[内閣名] 第73代第3次中曽根(昭和61.7.22〜62.11.6)
[国会回次] 第108回(常会)
[演説者] 中曽根康弘内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1987/1/26
[参議院演説年月日] 1987/1/26
[全文]
第百八回通常国会の再開に当たり、内外の情勢を展望して施政の方針を明らかにし、国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。
まず、昨年十一月末の三原山の噴火により、一時離島を余儀なくされた伊豆大島の方々に対し、心からお見舞いを申し上げます。幸い、噴火活動も小康を得、島民の皆様はお正月を大島で迎えることができました。私たちにとって、我が家で家族と団らんすることくらい大きな喜びはありません。いわんやお正月においておやであります。今後とも大島島民の皆様の幸せの日々を全国民とともにお祈りをし、そのために全力を尽くす決意であります。
本年は、日本国憲法が施行されてから四十年目に当たっており、憲法の基本理念である民主主義は、今や、国民の最もとうとい共有の財産となっております。私は、民主主義のすぐれた点は、人道主義の理想のもとに、独善を排し、衆議を求め、常にみずからを反省し改革を行って時代の要請にこたえていく、柔軟性と力強い対応力にあると考えます。
このような考えに基づき、私は、内閣総理大臣就任以来、政治の見直しと新しい政治の建設のために「戦後政治の総決算」を唱え、また、世界の潮流に沿った国際国家日本の建設を訴えてまいりました。
幸い、国民の皆様の御協力により、行財政改革、国鉄、社会保障、教育等の分野における諸改革や、国際協調型経済構造への転換、国際国家への前進等は速度は遅くとも一歩一歩実現を見てきていると信じます。
しかしながら、昭和六十二年の年頭に当たって痛感いたしますことは、我が国の立憲政治、すなわち民主政治、政党政治確立のこれまでの歩みの中で、戦後の約四十年間が、行政の簡素化や民主化、地方自治の充実、立法府と行政府相互間の適正な牽制と協力、政党の民意吸収と機能の充実などの民主政治の大本、議会政治の大道に実態的にいかほどの進歩をもたらしたかという反省であります。
特に近年、我が国民主政治充実への努力という面において、戦争直後の燃えるような情熱が減衰し、形式主義やマンネリズム、漫然たる前例の踏襲が繰り返され、日に日に新たな熱情を込めて民主政治の改革と議会政治の新たな前進に挑戦する意欲が欠けてはいないかという憂慮を持つものであります。
ローマは一日にして成らずと言いますが、我が国の民主政治の発展のため、さらに忍耐と寛容、識見と勇気を旨として、その大本と大道を国民の皆様とともに切り拓く努力を続けることを決意するものであります。
今国会においては、税制の抜本的改革案等諸法案について御審議を願うことになっておりますが、日本国憲法施行四十年の記念すべき年に当たり、戦後民主政治の全般について検討と建設的討議を行い、行政の責任を追うべき政府の分野についても貴重な御示唆を賜れば幸いとするものであります。
これと密接に関連する衆議院の議員定数の抜本的是正の問題については、国会決議によって示された方針に基づく各党間の御論議を踏まえながら、政府としても最大限の努力をしてまいります。
さらに、政治倫理の向上につきましては、国民からいやしくも疑念を持たれることのないよう、清潔な政治と規律ある行政の確立に引き続き努力してまいります。
以上の考え方を踏まえ、国政の各分野について、私の基本的考え方を申し述べます。
今日の国際情勢は、東西関係、特に米ソを中心とする軍備管理・軍縮交渉の見通し等に必ずしも楽観を許さないものがあること、地域的な紛争や対立状態が依然として存在していることなど、基本的には厳しいものがあります。他方、このような状況のもとで、我が国の国際社会における地位の向上と影響力の増大に伴い、我が国が果たすべき責任も著しく高まっており、また、我が国に対する期待も急速に強まっております。
このような観点に立って、私は、内閣総理大臣に就任以来、世界各国の首脳と世界の平和と繁栄を確保するため積極的に話し合いを進め、東西関係の打開や南北問題の解決などに微力を尽くしてまいりました。
先般も、東西関係の接点にあるフィンランド、ドイツ民主共和国、ユーゴースラビア及びポーランドを訪問し、これら諸国との相互理解及び友好関係の増進を図るとともに、緊張の緩和と東西の政治対話の進展に向け、お互いに努力することにつき各国首脳と意見の一致を見てまいりました。
もとより、我が国外交の基本は、世界の平和と繁栄のため、国連憲章を守り、価値観を共有する自由世界の連帯と団結を進め、アジア・太平洋の一員として地域の発展に貢献し、自由貿易を推進しつつ、開発途上国の経済と福祉の増進に積極的に協力することにあります。
開発途上国に対しては、政府は、引き続き第三次中期目標のもとで、政府開発援助の着実な拡充と公正で効果的な推進を図るとともに、貿易、投資等を通ずる協力を促進し、累積債務国の努力に対応して、これらの国への資金の環流を進めてまいります。また、特に、国際機関を通じた資金協力にも最大限の努力を払っているところであります。
一方、厳しい国際情勢の中で我が国の平和と安全を確保するため、日米安全保障体制を堅持するとともに、自衛のため必要な限度において、節度ある質の高い防衛力の整備を図っていかなければなりません。このため、政府としては、そのときどきの経済財政事情等を勘案し、他の諸施策との調和を図りつつ中期防衛力整備計画の着実な実施に努めているところであります。もとより、平和憲法のもと、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、文民統制を堅持しつつ、専守防衛と非核三原則とを遵守するとの方針にいささかの揺るぎもありません。
防衛費については、昭和五十一年の閣議決定「当面の防衛力整備について」にかえて新たな閣議決定を行い、中期防衛力整備計画の期間中は、その所要経費を固定し、その枠内で各年度の防衛費を定め、その後におけるあり方については、改めて国際情勢および経済財政事情等を勘案し、前述の方針のもとで定めることとし、同時に昭和五十一年の閣議決定の節度ある防衛力の整備を行うという精神は、これを引き続き尊重することといたしました。
政府は、この閣議決定に基づき、防衛費の取り扱いに関しては、従来どおり慎重を期する所存でおります。
米国との関係は我が国外交の基軸であり、両国関係の一層の発展は世界の平和と安定の重要な礎石となるものであります。政府は、日米間の諸懸案の解決に最大限の努力を傾注し、友好信頼関係の一層の発展に努力してまいります。
自由民主主義諸国の結束が求められている今日、米国と並ぶ重要な柱である西欧諸国とは、経済関係のみならず、政治、文化等広範な分野における協力関係を一層強化していきたいと考えます。
ソ連との間では、北方領土問題を解決して平和条約を締結することにより、真の相互理解に基づく安定的な関係を確立することが従来からの一貫した基本方針であり、政府は、引き続き、この方針にのっとり、日ソ関係を打開し、善隣友好関係を確立するために努力する所存でおります。
アジア諸国との関係につきましては、今後とも過去の歴史に謙虚に学び、一層の友好協力関係の強化に努め、その安定と発展のために積極的に協力してまいります。
韓国とは、現在の良好かつ安定した関係をさらに発展させるとともに、朝鮮半島における緊張が緩和するよう、南北対話を支持し、さらには、来年のオリンピックの成功などに向けてできる限りの協力を行ってまいります。
中国との間で、良好かつ安定した関係を維持発展させることは、我が国外交の主要な柱の一つであり、政府は、引き続き、日中共同声明、日中平和友好条約及び平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定の四原則を踏まえ、友好関係の一層の強化を図ります。
ASEAN諸国に対しては、その有する豊かな可能性をそれぞれの国の発展に結びつけていくことができるよう、可能な限り協力していきます。
近年重要性が増してきている大洋州諸国及びカナダとの友好関係もさらに発展させてまいります。
また、国際連合を通ずる国際協力を一層推進していくとともに、本年から二年間、国連安全保障理事会の非常任理事国として、世界の平和と安全の維持のため重要な責務を果たしてまいります。
私は、行財政改革を初めとする諸般の改革を、国政上の最重要課題の一つとして位置づけ、全力を挙げてこれに取り組み、着実にその実現を図ってまいりました。
戦後四十年を経て、税制を取り巻く我が国の経済社会情勢は、大きく変化してきております。このような変化に伴い、三十七年前にシャウプ勧告に基づきつくられた直接税を中心とする我が国の現行税制には、ゆがみ、ひずみ、税に対する重圧感等さまざまな問題が生じており、国民の皆様の不満や改善に対する強い要望は、もはや放置することを許されない状況にあると痛感いたします。
このため、政府は、重税感が指摘されていた中堅サラリーマンの負担の軽減を中心とする個人所得課税および法人課税の軽減合理化と見直し、間接税制度の改革及び非課税貯蓄制度の再検討を大きな柱とする抜本的な税制改正案を今国会に提出することとしております。
今回の税制改革は、国際的潮流とも調和したものであり、この改革によって、我が国の経済活動や国民生活が従来の制約を破り、新たな活力を獲得し、二十一世紀に向け、広大な新天地において自由に発展の道を歩むことを念願するものであります。
政府は、全力を挙げて関連法案の速やかな成立を期するものであります。
また、我が国の経済の発展と国民生活の安定、向上を図っていくためには、引き続き財政を改革し、その対応力を回復しなければなりません。
このため、昭和六十二年度予算においても、経費の徹底した節減合理化に努めたほか、可能な限り税外収入の確保を図ったところであります。公債依存度は、実績において昭和五十七年度の二九・七%から、昭和六十年度には二三・二%に低下し、また、昭和六十二年度予算においては、特例公債発行下初めて二〇%を下回ることができ、財政改革は一歩一歩その歩を進めてきております。
また、地方財政については、所要の措置を講じ、その円滑な運営を期することといたしております。
教育改革は、二十一世紀に向けて我が国が創造的で活力ある社会を築いていくために、ぜひとも推進していかなければならない重要な課題であります。
政府は、臨時教育審議会の二度にわたる答申を受けて、大学入試の改革、教育の内容の改善、教員の資質の向上、高等教育の個性化、多様化、国際化、学術研究の振興などに向けて、鋭意努力しているところであります。
また、昨年、東京サミットで私が提唱したハイレベル教育専門家会議が今月十九日から京都で開催され、各国が当面する教育の諸問題とその改革、教育分野における国際協力等について熱心な討議が行われ、その結果は、ベネチア・サミットに報告されることになりました。
いじめの問題については、まず学校において適切に対応していくことが何より重要であり、家庭、地域社会がこれと一体となって取り組むよう施策を推進しているところであります。また、青少年の健全な育成のため、野外活動やボランティア活動等社会参加活動を促進してまいります。
行政改革における最大の懸案であった国鉄改革は、さきの国会で関連法案が成立し、これによって国鉄事業を二十一世紀に向けて未来ある鉄道事業として再生させるための軌道を敷くことができました。政府としては、現在、本年四月一日からの新経営形態への移行を円滑に実施するため、諸準備を進めてきているところであり、また、国鉄職員の雇用対策を国鉄改革実施に当たっての最重要課題の一つと認識し、全力で対応しているところであります。
行政組織の簡略化、国家公務員の定員縮減、特殊法人等の整理合理化、地方行革の推進などについては、昨年末に、昭和六十二年度に実施する予定の行政改革方針を取りまとめたところであり、この方針の着実な具体化を推進してまいります。
また、政府は、さきの国会において設置が決定された新たな臨時行政改革推進審議会が十分成果を上げ得るよう、その発足に向けて諸般の準備を進めてまいります。
さらに、地方公共団体の自主性、自律性の強化を図るとともに、地方行革大綱に沿って地方公共団体の行政改革が自主的、総合的に推進されるよう、その積極的な促進を図ってまいります。
世界経済は、緩やかながらも息の長い景気拡大を続けておりますが、米国の財政赤字、主要国における対外不均衡、これらを背景とする保護主義的な動き、さらには、開発途上国における累積債務問題など多くの問題を抱えております。一方、我が国経済は、全体として景気に底がたさはあるものの、産業により格差が生じており、雇用問題を重視しなければならない状況に立ち至りつつあります。
他方、我々は、臨時行政調査会の答申を最大限に尊重して、むだのない効率的政府を目指す厳しい財政改革の途上にあります。昭和六十二年度末の国債残高が百五十二兆円に達しようとしている状況において最も心しなければならないことは、子孫たちに過大な負担を残さないよう現在の我々が汗を流すことであります。しかしながら、このような中にあっても、我が国としては、円高の進展に対し、各般の施策の連携のもと、引き続き適切に対応していくとともに、雇用の安定や地域経済の活性化を図り、調和ある対外関係の実現、さらには、世界経済活性化へ積極的貢献を行っていくため、内需を拡大し景気を活気づけるべく、予算の肥大化を避けつつ最大限の努力を傾注しなければなりません。
このため、昭和六十二年度予算においては、財政投融資等の活用により、一般公共事業につき昨年よりさらに事業規模の拡大に努めたところであり、また、都市開発、リゾートゾーンの整備等の施策を強化するなど、引き続き民間活力が最大限に発揮されるよう環境の整備を行います。
また、為替レートについては、今後とも、経済の基礎的条件を適正に反映した為替相場の安定を実現するため各国と幅広い話し合いを続けるなど努力いたします。
円高差益の還元については、電力、ガスに関し、総額約二兆円の家庭及び企業に対する還元措置が一月から新たに実施されました。また、今後とも、輸入品等について円高差益の還元の促進と監視に努めてまいります。
特に、最近の厳しい雇用情勢に対応するため格別の対策を講ずることとし、昨年十二月には政府・与党雇用対策推進本部を設置し、雇用機会の増大と雇用の安定に政府与党一体となって取り組んでいるところであり、産業構造の転換等に対応した緊急対策として、約一千億円の予算により三十万人雇用開発プログラムを実施いたします。
また、地域雇用対策の充実、不況地域の経済の活性化等による雇用機会の創出、産業構造の転換の円滑化等を図るための特別立法の準備等を進めるとともに、円高等の厳しい環境に直面している中小企業については、下請企業の構造調整への支援を初めとする構造転換対策等を強力に実施いたします。
さらに、国際社会へ積極的に貢献するとの観点からも創造的技術開発を総合的に推進するとともに、高度情報化社会に向けて基礎整備を進めます。
政府は、昨年五月に策定した経済構造調整推進要綱に基づき、市場アクセスの改善と製品輸入の促進等を図るとともに、国際的に調和のとれた産業構造への転換のための諸施策を着実に推進いたします。
特に、農業政策については、内外価格差の是正、生産性の一層の向上等に国民各層から強い関心が寄せられているところであり、政府としては、二十一世紀へ向けての農政の基本方向に関する先般の農政審議会の報告を尊重し、農業者、農業団体と協力し、国内の供給力の確保を図りつつ、構造改善を進め、国民が納得し得る価格で農産物が供給されるよう逐次政策の適切な運営、改革に努めてまいります。
また、長期的な雇用機会の確保と国際社会における先進国の労働時間との水準調整のため、法定労働時間の改正等を進めてまいります。
また、ガットのウルグアイ・ラウンドの提唱国として、自由貿易体制の維持強化を図ります。
我が国の戦後の目覚ましい発展は、今や、長寿社会の実現という大きな成果として実を結んでまいりました。国民すべてが長い一生を安心して生きがいを持って暮らすことができるよう、豊かで、活力ある経済社会システムへの転換を進め、急速に迫りくる本格的な長寿社会に的確に軟着陸していかなければなりません。政府は、この観点から、昨年六月策定した、長寿社会対策大綱に基づき、総合的な政策の実施を進め、国民の皆様の協力を得て、世界の模範となる質の高い長寿社会の実現を期してまいります。
人生の幸せの基は健康と生きがいにあります。すべての国民が、生涯を通じて健康な生活を送ることができるよう、きめ細かな保険医療対策を推進いたします。特に死因の第一位であるがんの制圧については、対がん十カ年総合戦略に沿って政府は懸命の努力を払い、その成果も上がってきておりますが、引き続き、その推進に取り組んでまいります。エイズ対策、難病の克服に努め、また、覚せい剤等の乱用防止にも努力いたします。
生きがいを確保する重要な基礎である社会保障については、長期的に公平で安定した制度を目指し、医療、年金制度等の諸制度について累次の改革を行い、またさきの国会で老人保健制度の改革を見たところであります。今後とも、医療保健、年金について一元化の検討を進めるなど、長寿社会にふさわしい制度の確立に努めてまいります。
また、高齢者の社会参加の促進、痴呆性老人対策、寝たきり老人対策の充実を図るとともに、本年は、国連障害者の十年中間年に当たっており、障害者対策の一層の強化に努めます。
婦人の地位向上のため、さきに制定した法律に基づき雇用の分野における男女の機会均等の確保を図るほか、社会の各分野にわたるきめの細かい施策をさらに積極的に推進してまいります。
本年は、国際居住年に当たっており、この分野での国際協力を進めるとともに、住宅建設の促進、良質な宅地の計画的供給等我が国の住宅問題の改善にも積極的に取り組んでまいります。
東京等一部地域における地価高騰の問題に対しては、投機的土地取引の抑制、土地の需給バランスの改善のための施策を講ずるほか、昨年十二月に設置した地価対策関係閣僚会議を機動的に運営する等地価対策を総合的かつ強力に実施いたします。
さらに、国民生活の安全を確保するため、災害対策のほか、治安の確保、交通安全対策の充実にも努めてまいります。特に、広く国民に不安を与えるテロ・ゲリラ事件等については、国民の皆様の御協力を得て、その防圧に努めてまいります。
豊かな社会を建設していくためには、国民一人一人が愛着を持って暮らすことのできる国土づくり、水と緑に恵まれた豊かな自然や歴史と文化の香りあふれる生活環境づくりを進める必要があります。このため、大都市圏、地方圏を通じ、各地域がそれぞれの特性を生かし、国土の均衡ある発展を図るとの観点から、多極分散型の国土の形成を目指す第四次全国総合開発計画を策定し、二十一世紀に向けた国土づくりの指針を明らかにする所存でおります。
さらに、日本の伝統的芸術の振興、新しい芸術文化の創造、スポーツの奨励等、青少年を初め広く国民が健康で心豊かな生活を享受することができるよう施策を充実してまいります。
第二次世界大戦後、平和と自由な経済体制を背景に、国際間の相互交流は飛躍的に拡大し、また、各国の内部にもさまざまな変化が起きつつあります。
私は、二十一世紀に向けて、真の国際国家日本を建設して、世界の平和と繁栄に積極的に貢献していくために、我々が基本的に銘記しておかなければならない重要な二つのことがあると思います。
第一は、世界において多様な生活信条や異なる文化が存在することを認識し、それらを理解し受け入れる寛容さと、さらに積極的に相互協力を進める熱意がなければならないということであります。
その基本的立場に立って、我々日本人が新しい世界文明の創造に意欲的に参加し、貢献していかなければなりません。そのためには、まず、我々が我が国の長い歴史の中ではぐくんできた文化的特質や伝統をもう一度掘り下げて分析し、学問的批判に十分たえ得る科学的研究成果を体系化し、積極的にそれを世界に向けて正しく説明していくことが必要であります。このような観点から、国際日本文化研究センターを設立することとしております。
世界の人々が、現代の日本について特に注目している点は、その古い文化的伝統と近代科学の両立であります。例えば、関西地方を訪れる外国人は、奈良や京都にある法隆寺や桂離宮のような古い文化的遺産の近くに、世界の最先端を行くエレクトロニクスの研究所やファインセラミックの製造工場を発見し、目をみはるのであります。
我が国においては、近代科学が伝統を押しつぶしてしまうことなく、我が国固有のきめの細かい繊細な感性がIC製造技術や通信ソフトウェア開発技術の有力な基礎となり、その特性を発揮しているのであります。また、生産組織や社会の運用についても、思いやりと合意を中心にする日本人の生き方は、そこに近代科学を取り入れて、均衡と調和力と発展性に満ちた平和な社会や生産効率の高い産業をつくり出しているのであります。
私が、かねて主張しておりますように、科学技術は文化のすべてを覆い尽くすものでなく、文化の一部としてこれを人間が適正に位置づけることが重要であります。
我々は、このように固有の民族的特徴及び古い文化的伝統と近代科学を巧みに、そして、相互に補完結合させ、それぞれの特色を発揮させ合う日本人の生き方の独自性を誇るべき特色として子々孫々にわたって維持し、発展させるべきであります。
もちろん、独善偏狭な民族主義、国家主義は避けなければなりません。高度情報化時代になって地球はさらに狭くなり、一つの世界が着実に実現しつつあるのであります。
今や、世界の発展なくして日本の発展はないこと、我々は日本人であると同時に地球村の住民であること、そして、我々の終極的目標は、世界の新しい文明の創造に参画することであることを常に肝に銘じなければならない時代なのであります。
第二は、国際国家日本として、世界の平和と軍縮、東西・南北間の融和と協力に努力しなければならないということであります。特に、核兵器の存在のもとに苦悩している現代世界において、人類共通の最高にして最重要の現実的課題の一つは、世界平和の確保と核兵器の終局的廃絶であります。
我が国は、貿易によって初めて生存していける国家であり、また、貿易にとって必要不可欠の条件は平和であります。平和の確保は、人道的にも経済的にも我が国にとって決定的に重要なことであります。
私は、今や、戦争の最大抑止力は、長い目でみて人権尊重と国の内外における自由な情報交流であると信じます。もし、今日のように、衛星通信によってテレビの即時中継があったなら、第二次世界大戦は起きなかったでありましょう。
私は、先般、ヨーロッパ四か国を歴訪してまいりましたが、人と人との心の間には、いわゆる鉄のカーテンを感ずることはほとんどありませんでした。国境を越えて交流しているテレビやラジオ放送は、人間の意識の中においてカーテンや壁を消滅させているのであります。
このような見地から、我々は、平和確保のために、人権尊重の保障と情報の自由交流を国際的に強化し拡充することを強く推進してまいりたいと思います。
また、当面の国際問題打開のために最も重要なことは、国際間における対話と協調の継続であり、東西・南北問題もこの考え方により可及的速やかに解決を促進すべきであります。
米ソ両国の首脳は、レイキャビク会談のいわゆる潜在的合意を、今度こそ真に成果あるものとすべく早期に再び取り上げ、米ソ首脳会談を再開されんことを強く要望するものであり、我が国もこのために側面的に協力する決意であります。
また、南北問題解決のための努力の一環として、国連貿易開発会議、ガットのウルグアイ・ラウンド等においても開発途上国の主張に耳を傾け、相互協調によって問題解決に努力していく所存でおります。
今、我が国は、コンピューター、マイクロエレクトロニクス等の新しい技術を基礎とするいまだ全貌のわからない高度情報化社会の入口に立っております。我が国は、これまで欧米諸国の後を追う形で発展を遂げ、この面で世界の最先端に位置する国の一つにまでなりました。今や、みずから風を正面に受け、波濤を越えて、新しい地平線を開拓していかなければならないのであります。
また、日本の歴史上、いや世界の歴史でも初めての本格的長寿社会が目前に迫っており、我々は、旧来の人生五十年から人生八十年へ社会の仕組みの設計変更を行いつつ、対応しているところであります。
我々は二十一世紀を目前にし、国際社会において日本が名誉ある地位を占めるため、そして、子供たちに国の負債をできるだけ残さず、世代間の公平を確保し、長期的に、安定し充実した生活や社会の仕組みを確立して引き渡していくために、今、苦難に満ちた改革を行っております。国鉄の大改革も、緊縮と節約の財政も、医療や年金制度の改革も、税制の大改革も、結局はすべてこのための改革なのであります。
かつて駐日大使として在任した著名な米国の日本学者エドウィン・ライシャワー博士は、昨年の八月、その著「ライシャワーの日本史」の序文で次のように述べております。「日本人はいまや自らの将来の方向を決めるべき重大な局面にある。あと数十年間にわたる彼ら自身の運命を決するような大決断に直面している。賢明な決断を下すにあたっては、過去のすぎゆきと現在の可能性とをできるだけ明確に把握することが欠かせない」と言っておるのであります。
二十一世紀まで残す時間はわずかでありますが、なお克服すべき問題は山積しております。それは、あたかも乗り越えていくべき連山を望むがごときであります。
しかし、この議場で私はかつて申し述べたことがございますが、このような重大な困難と危機のときにこそ、日本人は常に大局を失わず、団結を強固にして苦難を乗り切ってきたのであります。
過般の第二次大戦及び戦後の日本が経験した苦悩を全く知らず、パソコンを巧みに使いこなし、素直に、純真に、すくすく育っている子供たちや孫たちに、充実したよりよき二十一世紀の日本を引き渡すために、我々は、休むことなく、手に手をとってこの山々を踏破し、前進しようではありませんか。
重ねて国民の皆様の一層の御理解と御協力をお願いする次第であります。