[内閣名] 第83代第2次橋本内閣(平成8.11.7〜平成10.7.30)
[国会回次] 第142回(常会)
[演説者] 橋本龍太郎内閣総理大臣
[演説種別] 金融システム安定化対策と当面の経済運営に関する演説
[衆議院演説年月日] 1998/1/12
[参議院演説年月日] 1998/1/12
[全文]
第百四十二回国会の開会に当たり、金融システム安定化対策と当面の経済運営について、政府の基本的考え方を明らかにし、国民の皆様の御理解と御協力をいただきたいと思います。
私は、新たな時代を先取りする経済社会システムをつくり上げるために、行政、財政構造、社会保障、経済構造、金融システム、そして教育の六つの改革を一体的に断行したいと申し上げてまいりました。
さきの臨時国会においては、高齢者の介護を社会全体で支えるための介護保険法及び財政構造改革の推進に関する特別措置法が成立しました。今国会においても、同特別措置法を踏まえた十年度予算はもちろん、中央省庁の再編等のための基本法案の成立を期するなど、六つの改革に全力で取り組む決意であります。
これら六つの改革を確実にかつ円滑に進めるためにも、金融システムに対する内外の信頼の低下に対して万全の対策を講じ、金融システムを断固として守ります。金融機関の破綻が信用秩序と経済の危機を招くことは絶対に避けなければなりません。日本発の金融恐慌また経済恐慌は決して起こさない、経済の動脈である金融システムを安定させ、経済の先行きに対する自信を取り戻す、これは私の強い決意であります。
金融の根本は信頼であります。政府としては、金融システム安定化のための具体的な対策を内外に示し、預金者、投資家を初めとする市場の信認を回復するよう全力を挙げます。すなわち、第一に、預金者などの保護のための体制の整備と金融システム全体の危機管理、第二に、いわゆる貸し渋り対策であります。
預金者の保護は、金融システム安定の基本であります。国民の皆様に安心していただくために、預金の全額保護を徹底することとし、預金保険制度において、公的資金を投入する対象を信用組合から一般金融機関にまで広げます。また、破綻金融機関の受け皿となって不良債権の処理を行う整理回収銀行の機能を強化します。
これと並び、金融システム全体の危機管理として、金融機関の信頼の最後のよりどころである自己資本の充実のための優先株などの引き受けを行います。これは、対象となる金融機関の救済のためではなく、信用秩序と経済に重大な影響が懸念される場合に対処するためのものであります。優先株などの引き受けが公的資金による以上、国民の皆様から御理解をいただけるよう、その手続を公正かつ透明なものにすることは当然であります。
これらの緊急かつ時限的な措置のために、政府としては、十兆円の国債と二十兆円の政府保証、合わせて三十兆円の資金を活用できるようにいたします。また、証券投資家や保険契約者の保護のための法整備を行っていく考えであります。
次に、いわゆる貸し渋り対策であります。
政府は、透明かつ公正な金融行政を遂行するために、早期是正措置を導入することとしております。しかしながら、金融機関の自己資本比率の低下が懸念される中で、個々の金融機関が融資態度を必要以上に萎縮させ、健全な中小企業、中堅企業などへの資金供給に弊害が生じる事態は避けなければなりません。
政府としては、金融システム全体の円滑な資金供給機能を維持するために、政府系金融機関に新たな融資制度を創設することなどにより、信用保証分を合わせて総額約二十五兆円の資金を用意するとともに、自助努力によって経営改善を行う金融機関に対し、早期是正措置を弾力的に運用するなどの措置を講じます。国際的に活動する金融機関には、この四月から予定どおり早期是正措置を導入します。
これらの対策に関連して、金融機関の経営の問題に触れたいと思います。
今日の状況のもとで、我が国の金融機関には、その公共性と社会的責任の重さから、厳しい経営努力が求められます。政府としては、政府が講じようとする対策に国民の皆様の御理解と御協力をいただくためにも、金融機関が、国際的に通用する水準の経営情報の開示、そして、より徹底した経営合理化と責任ある経営体制の整備に取り組むよう強く要請いたします。また、破綻した金融機関の経営者の責任が厳しく問われることは当然であります。
我が国経済を回復軌道に乗せるためには、経済活動の根幹である金融システムを安定させることが不可欠です。同時に、景気の回復は、金融・資本市場の安定を図る上で極めて重要であります。そして、金融システムの安定と景気の回復は、財政の健全化のためにも必要であります。
政府は、消費者と企業が経済や暮らしの先行きに対する不安感を払拭できるよう、昨年十一月に大規模な規制緩和、土地対策を初めとする緊急経済対策を発表いたしました。また、私は、アジアの経済状況が予想していた以上に深刻であること、そして我が国が先頭となってカリの群れが飛ぶように成長してきたアジア経済の歴史と現実を踏まえ、我が国経済の力強い回復を実現するために、二兆円規模の特別減税を本年二月から実施することを決断いたしました。
これに加え、十年度税制改正においては、法人課税について、法人税の基本税率を三七・五%から三%引き下げて三四・五%とし、また、法人事業税の基本税率を一二%から一一%へと一%引き下げるなど、企業活動の行いやすい環境整備に踏み出しました。また、有価証券取引税の税率の半減、地価税の課税停止などの措置を講じます。これらにより、国と地方を合わせて八千四百億円の減税を行うこととしております。さらに、九年度補正予算においては、災害復旧事業など約一兆円規模の公共事業を追加するほか、一兆五千億円規模の国庫債務負担行為を確保しております。
これらの施策は、景気に最大限配慮したものであり、先ほど申し上げた金融システム安定化対策などと相乗的な効果を発揮し、我が国経済の力強い回復をもたらすものと確信しております。
同時に、我が国経済が民間需要主導による内需中心の成長をするためには、当面の対策に加え、構造改革を進めなければなりません。
私は、日本経済に未来がないかのような悲観論には決してくみしません。かつて、我が国が貿易と投資を自由化し、国際競争の荒波に船出したころ、私たちの先人は一丸となって努力し、自動車、電子・電気、機械など、国際競争力を持つ産業を育てました。
我が国は、有能な人材、豊富な資産、資金、そして新しい時代を創造する技術という世界に誇ることのできる財産を持っております。一九八〇年代に世界の羨望を集めた日本経済の力は、高い教育水準と高い勤労モラルを持つ国民に裏打ちされたものであります。資金の面では、千二百兆円規模の個人金融資産と八千億ドルの対外純資産、二千億ドルを超える世界一の外貨準備を有しております。技術の面においても、我が国の製造業は、長年はぐくんだ技術の蓄積を生かして、他国にはまねのできない多くの素材や製品を提供し、また、環境に優しい技術や製品などを生み出し、時代の新しいニーズに対応しております。
これからの時代、二十一世紀を展望すれば、情報通信、金融、環境、医療・福祉を初め、成長が期待できる産業分野は数多くあります。市場メカニズムを通じて、人、資金、そして技術がこうした成長分野に集まり、質の高い雇用の場をつくり出し、富を生み出すよう、経済構造改革と金融システム改革を強力に推進してまいります。
昨年成立した財政構造改革の推進に関する特別措置法は、危機的状況にある我が国の財政を健全化するとともに、安心で豊かな福祉社会、そして健全で活力ある経済の実現などの課題に十分対応できる財政構造を実現するためのものであります。その必要性は何ら変わるものではありません。同時に、経済金融情勢の変化に機敏に対応し、国際状況に応じて、財政、税制上必要な措置を講じていくことは当然であります。本日申し上げた金融システム安定化対策と経済対策は、財政構造改革との整合性を図りながら、断固たる対応をとるものであり、適切なものであると考えております。
政治の責任は、国民の暮らしの安寧をいかに確保するかであります。私は、全力を挙げて国民生活を守ります。国民の皆様にはどうぞ安心をしていただきたいと思います。
政府が講じようとする対策が、我が国の金融システムの安定と景気の回復にとって必要不可欠なものであることを改めて申し上げ、御臨席の議員各位が九年度補正予算及び関連法案の一日も早い成立に御賛同くださることを強くお願いする次第であります。