[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第102回(常会)
[演説者] 中曽根康弘内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1985/1/25
[参議院演説年月日] 1985/1/25
[全文]
第百二回通常国会の再開に当たり、内外の情勢を展望して施政の方針を明らかにし、国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。
私は、内閣総理大臣の重責を担って以来、戦後政治の総決算を標榜し、対外的には世界の平和と繁栄に積極的に貢献する国際国家日本の実現を、また、国内的には二十一世紀に向けた「たくましい文化と福祉の国」づくりを目指して、全力を傾けてまいりました。このような外交、内政の基本方針を堅持し、国民の皆様の幅広い支持のもとに、これをさらに定着させ、前進させることが、私の果たすべき責務であると考えます。
昭和六十年、一九八五年は、昭和二十年の終戦から四十年、明治十八年の内閣制度の創設から百年に当たります。歴史の流れにおける大きな節目とも言うべきこの年に当たり、これまで我々日本国民がなし遂げてきた実績の上に立って、各分野にわたりさらに大胆な改革を進め、我々の次の世代へよりよい日本を引き継ぐために、一段と力を尽くさなければならないことを痛感いたします。
我々は、戦後、自由と平和、基本的人権と法秩序の尊厳等民主主義の意義と価値を深く学び、戦前の反省の上に立って、それを守り、さらに強く確立するかたい決意のもとに、その実践に努めてまいりました。このことが、戦後の日本の発展の基盤となっていると考えております。今、四十年の節目のときに当たり、我々は、ややもすれば民主主義の恩恵になれて、それに対する鮮烈な感激を失い、その何物にもかえがたい価値を忘れたりすることのないよう、常に、反復して、民主政治の正しいあり方を考え、その大道を実践し、これを子孫に伝えていきたいと考えております。
その際、基本的に重要なことは、政治の運営が、常に、国民に公開された場において、政策を中心として行われることであります。そのため、国会における各党、各会派との関係におきましても、対話と相互理解を深めることが肝要と考えるものであります。私は、近来、法案の取り扱い等をめぐって、与野党間の話し合い路線が定着してきたことを歓迎し、今後、一層政策中心の対話と協力が推進されるよう努力してまいりたいと存じます。
また、議会制民主政治の基礎にかかわる国会議員の定数配分問題につきましては、各党、各会派間で十分論議を尽くしていただき、今国会において定数是正が実現するよう、政府としても最大限の努力をしてまいります。
さらに、政治倫理の確立の問題につきましては、衆参両議院の政治倫理に関する協議会における議論等を踏まえ、具体的に実効性ある方策が講ぜられることを期待するとともに、私自身も心を新たにして、この問題に取り組んでまいります。
以下、国政の各分野について、私の基本的考え方を申し述べます。
国際情勢は、東西間における七〇年代の緊張緩和が後退して以来、厳しい状態が続き、国際的気圧配置は、厳冬の時期が続いておりましたが、近来、米ソ間を初め、朝鮮半島などの動きにも、やや薄日が差し始める気配がしてまいりました。
もちろん国際情勢の実態は、依然として厳しい状況にありますが、今年こそ、東西間を初め、各地域の緊張緩和のために真剣な対話が行われ、さらに、世界経済の運営につきましても、国際協調の努力が一段と強められることにより、人類の未来に向かって、明るい希望の持てる年とすることが必要であると考えております。
我が国もまた、戦後の経済発展が、世界の平和と各国国民の理解と共感の上に初めて可能であったことを銘記し、国際社会において重要な地位を占めるに至った今日、世界の平和と繁栄のため、積極的な貢献をしていかなければなりません。
私は、こうした考えから、年初早々、米国及び大洋州諸国を訪問し、各国首脳と会談をしてまいりました。米国では、レーガン大統領との間で、世界の平和と繁栄に向けて、今後とも、日米両国が緊密に協力していくことを再確認しました。大洋州諸国では、世界の平和を確立していくことの重要性と、この地域の発展のために幅広い友好協力関係を増進させることについて、意見の一致を見ました。
今日、世界の平和と安定にとって最も緊要なことは、相互に信頼し得る安定的な東西関係を構築することであります。そのためには、日米欧の自由民主主義諸国が結束を維持しながら、軍備管理、軍縮を中心とする東西間の対話を促進するよう努力することが重要であります。
我が国は、これまであらゆる機会をとらえて、軍縮、なかんずく、核軍縮の重要性を積極的に訴えてまいりましたが、今般、米ソ両国間で、戦略核、中距離核及び宇宙兵器に関して、新たな交渉を行うことが合意されたことを歓迎するものであります。宇宙の軍備競争の防止と、地球上での軍備競争の停止、核兵器の削減、究極的にはその廃絶を目的としたこの交渉が、緊張緩和の重要な鍵となることを信じてやみません。東西間の話し合いが続けられていること自体、緊張の激化を防ぐ効果を持っておりますが、さらにその交渉が、相互に信頼し得る、実効ある検証措置の合意の上に、できるだけ早く実質的な成果を上げるよう、我が国としても最大限の努力をしていきたいと考えております。
他方、中東、インドシナ、中米等の地域における紛争につきましては、関係諸国との話し合いを通じて、その平和的解決を図るための環境づくりに努めてまいります。
我が国の平和と安全を確かなものとするためには、総合的な安全保障の観点に立ち、外交、経済協力、資源エネルギー及び食糧の確保等の各種施策の推進に努めるとともに、厳しい国際情勢に対応して、他の諸施策との調和に配慮しながら、防衛力の適切な整備を図ることが必要であります。
このため、日米安全保障体制の円滑、かつ、効果的な運用を図りながら、必要な限度において、質の高い、効率的な自衛力の整備を進めてまいります。もとより、平和憲法のもとで専守防衛に徹し、非核三原則とシビリアンコントロールを堅持し、近隣諸国に軍事的脅威を与えないという従来からの方針には、いささかの揺るぎもありません。
世界経済は、全体として回復基調にありますが、西欧諸国の高水準の失業、米国の高金利、開発途上国の累積債務等の困難な諸問題が依然として存在し、これを背景に保護主義的な動きも根強いものがあります。
国際的な相互依存関係がますます深まっている今日、自由貿易体制の維持強化及び世界経済の活性化への積極的貢献を行うことが、今や世界経済の一割を占める我が国の責務と考えます。
このため、我が国は、景気の持続的拡大を図る中で、引き続き国内市場の一層の開放に努め、金融・資本市場の自由化、円の国際化等々を促進するとともに、新しい多角的貿易交渉の早期開始に向けて、積極的役割を果たしてまいります。
また、開発途上国の経済発展に貢献するため、貿易の拡大や経済技術協力の一層の拡充に、最大限の努力をしてまいります。特に、食糧危機に苦悩するアフリカ諸国に対して、国民の皆様の御協力を得て、幅広い支援活動を強化していく考えであります。
国際社会が幾多の困難を克服し、協調と連帯を原則とする、希望に満ちた二十一世紀の扉を開くためには、各国国民相互の理解と信頼関係の確立が不可欠であり、私は、今後とも、スポーツ、芸術、文化などあらゆる分野における国際交流の輪を広げていきたいと考えております。
特に本年は、国際連合において国際青年年と定められておりますが、私は、これを契機に、みずからの社会的責任と世界における日本の立場を自覚する、国際性豊かな青年を育成するとともに、海外の青年に日本が正しく理解されるよう、青年交流を強力に推進してまいります。また、各国との留学生交流の充実に意を用いてまいります。
さらに、地球環境の保全は、人類生存の基礎となるものであり、我が国は、これに積極的に貢献していきたいと考えます。本年は、国際森林年の年でもあり、地球森林資源の保全、涵養に積極的に取り組んでまいりたいと考えます。
次に、各国との関係について申し述べます。
我が国は、自由世界の一員であるとともに、アジアの一員であり、これまでの歴史的経緯や、今日の国際社会における我が国の立場から、開発途上国や非同盟諸国との友好協力をも重視すべきであると考えます。
まず、米国との友好協力関係の維持強化は、我が国外交の基軸であります。米国との同盟関係は、戦後の最も重要な、そして賢明な選択であり、日米関係の一層の発展は、アジア・太平洋地域、さらには世界の平和と繁栄にとって、極めて重要な礎石であります。私は、先般のレーガン大統領との会談を踏まえ、経済関係の円滑な運営を含め、両国関係の一層の発展に努めてまいります。
アジア地域におきましては、昨年中国を訪問しましたが、二十一世紀に向かって両国関係を安定的に発展させるとの決意を、中国指導者との間で確認することができました。今後、平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定の四原則に従って、揺るぎない両国関係を築いてまいります。
韓国の全斗煥大統領が、昨年九月、同国の元首として、初めて我が国を公式訪問されましたが、これは、長い歴史を持つ両国の関係において画期的なことであり、善隣友好関係を一層強固にする契機となったと確信いたします。
ASEAN諸国との間におきましては、友好協力関係を一層推進するため、経済関係のみならず、人物、科学技術及び文化の交流の拡大に意を用い、この地域の平和と安定のために、積極的役割を果たしたいと考えております。
私は、昨年パキスタン及びインドを訪問し、両国指導者と忌憚のない意見交換を行い、今後の友好協力関係の強化について合意いたしました。
太平洋地域は、今や世界で最も活力とダイナミズムに富み、二十一世紀に向けて大きな発展の可能性を秘めております。この地域が相互の交流を一層拡大し、連帯を深めていくことは、歴史的潮流であると確信いたしております。しかし、そうした域内協力の拡大は、当面は民間活動を主軸に積み重ねられ、経済、技術及び文化の交流や協力を中心とし、また、他の地域に対して排他的であってはならず、さらに、ASEAN諸国等を中心とする自発的意欲の盛り上がりに主導されたものでなければならないと考えます。我が国は、米国などとともに、こうした動きがあれば積極的に協力し、人づくり協力や情報の交流を初めとする、共同のプロジェクトの実現に努力したいと考えております。
西欧諸国は、我が国及び米国とともに、自由と民主主義という基本的価値観を共有しており、私は、これら諸国との間で、引き続き緊密な連帯と協調を図ってまいります。
ソ連との間におきましては、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、真の相互理解に基づく安定的関係を確立するため、今後とも粘り強く努力してまいります。日ソ間には、近時、種々の交流が再開されてきておりますが、私はこの流れを歓迎し、それを次第に広げ、実りある両国関係を開き進めるよう努力してまいりたいと考えます。ソ連側におきましても、平和国家として発展している我が国の実情を正しく認識し、両国間の友好を深めるよう期待するものであります。
今日、我が国の政治、経済、社会など各分野において山積している諸問題を解決し、来るべき二十一世紀に向けて、真に豊かな社会の基礎を固めるため、行政改革を初め、財政改革及び教育改革の三つの基本的な改革を、引き続き着実に推進してまいります。
政府は、行政改革を国政上の最重要課題の一つとして、臨時行政調査会及び臨時行政改革推進審議会の提言を踏まえながら、その推進を図ってきております。特に、さきの第百一回特別国会から今国会の冒頭にかけまして、医療保険制度の改革、専売公社及び電電公社の改革を初め、諸般の行政改革のための関連法律の成立を見ました。昨年来御審議いただいている国民年金等の改正法案につきましては、一日も早い成立をお願いいたしたいと思います。
さらに、今国会におきましては、共済年金の改革、地方公共団体に対する国の関与等の整理合理化などのための法律案を提出することとしております。また、国家公務員の定員につきましても、六千四百八十二人にも上る、これまでにない大幅な縮減を図ることとしたところであります。
私は、今後とも、国民の皆様の御理解と御支援のもとに、行政機構、特殊法人等の整理合理化、国家公務員の定員の合理化など、行政改革の一層の推進に努めてまいります。また、地方公共団体の行政改革につきましては、その指針となる地方行革大綱を策定したところであり、政府としても、国民の皆様の強い期待にこたえて、その積極的な促進を図ってまいります。
財政を改革し、その対応力の回復を図ることは、我が国の将来の安定と発展のため避けることのできない緊要な課題であります。このため、政府は、昭和六十五年度までの間に、特例公債依存体質からの脱却と公債依存度の引き下げに努めることとし、財政改革を推進してきているところであります。
昭和六十年度予算につきましても、手綱を緩めることなく、すべての分野にわたって施策の見直しに努め、思い切った補助金等の整理合理化など、さらに歳出の徹底した節減合理化に取り組むとともに、歳入面におきましても、税負担の公平化、適正化を推進する観点から、税制の見直しにできる限りの努力を払うほか、税外収入につきましても、可能な限りその確保を図ったところであります。
なお、地方財政につきましても、所要の措置を講じ、その円滑な運営を期することといたしております。
このような歳出歳入両面にわたる努力の結果、昭和六十年度予算におきましては、公債を前年度の当初発行予定額に比し、一兆円減額することとし、また、新たに発足する日本電信電話株式会社等の株式のうち、売却可能な分を国債整理基金特別会計に帰属させ、公債償還財源の充実に資することとするなど、極めて厳しい環境の中で、財政改革の重要な一歩を進めたものと考えております。
昭和六十年度予算を含め、この三年間にわたって、一般歳出の伸びがマイナスになるという、過去にはほとんど例を見ない厳しい措置が続けられております。この間、国民の皆様には、時としていろいろな面で御辛抱をお願いし、厳しい施策に協力していただいていることに、私は、深い感謝の念を覚えるものであります。
行財政改革を進めていく上での重要な課題として、米、健保、国鉄のいわゆる三Kが挙げられて久しくなりますが、米につきましては逆ざや解消への努力がかなり進み、健保財政もこれまでの健全化への努力がようやく実ってきております。今年は、日本国有鉄道再建監理委員会の意見を得て、いよいよ国鉄の抜本的改革に取り組むときであります。
こうした行財政改革の継続した努力により、国民の負担の増加を極力抑制し、政府規模の肥大化を防止するという、臨時行政調査会答申の基本方向に沿い得る展望が得られるものと考えております。また、その一方におきましては、公的規制の見直しや公社制度の改革等により、国民経済の基盤となる民間部門の活力の積極的展開が実現してきており、我が国経済社会が、二十一世紀に向けて構造的変革を遂げる基礎が固まりつつあると確信いたしております。
また、我が国の税制につきましては、社会経済情勢の変化により、種々の問題が指摘されるようになってきており、国民各層における広範な論議を踏まえながら、幅広い視野に立った税制全般にわたる改革を、これからの課題として検討する必要があると考えております。
教育の現状につきましては、青少年の非行、学歴の過度の重視、教育に関する多様化、弾力化、自由化の必要性などの問題が指摘されており、これらに対応した適切な改革を行うことが求められております。また、産業構造の変化、情報化社会、高齢化社会の急速な進展などに伴って、生涯を通ずる学習への要請が増大してきており、さらに、教育の国際化も重要な課題となっております。
このような教育に関する広範な課題に対して、臨時教育審議会を設置し、教育全般にわたる総合的な検討をお願いいたしているところであります。
教育改革は、我が国固有の伝統的文化を維持発展させるとともに、日本人としての自覚に立って国際社会に貢献する国民の育成を期し、正しい生活規範を身につけながら、高い理想と強健な体力、豊かな個性と創造力をはぐくむことを目標として行わるべきものと考えます。
教育改革の実現は、歴史の節目である今日における、大切な政治の使命であると信じます。私は、臨時教育審議会の答申を得てそれを最大限に尊重し、二十一世紀を担う、たくましく、心豊かな青少年の教育が実現するよう、果断な教育改革に全力で取り組んでまいります。
最近の我が国の経済情勢を見ますと、なおばらつきが残されているものの、全体として景気は拡大を続けております。私は、今後、物価の安定基調を維持しつつ、この景気回復を国内民間需要中心の持続的安定成長として定着させ、また、雇用の安定を確保することに、最善の努力を払ってまいります。
我が国経済社会の体質を常に活性化させ、適度の経済成長を達成していくためには、民間活力を最大限に活用することが必要であります。このため、公的規制について、公共性にも配慮しながら、民間部門の自由な活動領域を一層広げるようその抜本的な見直しを行い、また、関西国際空港株式会社の設立に見られるような新しい仕組みの導入を図り、さらに、社会資本整備の分野における国有地等の有効活用を引き続き推進するなど、民間活力誘導のための環境整備を促進してまいります。また、社会的サービス、緑の国土づくりなどの新たな分野におきましても、民間活力の積極的な活用が図られるよう努めてまいります。
我が国が、二十一世紀の新たな発展を目指して前進していくためには、創造的な科学技術を創出していくことが重要な課題であり、また、国際的な科学技術協力の一層の展開により、世界経済の活性化、さらには人類の発展に寄与することが求められております。今後、民間活力が最大限に発揮されるよう基盤を整備し、また、産学官の連携を図りながら、科学技術の振興に一段と力を尽くしてまいります。
本年三月十七日から、人間・居住・環境と科学技術をテーマとする国際科学技術博覧会が、筑波研究学園都市において開催されます。私は、この国家的事業をぜひとも成功させ、本年が、科学技術立国を目指す我が国の新たな飛躍の年となるよう、念願する次第であります。
我が国は、情報通信関連技術の著しい革新と普及により、高度情報社会の先駆けともいうべき段階に入ろうとしております。高度情報化は、産業の活性化と経済発展をもたらすだけでなく、知的、文化的でより豊かな国民生活及び個性的で魅力ある地域社会の実現と、相互理解に支えられた国際社会の進展に大きく寄与するものであります。このため、関連基礎技術の研究開発や安全性、信頼性対策の確立など、高度情報社会の円滑な実現のための基盤整備に積極的に取り組んでまいります。また、さきに電電公社の改革を基本として、電気通信事業分野における競争原理の導入が本格化するよう努力してまいります。
さらに、政府は、このような技術革新の急速な進展などの情勢変化の中で、雇用の確保に必要な条件整備を進めるとともに、引き続き、生産性の向上を中心とした農林水産業対策の推進、厳しい環境変化に積極的に対応し得る創意と活力ある中小企業の育成などにも、一層力を入れてまいります。
今日我が国は、いわゆる人生八十年時代を迎え、世界最高の長寿国の一つとなっております。長寿は古来人々の願いとするところであり、長寿国日本の実現は、大いに祝福されるべきことであります。こうした長い人生を充実した豊かなものとするためには、国民が生涯を通じて、生きがいのある生活を送ることができる社会システムを構築する必要があり、特に、生活を支える社会保障制度につきましては、先見性のある周到な配慮のもとに、先導的改革を行うことが強く求められております。
さきの国会で実現を見ました医療保険制度の改革は、その第一歩になるものであり、また、年金制度につきましては、現在御審議いただいている国民年金、厚生年金保険等の改革に加え、共済年金の改革を実施することにより、昭和七十年を目途として、公的年金制度全体の一元化を実現し、社会保障制度を、世代間の公平が確保され、また、将来にわたり安定した揺るぎない制度として、整備してまいる考えであります。このような社会保障制度の改革により、今次行政改革の大きな柱が実現するものと考えます。これらの制度改革を根幹として、定年の延長など、高齢者の能力や経験ができる限り社会に生かされる仕組みを工夫し、その積極的な社会参加を促進することが重要と考えます。また、寝たきり老人や障害者など、社会的、経済的に弱い立場にある人々に対して、温かい手を差し伸べてまいります。
すべての国民が、生涯を通じて健康な生活を送ることができるよう、心身の健康づくり等総合的な保健医療対策を推進してまいります。特に、我が国における死因の第一位を占め、国民の関心が極めて深いがんにつきましては、その制圧を図るため、引き続き対がん十カ年総合戦略に基づき、総合的、かつ、重点的な施策の推進を図ってまいります。また、難病対策にも特段の意を用いてまいります。
今、国民が求めているのは、心の豊かさであります。このため、私は、心の触れあう、礼節と愛情に富んだ地域社会の建設を目指し、着実な努力を重ねてまいります。生活の基盤であり、家庭の団らんの場である、住みよい、ゆとりのある住宅の供給に努めるなど、社会資本の整備を推進するとともに、地方公共団体と協力して、花と緑に囲まれた、安全で快適な生活環境づくりを進め、さらに、各地域が独自の創意工夫により、特色ある文化の花を咲かせた、魅力ある町づくり、村づくりを進められるよう努力してまいります。
本年は、国際婦人の十年の最終年に当たりますが、これまでの成果を踏まえて、婦人の地位向上のための施策を積極的に推進し、特に、いわゆる女子差別撤廃条約の批准に向けて最大限の努力をしてまいります。
また、国民生活の安全を確保するため、治安の確保、災害対策や交通安全対策の充実に努めてまいります。広く社会不安をもたらすような、悪質な犯罪に対しては、国民の皆様の御協力を得て、その防圧、検挙に全力を尽くします。
我が国は、戦後四十年間にわたる国民のたゆみない努力により、風雪に耐え、幾多の困難を克服して、今日の繁栄と国民生活の安定を築き上げました。これを顧みるとき、国民の皆様それぞれが、はるばるとたどってきた苦闘の歴史に、深い感慨を禁じ得ないものがあろうかと思います。
今日、高度成長のさなかに開かれた東京オリンピックの年に生まれた子供が、成人式を迎える時代に至っており、日本の国も、日本人の生活や意識も、あるいは国際的に見た日本の位置づけも、今や大きく変わってきております。
我々は、この大きな時代の流れを正確に把握し、国際社会の中に根をおろして、その尊敬と信頼を受け、活力に満ちた豊かな日本をつくり上げ、次の世代に引き継いでいかなければなりません。そのことは、我々の世代の使命であり、今や日本の各界各層が、二十一世紀に向けて軌道を敷設し、次の時代を担う世代に、明るく、力強い時代のたいまつを引き渡すことができるよう、全力を傾けるときであると信じます。
状況は厳しいものがありますが、我々は着実に前進してきております。行政改革の道もようやくその半ばに達し、財政改革もその緒につき得たと考えます。我が国経済はこの二年、第二次石油ショックの影響を脱して着実に活力を取り戻し、新しい発展の基盤を固めつつあります。国民が物の時代を越えて、心の時代へ前進しようとする熱意は、教育改革への強い期待となってあらわれております。国際社会に対する友好と連帯のきずなも、米国、近隣諸国を初め世界各国との間で、政治、経済及び文化の各面にわたって拡大強化され、日本の地位は、確実にそのすそ野を広げ、安定度を増してきております。
もちろんこうした変革の動きは、過去と断絶し、幻想を未来に追うものであってはなりません。今日の日本は、我々の祖先や先輩たちが営々と築き上げてきた成果の日本であり、また、これから生まれてくる我々の子孫たちのとっても大切な祖国日本であります。長い日本の歴史と伝統を踏まえ、その貴重な経験を生かし、未来に向かって独自の日本の文化をつくり上げていくことこそ、真の変革、真の国際化に通ずるものであると信じます。
二十一世紀は、もはや目前に迫ってきております。我々がとるべき道は、今たどりつつある道しかないと確信いたします。それがいかに苦難に満ちたものであっても、休むことなく、さらに、たくましく前進を続けようではありませんか。
重ねて国民の皆様の御理解と御協力をお願いする次第であります。