データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第104回(常会)
[演説者] 中曽根康弘内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1986/1/27
[参議院演説年月日] 1986/1/27
[全文]

 第百四回通常国会の再開に当たり、内外の情勢を展望して施政の方針を明らかにし、国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。

 私は、国政の重責を担って以来三年間にわたり、「戦後政治の総決算」を唱え、行財政改革を中心とする諸改革を推進し、世界に開かれ、世界とともに歩む国際国家日本を実現するため、全力を尽くしてまいりました。この間、国民の皆様の幅広い御理解と御支援を得てきたことに対し、深く感謝するものであります。

 「戦後政治の総決算」は、戦後四十年間の成果を積極的に評価し、同時に、これまでの基本的な制度や仕組みについて、新しい目で見直してそのひずみや欠陥を是正し、二十一世紀に備えようとするものであります。

 戦後の四十年間は、廃墟の中から立ち上がり、自由と平和、民主主義と基本的人権の尊重を基本的理念とする現行憲法のもとで、かつてない繁栄と発展を実現してきた時代であり、日本の歴史はもちろん、世界の歴史においても例のない、誇るべき時代であったと言えましょう。この間、我が国土には平和が続き、国民の生活水準は飛躍的に上昇するとともに、社会の流動性は高まり、貧富の格差は縮小して中流意識が広範化し、教育の普及は進み、中央、地方の格差は平準化し、そして自由と人権を基調とする市民社会の確固たる基盤が構築されたのであります。

 私は、この誇るべき成果を築いた先人の努力と国民の英知に心から敬意を表しつつ、それをさらに前進させたいと考えるものであります。同時に、新たに露呈してきているひずみや欠陥については、これを是正すべく諸般の改革を断行し、さらに、国際化や、情報化を初めとする技術革新を積極的に進め、長寿社会に対する対策を整え、来るべき二十一世紀に向けて、新たな飛躍と繁栄の軌道を設定したいと考えるものなのであります。

 行財政改革は、このような諸改革の中心となる、国の基本にかかわる重大な仕事であります。その完遂には、以前にも申し上げましたように、いわば三代の内閣、十年間にもわたる、精魂を込めた努力を続けることが必要であります。今や、行財政改革は胸突き八丁のときを迎えており、これまでの成果の上に立って、粘り強く全力を挙げて国鉄改革の断行などに取り組みます。またことしは、国民の期待にこたえて教育改革を実施に移し、シャウプ勧告以来の税制の抜本的改革に取り組んでいく決意であります。

 さらに、世界とともにある日本として真の国際国家を実現するためには、対外経済摩擦の克服は当面の喫緊の課題であり、これに着実に取り組んでまいります。私は、このような政策を進めるに際し、問題の所在を国民にわかりやすく説明し、国民の理解と協力を得て、国民とともに歩んでいくことを、さらに心がけてまいります。

 昨年創始百周年を迎えた内閣制度は、今新たな百年に向かって一歩を踏み出しました。戦前の政治のあり方を謙虚に反省し、戦後の発展を顧み、清潔な政治を目指すとともに、議会制民主主義の充実とその健全な発展を期するものであります。

 衆議院議員の定数是正は、議会制民主主義の根幹にかかわる問題であり、昨年の最高裁判所判決によって違憲とされた異例の状態を、一日も早く解消し国民の信託にこたえることは、立法府全体に課せられた責務であると考えられております。さきの国会における衆議院議長見解及び衆議院本会議の決議に基づき、今国会において定数是正が速やかに実現し、国会の責務を一日も早く果たすよう強く期待するものであります。このため、政府も最大限の努力をしてまいります。

 法秩序の尊厳を守り、これを確固として維持していくことは、民主政治の健全な発展を図るための基盤となるものであります。この観点から、極左暴力集団によるテロ・ゲリラ事件に関しては、政府は、その予防に万全を期し、さらに厳正に対処してまいります。

 以下、国政の各分野について、私の基本的考え方を申し述べます。

 今日の国際情勢には依然として厳しいものがあり、世界の平和と繁栄なくして我が国の平和と繁栄はあり得ないとの認識のもとに、我が国の地位にふさわしい役割を主体的に果たしていく所存であります。特に、対外経済摩擦を克服し、世界経済の発展に貢献することは、現下の緊急課題であり、全力でこれに取り組んでまいります。また、南の繁栄なくして北の繁栄なしとの信念のもとに、開発途上国の健全な発展に積極的に貢献してまいります。

 本年五月には、東京で第十二回目の主要国首脳会議が開催される予定でありますが、主要先進国の首脳が一堂に会し、現下の世界の諸問題を解決するための方途を探る機会として、極めて重要な意義を持っております。私は、この会議がアジアで開かれることの意義を十分踏まえ、これまでに築き上げてきた首脳間の相互理解、信頼関係を基礎に、世界経済の新たな発展と、平和の維持及び軍縮の促進に貢献し、さらには東西両文明の相互理解、相互協力を増進することにより、世界の平和と繁栄への明るい展望を示し得る実り多い会議とするため、万全の準備を進めてまいります。

 昨年十一月に開催された米ソ首脳会議において、両国の立場に大きな相違点を残しつつも、軍備管理交渉の促進が合意されるなど、世界の平和と軍縮に向け話し合いのスタートが切られたことは、真に有意義であったと考えます。我が国は、米ソ両国が今後も実りある対話を継続するよう、引き続き働きかけるとともに、自由民主主義諸国の結束を維持しつつ、米国の努力を支援していく考えであります。

 世界の平和を確実なものとするためには、核を含む力の均衡により今日の世界の平和と安全が維持されている現実を踏まえ、この均衡の水準を有効で確実な保障のもとに、可能な限り引き下げることが急務であります。私は特に、米ソ両国に対し、このかけがえのない地球を死の天体と化し得る核兵器を、適正な均衡と安定を維持しつつ大幅に削減し、ついに廃絶するよう求めるものであり、また、核拡散防止条約に加盟していない諸国に対しては、その参加を強く訴えるものであります。

 厳しい国際情勢の中で、我が国自身の存立を守るためには、総合的な安全保障政策を推進することを基本とし、そのもとにおいて、日米安全保障体制を堅持するとともに、自衛のために必要な限度において、国際情勢などを考慮しつつ、重点的、効率的な防衛力の整備を図ることが必要であります。政府は先般、「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準の達成を図ることを目標とする中期防衛力整備計画を策定し、さきの国会で御報告いたしましたが、今後、そのときどきの経済財政事情を勘案し、他の諸施策との調和を図りつつ、この計画の着実な実施に努めてまいります。その際、平和憲法のもとで専守防衛に徹し、非核三原則と文民統制を堅持し、近隣諸国に軍事的脅威を与えないことは、もとより当然であります。

 国際国家としての重要な責務の一つは、開発途上国への協力であります。開発途上国は、累積債務問題などの諸困難を抱えておりますが、我が国は、さきに設定した第三次中期目標の誠実な実施を通じ、政府開発援助の量及び質の拡充に最大限の努力をしてまいります。さらに本年は、国際平和年であり、我が国の国連加盟三十周年にも当たりますので、この機会に、国連外交をさらに強化すべく、決意を新たにする次第であります。

 次に、各国との関係について申し述べます。

 米国との同盟関係は、我が国外交の基軸であり、この一層の発展は、アジア・太平洋地域、さらには世界の平和と安定の重要な礎石となるものであります。政府は、貿易経済問題など、日米間の諸懸案の解決に最大限の努力を傾注し、相互の友好信頼の上に、両国関係の一層の発展を図ってまいります。

 我が国は、過去の歴史に謙虚に学び、アジア諸国との間で、円滑な経済関係を含め真の友好関係を築き、これら諸国の安定と発展に協力してまいります。

 韓国との関係は、昨年国交正常化二十周年を迎え、一層強固かつ成熟したものとなっておりますが、私は、南北間の対話がさらに進み、朝鮮半島における緊張が緩和するよう、全斗煥大統領の努力を評価し、支援するとともに、一九八八年のオリンピックが成功するよう協力してまいります。

 また、中国との間で、良好で安定した関係を維持発展させていくことは、我が国外交の一貫した主要な柱の一つであります。今後も、日中共同声明、日中平和友好条約及び「平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定」の四原則を踏まえ、また、胡燿邦中国共産党総書記の「四つの意見」を評価しつつ、貿易の拡大均衡を図ることを含め、日中関係をさらに発展させるべく努力してまいります。

 さらに、ASEAN諸国の開発努力に協力し、これら諸国との友好関係強化に引き続き努力していく考えであります。インドとの間では、ガンジー首相が初めて訪日され、政治、経済、科学技術などの広範な分野において、二十一世紀に向けた新たな協力関係を築く基礎を固めることができました。大洋州の諸国とは、近年緊密化している関係をさらに強化してまいります。また私は、さきにカナダを訪問し、マルルーニー首相との間で、世界のために貢献する新しい日加協力関係を築くことができました。

 自由と民主主義という基本的価値観を共有している西欧諸国との関係強化は、我が国外交の基本であります。このたび、ドロールEC委員長の訪日を得ましたが、私は今後とも、日欧関係の幅広い分野における緊密化を図るべく努力してまいります。

 ソ連との間では、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、真の相互理解に基づく安定的関係を確立するため、種々の対話の努力を進めてきております。今般、シェバルナゼ外相の訪日により、ほぼ八年ぶりに日ソ外相間定期協議が行われ、領土問題を含む平和条約交渉が再開されるとともに、私とゴルバチョフ書記長との間の相互訪問を含む政治対話の強化について合意を見たことは、今後の日ソ関係を進めるに当たって意義深いものがあります。我が国は、日ソ間の真に安定した関係を構築するため、今後とも粘り強く交渉と対話を続けてまいります。

 各国国民との間で、文化、スポーツ、芸術などの各分野における交流を充実させることは、相互理解を増進し、永い信頼関係を確立するために不可欠であります。昨年の国際青年年を契機に、二十一世紀を担う青少年の間に、社会参加や国際協力についての関心や活動が高まったことは、まことに喜ばしいことであります。私は今後も、青年交流の一層の推進を図るとともに、留学生交流の充実に努めてまいります。また、この一助として、外国青少年のホームステイに対する施策を充実させることとしております。さらに、人類生存の基盤である地球環境の保全についても、我が国は積極的に貢献していきたいと考えております。昨年は国際森林年でありましたが、その成果を踏まえ、地球森林資源の保全、涵養に引き続き努めてまいります。

 世界経済の現状を見ますと、欧州諸国を中心として雇用情勢は依然として厳しく、また大幅な経常収支の不均衡などから、欧米諸国における保護主義的な動きは根強いものがあります。これに対して我が国は、自由貿易体制の維持強化に向け率先して努力するとともに、調和ある対外経済関係の形成と世界経済の活性化への積極的貢献を行うことが必要となっております。このため政府は、引き続き市場の積極的な開放、輸入の促進など、市場アクセスの改善を推進するとともに、金融・市場資本の自由化及び円の国際化を、そのため環境を整備しつつ、促進してまいります。

 また、経済の拡大均衡を通じて対外経済摩擦の解消を目指すため、物価の安定を基礎としつつ、内需を中心とした景気の持続的な拡大を図ることが必要であります。政府は、円高傾向の定着と安定を前提とし、その国内経済への影響にも慎重な配慮を払いつつ、引き続き適切かつ機動的な経済運営に努めるとともに、民間活力が最大限に発揮されるよう、法制度を含めて環境の整備を進めてまいります。

 昭和六十一年度予算においては、このような観点から、財政投融資等の活用により一般公共事業費につき前年度以上の伸び率を確保したほか、住宅減税や設備投資促進のための税制上の措置を講じ、また、東京湾横断道路や明石海峡大橋の建設並びに技術革新、国際化の進展などに対応した公共的施設の整備などに、民間活力を導入するための措置を講ずることとしたところであります。

 一方、我が国経済は、技術革新などの新たな進展により、新しい成長の時代に入っております。この新たな動きを一層促進するため、基礎的、先端的分野の創造的技術開発を推進するとともに、高度情報社会への移行のための適切な環境整備を進め、また、経済発展の成果を適切に配分すべく労働時間の短縮などを推進し、消費の拡大、国民生活の向上を図ってまいります。さらに、先端的技術分野を初めとして国際協力を積極的に促進し、世界経済の活性化に貢献してまいります。

 また、我が国経済が国際経済と調和していくためには、我が国の経済構造にかかわる基本的な諸問題にも立ち入って検討することが必要であり、現在、このための研究を進めているところでありますが、私は、このような中長期的な視野を持って適切な改革を行いつつ、今後の政策運営に当たる考えであります。

 近年、自由主義諸国の間に、世界経済の運営を巡って政策協調の機運が高まりつつあることは歓迎すべきであり、我が国も、貿易、通貨、科学技術、途上国援助等に関し、この動きを一層進展させるため、積極的役割を果たすべきであると考えます。ガットでは、今年九月の新ラウンド交渉の開始に向けて準備が始められていますが、我が国としても新ラウンドの成功に全力を尽くす考えであります。また、国際通貨制度の改善を図るため、各国とも密接に協力してまいります。私は、東京での主要国首脳会議において、このような国際的協力の上に、全体としての政策的調整や調和のとれた国際経済システムの確立のため、努力を重ねる決意であります。

 さらに、円高を初めとする環境変化に中小企業が的確に対応し得るよう、きめ細かな中小企業対策を強力に推進することといたしております。また、厳しい環境変化の中で、バイオテクノロジー等の技術開発を進めるなどにより、生産性の向上を中心とした農林水産業対策にも一層努力してまいります。他方、情勢の変化に即応して、失業の防止、再就職の促進を図り、雇用の安定に努めてまいります。

 政府は、行政改革を国政上の最重要課題の一つとして位置づけ、臨時行政調査会、臨時行政改革推進審議会の提言を最大限に尊重しながら、計画的かつ着実ににその推進を図ってきております。さきの国会では、共済年金制度の改革、民間活動に係る規制の緩和など、関係法律の成立を見ました。また、昨年末、行政組織の再編合理化、国家公務員の定員四千五百二十八人の縮減、特殊法人等の整理合理化などを盛り込んだ、行政改革大綱を決定したところであります。

 行政改革の推進を図る上で、当面の最大かつ緊急の課題は、危機的状態にある国鉄の改革であります。もはや問題の解決を先送りすることは許されません。政府は、昨年十月に決定した基本的方針に基づき、昭和六十二年四月における国鉄の分割・民営化に向けて、今国会に関係法律案を提出することといたしております。これとともに、余剰人員対策の円滑な実施に万全を期し、また長期債務等の適切な処理を図りつつ、国鉄事業の再生を目指した改革の実現に全力で取り組んでまいります。

 また、内閣の総合調整機能の強化のための体制整備、科学技術振興のための産学官等の研究交流の促進、機関委任事務及び国、地方を通ずる許認可権限等の整理合理化などを進めることとし、所要の法律案を今国会に提出することといたしております。さらに、地方行革大綱に沿って、地方公共団体における行政改革が自主的、総合的に推進されるよう、政府としてもその積極的な促進を図ってまいります。

 政府はこれまで、財政改革の推進に全力を傾注してきたところでありますが、財政を取り巻く環境にはなお一段と厳しいものがあり、二十一世紀に向けて我が国経済社会の基盤を確固たるものとしていくためには、引き続き財政改革を強力に推進し、その対応力の回復を図ることが緊要の課題であります。

 昭和六十一年度予算においては、このような視点に立ち、まず歳出面において、既存の制度、施策の見直しや補助金等の整理合理化を推進するなど、すべての分野にわたり歳出の徹底した節減合理化に努め、一般歳出の伸びを四年連続で前年度以下としたところであります。他方歳入面においても、税制の抜本的見直しとの関連に留意しつつ、税負担の公平化、適正化などの見地から必要な見直しを行い、また、税外収入についても可能な限り収入の確保を図ったところであります。なお、地方財政についての所要の措置を講じ、その円滑な運営を期することといたしております。このような歳出、歳入両面にわたる努力の結果、昭和六十一年度予算においては、公債を前年度当初発行予定額に比し、七千三百四十億円減額することといたしました。

 税制については、最近における社会経済情勢の著しい変化から生じたさまざまなゆがみ、ひずみ、税に対する重圧感等の問題を解決すべく、税制全般にわたる抜本的見直しのための検討を精力的に進めてきております。税制調査会においては、まず、重税感の軽減や、ひずみの是正等の適正化に沿うものから取りまとめをお願いし、次に、財源措置等を含め一体としての指針を、本年秋ごろまでにいただきたいと考えております。税制改革は、喫緊の国民的課題であります。政府は、国民の意見、要望を広く承り、国民の理解を得ながら、その推進にかたい決意で取り組んでまいります。

 教育改革は、二十一世紀に向けて、我が国が創造的で活力ある社会を築いていくために、個人の尊厳を重んじ、我が国の伝統文化を継承し、日本人としての自覚に立って国際社会に貢献し得る国民の育成を図ることを目標とするものであります。政府は、臨時教育審議会の第一次答申に示された具体的改革提言については、既に大学入学資格の拡大を図るとともに、大学入試制度の改革の推進を初めとして、その具体化のための施策を進めてきております。臨時教育審議会は、本年春を目途に第二次答申を行うこととしており、政府は、この答申を受けて、教育改革の実現のため全力で取り組んでまいります。子供たちが心身ともに健やかに成長することは、子を持つ親の切実な願いであります。いじめや非行の問題に対しては、まず学校において適切な対応がなされることが何より重要であり、また、学校、家庭、地域社会が連携してこの問題に取り組むよう、施策を充実させてまいります。

 私は、国民が生きがいを持って日々の生活を送ることができるよう、心の触れ合う、豊かで美しい地域社会、誇りと愛着の持てる郷土の建設に力を尽くしてまいります。生活の基盤であり、家族の団らんの場である住宅については、地価の安定を図りつつその建設を促進し、また、身近な生活環境施設などの社会資本の整備、緑化の推進などにより、快適で潤いのある生活環境の実現を図ってまいります。さらに、地方の芸術、文化、スポーツの振興に意を用い、地域経済の活性化を図ることにより、個性豊かな、魅力ある地域社会づくりを進めてまいります。また、本年秋には、二十一世紀に向けた豊かな国土づくりの指針を明らかにすべく、第四次全国総合開発計画を策定することとしております。

 今日我が国は、古来の夢である長寿を実現し、人生八十年の時代を迎えており、国民の一人一人がこの長い人生を安心と生きがいを持って過ごすことのできる、社会全体のシステムをつくり上げることが必要となっております。社会保障については、制度を効率的なものにすると同時に、給付と負担の両面において公平を確保することが求められております。さきの国会で成立をみた共済年金制度の改革により、公的年金制度全般にわたる改革が図られましたが、政府は今後も、さらに必要な制度間の調整を進め、制度の長期的安定と整合性ある発展に努めてまいります。

 また、すべての国民が生涯を通じて健康な生活を送ることができるよう、総合的できめ細かな保健医療対策を推進してまいります。特に、死因の第一位を占めるがんについては、その制圧を図ることが人類共通の夢であり、私は、対がん十カ年総合戦略に基づき、総合的かつ重点的な施策の推進を図ります。また、長寿社会にふさわしい高齢者の保健医療制度を確立するため、老人保健制度について所要の改革を行うための法律案を今国会に提出することとしており、さらに、難病の克服などにも万全の努力を払ってまいります。一方、寝たきり老人や障害者のように、社会的、経済的に弱い立場にある人々に対しても、きめ細かい配慮を行ってまいります。さらに、高齢者の雇用については、六十歳定年を基盤として、雇用、就業の場の確保に関する法的整備を図ることといたしております。

 政府は、人口の急速な高齢化に対応するため、本年半ばを目途として包括的な長寿社会対策大綱を策定し、年金、医療、雇用等に係る施策に加え、教育、住宅、生活環境等に係る施策をも総合的に推進する考えであります。

 婦人の地位向上を図ることも重視しなければなりません。政府は、国連婦人の十年の成果の上に、昨年七月に開催されたナイロビでの世界会議の決定事項を踏まえ、各分野にわたる施策を引き続き推進してまいります。

 国民生活の安定を確保することは国の基本的責務であり、治安の確保、災害対策や交通安全対策の充実に努めてまいります。特に、市民生活と公共の安全を脅かす悪質なテロ・ゲリラ事件は、平和と民主主義に対する重大な挑戦であり、政府は、国民の協力を得て、このような集団暴力を排除するための諸施策を推進し、国民が安心して日常生活を送ることができるよう努力してまいります。

 戦後四十年の歴史が経過し、世界全体の政治的、経済的、社会的枠組みに、ようやく大きな変化の兆しがあらわれてきております。我が国もまた、好むと好まざるとにかかわらず、そのような変化の渦中にあり、今後の新しい枠組み形成の一つの支柱となることが期待されております。

 我々が、これまでのたゆみない努力により築き上げてきた高い生活水準の社会は、今、一段の脱皮と飛躍を迫られております。すなわち、真の豊かさを求める国民の期待にこたえて、フローの豊かさからストックの充実へ、物の時代を越えて心の時代へと前進し、また、社会、経済等の各分野にわたり真の国際化を実現することが必要となっております。行政の肥大化を防ぎ、民間の自由な創意を発揮させようとする行政改革も、次代を担う青少年の健全な成長を願う教育改革も、きわまるところ、国際社会において名誉ある地位を占めようとする、真の国際国家日本を実現するための一つの重要な礎石であると考えるものであります。

 国際間の緊張を最大限に緩和し、核兵器を廃絶して、真の恒久平和を実現し、人類社会の繁栄を享受するためには、各国、各民族が独善と偏見を排し、善意と協調のもとに相互に尊重し合い、人類文明を分かち合う共存意識を基本とした、新しい地球倫理を生み出すことが必要となっております。我々は、この面でも世界に貢献し得るものを持っていると確信するものであります。

 この数世紀の間、科学技術の発展に支えられたヨーロッパ文明は、極めて強い活力を保持して、世界のすべての地域に圧倒的にその影響を及ぼしてきました。しかし、今世紀も深まるにつれて、世界の人々は、人類がその何千年の歴史において世界の各地域でつくり上げてきた思想と倫理と社会体制は、それぞれが人間の英知と尊厳性の刻まれたものであり、独自の価値を持つことを知るようになったのであります。さらに重要なことは、核戦争の脅威や、遺伝子操作が提起する人間の尊厳にもかかわる問題のように、科学技術の発達のみでは、必ずしも人間の幸福を保障し得ないことがはっきりしてきたことであります。

 こうしたことは、我々が今後考えるべき二つのことを暗示しています。第一は、科学技術が人類文化を覆い尽くすのではなくて、科学技術を人類文化の一部分として適正に位置づける必要性であります。第二は、科学技術以外の人間の精神文明について、科学技術がその同価値性を認め合ったように、相互間における理解を深め、共通の価値評価の基礎を広げることであります。釈迦は、既に二千五百年ほど前、「天上天下唯我独尊」と喝破し、また仏教思想においては、「山川草木悉皆成仏」ということが言われております。これが東洋哲学の真髄であります。

 我々日本人は、大自然は人間のふるさとであり、人間はこれとの調和の中で、動物、植物、生きとし生けるものすべてと共存しつつ生きていると考えてきました。調和と共棲、すなわち共存の哲学こそ、日本民族が長い歴史の中で育ててきた生き方の基本であると思います。私は、世界が直面している精神と物質の乖離の断崖に立って、我々が祖先から引き継いでいるこのような思想を、さきの国連創設四十周年記念総会において強く主張してきたのであります。それが人類の平和と各民族共存の基礎原理であり、国連精神の原点に通ずると信ずるからであります。

 我が国はこれまで、外国の文化を吸収し消化するという、文化の「受信」に熱心な余り、文化の「発信」のための努力が不十分であったことを謙虚に反省しなければなりません。そして日本の文化を世界に伝え、日本をよりよく知ってもらうことに思い切って力を入れる必要があると思います。そのためには、今日こそ、日本がみずからの文化について客観的、科学的に研究し、みずからがみずからを知る努力をしていかなければならないのであります。

 東京における主要国首脳会議は、日本の姿を世界じゅうの人々に伝え、その正しい理解を得るまたとない機会と考えます。また、この会議は、太平洋、大西洋を取り巻く主要先進国の首脳が一堂に会するものであり、私は、この会議をぜひとも成功させ、両洋協力時代の幕あけにすると同時に、二十一世紀にかけて、東西両文明の融合による新しい人類文明創造の希望をもたらす、第一歩にしたいと念願するものであります。

 動乱と変化の二十世紀もようやく終わりに近づこうとしています。この歴史の大きな転換期に立って、私は、生起する国政の諸課題を一つ一つ着実に解決し、平和な緑の地球の上に、世界とともに歩む、豊かな、黒潮のたぎるような活力に満ちた日本を建設すべく、国民の皆様とともに、一日一日、誠意と勇気をもって時の糸車を回し、二十一世紀に向けて希望の歴史の糸を紡いでいきたいと念願するものであります。

 重ねて、国民の皆様の御理解と御協力をお願いする次第であります。