という未知の世界への挑戦と準備のための軌道を敷設することであるからであります。

 これらの改革と挑戦は、早晩日本民族が遭遇しなければならない宿命の試練であり、これを乗り越えてこそ、我が国の希望とさらに偉大な繁栄と発展があると確信いたします。私は、国民の皆様とともに手を携え、謙虚に国政の衝に当たっていく決意であります。

 このため第一に、さきの総選挙における国民の皆様の審判を厳しく受け止め、深い反省のもとに政治倫理の確立に取り組みたいと考えます。政治倫理の問題は、第一義的には私たち政治家の良心と責任感に帰着する問題であると考えます。この見地から、日常の行動、政務の処理等につきましては、慎重かつ公明正大に実践する所存であります。また他面、国民の皆様や各党、各会派の御意見に十分注意を払いつつ、具体的に実効性ある政策が進められるよう努力いたします。先般、その一つの手段として、閣僚の資産公開を行ったところでありますが、今後、両院における御議論等を踏まえ、必要かつ適切な措置を講じていく考えであります。

 なお、懸案である国会議員の定数是正等のための公職選挙法の改正につきましても、各党、各会派の今後の合意に基づき具体的な成果が上がるよう政府としても努力してまいります。

 第二に、新しい民主政治の運営と展開に心がけてまいりたいと思います。私は、さきの総選挙の結果の意味するところに深く思いをいたし、心を新たにして各党、各会派との協調による政治運営の舞台を開いてまいりたいと思います。既に新自由クラブとは政策による院内会派の結成を行ったところであります。

 今後、野党の皆様とも政策面における対話と相互理解を深め、重要国策の推進、円滑な国会運営、我が国政局の安定に向かって懸命の努力を行い、国民の皆様の御期待におこたえする決意であります。

 先ほど私は、戦後の日本の政治、経済、社会各面の総点検と二十一世紀に向かっての新しい軌道の敷設の必要性について申し述べました。二十一世紀まであと十六年、我々は必要な対応を今から急がなければなりません。その目標は、自主、連帯、創造を基調とする「たくましい文化と福祉の国」づくりであり、平和を志向する国際国家日本への前進であります。

 このため、私は、三つの大きな基本的改革に取り組み、これを着実に推進してまいります。

 第一の改革は、行政改革であります。

 政府は、これまで臨時行政調査会の答申に示された趣旨を踏まえて誠実にその推進に努めてまいりました。既にこれまで国鉄事業の再建への着手を初め種々の改革に取り組んできております。特にさきの第百回臨時国会におきましては、国家行政組織法の改正、総理府本府と行政管理庁の統合再編成等七つの法律の成立を見たところであります。

 今や行政改革もいよいよ正念場に差しかかってまいりました。私は、全国民の御支援を得て、不退転の決意をさらに全省庁、全政府関係機関に徹底させ、その一層の推進に取り組んでまいります。

 特に今国会におきましては、行政改革の最重要課題の一つである電電公社及び専売公社の改革、年金や医療保険制度の本格的改革、特殊法人の整理合理化、地方事務官制度の改革等を推進するための法律案を提出することといたしております。また、中央の十省庁の内部部局の再編合理化を断行するとともに、国家公務員の定員につきましても、三千九百五十三人にも上るこれまでにない大幅な縮減を図ることとしたところであります。

 さらに国と地方の関係の見直しの一層の推進を図りつつ、地方公共団体における機構定員、給与制度やその運用等のあり方について、国民の皆様の御納得が得られるよう、特に指導の強化を図ってまいります。

 行政改革の次の段階では、日本国有鉄道再建監理委員会の献策を得て国鉄の大改革を進め、また、中央地方の行政機構の簡素効率化、公社公団等の整理合理化、公務員の定数の適正化、補助金の整理等行政改革の核心部分に一層のメスを入れていく決意であります。

 第二の改革は、財政改革であります。

 財政改革の目的は、単に危機に瀕している我が国の財政収支の均衡化を図ることにとどまるものではありません。それはむしろ行政改革と同様に、新たな経済社会情勢の進展に即応して財政のあり方を再検討し、その適正な対応力の回復を図り、国と地方、公的部門と民間との新しい関係を導こうとするものであります。また、それは対外的な環境条件の整備安定を図りつつ、民間活力を最大限に発揮させ得る礎を築くものであり、経済、社会の運営における活力を保持し、新しい成長経路を追求しようとするものであります。

 政府は、これまで臨時行政調査会の答申の趣旨を踏まえ、一歩一歩財政改革の実を上げてきておりますが、先般策定した「一九八〇年代経済社会の展望と指針」においては、昭和六十五年度までに特例公債依存体質からの脱却と公債依存度の引き下げに努めることを示したところであります。

 昭和五十九年度の予算編成に当たりましても、引き続き歳出構造の徹底した見直しを行い、特に医療保険制度、地方財政対策等について中長期的展望のもとに本格的な改革に踏み切り、また、補助金等につきましては、従来にも増して積極的な整理合理化を行う等により、一般歳出を前年度に比し三百三十八億円削減いたしました。

 一方、国民の皆様の強い要望に沿うべく所得税、住民税合わせて一兆一千八百億円の減税を行うとともに、現下の厳しい財政事情にかんがみ、法人税、酒税、物品税等の税収増加、さらには特殊法人、特別会計からの一般会計納付等税外収入の増加を図った次第であります。

 以上のような歳出歳入両面にわたる諸般の努力の結果、公債発行予定額は、前年度に比し、六千六百五十億円減額することができ、財政改革にさらに新たな一歩をしるし得たものと考えております。

 第三の改革は、教育改革であります。

 既に教育の刷新改革については久しく論じられてきたところでありますが、現在ほどその必要性について世論が盛り上がったときはありません。

 もちろん、今日の我が国の興隆と繁栄は、これまでの我が国のすぐれた教育制度のもとに育てられた人材によってなし遂げられてきたことは事実であります。しかしながら、これまでの教育制度は、明治以来の我が国の諸外国に対する追いつき追い越せ時代に最もふさわしい、画一的な制度の性格が強かったのではないでしょうか。

 また、今日における校内暴力、青少年非行の激増等の実情の背景には、戦後今日まで、教育が学校教育にのみ強く依存し、家庭・社会教育等、より広い視野からの総合的教育の重視という考え方が弱かったということがあるのではないでしょうか。もちろん教育は国家百年の計であり、拙速は戒めなければなりません。しかしながら、私は、今こそ、来るべき二十一世紀を展望し、教育全般にわたる改革を断行する時期に来ていると考えるものであります。

 私は、今後目指すべき教育改革の視点は、教育制度、教育内容の多様化、弾力化、家庭や社会教育の重視、個性の尊重や教室外における実践、体験の奨励等による学生生徒等の全人的育成、教育を受ける側の選択の自由の拡大等総合的、人間的な教育のあり方の探求であり、また、国際国家日本の国民にふさわしい教育の国際化の追求にあると思います。

 もちろん、これらの改革の根底に、知育のみに偏せず、道徳性や社会性、純真な理想と強健な体力、豊かな個性と創造力をはぐくもうとする人間主義、人格主義の理念が脈々と流れていることが不可欠であると考えます。

 私は、今後、このような考え方に立って、教育理念、幼児教育、六・三・三・四制を初めとする教育制度、教育内容、教員の資質、入試制度、海外子女教育、家庭や社会教育等広範な分野にわたっての論議と改革を目指してまいります。

 また、特にこの教育改革は、全国民の皆様の御支援のもとに、長期的かつ国民的すそ野をもって進められるべきものであります。このため、内閣総理大臣の諮問に応じて改革案を調査審議する新たな機関を設置すべく検討を進めてまいりたいと思います。広く国民各位の御助言と各党、各会派の御協力を切にお願いをいたします。

 次に、経済運営について申し述べます。

 最近の我が国の経済情勢を見ますと、景気は緩やかながら着実に回復してきていると考えます。私は、今後、物価の安定基調を維持し、国内民間需要を中心とする景気の自律的拡大を実現し、我が国経済の持続的安定成長の定着と雇用の安定を図ってまいります。

 政府は第一に、我が国にとって不可欠である良好な対外関係の実現に努めます。このため、貿易の拡大均衡を目指し、引き続き一層の市場の開放、輸入の促進、特定品目に係る節度ある輸出の確保、新しい多角的貿易交渉のための準備の促進等を進め、国際的保護貿易主義台頭の風潮の中で、自由貿易体制を堅持するため懸命の努力をしてまいります。また、金融資本市場の自由化、円の国際化、為替相場の安定のための国際協調にも十分力を入れていきたいと考えます。

 第二に、民間の創意ある経済活動を引き出すための具体策を工夫し、一方でその制約要因となっているものの見直しに努めます。

 この観点から、既に一部着手している国公有地等の有効活用を今後全国的に展開し、また、民間再開発を推進するための環境整備を一層進めてまいります。また、今回の関西新空港建設の例のように、公共事業の官公民協力による新しい実施体制の創出等新機軸により民間活力の最大限の活用を図り、我が国経済がさらに力強く発展する新しい道を開いてまいりたいと思います。

 第三に、高度情報社会の実現を、二十一世紀に向けての中長期的な経済発展の重要な戦略的動因として位置づけ、そのための政策を周到に、かつ総合的に進めてまいります。

 我々は、現在、始まりつつある高度情報化への大きな潮流が、経済構造、社会システム、さらには個人の生活等広範な分野に及ぼすさまざまな影響について細心の配慮をしつつ、その積極面の利益の享受に努めなければなりません。このため、今後の高度情報社会のあり得べき姿等について国民的合意の形成に努めるとともに、先端技術の研究開発と国際協力の拡大、情報、通信技術の広範な利用促進、新しいソフト産業の多様な発展、情報の公開やプライバシーの保護等さまざまな分野における適切な対応を進めてまいります。

 さらに、政府は、産学官の連携による創造性豊かな科学技術の振興、生産性の向上を中心とした農林水産業対策の推進、長期的な視野に立った資源エネルギー及び食糧の安定的確保、きめ細かい中小企業対策の推進等にも引き続き力を入れてまいります。

 戦後三十八年の営々とした努力により、今日我々は、我が国の歴史上どの時代にも実現し得なかった、現代文明の恩恵に多数の国民があまねく浴するという時代を迎えています。しかしながら、この過程で、我々の意識や社会の構造は大きく変化してきました。今、人々が求めているものは精神的豊かさであり、日常生活における安心、安全、安定であります。

 政府は、国民のこのような要請にこたえ、地方公共団体の創造的努力と呼応しつつ、心の触れ合う連帯と文化の地域社会づくりに着実な努力を重ねてまいります。このため、地方の文化や芸術の振興に力を注ぐとともに、社会資本の整備や災害対策、交通安全対策に全力を尽くし、花と緑に囲まれた快適な潤いのある生活環境の創造に努めてまいります。また、時代にふさわしい町づくりの推進と、未来を展望した各種産業活動の定着と振興を図ることによって、生活と産業の調和ある地域社会の建設を目指します。

 国民の健康保持の面では、疾病の予防からリハビリテーションに至る総合的な保健医療対策を講じ、特に国民の死亡率の第一位を占めるがんについては、対がん十カ年総合戦略に基づき重点的にその対策を推進いたします。さらに、難病対策にも特段の意を用いることとしております。

 また、迫り来る高齢社会に備え、老後の医療保障や所得保障を一層確実かつ安定したものとするため、退職者医療制度の創設や基礎年金制度の導入等、医療保険や年金保険制度を効率的かつ公平な制度とすることを目指した抜本的改革に着手するとともに、高齢者の雇用機会を確保するための対策の充実、雇用保険制度の改革等を行うこととしたところであります。

 さらに、老人や障害者等社会的、経済的に弱い立場にある方々に対してきめ細かい配慮を行ってまいります。

 婦人の地位向上、女性の幅広い社会的活躍をも重視しなければなりません。このため、政府は、各分野について制度の整備を図ることとし、昭和六十年を目途に婦人差別撤廃条約の批准の実現に努力するとともに、妻の年金権の保障等婦人の地位確立のための対策を強化してまいります。

 私は、深い相互依存関係にある今日の国際社会においては、世界の平和と繁栄なくして日本の平和と繁栄はあり得ないことを痛感いたします。また、国際社会における我が国の地位向上に伴って各国の我が国に寄せる期待と要請がいかに大きいか、今さらながら深く考えさせられるものがあります。私が、国際国家日本の建設を提唱するゆえんであります。

 私は、戦後三十八年間を見て、国際関係における仕組みや意識にも大きな変化が進みつつあると考えます。そしてそれには、国際的な情報化時代の到来が大きく寄与していると考えるのであります。

 私は、現在の世界各地における宗教的、民族的対立、外部の政治的浸透による紛争、テロリズムの続出について深い懸念を有しております。

 私は、これらの紛争の中には、当事国相互の対話や情報の交流がもっと密であれば防止できたものが多いのではないかと思います。情報の普及は、双方の国民の相互理解を深め、戦争の愚かさを知らせるものであると考えます。もし第二次大戦勃発当時、通信衛星が存在し、テレビが今日ほど普及していたら、あるいは大戦は起こらなかったのではないでしょうか。

 また、スポーツ、芸術、文化の交流が、政治、経済、社会の相違を乗り越えて人間性の交流をもたらし、相互信頼感の醸成につながりつつあることに注目したいと思います。本年は、オリンピックの年でありますが、国際競技における世界新記録の達成や名演技には、東西の対立を越えて嵐のような拍手が越こります。特にスポーツにおいては、国境を越えた共通のルールが厳然と守られています。私は、この現実を踏まえて、世界の平和を守るために、各国に対し情報やスポーツ、芸術、文化の交流をさらに増幅し、これらの国境の垣根をさらに低くし、これを終局的には撤廃するよう訴えたいと思います。

 私は、このように各種の分野において、体制の相違や過去の経緯を乗り越え、人類的共感の上に立って平和維持を呼びかけることこそが、国際国家たる我が国にふさわしい役割であると確信しております。

 さきの主要国首脳会議における声明、東京声明、日中不戦の誓い、日本・ASEAN科学技術関係閣僚会議の開催、本年七百五十名に及ぶASEAN諸国の青年の日本招待、来る三月箱根で開かれる予定の生命科学と人間の会議の開催提唱等、世界の政治、文化における我が国のこれまでの営々とした努力は、こうした国際国家日本の世界平和と人類文明の進歩に貢献しようという決意のあらわれなのであります。

 次に、我が国自身の防衛については、必要最小限の質の高い防衛力の整備を図り、日米安全保障体制を維持し、その円滑、効果的な運用によって現在の国際環境における我が国の安全保障を実現していかなければなりません。その際、平和憲法のもとで専守防衛に徹し、非核三原則を堅持しつつ、近隣諸国に脅威を与えるような軍事大国にならないことは当然であります。

 私は、平和と軍縮を唱え、今、防衛力の整備と日米安全体制の維持の必要性を訴えました。これは世界の現状に照らしても、独立国家の政策としていささかも矛盾しているものではありません。まず国家にとって大切なことは、独立を維持し、国民の生命財産と文化を守り、侵略を許さないことであります。それが防衛であり、日米協力による相互安全保障体制の目的であります。

 その国の生存のための基本条件をまず確保した上で、相互に軍備の拡大、なかんずく核兵器の増加を抑制し、特に米ソの超大国が互いに脅威とならずに次第に互いの軍事力の水準を低下させ、核兵器の削減について至急に協議を成立させて、ついにはゼロにまで持っていくよう訴えることは、国際緊張を緩和させ、世界の平和と安全のため必要であります。私は、日本のように核を持たず、専守防衛の節度ある防衛力を持つ国にして、初めて平和と軍縮は強く主張し得ることであると考えます。

 また、国際国家としての重要な責務の一つに開発途上国への協力があります。私は、この責務を果たすため、五十九年度予算編成において厳しい財政事情下であっても経済協力費については特段の配慮をいたしました。

 我が国は、今後とも、新中期目標のもとで、開発途上国への経済技術協力の拡充に努めるとともに、債務累積問題に関しても、国際協調のもとでその解決に向けてできるだけの貢献を行っていきたいと考えます。

 また、人類の生存の基盤である地球環境の保全の問題についても、世界の資源に大きく依存している我が国として、これに積極的に貢献したいと考えております。

 このような諸施策は、我が国の総合安全保障の推進に大きく役立つと思う次第であります。

 さらに、現在四十七万人に上る同胞が、海外の各分野において活躍しておられますが、これらの方々に後顧の憂いのないよう、その子女の教育の充実、選挙権の確保等について十分な配慮を払っていくことが政府の責任であり、そのための施策を進めてまいりたいと思います。

 次に、二国間の関係について申し述べます。

 日米関係は、我が国外交の基軸であります。私は、昨年の訪米の折やレーガン大統領の訪日の際、両国の首脳レベルの相互信頼関係の確立を図り、日米関係を一層強固なものにするよう積極的努力を行いました。日米間の強固な提携と安定は、世界及びアジアの平和と安定の重要な礎石であると確信します。私は、日米間の諸懸案の解決について今後とも一層の努力を払い、両国間の緊密な関係の維持発展に努めてまいります。

 昨年、コール西独首相の来日の折には、東京声明で日独両国が世界の平和と繁栄を目指して不断の努力を積み重ねていくことと、東西両陣営が絶えず対話と交渉を持続して交渉のテーブルを離れないことの必要性を宣明したところであります。私は、今後とも、欧州各国との友好協力関係の一層の緊密化に努め、本年のロンドンにおける主要国首脳会議に出席の機会には、欧州各国を訪問する考えであります。

 アジア地域におきましては、昨年、韓国及びASEAN諸国を訪問いたしましたが、これらの諸国との関係を引き続き重視してまいりたいと存じます。

 また、国会の御了承を得て、本年三月に中国を訪問し、両国の友好協力関係の一層の強化に努めたいと考えております。さきに日中両国は、体制の違いにもかかわらず、平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定の四原則を守り、子々孫々にわたって相戦わずとの決意を確認することができました。このような日中両国の堅固な友好協力関係は、アジア及び世界平和に大きな貢献をしていると確信するものであります。

 ソ連との関係につきましては、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、真の相互理解に基づく安定的関係を確立するため、今後とも粘り強く話し合ってまいる所存であります。私は、双方が世界の平和と両国間の現状打開のために互いに対話の糸口を広げ、誠意を持って対応し合うよう心がけるべきであると思っております。

 時代が大きな転換期であればあるほど生起する問題は深刻であり、国民の皆様の心の中にも、国際平和や日本の将来、教育、医療、年金、老後の生活等の先行きについての不安が影を落とすこともありましょう。すべての家庭が一日の平安を感謝して夕げの明かりに家族団らんのひとときを過ごし、あすへの希望を語り合える世の中をつくり、家庭を守り続けることが、いつの世にも変わらぬ政治の責任であります。私は、国民の皆様が安心して日々の生活が送れるように心骨を砕き、安定と信頼の政治実現に全精力を傾けていく決意であります。

 さきに述べた行財政改革、我が国の国際的責務の遂行に当たっては、国民の皆様に、時にやむを得ない負担をお願いする場合も生じてきておりますが、政府は、それを最小限にとどめるよう全力を尽くしてまいります。私は、この場合、何よりも公平と公正を念じ、国民の皆様によく御説明し、納得と協力が得られるよう心してまいります。私は、このような困難を克服していくことが、次の繁栄への跳躍台であることを、国民の皆様一人一人に御理解いただきたいと心から願うものであります。

 二十一世紀は日本の世紀であると一部に言われて既に久しくなりますが、私は、この期待を我々が真に現実のものとするためには、三つの条件があると考えております。その第一は、日本が国際社会の中で、協調的な信頼できる国として引き続き受け入れられていけるかどうかであり、第二は、日本人が今後とも勤勉性を維持できるかどうかであります。そして第三に、日本人が、物質的豊かさの上に、人間精神の崇高さをとうとび、相互の人格の尊重と礼儀を重んずる共同社会をつくり、その団結を維持して、世界の人々に尊敬される国柄を実現し得るかどうかであります。

 もちろん現実は厳しいものがあります。しかし、行く手には、もはや光が見え始めてきております。その向こうには、アジア大陸の東の岸に波打つ緑の太平洋国家として、東西文明を融合し新しい文明に向かう日本列島の未来の姿が開けております。

 私は、国民の皆様と手を携え、その光明に向かって全力を尽くして進みたいと考える次第であります。

 重ねて国民の皆様の御理解と御協力をお願いする次第であります。