データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第82代第1次橋本内閣(平成8.1.11〜8.11.7)
[国会回次] 第136回(常会)
[演説者] 橋本龍太郎内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1996/1/22
[参議院演説年月日] 1996/1/22
[全文]

 私は、さきの国会におきまして、内閣総理大臣に指名されました。戦後五十年を経て、国内的にも国際的にも大きな転換点に差しかかっているこの時期に政権を預かることの重大さを痛感し、全力で国政に取り組んでまいります。

 まず、昨年一月十七日の阪神・淡路大震災により亡くなられた犠牲者の方々とその御遺族に改めて深く哀悼の意を表するとともに、今なお不自由な生活を余儀なくされておられる方々に心からお見舞いを申し上げます。政府としては、一日も早い被災地の復興と被災者の方々の生活再建に最大限の取り組みを行い、この教訓を踏まえ、今後の災害対策に全力を傾けてまいります。

 私は、現在、この国に最も必要とされているものは、「変革」だと思います。

 私が国会に議席をいただきました昭和三十八年に百五十三人にすぎなかった百歳以上人口は今や六千人を超え、その間に出生数は百六十五万人から約百二十万人に大幅に減少しています。来世紀初頭には国民の五人に一人が、そして間もなく四人に一人が六十五歳以上となる高齢社会を迎えるのであります。こうした世界にもそして歴史上も類をみない速度での高齢化の進展の中で、人生五十年を前提とした社会は、人生八十年を前提とした社会へ大きく設計変更せざるを得ません。加えて、冷戦構造の崩壊と世界経済のボーダーレス化、国際社会における我が国の地位の上昇など国際環境の激変に対応するためにも、好むと好まざるとにかかわらず、我が国自身があらゆる面で大きな変革を遂げなければならないのであります。

 私が目指すこの国の姿は、一人一人の国民が、みずからの将来に夢や目標を抱き、日本人に生まれたことに誇りと自信をもつことができ、そして世界の人々とともに分かち合える価値をつくり出すことのできる、そのような社会であり国家であります。

 私に課せられた使命は、このような理想を胸に、次なる世紀を展望し、政治、行政、経済、社会の抜本的な変革を勇気を持って着実に実行し、二十一世紀にふさわしい新しいシステムを創出することにより、この国に活気と自信にあふれた社会を創造していくことであります。

 私は、この内閣の使命を「変革」と「創造」とし、一層強固な三党連立の信頼関係のもとに、強靱な日本経済の再建、長生きしてよかったと思える長寿社会の建設、平和と繁栄の創造のための自立的な外交の展開、これらを実現するための行財政改革の推進の四点をこの内閣の最重要課題と位置づけてまいります。

 両世紀のかけ橋とも言えるこの時代において政権を担う者の責任は重大であります。私は、ここに申し上げた政策課題について、「決断と責任」を政治信条に、みずからの政治生命をかけて全力で取り組んでまいる決意であります。

 この内閣に課せられた最も緊急の課題は「強靱な日本経済の再建」であります。この国の経済を覆う不透明感を払拭し、将来に向けた明るい展望を開くためには、二十一世紀までに残された五年間を三段階に分け、第一段階において本格的な景気回復の実現、第二段階において抜本的な経済構造改革、第三段階として創造的な二十一世紀型経済社会の基盤の整備を行うことが重要であります。これらの施策は、それぞれ一年後、三年後、五年後を目標としつつも、相互に密接に関連するものとして、直ちに着手、推進していかなければならないものであることは論をまちません。

 我が国経済の最近の状況を見ますと、個人消費、設備投資等の回復に加え、生産にも明るい兆しが見えるなど、景気には緩やかながら足踏み状態を脱する動きが見られるものの、雇用や中小企業分野では、なお極めて厳しい状況が続いております。本年こそは、ようやく明るさの見え始めた景気の回復を確実なものとし、中長期的な我が国経済の持続的発展につなげていく景気回復の年としなければなりません。このため、来年度予算においては、研究開発や情報通信など経済社会の構造改革の基盤となる分野を重点的に整備することとしたほか、特別減税の来年度継続実施、土地税制の総合的見直しなど税制面でも格段の配慮を行うこととしたものであります。政府としては、引き続き為替動向を注視しつつ、切れ目のない適切な経済運営に努めてまいります。

 我が国経済の再建と構造改革を行うに当たっては、金融機関の不良債権の問題の解決が必要不可欠であり、預金者保護、信用秩序の維持に最大限の努力を払いつつ、できるだけ早期に解決が図られるよう全力を傾けてまいります。

 特に、いわゆる住専問題は、不良債権問題における象徴的かつ緊急の課題であり、政府としては、我が国金融システムの安定性と内外の信頼を確保し、預金者保護に資するとともに、経済を本格的な回復軌道に乗せるため、慎重の上にも慎重な検討を重ね、財政資金の導入を含む具体的な処理方策を決定いたしました。先般、住専各社の財務状況等について資料を提出いたしましたが、今後も、衆参両院の御理解、御協力をいただきながら、情報開示に最大限の努力を払ってまいります。

 また、預金保険機構の指導のもと、住専処理機構が法律上認められているあらゆる債権回収手段を迅速的確に用いることにより債権回収を強力に行う体制を整備いたします。本件に関連する違法行為に対しては、既に検察、警察において協議会や対策室を設置しておりますが、今後とも、借り手、貸し手に限らず、その他の関係者についても厳正に対処してまいります。このように住専問題に係る透明性の確保と原因と責任の明確化を図りつつ、本処理方策についての国民の御理解を得るべく全力を尽くしてまいります。

 また、過去の金融政策や金融検査・監督のあり方を総点検し、今後、金融機関における自己責任原則の徹底を図るとともに、市場規律が十分に発揮される、透明性の高い、新しい金融システムを早急に構築していくよう努めてまいる所存であります。

 国境を越えた経済活動の一層の活発化、アジア諸国の経済的台頭などにより、世界経済はいわゆる大競争時代を迎え、企業が国を選ぶ時代となっている中で、内外価格差の存在など経済の高コスト構造を初めとする構造的課題が、経済活動の舞台としての日本の魅力を減退させつつあり、産業の空洞化の懸念が現実のものとなりつつあります。我が国経済の将来の展望を切り開くためにも、昨年決定した新経済計画に沿って大胆な構造改革に直ちに着手することが必要であります。

 まず第一は、徹底的な規制の緩和であります。

 経済的規制については原則自由・例外規制、社会的規制については本来の目的に照らした最小限のものとするという基本的な考え方に立ち、規制が時を経て自己目的化したり、利権保護のとりでとなっているような事態が存在しないか、抜本的にその見直しを行ってまいります。特に、高コスト構造を是正するとともに、新たな成長分野の発展を阻む要因を取り払い、経済の活性化を促進するため、住宅・土地、情報・通信、流通・運輸、金融・証券、雇用・労働分野など、消費者や企業の経済活動の基盤となる分野で重点的な規制緩和を断行いたします。

 民間における公正かつ自由な競争は、ダイナミックな経済活動を促進するため、規制緩和とともに不可欠であります。公正取引委員会事務局の強化拡充により独占禁止法の厳正な運用など競争政策を積極的に展開するとともに、株式保有規制など企業関連法制の見直しや参入、転出の容易な労働市場の整備に努めてまいります。

 さらに、わが国経済を活力あふれたものとしていくためには、ベンチャー企業群の創出が不可欠であり、こうした企業が、持ち前の機動性、創意工夫を遺憾なく発揮していけるよう、資金調達面での支援を充実するなど、新規事業の展開への支援を行ってまいります。

 経済、産業の改革に当たっては、農林水産業の果たす多面的役割や機能、農山漁村がもたらす安らぎや潤いを忘れてはならず、農林水産業と農山漁村の健全な発展は不可欠であります。ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策等の施策を総合的に実施し、農林水産業を誇りをもって携わることのできる魅力ある産業としてまいります。

 二十一世紀にふさわしい、創造性あふれた経済社会をつくっていくためには、我が国の最大の資源である人間の頭脳、英知を十二分に活用し、未来を支える有為な人材の育成や知的資産の創造を行い、経済フロンティアの拡大を図ることが必要であります。

 科学技術の振興は、人類共通の夢を実現する未来への先行投資であります。科学技術創造立国を目指して、政府研究開発投資の倍増を早期に達成するよう努めるとともに、産学官連携による独創的、基礎的研究開発の推進、若手研究者の支援・活用や若者の科学技術離れ対策といった科学技術系人材の養成確保など、科学技術の振興を積極的に図ってまいります。

 この関連で、昨年十二月に発生した高速増殖原型炉「もんじゅ」の事故は我々に大きな教訓を与えました。先端技術の開発、実用化に際し、予期せぬ困難な事態が発生することは避けて通れません。重要なことは、そうした事態を直視し、国民や専門家の前にその事実を明らかにし、原因究明と徹底した安全対策、さらなる技術開発に真摯に取り組むことであります。今後、安全確保に力を注ぎ、積極的な情報開示を通じ、地元の方々を初めとする国民の皆様の御理解と信頼を得るよう全力を尽くしてまいります。

 時間的・空間的制約を大幅に取り払い、情報や物の流れを一変させることにより生産性の向上や新規市場の創造に大きく寄与し、豊かな国民生活や高度な産業活動を創出する高度情報通信社会の建設も、この国が二十一世紀に向けてその取り組みを加速させるべき重要な課題であります。産業分野・公的分野の情報化、ハード・ソフト両面にわたる情報通信インフラの整備、情報通信技術の開発などを積極的に推進してまいります。

 第二は、長生きしてよかったと思える長寿社会の建設です。

 現在、我が国は世界一の長寿国家となっております。これは我々が長年目指してきた目標が達成されたものであり、大いに誇るべき成果でありますが、これからの課題は、いかに社会全体として長寿を支え、一人一人が長生きしてよかったと実感できる社会を創出していくかにあります。

 二十一世紀の超高齢社会において、中高年人口がさらに増大し、若年人口が減少する中で、いかにこの国の活力を維持増進していくのか、女性や高齢者のより積極的な社会活動への参画をいかに実現するのか、そのためにもこれまで主として家庭で対応されてきた高齢者介護や子育ての問題をいかにして社会が支援していくのか、その費用負担のあり方をどのように考えるのか、子どもたちに家庭にかわるどのような環境を用意できるのか、こうした問題が大きな課題となり、これに対するシステムづくりが必要となっております。老若男女を問わず、社会のさまざまな構成員が自立しつつ、相互に支え合い、助け合い、ともに充実した人生を送ることのできる長寿社会の建設に向け、福祉、教育、国民の社会参加のあり方を総合的にとらえ直すことが今まさに求められております。

 特に、国民の老後生活の最大の不安要因である介護の問題については、高齢者や障害者が生きがいをもって幸せに暮らしていけるよう、新ゴールドプランや障害者プランを着実に推進し、介護サービスの基盤整備に努めるとともに、保健医療・福祉にわたる高齢者介護サービスを総合的、一体的に提供する社会保険方式による新たな高齢者介護システムの制度化に向けて全力で取り組んでまいります。あわせて、高齢社会にふさわしい良質かつ効果的な医療を供給できるよう医療保険制度の改革を進めるほか、エイズ問題については、和解による早期解決に全力を挙げるとともに、責任問題も含め、必要な調査を行い、医薬品による健康被害の再発防止に最大限の努力を尽くす所存です。

 また、次代を担う子供が健やかに生まれ育つ環境づくりを進めるため、育児休業制度の定着や保育対策の充実など、エンゼルプランを着実に推進してまいります。

 さらに、社会のあらゆる分野に女性と男性がともに参画し、ともに社会を支える男女共同参画社会の形成に向け国内行動計画を見直し、施策の一層の充実を図るとともに、人権教育のための行動計画を早急に策定し、総合的な施策を推進するなど、人権が守られ、差別のない公正な社会を建設してまいります。

 個性と創造力にあふれ、責任感と思いやりを持ち、将来の夢を生き生きと語ることのできる子供たちはこれからの日本の宝であり、また、我が国が、国際化、情報化、技術革新といった変化に的確かつ柔軟に対応する上でも教育の果たす役割は限りなく重要であります。最近問題となっている児童生徒のいじめの問題や、前途ある若者が社会的な役割を見出せず、非道な行動に走ってしまったオウム真理教関連事件が投げかけた問題に対応するために、二十一世紀を展望した個性や創造性重視の方針を一層推し進め、与えられた問題の解答を見つける能力だけでなく、問題そのものを発見し、それを解決する能力を備えた人材を育てる教育を実践するために、教育改革を推進してまいります。

 また、国民一人一人にとって生きるあかしや生きがいであるとともに、一国にとってもその最も重要な存立基盤の一つである文化や芸術、スポーツの振興も重要であります。これからの日本は、古来の伝統文化を継承しながら、優れた芸術文化の創造発展に取り組み、さらに世界への発信を図る新しい文化立国を目指してまいります。

 我々は、大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会活動や生活様式を問い直し、祖先から受け継いだ健全で恵み豊かな自然環境を将来に伝えていかなければなりません。このため、環境基本計画に基づき、人と環境との間に望ましい関係を築くための総合的施策の推進に全力を挙げるとともに、地球温暖化を初めとする地球環境問題について、我が国の国際的地位にふさわしい積極的な役割を果たしてまいります。

 先般、村山内閣においてその解決をみることができた水俣病問題については、誠意を持って必要な施策を推進するとともに、この悲劇を貴重な教訓として今後の環境行政に活かしていく所存です。

 また、ふえ続ける廃棄物の処理対策については、消費者、事業者、市町村の御協力のもとに、ごみの減量化やリサイクルを推進することにより、リサイクル型社会の実現に向け総合的な支援措置を実施してまいります。

 昨年の大震災やオウム真理教関連事件などの凶悪事件を契機に、我が国が誇る良好な治安に陰りが生じており、国民の安全を守る危機管理体制の強化が重要な課題となっております。危機自体の事前予測が困難である以上、危機管理にとって大切なことは危機が生じた際の人とシステムであるとの考え方に立ち、政府の安全対策、危機管理体制の強化に全力を傾けてまいります。

 災害に強い国づくり、町づくりを進めることが、安全に暮らせる社会づくりの基本であります。阪神・淡路大震災から一年が経過いたしましたが、引き続き本格的な復興に向けて政府一体となって取り組んでまいります。政府は、この大震災を貴重な教訓に、災害の予防に加え、災害時の情報収集・伝達・意思決定体制の強化など総合的な災害対策の充実、危機管理体制の強化に取り組む決意であります。

 また、最近の極めて厳しい治安情勢に対応するため、各国との連携強化などの国際協力を含め、政府を挙げてテロ対策を推進するとともに、国内の銃器摘発や海外からの流入阻止などの総合的銃器対策、さらには、覚せい剤、大麻等薬物対策に全力を挙げ、国民の不安解消と安全な社会環境づくりに努めてまいります。

 多くの国民にとって現在最も切実な問題である住宅、通勤等の問題を早急に解決することも、ゆとりある国民生活を実現するために必要不可欠な課題であります。こうした問題の多くの根源となっている一極集中を是正し、国際化の進展や活力に満ちた地域社会の形成にも配慮しつつ、災害に強い国土づくりや国土の均衡ある発展を目指していかなければなりません。このため、住宅や交通基盤整備、職住近接の都市構造の実現を初め、生活者重視の視点に立って各種社会資本整備に努めてまいります。また、今後、国民各層との意見交換も行いながら、複数の国土軸の形成を含めて新しい国土計画の策定に積極的に取り組むほか、北海道や沖縄の開発振興にも引き続き力を注いでまいります。

 外交面での私の基本方針は「自立」であります。かつてのように世界の政治経済情勢を与えられた前提として行動する国家としてではなく、いまや我が国は、従来型の国際貢献からさらに歩を進め、国際社会に受け入れられる理念を打ち立て、世界の安定と発展のためにみずからのイニシアチブで行動する国家であるべきであります。このことが、国際的に相互依存関係が高まる中、我が国の安全と繁栄を確保するためにも最良の道であると確信をいたしております。

 国際社会においては、依然として、地域紛争、大量破壊兵器の拡散、環境破壊や貧困など重要問題が山積しております。今年は我が国が国連に加盟して四十周年に当たりますが、これらの問題の解決に当たっては、国連が重要な役割を果たしていく必要があります。我が国としては、財政改革、経済社会分野での改革及び安保理改革などについて、本年秋までにできる限り具体的な成果が得られるよう、他の国連加盟国と協力しつつ、引き続き努力してまいります。安保理常任理事国入りの問題については、我が国は、国連改革の進展状況やアジア近隣諸国を初め国際社会の支持と一層の国民的理解を踏まえて対処することとしております。

 冷戦終結後の世界平和を脅かす脅威の一つに地域紛争があります。地域紛争は、その地域の問題であるのみならず、国際社会全体の枠組みの構築にかかわるグローバルな問題でもあります。我が国としては、その予防と解決のため、外交努力や人道・復興援助とともに、平和維持活動など国連の活動に人的な面や財政面で積極的に貢献してまいります。

 特に、旧ユーゴにおける紛争は、新しい国際協力の実効性を問う試金石となっております。先般の包括和平合意による大きな進展を永続的な真の和平の確立につなげていくために、国際社会の和平・復興努力に積極的に参画してまいります。

 中東和平問題に関しては、昨年九月にイスラエルとPLOの間で暫定自治の拡大の合意が成立いたしました。ラビン首相の暗殺は我々に大きな衝撃を与えましたが、平和への潮流は確固たるものがあります。我が国は、さきのパレスチナ評議会選挙に協力するため、国際監視団への参加や物資供与を行いましたが、二月にはゴラン高原に展開している国連兵力引き離し監視隊に自衛隊部隊等を派遣するなど、今後とも積極的な貢献を行ってまいります。

 核兵器を初めとする大量破壊兵器の軍縮と不拡散、通常兵器の移転抑制のための取り組みについても、その強化に努めてまいります。我が国は、唯一の被爆国として、核兵器の究極的な廃絶に向けて、すべての核兵器国が核軍縮に真剣に取り組むよう訴えてきており、昨年の国連総会では、我が国提出の核軍縮決議及び核実験停止決議が採択されました。いまだに一部の国により核実験が繰り返されていることは極めて遺憾であり、核実験の停止を強く求めていくとともに、全面核実験禁止条約交渉が本年春に妥結され、秋には署名ができるよう最大限の努力を払ってまいります。

 我が国を含むアジア太平洋地域の安全保障の確保は、世界平和の大前提であります。政府としては、日本国憲法のもと、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、日米安保体制を堅持するとともに、文民統制を確保し、非核三原則を守ってまいります。

 また、昨年末に策定された新防衛大綱及び新中期防衛力整備計画に従い、現行の防衛力の合理化、効率化、コンパクト化を一層進めるとともに、必要な機能の充実と防衛力の質的な向上を図ることにより、多様な事態に対して有効に対応し得る防衛力の整備に努めてまいります。

 我が国の国際社会における地位にかんがみ、特に重要であるのが世界経済の繁栄への新たな枠組みづくりであります。世界経済のさらなる発展のためには、WTOのもとで多角的自由貿易体制の一層の強化を通じて貿易・投資の拡大均衡を図っていくことが必要であります。本年末の第一回閣僚会議を念頭に置き、地域統合の問題や貿易政策と投資、環境、競争政策との関係に関して新しいルールづくりに取り組むとともに、紛争処理機能の強化に努めてまいります。

 途上国の開発への支援についても、我が国としては、国際社会の枠組みとなるべき新たな開発戦略の策定を国連等の場において提唱しており、引き続きこの作業に貢献してまいります。政府開発援助大綱を踏まえ、アジア地域を中心とする経済ダイナミズムの発展に貢献するため、援助と貿易・投資、マクロ経済政策等を有機的に連携させた包括的アプローチにより、総合的な経済協力を推進してまいります。また、市場経済化にどう取り組むかは世界的に重要な課題であります。途上国における民主化の促進、市場志向型経済導入の努力に十分注意を払いつつ、各国の経済の発展段階に即した形で最適な支援を行っていくことも我が国の大きな役割であります。

 環境、人口、食糧、エネルギー、人権、難民、エイズなど地球規模の問題の重要性はますます増大しております。我が国が世界に誇る技術や過去の経験をもって、引き続き国際社会の共通の認識や枠組みづくりに向けて全力で取り組んでまいります。さらに、世界的に環境調和型の経済社会の発展を促すため、新エネルギーの開発導入、環境負荷の低減に資する研究開発、新産業創出などに精力的に取り組んでまいります。また、海洋の法的秩序に関し包括的に定めている国連海洋法条約の早期締結を目指し、あわせて我が国の海洋法制の整備を行うため、所要の準備を進めてまいります。

 さらに、我が国の世界経済における役割を十分に自覚し、強靱な日本経済の再建に全力を尽くし、世界経済のさらなる活性化に貢献してまいります。また、内需を中心とした安定成長の確保や市場アクセスの改善などにより、引き続き経常収支黒字の意味のある縮小を図り、調和ある対外経済関係の形成に努めてまいります。

 アジア太平洋地域は、わが国にとっても世界経済全体にとっても年々その重要性を増しており、協力関係の一層の緊密化を図ってまいります。我が国は、昨年、APEC大阪会合を主催し、貿易・投資の自由化、円滑化、経済技術協力の推進のための包括的な道筋を示す行動指針を採択し、APECはビジョンの段階から行動の段階へ移行しております。本年は、アジア太平洋協力にとって重要な試練の年であり、我が国としても、この協力の求心力を強めるような十分内容のある行動計画を策定し、この地域のさらなる発展に大きな役割を果たしていかなければなりません。安全保障面においても、この地域の発展の基盤となっている平和と安定を維持していくため、ASEAN地域フォーラム等における政治・安全保障対話への積極的な参画を通じ、域内の信頼の醸成に貢献してまいります。

 各国との友好的な二国間協力関係の発展が外交の基本であることは言うまでもありません。私は、日米関係を基軸としつつ、地理的にも経済的にも密接な関係にあるアジア太平洋諸国を中核に、文明や文化の相違を衝突ととらえず、その共存を図るような心の通い合う外交を展開してまいります。

 日米関係は、我が国にとっても世界にとっても最も重要な二国間関係であり、アジア太平洋地域、そして世界の平和と安定のかなめであることを再認識し、クリントン大統領の訪日の機会もとらえ、幅広い協力関係を一層強化していく決意であります。特に日米安保体制は、日米協力関係の政治的基盤をなし、アジア太平洋地域の平和と繁栄にとって不可欠の役割を果たしており、これを堅持してまいります。

 沖縄の米軍施設・区域の問題については、日米の信頼のきずなを一層深いものとするためにも、また、長年にわたる沖縄の方々の苦しみ、悲しみに最大限心を配った解決を得るためにも、先般設置された特別行動委員会等を通じ、日米安保条約の目的達成との調和を図りつつ、沖縄の米軍施設・区域の整理統合・縮小を推進するとともに、騒音、安全、訓練などの問題の実質的な改善が図られるよう、誠心誠意努力を行払ってまいる決意であります。

 日米経済関係については、国際ルールにのっとり、日米包括経済協議の諸措置を日米双方において着実に実施することなどにより、引き続き適切な運営に努めてまいります。

 日中関係については、安定した友好協力関係の発展に資するため、中国の改革・開放政策を引き続き支援していくとともに、核軍縮を含む国際社会の諸問題に関して対話を深めてまいります。

 朝鮮半島政策に関しましては、引き続き、韓国との友好協力関係を基本とし、日朝関係については、朝鮮半島の平和と安定に資するとの観点を踏まえつつ、韓国等との緊密な連携のもとに取り組んでいく考えであります。北朝鮮の核兵器開発問題については、今後とも、米国、韓国を初めとする諸国とともに、米朝合意の着実な実施のため、朝鮮半島エネルギー開発機構への積極的な協力を行ってまいります。

 本年は、日ソ共同宣言による国交回復後四十周年に当たりますが、日ロ関係については、ロシアの政治情勢を注視しつつ、東京宣言に基づき、北方領土問題を解決し、両国間の完全な正常化を達成するために一層の努力を傾ける所存であり、ロシア政府もこの問題に真剣に取り組むことを強く希望いたします。

 我が国として、アジア太平洋のみならず、世界のすべての地域の国々との積極的な協力関係を促進していく必要があることは当然です。特に、EUの拡大と深化により一体性を強め、国際社会における重みを増しつつある欧州との広範な協力関係の維持発展は重要な課題であります。三月にはタイにおいて、初のアジア欧州首脳会合が予定されており、この機会もとらえ、地域間の対話と協力の強化に貢献してまいります。

 以上申し上げた内外政上の課題の解決を図るためには、まず行政みずからが、時代の潮流変化を踏まえ、大きな価値観の転換を遂げていかなければなりません。私は、二十一世紀にふさわしい政府とは、国民に対して開かれた民主的な存在であるとともに、緊急時には機敏に、強いリーダーシップを発揮し得る存在であり、また、市場原理を最大限発揮させ、住民に身近な行政は地方にゆだねる、簡素で効率的なものでありつつも、真に国民が必要とするような施策については十分な配慮を行い得るような存在でなければならないと考えております。こうした一見相反するような性格をあわせ持った政府、このような政府を目指した改革がその本質を見失わないためには、常に、何のための政府であるのか、だれのための改革であるのかを国民の視点に立って見直すことが必要であります。このことこそが、私が求める行政改革、すなわち、改革のための改革ではなく、根本的な問いかけにこたえる行政改革であります。

 我々は、いま一たび初心に立ち返り、主権在民、公務員は全体の奉仕者という基本的な理念を胸に、内外の社会情勢の変化を踏まえて行政の制度・運営を根本にさかのぼって見直し、各界の意見を謙虚に受けとめ、そして尊重しつつ、行政の改革を推進していかなければなりません。

 行政の改革の第一は、規制の思い切った緩和であります。まず、規制緩和推進計画に沿って計画的な規制の緩和を推進するとともに、本年度末までに同計画の第一回目の改定を行います。改定に当たっては、さきの行政改革委員会の意見を最大限に尊重し、内外の要望を踏まえながら、新たな規制緩和方策を積極的に盛り込むとともに、その実行を強力なリーダーシップにより確保してまいります。

 国と地方との関係においては、住民に身近な行政は住民が直接選んだ首長の責任のもと、地方公共団体がその事務を行うという地方自治の大原則を名実ともに実現しなければなりません。政府としては、本年三月の地方分権推進委員会の中間報告とその後の具体的な勧告を受け、直ちに地方分権推進計画の策定に取りかかり、権限移譲や国の関与の緩和や廃止、機関委任事務の抜本的な見直し、地方税財源の充実強化、分権の受け皿たる地方行政体制の整備など、地方分権の流れを思い切って加速化させてまいります。

 行政改革の中核の一つは、中央官庁自身の改革であります。今後の規制緩和の進捗状況や地方分権推進計画に基づく行政事務の再配分のあり方も踏まえつつ、縦割り行政の弊害防止や抜本的な行政改革の実施の観点から、中央省庁のあり方についても真剣な検討を進めてまいります。また、内閣機能の強化の観点から、内閣総理大臣補佐官の設置等を内容とする内閣法改正案を今国会に提出いたします。

 透明で効率的な行政の実現も、極めて重要な課題であります。情報公開法の早期の制定に向け、行政改革委員会の今年内の意見具申に向けての調査審議を促進するとともに、審議会等の透明化についても具体化を進めてまいります。行政の効率化、肥大化防止の観点からは、省庁間を結んだネットワークの計画的整備など行政の情報化を推進するとともに、国家公務員の定員の計画的削減を継続してまいります。特殊法人改革についても同様の考え方に立ち、九法人の統廃合、民営化等を行うほか、財務内容等の積極的公開を含め継続的な改革を推進してまいります。

 首都機能の移転については、我が国の政治、行政、経済、社会の改革を進める上でも極めて重要な課題であります。昨年十二月には国会等移転調査会の報告が取りまとめられたところであり、今後は、この報告を踏まえ、首都機能の移転の一層の具体化に向け、内閣の重要課題の一つとして取り組んでまいります。

 行政改革の適切な実現のためには、今申し上げた規制緩和、地方分権、首都機能移転、中央省庁の改革などの諸課題が有機的に組み合わされ相乗効果を上げるよう調整を行うことが極めて重要であり、私としても、これらの取り組み相互の有機的な連携を図ることに意を払ってまいります。

 行政改革と常に一体となって語られねばならないのが財政改革であります。

 我が国財政は、公債残高が来年度末には約二百四十一兆円に増加する見込みであり、厳しい税収動向も相まって、もはや危機的状況と言っても過言ではありません。急速に進展する人口の高齢化や国際社会における我が国の責任の増大など、今後の社会経済情勢の変化に財政が弾力的に対応し、真に必要とされる政策分野に財政資金を投入していくためにも、できるだけ速やかに健全な財政体質を作り上げていくことが緊急課題であります。言うまでもなく、国の財政は国民のものであり、その受益者も国民であり、負担者も国民であります。政治家一人一人が国民の代表としての自覚をもって、一刻も早い財政の規律の回復に努めなければなりません。

 税制については、活力ある高齢社会を目指し、公平・中立・簡素という租税の基本原則に基づき、不断の改革が必要であります。五%とすることが法定されている消費税率については、社会保障等に要する財源の確保や行財政改革の推進状況等を踏まえつつ、本年九月という法律上の期限に向け鋭意検討を進めてまいります。

 行政改革を実現する上でしばしば問題となるのは、政と官との関係であります。私は、政と官との関係を対立構造でとらえるのではなく、政治家の強い意思と責任で大きな改革の方向づけを行い、行政官は専門的知識によりこれを補完するという協力関係をつくり上げなければならないし、その最終責任は、行政の最高責任者でもある我々政治家が持たなければならないと考えております。

 昨年の参議院議員選挙や統一地方選挙で示された国民の政治不信や政治への無関心は極めて深刻であります。このような状況を打開し、国民の政治への信頼と関心の回復を図るには、政治の浄化への不断の取り組みに努めるとともに、国会等の場で真に国家や国民本位の政策論争を国民の目に見える形で行わなければなりません。このことこそが現在最も必要な政治改革であり、こうした政治の改革を通じてのみ真の行政の改革も実現できるものと私は考えております。

 平成八年は、戦後五十年を終え、二十一世紀の礎を築き、次なる百年の展望を切り開く、新たな挑戦の年であるべきであります。来るべき世紀は、規制と保護に対して自由と責任という理念が、量的拡大に対して質的充足という価値観が、企業や組織に対して地域社会や家庭という存在が、それぞれその重みを増していく時代となりましょうし、またそうなさねばなりません。我々が目指す社会は、そこに息づく国民一人一人が心豊かに平和に暮らせる社会であり、そのことを通じて国民はこの国に対する自信や誇りを、将来に対する夢や目標を再び手にすることができるようになるものと私は確信しております。

 しかし、これを実現することは言葉で語るほど容易ではありません。我々は過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。改革は容易ではありませんし、痛みを伴います。しかし、我々の次の世代に希望と誇りのある日本の未来を託するためには、今こそ、勇気を持って、時代の要請にこたえ、我が国の政治のあり方を、行政の成り立ちを、そして経済のシステムを変革し創造しなければなりません。

 私は、この変革のときに重要な国政を担う内閣総理大臣として、そして一人の政治家として、以上申し上げた課題に全力を傾けてまいる決意であります。

 国民の皆様と議員各位の御理解と御協力を切にお願い申し上げます。