データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第77代第2次海部(平成2.2.28〜3.11.5)
[国会回次] 第120回(常会)
[演説者] 海部俊樹内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1991/1/25
[参議院演説年月日] 1991/1/25
[全文]

 第百二十国会の再開に当たり、内外の情勢を展望して施政の方針を明らかにし、皆さんの御理解と御協力を得たいと思います。

 世界は今、二十一世紀を臨む最後の十年間を迎えました。振り返りますと、二十世紀は、二度にわたる不幸で悲惨な世界大戦を経て、最近に至るまで、米ソ二大国の対立を中心とした東西冷戦構造が世界を支配しておりました。

 しかし、人類は今、幾多の試練を乗り越えて、輝かしい未来に向けて新たな歴史の扉を開こうとしています。世界は、米ソ関係を中心に、対立から対話と協調の時代へと着実に歩み始め、冷戦の中心的な場であった欧州では、東欧の民主化、ドイツ統一の達成を経て、パリ憲章の採択によって、対立と分断の時代に終止符を打ちました。

 このような歴史的なときに、イラクは、クウェート侵略という暴挙に出たのであります。この力による不法な支配に対して、国際社会は当初から、国連の権威のもとに、たび重なる安保理決議の採択や多国籍軍の活動、国際的な経費分担などを通じて、先例のない協力関係を構築してまいりました。また、国連が示した一月十五日の期限まで、事態の平和的解決に向けて、我が国を含めあらゆる国際的努力が行われました。

 しかるに、イラクのフセイン大統領はこれらを無視して、平和的解決に向けた国際社会の努力を踏みにじったことはまことに遺憾であり、今後の国際連合を中心とする国際秩序の維持の上からも、断じてこれを許すことはできません。現在、思想、信条を超えて、二十を超える国が多国籍軍に参加し、多数の国がそれに物的、資金的援助を行っているのも、まさにこのためなのであります。国際社会で重要な地位を占めるに至った我が国が、この事態に積極的な貢献をすることは当然の責務であり、みずからなし得る努力をせずこれを怠れば、国際的孤立化への道を歩むことになります。こうした道はぜひとも避けなければなりません。

 このような考え方に立って、我が国は、安保理決議六百七十八に基づき、やむを得ざる最後の手段としてとられた米国を中心とする関係諸国による武力の行使に対し、確固たる支持を表明するものであります。また、国際の平和と安全を回復するための関係諸国の行動に対し、我が国憲法のもとでできる限りの支援を行う決意であり、このため、既に決定した貢献策に加え、関係諸国が当面要する経費に充てるため、九十億ドルの新たな追加支援を行うこととしました。これは、侵略者は絶対に許さないという国際社会の正義の立場から、我が国が国際的な役割を果たしていくためにぜひとも必要なものであります。国民の皆さんにも応分の負担をお願いすることになりますが、どうか、御理解と御協力を賜わりたいと思います。

 さらに、我が国は、関係国際機関とも協力して、避難民の救済のため可能な限りの援助を行うこととし、国連の避難民救済関係機関が国際社会に要請した当面の経費全額を引き受けました。特に、避難民の本国への輸送という人道的かつ非軍事的な分野においては、安全確保を前提として我が国民間航空会社に協力を強く要請し、困難な状況のもと承諾を得たところであります。既に、関係国際機関の具体的要請があれば速やかに出発できる準備を整えました。なお、民間機が活用されないような状況において、人道的見地から緊急の輸送を要する場合には、必要に応じ自衛隊輸送機により輸送を行うこととしました。我が国が、国際社会において、人道的、非軍事的な面で、このような責任を率先して果たしていくことは、憲法の基本理念に合致するものであると確信をするものであります。

 我が国は、イラク政府が国際社会の一致した意思を尊重し、直ちにすべての安保理決議を受諾するよう強く求めるものであります。そして、湾岸地域における戦闘行為が早期に終結をし、中東において永続性のある公正な平和が一日も早く達成されることを切望するものであります。

 今後こうした事態を防止していくためにも、国際の平和と安全のための国連の権威と機能を高め、各国はこれに積極的に協力していかなければなりません。前回の臨時国会における国連平和協力法案の審議や各界各層における議論を通じ、我が国が平和のために資金、物資面のみならず、人的側面においても貢献すべきであるという点については、国民の間に共通の理解が確認されたと認識をいたしております。自民、公明、民社各党間の合意を尊重して、新たな国際協力のあり方につき一日も早く成案を得たいと考えております。

 また、今回の事態と関連して、核、生物化学兵器やミサイルの拡散防止を徹底し、通常兵器の輸出についても、一層の透明性、公開性を通じて適切な管理が行われることが、湾岸地域ひいては世界全体の将来の安定のために必要であると痛感しております。化学兵器禁止条約交渉の早期妥結を初め、これらの分野での国際的取り組みを強化すべく努力してまいります。

 アジア・太平洋地域において、緊張緩和を促進し、この地域の経済発展を一層図っていくことは重要な課題であります。この地域に残された対立や紛争を解決し、地域全体に平和と繁栄をもたらしていくために、我が国は積極的な役割を果たしていかなければなりません。

 アジア・太平洋地域の長期的な安定と繁栄を確保していくためには、ASEANを初めとした地域協力の場を通じ、対話と協力を拡大していくとともに、不安定要因である朝鮮半島問題やカンボジア問題などの解決、そして日ソ関係の抜本的改善を図っていくことが重要であると考えます。

 朝鮮半島では、南北首相級会談の開催、韓ソ国交樹立など緊張緩和に資する新たな動きが見られており、我が国としても、この流れを一層加速化させるため積極的に行動していかなければなりません。我が国の朝鮮半島政策の基本は、日韓友好協力関係の強化にあります。今般の私の韓国訪問は、在日韓国人三世問題を決着させ、日韓新時代の三原則を首脳相互で確認し成果を上げましたが、今後とも、二十一世紀に向けて未来志向の協力関係を具体化していくために努力してまいります。北朝鮮との関係については、国交正常化のための本会談がまもなく開始されることとなっており、今後とも、朝鮮半島をめぐる情勢全体を視野に入れ、朝鮮半島の平和と安定に資する形で、韓国、米国などの関係諸国と密接な連携をとりつつ交渉を進めてまいります。

 カンボジア問題については、昨年十二月、関係国の努力によりパリ会議の早期開催が合意されました。我が国は、これまでも積極的な和平努力を続けてまいりましたが、今後、カンボジア各派が残された問題に積極的に取り組むとともに、すべての関係国が和平達成後のカンボジア、ひいてはインドシナの復興も念頭に置いて緊密に協調していくことを呼びかけていきたいと思います。

 ソ連のペレストロイカは、その真価が問われる重大な局面を迎えています。私は、ゴルバチョフ大統領が、人間中心の民主主義社会の建設のため、ペレストロイカを正しい方向に進めることが世界の平和と安定のために必要不可欠であると考え、これを高く評価、支持してきました。この関連で、バルト諸国において一度ならず武力が行使されるに至ったことには、深い憂慮の念を表明せざるを得ません。事態がこれ以上悪化することなく、民主的、平和的方法で解決されることを強く求めているところであります。

 このような中で、日ソ関係は、本年四月に予定されるゴルバチョフ大統領の訪日を控え、戦後の日ソ交渉における最も重要な時期を迎えようとしています。日ソ関係の抜本的改善のためには、何よりも北方領土問題を解決し、平和条約を締結することが必要であります。北方領土問題の解決を棚上げしたまま経済関係のみを進めるとの無原則な政経分離の方針は、国民の望むところではありません。ゴルバチョフ大統領の訪日を新しい日ソ関係構築のための突破口となる歴史的意義のあるものとすべく、私は、ゴルバチョフ大統領に最大限の努力を強く求めるものであります。私も努力を惜しむものではありません。日ソ間の戦後の時代を本当に終わらせることができるのは、勇気ある決断なのであります。

 中国との関係については、中国が諸外国との協力関係を維持、発展させていくことが重要であります。中国が改革・開放政策を名実ともに推進し、また、国際社会に対し一層の建設的役割を果たすようさらなる努力を期待するとともに、我が国としては、中国との関係を重視し、その近代化努力に対しできる限りの協力をしてまいります。

 日米関係は、我が国外交の基軸であります。我が国がアジア・太平洋地域の平和と繁栄、さらには世界全体の新しい国際秩序の構築に向けて積極的外交を展開するに当たっても、日米協力関係が確固としたものであることがとりわけ重要であります。日米両国の相互依存関係の進展を背景に、両国は今後とも難しい問題の解決を迫られる場面が増大していく可能性もあります。しかし両国は、世界の平和と繁栄に対する共通の責任を自覚し、日米構造協議のフォローアップを着実に行っていくなど二国間の共同作業を前進させていくと同時に、人類が直面するさまざまな共通課題の解決に向けて、同盟国として地球的規模で協力していくいわゆるグローバル・パートナーシップを一層強固なものとしていくことが必要であります。さきに日米親善交流基金を創設することとしたのも、両国国民の交流とコミュニケーションをさらに深めることを期待したものであります。ブッシュ大統領の訪日の機会には、二十一世紀に向けた両国の協力関係の基盤をさらに強固なものとしてまいります。

 日米関係の基礎をなす強固なきずなである日米安保体制は、我が国を初めとするアジア・太平洋地域の平和と安定にとって不可欠な枠組みであります。政府としては、今後とも日米安保体制を堅持し、その信頼性の向上を図るとともに、平和憲法のもと、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならず、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、先般策定した平成三年度からの中期防衛力整備計画に沿い、引き続き効率的で節度ある防衛力の整備に努めてまいります。この計画においては、現在の中期防衛力整備計画の実施により防衛計画の大綱に定める水準がおおむね達成される状況などを踏まえて、主要装備については更新・近代化を基本とし、隊員の生活環境や情報、通信などの各種支援機能を初めとする後方分野の一層の充実に努めることなどを基本としています。

 なお、在日米軍経費負担問題については、日米安保体制の効果的運用を図るという観点から、新中期防衛力整備計画の中で在日米軍の駐留支援のための新たな措置を講ずることとしています。

 日米とともに、自由、民主主義、市場経済という同様の価値観、社会制度を有する欧州諸国は、現在、ECを中心として新秩序の構築に意欲的に取り組んでいます。我が国としては、政治、経済、文化各面における関係の一層の緊密化や東欧諸国の経済再建のための協力などを通じ、このような欧州諸国との友好協力関係の強化に努めてまいります。

 国際経済面では、経済のグローバル化が一層進む中で、保護主義の圧力も依然として根強く、多角的自由貿易体制の維持強化が喫緊の課題となっております。昨年十二月のブラッセルでのウルグアイ・ラウンド閣僚会議では、最終合意が達成されず継続協議となりました。この交渉は、二十一世紀に向けて世界の経済的繁栄の枠組みを構築するという重大な役割を有しており、もしまとまらなければ、保護貿易主義の急速な台頭など世界経済に深刻な影響を与えることが予想されます。自由貿易の利益を多く享受しておる我が国としては、国際経済秩序の主要な担い手として、この交渉の成功に全力を傾注してまいります。

 我が国が、国際社会において名誉ある地位を占め、世界の尊敬と信頼を得ていくためには、地球環境、麻薬問題などの世界が心から解決を望んでいる地球的規模の人類共通課題に率先して取り組み、それらを解決していく必要があります。また、債務累積問題など経済的、社会的困難に苦しむアジア、アフリカ、ラテンアメリカの開発途上国や、市場経済への移行という困難な課題に挑む東欧諸国に対し積極的な援助を行い、国際的にも均衡のとれた経済社会の発展に貢献してまいります。

 我が国経済は、四年を超える内需主導型の景気拡大を続けています。しかしながら、最近になって、湾岸危機に起因する原油価格の不安定化や米国における景気後退の様相など不透明な状況も生じています。政府としては、引き続き、物価の安定を図ることを基礎としつつ、主要国の経済政策の協調にも配慮し、適切かつ機動的な経済運営に努めることにより、経済活動の自律的発展、雇用の安定、輸入の拡大などによる対外不均衡の是正、為替レートの安定を図り、もって内需を中心とした景気の拡大をできるだけ息の長いものとするよう努めてまいります。また、これらの経済運営を通じ、我が国経済を国際的に調和のとれた構造に転換してまいります。

 幸い、物価は安定的に推移してきておりますが、原油価格、為替レートや労働力需給などの動向に細心の注意を払い、的確な情報を迅速に提供するとともに、便乗値上げを厳しく監視するなど、その安定に十分配慮してまいります。内外価格差問題についても、引き続きその是正、縮小を図ってまいります。

 我が国は、中東地域に原油の七割以上を依存していることから、政府としては、イラクによるクウェート侵略の国民生活や産業活動への影響をできる限り小さくするよう努力してまいりました。幸い、過去二回の石油危機のときと比べて、我が国経済の石油に対する依存度が大きく低下しており、また、我が国の百四十二日分の石油備蓄を国際協調のもと機動的に活用することにより、当面、国内の石油需給ひいては国民生活に大きな影響を与えることはないと判断しています。しかし、今後とも、依然として脆弱な我が国のエネルギー構造に思いをいたし、原子力など石油代替エネルギーの開発導入と徹底した省資源、省エネルギーに積極的に取り組むとともに、石油の安定供給の確保に万全を期してまいります。国民の皆さんにおかれましても、より一層の省エネルギーへの努力をお願い申し上げます。

 雇用の安定と激しい環境変化に対応できる創意と活力ある中小企業の育成は、極めて重要な課題であります。このため、特に、近年人手不足感が広がっている中小企業を中心に、労働力の確保、定着を図るなど中小企業施策を充実強化するとともに、高齢者や障害者の雇用就業機会の確保、職業能力開発、地域雇用対策など労働力需給不均衡の改善に努めてまいります。

 また、事業者の公正かつ自由な競争を維持促進するため、独占禁止法違反行為に対する厳正な対処、抑止力の強化を図るとともに、独占禁止法の運用の透明性を高める施策を講じてまいります。

 平成三年度予算においては、歳出の徹底した見直しなどを行うことにより、公債発行額を可能な限り縮減し、財政の健全化に向けて新たな第一歩を踏み出しました。

 しかし、なお公債残高は平成三年度末には百六十八兆円にも達する勢いであり、我が国の財政は依然として極めて厳しい状況にあることに変わりはありません。高齢化社会においても経済社会の活力を維持し、また、国際社会において増大する責任を果たしていくためには、公債残高が累増しないような財政体質をつくり上げていくことが重要であります。このため、再び特例公債を発行しないことを基本として、今後とも公債依存度の引き下げに努力を積み重ねてまいります。

 また、第二次行革審の最終答申を最大限に尊重し、国・地方を通じた行財政改革を推進するとともに、先般発足した行革審においても、国民生活重視や国際化対応などの新たな改革課題についての審議を促進するなど、引き続いてこの問題と真剣に取り組んでまいります。

 また、地方財政については、その円滑な運営を期することとしています。

 消費税を含む税制問題については、国会の両院合同協議会において、消費税の必要性を踏まえつつ建設的な合意が得られることを期待しており、具体的な結論が得られるなれば、その趣旨に沿って誠実かつ迅速に対応してまいります。

 土地問題の根本的解決のためには、土地神話を打破し、二度と地価高騰を生じさせないことが必要であります。これまで実施してきた監視区域の運用の強化、土地関連融資の規制などの対策により、問題が深刻な東京や大阪などにおいては、地価が鎮静化傾向にあるなどその成果の兆しが見えてきております。政府としては、さらに確実な成果を上げるべく、引き続き本問題を内政上の最重要課題として位置づけ、新たに決定した総合土地政策推進要綱に基づき、土地基本法の理念を踏まえた実効ある施策の推進に努め、需給両面にわたる総合的かつ構造的な土地対策を講じてまいります。また、税制面においても、地価税の創設を初めとして土地の保有・譲渡・取得の各段階にわたり総合的な見直しを行い、所要の法案を今国会に提出することとしています。このような取り組みにより、中堅勤労者が相応の負担で一定水準の住宅を確保し得る地価水準の実現に努めてまいります。さらに、国民が豊かさを実感できる住生活を実現するため、新たに第六期住宅建設五カ年計画を策定し、良質な住宅ストックや良好な住環境の形成を計画的に図ってまいります。

 東京一極集中を是正し、多極分散型の均衡ある国土の発展を図っていくことは、土地住宅問題の解決、豊かな国民生活の実現にも寄与する重要な課題であります。このため、政府としては、国の行政機関などの移転を含め、都市、産業機能の地方分散を進めるとともに、整備新幹線の計画的な建設やリニアモーターカーの実用化の推進などの交通基盤施設の充実、道路網の体系的整備や生活に密着した高度の情報、通信網の整備により、全国的な交流ネットワークの形成を進めてまいります。

 さらに、ふるさと創生を契機として機運の高まってきたみずからの創意と工夫を生かした地域づくりを進めることによって、地方の活性化を図り、住む人が地域に誇りを持ち得るふるさとづくりを推進してまいります。このため、これを支援するための強力な体制づくりと関連施策の充実に努めるとともに、私は、地域がその個性に応じ活力の倍増を目指す地域づくりの推進を提唱します。また、北海道の総合開発と沖縄の振興開発に、引き続き積極的に取り組んでまいります。災害対策や地域の実態に即した国土の保全にも努めてまいります。

 首都機能移転問題については、さきに行われた国会の決議を受けて、政府においても有識者会議を発足させたところであり、国民的規模の議論を踏まえつつ検討を進めてまいります。

 快適で住みよい地球を実現していくためには、経済活動などを通じた地球への負荷を極力少なくし、環境の保全と経済社会の安定的発展の両立を図っていくことが必要であります。そのためには、地球的規模で省資源・省エネルギー対策を推進していくとともに、廃棄物対策の強化拡充などを図ることによって貴重な資源を大事に使う、いわばリサイクル社会を構築していく必要があります。このため、現行の廃棄物処理制度を基本的に見直すとともに、生産、流通、消費の各段階において、廃棄物の減量化や再資源化など資源の効率的利用を推進してまいります。また、地球環境問題の解決についても、国際的枠組みづくりへ我が国として主導的役割を果たしていくとともに、地球温暖化防止行動計画の着実な実施や地球再生計画の具体化、開発途上国への資金的、技術的支援などを総合的に推進してまいります。これらの施策を通じて、我々の社会を地球に優しい環境保全型の社会に変革すべく努力してまいります。

 国民が、真に豊かさを実感できる社会を建設していくためには、下水道、環境衛生、都市公園などの社会資本整備の計画的充実を図っていくことが必要不可欠であります。政府は、昨年六月、公共投資基本計画を策定し、向こう十年間の公共投資に関する枠組みと基本的方向を取りまとめたところであり、今後は、この計画を踏まえ、快適で潤いのある生活環境の創出に向け、国民生活の質の向上に重点を置いた社会資本整備を図ることとしています。

 流通産業が、良質な物品、サービスを低廉な価格で、かつ消費者ニーズの多様化、高度化に対応して提供していくために、出店調整手続きの迅速性、明確性などを確保するため大規模小売店舗法の改正などを行うとともに、消費生活に密着した魅力ある商店街、商業集積づくりのための総合的対策を講じ、小売商業の育成と新しい流通構造の構築に取り組んでまいります。

 農林水産業は、国民生活にとって最も大切な食糧の安定供給という重要な使命に加え、地域社会の活力の維持、国土、自然環境の保全など、我が国経済社会の発展と国民生活の安定に不可欠な役割を果たしています。また、農山漁村は、個性豊かな地域文化を継承し、国民が生きる喜びを再発見できる場として、重要かつ多面的な機能を有しています。

 私は、今後の農林水産行政の推進に当たっては、確固たる長期展望のもと生産基盤の整備、先端技術の開発普及、次代を担う意欲ある後継者の育成などを図ることにより、農林漁家の皆さんが誇りと希望を持って農林水産業を営めるような環境づくり、活力に富み明るく住みよい農山漁村づくりに努めてまいります。

 なお、我が国農業の基幹である米については、米及び稲作の格別の重要性にかんがみ、国会における決議などの趣旨を体し、国内産で自給するとの基本方針で対処してまいります。

 本格的な高齢化社会が迫ってきつつある今日、出生率の低下、女性の社会進出など子供と家庭を取り巻く環境についても大きな変化が生じております。私は、子供から老人まで、長い人生を健康で生きがいと喜びを持って過ごすことのできる長寿福祉社会の構築に向け、福祉政策のさらなる展開を図ってまいります。

 このため、「高齢者保健福祉推進十か年戦略」を引き続き強力に推進していくとともに、老人保健制度を見直し、老人問題の中心課題の一つである介護の体制づくり、制度の長期的安定を図ってまいります。一方、子供を持ちたい人が健やかに子供を生み育てることができるよう、児童手当制度の充実、育児休業制度の確立など総合的視点に立って必要かつ効果的な環境条件の整備に努めてまいります。また、生涯にわたり健康を確保するため、疾病の予防や難病の克服、救急医療体制の整備など良質な医療の効率的提供、麻薬、覚せい剤対策、食品の安全性対策などを積極的に推進してまいります。障害者や母子家庭の方々にも、きめ細かな対策を講じてまいります。

 我が国は、物質的には豊かな国となっていますが、物で栄え、心で滅びる国とならないよう、知育偏重でなく個性と創造性を伸ばす教育を実現し、国民が芸術文化に親しみみずからの手で新しい文化を創造していける基盤を確立するとともに、生涯にわたる学習機会の整備やスポーツの振興に努力してまいります。また、基礎的、独創的な研究を初め学術研究の推進、宇宙、海洋や原子力の開発利用の推進などの科学技術の振興に精力的に取り組んでまいります。同時に、これら各分野における国際交流を一層推進してまいります。

 労働時間の短縮を初めとする労働環境の改善に積極的に取り組むことも大切な課題です。このため、政府としても、完全週休二日制の普及促進などの施策を講じてまいりますが、国民の皆さんや企業におかれてもぜひ御協力いただくようお願いを申し上げます。

 最近の治安情勢について見ますと、暴力団の対立抗争事件の多発、各種薬物乱用の深刻化、テロ・ゲリラの凶悪化など厳しさを増しております。治安の確保は法治国家の根幹であり、政府としては、安全な国民生活の確保に万全を期してまいります。また、最近の交通死亡事故の増加にかんがみ、交通安全の確保に努めてまいります。

 国会は昨年、開設百年を迎え、新しい世紀に第一歩を踏み出しました。この記念すべき年に、私は、信頼の政治の確立に思いも新たに取り組んでまいります。

 私は、民主主義国家においては、政治の公正さが社会の公正さの基本であり、ぜひとも政治改革を実現しなければならないと考えております。そのためには、まず何よりも政治倫理を確立することが重要であります。それとともに、政治や選挙の仕組みそのものを改め、政治資金の透明性を確保し、金のかからない政党本位、政策中心の政治や選挙を実現していくことが必要であります。政府としては、選挙制度審議会答申の趣旨を十分尊重して、選挙制度や政治資金制度の改革を一体のものとして実現し、あわせて、投票価値の平等が確保されるよう不退転の決意で取り組んでまいります。できるだけ早く成案を得て、国会において御審議いただけるよう努力してまいりますので、各党各会派の御理解と御協力をよろしくお願い申し上げる次第であります。

 昨年は即位の礼が挙行され、名実ともに平成日本の出発の年になりました。改めて平和国家に徹することを誓うとともに、二十一世紀に向け、自由と民主主義の価値観を大切にする国家として、また世界、とりわけアジアの一員として、平和と繁栄に責任を果たしていく決意であります。

 世界は、東西冷戦構造を乗り越え、新しい時代に着実に歩みを進めつつあり、昨年のサミットでも、今世紀最後の十年は民主主義の十年とうたわれたように、自由と民主主義という価値観がより普遍的な原理となってきています。世界はこのように、真に地球は一つという時代に向かって、新しい国際秩序、枠組みの形成を模索していますが、一方で、東西対立の陰で表面化しなかった対立や紛争が顕在化しつつあり、危険な状況も生まれています。このようなときにこそ我が国は、責任ある自由民主主義国家として、冷戦構造克服後の新たな国際秩序の樹立に向けての努力を重ね、平和の枠組みづくりを通じて、二十一世紀の世界の運命に責任を負っていかなければなりません。

 世界経済に大きな影響を及ぼす国家となった今日、国内では、だれもが豊かさを心から実感できる社会を実現していく必要があります。また、芸術、文化、スポーツなどの振興により、文化の薫り高い国家を築き上げていかなければなりません。これまで我が国は、生産や供給を重視することによって今日の産業社会をつくり上げてきましたが、その成果を維持、享受しながら、その基盤の上に立って、消費者本位、国民生活重視や内需中心の経済発展などを基本として、公正で心豊かな社会の建設に努力していこうではありませんか。

 私は、人類が二十一世紀のあけぼのを明るい希望と期待を胸に迎えることができるように、世界全体の大きな流れやその中で我が国が置かれた立場を念頭に置き、国政に全力を挙げて取り組んでまいります。

 ここに重ねて、皆さんの御理解と御協力をお願い申し上げます。