データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第93代鳩山内閣(平成21.09.16〜平成22.06.08)
[国会回次] 第174回(常会)
[演説者] 鳩山由紀夫内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 2010/1/29
[参議院演説年月日] 2010/1/29
[全文]

 命を守りたい。命を守りたいと願うのです。

 生まれ来る命、そして、育ち行く命を守りたい。

 若い夫婦が経済的な負担を不安に思い、子供を持つことをあきらめてしまう、そんな社会を変えていきたい。未来を担う子供たちがみずからの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかねばなりません。

 働く命を守りたい。

 雇用の確保は、緊急の課題です。しかし、それに加えて、職を失った方々やさまざまな理由で求職活動を続けている方々が、人との接点を失わず、共同体の一員として活動していける社会をつくっていきたい。経済活動はもとより、文化、スポーツ、ボランティア活動などを通じて、すべての人が社会との接点を持っている、そんな居場所と出番のある、新しい共同体のあり方を考えていきたいと願います。

 いついかなるときでも、人間を孤立させてはなりません。

 ひとり暮らしのお年寄りがだれにもみとられず孤独な死を迎える、そんな事件をなくしていかなければなりません。だれもが地域で孤立することなく暮らしていける社会をつくっていかなければなりません。

 世界の命を守りたい。

 これから生まれ来る子供たちが成人になったとき、核の脅威が歴史の教科書の中で過去の教訓と化している、そんな未来をつくりたいと願います。

 世界じゅうの子供たちが飢餓や感染症、紛争や地雷によって命を奪われることのない社会をつくっていこうではありませんか。だれもが、衛生的な水を飲むことができ、差別や偏見とは無縁に、人権が守られ、基礎的な教育が受けられる、そんな暮らしを、国際社会の責任として、すべての子供たちに保障していかなければなりません。

 今回のハイチ地震のような被害の拡大を国際的な協力で最小限に食いとめ、新たな感染症の大流行を可能な限り抑え込むため、命を守るネットワークを、アジア、そして世界全体に張りめぐらせていきたいと思います。

 地球の命を守りたい。

 この宇宙が生成して百三十七億年、地球が誕生して四十六億年。その長い時間軸から見れば、人類が生まれ、そして文明生活を送れるようになった、いわゆる人間圏ができたこの一万年は、ごく短い時間にすぎません。

 しかし、この短時間の中で、私たちは、地球の時間を驚くべき速度で早送りして、資源を浪費し、地球環境を大きく破壊し、生態系にかつてない激変を加えています。約三千万とも言われる地球上の生物種のうち、現在、年間約四万の種が絶滅していると推測されています。現代の産業活動や生活スタイルは、豊かさをもたらす一方で、確実に、人類が現在のような文明生活を送ることができる残り時間を短くしていることに、私たち自身が気づかなければなりません。

 私たちの英知を総動員して、地球というシステムと調和した人間圏はいかにあるべきか、具体策を講じていくことが必要です。少しでも地球の残り時間の減少を緩やかにするよう、社会を挙げて取り組むこと、それが、今を生きる私たちの未来への責任であります。本年、我が国は生物多様性条約締約国会議の議長国を務めます。かけがえのない地球を子供や孫たちの世代に引き継ぐために、国境を越えて力を合わせなければなりません。

 私は、このような思いから、平成二十二年度予算を「いのちを守る予算」と名づけ、これを日本の新しいあり方への第一歩として、国会議員の皆さん、そして、すべての国民の皆様へ提示し、活発な御議論をいただきたいと願っています。

 私は、昨年末、インドを訪問した際、希望して、尊敬するマハトマ・ガンジー師の慰霊碑に献花させていただきました。

 慰霊碑には、ガンジー師が八十数年前に記した七つの社会的大罪が刻まれています。理念なき政治、労働なき富、良心なき快楽、人格なき教育、道徳なき商業、人間性なき科学、そして、犠牲なき宗教です。まさに、今の日本と世界が抱える諸問題を鋭く言い当てているのではないでしょうか。

 二十世紀の物質的な豊かさを支えてきた経済が、本当の意味で、人間を豊かにし、幸せをもたらしてきたのか。資本主義社会を維持しつつ、行き過ぎた道徳なき商業、労働なき富をどのように制御していくべきなのか。人間が人間らしく幸福に生きていくために、どのような経済が、政治が、社会が、教育が望ましいのか。今、その理念が、哲学が問われています。

 さらに、日本は、アジアの中で、世界の中で、国際社会の一員として、どのような国として歩んでいくべきなのか。

 政権交代を果たし、民主党、社会民主党、国民新党による連立内閣として初めての予算を提出するこの国会であるからこそ、あえて私の政治理念を国会議員の皆様と国民の皆様に提起することからこの演説を始めたいと、ガンジー廟を前に私は決意いたしました。

 経済のグローバル化や情報通信の高度化とともに、私たちの生活は日々便利になり、物質的には驚くほど豊かになりました。一方、一昨年の金融危機で直面したように、私たちがみずからつくり出した経済システムを制御できない事態が発生しています。経済のしもべとして人間が存在するのではなく、人間の幸福を実現するための経済をつくり上げるのがこの内閣の使命です。

 かつて、日本の企業風土には、社会への貢献を重視する伝統が色濃くありました。働く人々、得意先や取引先、地域との長期的な信頼関係に支えられ、百年以上の歴史を誇る長寿企業が約二万社を数えるのは、日本の企業が社会の中の共同体として確固たる地位を占めてきたことのあかしであります。

 今こそ、国際競争を生き抜きつつも社会的存在として地域社会にも貢献する、日本型企業モデルを提案していかなければなりません。ガンジー師の言葉をかりれば、商業の道徳をはぐくみ、労働を伴う富を取り戻すための挑戦であります。

 人の幸福や地域の豊かさは、企業による社会的な貢献や政治の力だけで実現できるものではありません。

 今、市民やNPOが、教育や子育て、まちづくり、介護や福祉など、身近な課題を解決するために活躍しています。昨年の所信表明演説で御紹介したチョーク工場の事例が多くの方々の共感を呼んだように、人を支えること、人の役に立つことは、それ自体が喜びとなり、生きがいともなります。

 こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域の絆を再生するとともに、肥大化した官をスリムにすることにつなげていきたいと考えています。

 一昨日、「新しい公共」円卓会議の初会合を開催しました。この会合を通じて、「新しい公共」の考え方をより多くの方と共有するための対話を深めます。こうした活動を担う組織のあり方や、活動を支援するための寄附税制の拡充を含め、これまで官が独占してきた領域を公に開き、「新しい公共」の担い手を拡大する社会制度のあり方について、五月を目途に具体的な提案をまとめてまいります。

 「新しい公共」によって、いかなる国をつくろうとしているのか。

 私は、日本を世界に誇る文化の国にしていきたいと考えます。ここで言う文化とは、狭く芸術その他の文化活動だけを指すのではなく、国民の生活・行動様式や経済のあり方、さらには価値観を含む概念です。

 厳しい環境・エネルギー・食料制約、人類史上例のない少子高齢化などの問題に直面する中で、さまざまな文化の架け橋として、また唯一の被爆国として、さらには伝統文化と現代文明の融和を最も進めている国の一つとして、日本は、世界に対して、この困難な課題が山積する時代に適合した独自の生活・行動様式や経済制度を提示していくべきだと考えます。

 多くの国の人々が、一度でよいから日本を訪ねたい、できることなら暮らしたいとあこがれる、愛される、輝きのある国となること。異なる文化を理解し、尊重することを大切にしながら、国際社会から信頼され、国民が日本に生まれたことに誇りを感ずるような文化をはぐくんでいきたいのです。

 新しい未来を切り開くとき、基本となるのは、人を育てる教育であり、人間の可能性を創造する科学です。

 文化の国、人間のための経済にとって必要なのは、単に数字で評価される人格なき教育や、結果的に人類の生存を脅かすような人間性なき科学ではありません。一人一人が地域という共同体、日本という国家、地球という生命体の一員として、より大きなものに貢献する、そんな人格を養う教育を目指すべきなのであります。

 科学もまた、人間の英知を結集し、人類の生存にかかわる深刻な問題の解決や、人間のための経済に大きく貢献する、そんな人間性ある科学でなければなりません。疾病、環境・エネルギー、食料、水といった分野では、かつての産業革命にも匹敵する、しかし全く位相の異なる革新的な技術が必要です。その母となるのが科学です。

 こうした教育や科学の役割をしっかりと見据え、真の教育者、科学者をさらにふやし、また、社会全体として教育と科学に大きな資源を振り向けてまいります。それこそが、私が申し上げ続けてきた「コンクリートから人へ」という言葉の意味するところであります。

 私は、来年度予算を「いのちを守る予算」に転換しました。公共事業予算を一八・三%削減すると同時に、社会保障費は九・八%増、文教科学費は五・二%増と大きくめり張りをつけた予算編成ができたことは、国民の皆様が選択された政権交代の成果であります。

 所得制限を設けず、月額一万三千円の子ども手当を創設します。子育てを社会全体で応援するための大きな第一歩です。

 また、すべての意志ある若者が教育を受けられるよう、高校の実質無償化を開始します。国際人権規約における高等教育の段階的な無償化条項についても、その留保撤回を具体的な目標とし、教育の格差をなくすための検討を進めてまいります。

 さらに、子ども・子育てビジョンに基づき、新たな目標のもと、待機児童の解消や幼保一体化による保育サービスの充実、放課後児童対策の拡充など、子供の成長を担う御家族の負担を社会全体で分かち合う環境づくりに取り組みます。

 社会保障費の抑制や地域の医療現場の軽視によって、国民医療は崩壊寸前です。

 これを立て直し、健康な暮らしを支える医療へと再生するため、医師養成数をふやし、診療報酬を十年ぶりにプラス改定します。乳幼児からお年寄りまで、だれもが安心して医療を受けられるよう、その配分も大胆に見直し、救急、産科、小児科などの充実を図ります。患者の皆さんの御負担が重い肝炎治療については、助成対象を拡大し、自己負担限度額を引き下げます。健康寿命を延ばすとの観点から、統合医療の積極的な推進について検討を進めます。

 お年寄りが、御自身の歩まれた人生を振り返りながら、安らぎの時間を過ごせる環境を整備することも重要です。年金をより確かなものにするため、来年度から二年間を集中対応期間として、紙台帳とコンピューター記録との突き合わせを開始するなど、年金記録問題に国家プロジェクトとして取り組んでまいります。

 働く人々の命を守り、人間を孤立させないために、まずは雇用を守ることが大事です。

 雇用調整助成金の支給要件を大幅に緩和し、雇用の維持に努力している企業への支援を強化しました。また、非正規雇用の方々のセーフティーネットを強化するため、雇用保険の対象を抜本的に拡充します。

 労働をコストや効率で、あるいは生産過程の歯車としかとらえず、日本の高い技術力の伝承をも損ないかねない派遣労働を抜本的に見直し、いわゆる登録型派遣や製造業への派遣を原則禁止します。

 さらに、働く意欲のある方々が新規産業にも生かせる新たな技術や能力を身につけることを応援するため、生活費支援を含む恒久的な求職者支援制度を平成二十三年度に創設すべく準備を進めてまいります。

 若者、女性、高齢者、チャレンジドの方々など、すべての人が、孤立することなく、能力を生かし、生きがいや誇りを持って社会に参加できる環境を整えるため、就業の実態を丁寧に把握し、妨げとなっている制度や慣行の是正に取り組みます。

 社会のあらゆる面で男女共同参画を推進し、チャレンジドの方々が共同体の一員として生き生きと暮らせるよう、障害者自立支援法の廃止や障害者権利条約の批准に向けて改革の基本方針を策定します。

 また、命を守る社会の基盤として、自殺対策を強化するとともに、消防と医療の連携などにより、救急救命体制を充実させます。住民の皆様と一緒に犯罪が起こりにくい社会をつくり、犯罪捜査の高度化にも取り組んでいきます。

 ピンチをチャンスととらえるということがよく言われます。では、私たちが今直面している危機の本質は何であり、それをどう変革していけばよいのでしょうか。

 昨年末、私たちは、新たな成長戦略の基本方針を策定いたしました。

 鳩山内閣における成長は、従来型の規摸の成長だけを意味しません。人間は、成人して体の成長がとまっても、さまざまな苦難や逆境を乗り越えながら人格的に成長を遂げていきます。私たちが目指す新たな成長も、日本経済の質的脱皮による、人間のための、命のための成長でなければなりません。この成長を誘発する原動力が、環境・エネルギー分野と医療・介護・健康分野における危機なのであります。

 私は、すべての主要国による公平かつ実効性ある国際的枠組みの構築や意欲的な目標の合意を前提として、二〇二〇年に温室効果ガスを一九九〇年比で二五%削減するとの目標を掲げました。大胆過ぎる目標だという御指摘もあります。しかし、この変革こそが、必ずや日本の経済の体質を変え、新しい需要を生み出すチャンスとなるのであります。

 日本の誇る世界最高水準の環境技術を最大限に活用したグリーンイノベーションを推進します。地球温暖化対策基本法を策定し、環境・エネルギー関連規制の改革と新制度の導入を加速するとともに、チャレンジ25によって、低炭素型社会の実現に向けたあらゆる政策を総動員します。

 医療・介護・健康産業の質的充実は、命を守る社会をつくる一方、新たな雇用も創造します。医療・介護技術の研究開発や事業創造をライフイノベーションとして促進し、利用者が求める多様なサービスを提供するなど、健康長寿社会の実現に貢献します。

 今後の世界経済における我が国の活動の場として、さらに切り開いていくべきフロンティアはアジアです。環境問題、都市化、少子高齢化など、日本と共通の深刻な課題を抱えるアジア諸国と、日本の知識や経験を共有し、ともに成長することを目指します。

 アジアを単なる製品の輸出先ととらえるのではありません。環境を守り、安全を担保しつつ、高度な技術やサービスをパッケージにした新たなシステム、例えば、スマートグリッドや大量輸送、高度情報通信システムを共有し、地域全体で繁栄を分かち合います。それが、この地域に新たな需要を創出し、自律的な経済成長に貢献するのであります。

 アジアの方々を中心に、もっと多くの外国人の皆さんに日本を訪問していただくことは、経済成長のみならず、幅広い文化交流や友好関係の土台を築くためにも重要です。日本の魅力を磨き上げ、訪日外国人を二〇二〇年までに二千五百万人、さらに三千万人までふやすことを目標に、総合的な観光政策を推進します。

 アジア、さらには世界との交流の拠点となる空港、港湾、道路など、真に必要なインフラ整備については、厳しい財政事情を踏まえ、民間の知恵と資金も活用し、戦略的に進めてまいります。

 もう一つの成長の新たな地平は、国内それぞれの地域です。

 その潜在力にもかかわらず、長年にわたる地域の切り捨て、さらに、最近の不況の直撃にさらされた地域経済の疲弊は極限に達しています。まずは景気対策に万全を期し、今後の経済の変化にも臨機応変に対応できるよう、十一年ぶりに地方交付税を一・一兆円増と大幅に増加するほか、地域経済の活性化や雇用機会の創出などを目的とした二兆円規模の景気対策枠を新たに設けます。

 その上で、地域における成長のフロンティア拡大に向けた支援を行います。

 我が国の農林水産業を、生産から加工、流通まで一体的にとらえ、新たな価値を創出する六次産業化を進めることにより再生いたします。

 農家の方々、新たに農業に参入する方々には、戸別所得補償制度を一つの飛躍のばねとして、農業の再生に果敢に挑戦していただきたい。世界に冠たる日本の食文化と高度な農林水産技術を組み合わせ、森林や農山漁村の魅力を生かした新たな観光資源、産業資源をつくり出すのです。政府として、それをしっかりと応援しながら、食料自給率のまずは五〇%までの引き上げを目指します。

 地域経済を支える中小企業は、日本経済の活力の源です。その資金繰り対策に万全を期するほか、中小企業憲章を策定し、意欲ある中小企業が日本経済の成長を支える展望を切り開いてまいります。

 さらに、地域間の活発な交流に向け、高速道路の無料化については、来年度から社会実験を実施し、その影響を確認しながら段階的に進めてまいります。

 地域の住民の生活を支える郵便局の基本的なサービスが地域を問わず一体的に利用できるよう、ユニバーサルサービスを法的に担保するとともに、現在の持ち株会社・四分社化体制の経営形態を再編するなど、郵政事業の抜本的な見直しを行ってまいります。

 地域のことは、その地域に住む住民が責任を持って決める。この地域主権の実現は、単なる制度の改革ではありません。

 今日の中央集権的な体質は、明治の富国強兵の国是のもとに導入され、戦時体制の中で盤石に強化され、戦後の復興と高度成長期において因習化されたものであります。地域主権の実現は、この中央政府と関連公的法人のピラミッド体系を自律的でフラットな地域主権型の構造に変革する、国の形の一大改革であり、鳩山内閣の改革の一丁目一番地であります。

 今後、地域主権戦略の工程表に従い、政治主導で、集中的かつ迅速に改革を進めてまいります。

 その第一弾として、地方に対する不必要な義務づけや枠づけを地方分権改革推進計画に沿って一切廃止するとともに、道路や河川等の維持管理費に係る直轄事業負担金制度を廃止いたします。

 また、国と地方の関係を、上下関係ではなく対等なものとするため、国と地方との協議の場を新たな法律によって設置いたします。地域主権を支える財源についても、今後、ひもつき補助金の一括交付金化、出先機関の抜本的な改革などを含めた地域主権戦略大綱を策定します。

 あわせて、緑の分権改革を推進するとともに、情報通信技術の徹底的な利活用による、コンクリートの道から光の道への発想転換を図り、新たな時代にふさわしい地域の絆の再生や成長の基盤づくりに取り組んでまいります。

 本年を地域主権革命元年とすべく、内閣の総力を挙げて改革を断行してまいります。

 当面の経済財政運営の最大の課題は、日本経済を確かな回復軌道に乗せることであります。

 決して景気の二番底には陥らせないとの決意のもと、このたび成立した、事業規模では約二十四兆円となる第二次補正予算とともに、当初予算としては過去最大規模となる平成二十二年度予算を編成いたしました。この二つの予算により、切れ目ない景気対策を実行するとともに、特にデフレの克服に向け、日本銀行と一体となって、より強力かつ総合的な経済対策を進めてまいります。

 財政の規律も、政治が果たすべき重要な課題であります。

 今回の予算においては、目標としていた新規国債発行額約四十四兆円以下という水準をおおむね達成することができました。政権政策を実行するために必要な約三兆円の財源も、事業仕分けを反映した既存予算の削減や公益法人の基金返納などにより捻出できました。

 さらに、将来を見据え、本年前半には、複数年度を視野に入れた中期財政フレームを策定するとともに、中長期的な財政規律のあり方を含む財政運営戦略を策定し、財政健全化に向けた、長く大きな道筋をお示しいたします。

 以上のような政策を実行するのが、政治であり、行政です。

 政府が旧態依然たる分配型の政治を行う限り、ガンジー師の言う理念なき政治のままです。新たな国づくりに向け、責任ある政治を実践していかなければなりません。

 事業仕分けや子育て支援のあり方については、御家庭や職場でも大きな話題になり、さまざまな議論がなされたことだと思います。

 私たちは、これまで財務省主計局の一室で官僚たちの手によって行われてきた予算編成過程の議論を、民間の第一線の専門家の参加を得て、事業仕分けという公開の場で行いました。上から目線の発想で、つい身内をかばいがちだった従来型の予算編成を、国民の主体的参加と監視のもとで抜本的に変更できたのも、ひとえに政権交代のたまものであります。

 戦後行政の大掃除は、しかし、まだ始まったばかりです。

 今後も、さまざまな規制や制度のあり方を抜本的に見直し、独立行政法人や公益法人が本当に必要なのか、中抜きの構造で無駄遣いの温床となっていないか、監視が行き届かないまま垂れ流されてきた特別会計の整理統合も含め、事業仕分け第二弾を実施いたします。これらすべてを、聖域なく、国民視線で検証し、一般会計と特別会計を合わせた総予算を全面的に組み替えてまいります。行政刷新会議は法定化し、より強固な権限と組織によって改革を断行していきます。

 同時に、行政組織や国家公務員のあり方を見直し、その意識を変えていくことも不可欠です。

 省庁の縦割りを排し、国家的な視点から予算や税制の骨格などを編成する国家戦略局を設置するほか、幹部人事の内閣一元管理を実現するために内閣人事局を設置し、官邸主導で適材適所の人材を登用します。

 こうした改革を断行するため、政府と与党が密接な連携と役割分担のもと、政府部内における国会議員の占める職を充実強化するための関連法案を今国会に提案いたします。

 さらに、今後、国民の視点に立って、いかなる府省編成が望ましいのか、その設置のあり方も含め、本年夏以降、私自身が主導して、抜本的な見直しに着手します。

 税金の無駄遣いの最大の要因である天下りあっせんを根絶することはもちろん、裏下りとやゆされる事実上の天下りあっせん慣行にも監視の目を光らせて、国民の疑念を解消します。同時に、国家公務員の労働基本権のあり方や、定年まで勤務できる環境の整備、給与体系を含めた人件費の見直しなど、新たな国家公務員制度改革にも速やかに着手します。

 こうした改革を行う上で、まず国会議員がみずから範を垂れる必要があります。国会における議員定数や歳費のあり方について、会派を超えて積極的な見直しの議論が行われることを強く期待いたします。

 政治資金の問題については、私自身の問題に関しまして、国民の皆様に多大の御迷惑と御心配をおかけいたしましたことを改めておわび申し上げます。御批判を真摯に受けとめ、今後、政治資金のあり方が、国民の皆様から見て、より透明で信頼できるものとなるよう、企業・団体献金の扱いを含め、開かれた議論を行ってまいります。

 日本は、四方を豊かな実りの海に囲まれた海洋国家です。

 古来より、日本は、大陸や朝鮮半島からこの海を渡った人々を通じて多様な文化や技術を吸収し、独自の文化と融合させて豊かな文化をはぐくんできました。漢字と仮名、公家と武家、神道と仏教、あるいは江戸と上方、東国の金貨制と西国の銀貨制というように、複合的な伝統と慣習、経済社会制度を併存させてきたことは日本の文化の一つの特徴です。近現代の日本も、和魂洋才という言葉のとおり、東洋と西洋の文化を融合させ、欧米先進諸国へのキャッチアップを実現してきました。

 こうした文化の共存と融合こそが新たな価値を生み出す源であり、それを可能にする柔軟性こそが日本の強さであります。自然環境との共生の思想や、木石にも魂が宿るといった伝統的な価値観は大切にしつつも、新たな文化交流、その根幹となる人的交流に積極的に取り組み、架け橋としての日本、新しい価値や文化を生み出し、世界に発信する日本を目指していこうではありませんか。

 昨年の所信表明演説で、私は、東アジア共同体構想を提唱いたしました。アジアにおいて、数千年にわたる文化交流の歴史を発展させ、命を守るための協力を深化させる、命と文化の共同体を築き上げたい、そのような思いで提案したものです。

 この構想の実現のためには、さまざまな分野で国と国との信頼関係を積み重ねていくことが必要です。断じて、一部の国だけが集まった排他的な共同体や他の地域と対抗するための経済圏にしてはなりません。

 その意味で、揺るぎない日米同盟は、その重要性に変わりがないどころか、東アジア共同体の形成の前提条件として欠くことができないものであります。北米や欧州との、そして域内の自由な貿易を拡大して急速な発展を遂げてきたのが東アジア地域です。多角的な自由貿易体制の強化が第一の利益であることを確認しつつ、地域の経済協力を進める必要があります。初代常任議長を選出し、ますます統合を深化させる欧州連合とは、開かれた共同体のあり方をともに追求していきたいと思います。

 東アジア共同体の実現に向けての具体策として特に強調したいのは、命を守るための協力、そして文化面での交流の強化です。

 地震、台風、津波などの自然災害は、アジアの人々が直面している最大の脅威の一つです。過去の教訓を正しく伝え、次の災害に備える防災文化を日本は培ってきました。これをアジア全体に普及させるため、日本の経験や知識を活用した人材育成に力を入れてまいります。

 感染症や疾病から命を守るためには、機敏な対応と協力がかぎとなります。新型インフルエンザを初めとするさまざまな情報を各国が共有し、協力しながら対応できる体制を構築していきます。

 また、人道支援のため米国が中心となって実施しているパシフィック・パートナーシップに、ことしから海上自衛隊の輸送艦を派遣し、太平洋・東南アジア地域における医療支援や人材交流に貢献してまいります。

 昨年の十二月、私はインドネシアとインドを訪問いたしました。

 いずれの国でも、国民間での文化交流事業を活性化させ、特に次世代を担う若者が国境を越えて教育、文化、ボランティアなどの面で交流を深めることに極めて大きな期待がありました。この期待にこたえるために、今後五年間で、アジア各国を中心に十万人を超える青少年を日本に招くなど、アジアにおける人的交流を大幅に拡充するとともに、域内の各国言語・文化の専門家を相互に飛躍的に増加させることにより、東アジア共同体の中核を担える人材を育成してまいります。

 APECの枠組みも、ことしの議長として、充実強化に努めてまいります。経済発展を基盤として、文化、社会の面でもお互いを尊重できる関係を築いていくため、新たな成長戦略の策定に向けて積極的な議論を導きます。

 ことし、日米安保条約の改定から五十年の節目を迎えました。この間、世界は、冷戦による東西の対立とその終えん、テロや地域紛争といった新たな脅威の顕在化など、大きく変化しました。激動の半世紀にあって、日米安全保障体制は、質的には変化を遂げつつも、我が国の国防のみならず、アジア、そして世界の平和と繁栄にとって欠くことのできない存在でありました。今後もその重要性が変わることはありません。

 私とオバマ大統領は、日米安保条約改定五十周年を機に、日米同盟を二十一世紀にふさわしい形で深化させることを表明いたしました。今後、これまでの日米同盟の成果や課題を率直に語り合うとともに、幅広い協力を進め、重層的な同盟関係へと深化、発展させていきたいと思います。

 我が国が提出し、昨年十二月の国連総会において採択された「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意」には、米国が初めて共同提案国として名を連ねました。本年は、核セキュリティー・サミットや核拡散防止条約運用検討会議が相次いで開催されます。核のない世界の実現に向け、日米が協調して取り組む意義は極めて大きいと考えます。

 普天間基地移設問題については、米国との同盟関係を基軸として、我が国、そしてアジアの平和を確保しながら、沖縄に暮らす方々の長年にわたる大変な御負担を少しでも軽くしていくためにどのような解決策が最善か、沖縄基地問題検討委員会で精力的に議論し、政府として本年五月末までに具体的な移設先を決定することといたします。

 気候変動の問題については、地球環境問題とエネルギー安全保障とを一体的に解決するための技術協力や共同実証実験、研究者交流を日米で行うことを合意しています。活動の成果は、当然、世界に及びます。この分野の同盟を、そして日米同盟全体を、両国のみならず、アジア太平洋地域、さらには世界の平和と繁栄に資するものとして、さらに発展させてまいります。

 アジア太平洋地域における信頼関係の輪を広げるため、日中間の戦略的互恵関係をより充実させてまいります。

 日韓関係の世紀をまたいだ大きな節目のことし、過去の負の歴史に目を背けることなく、これからの百年を見据え、真に未来志向の友好関係を強化してまいります。

 ロシアとは、北方領土問題を解決すべく取り組むとともに、アジア太平洋地域におけるパートナーとして協力を強化します。

 北朝鮮の拉致、核、ミサイルといった諸問題を包括的に解決した上で、不幸な過去を清算し、日朝国交正常化を実現する、これは、アジア太平洋地域の平和と安定のためにも重要な課題です。具体的な行動を北朝鮮から引き出すべく、六者会合を初め関係国と一層緊密に連携してまいります。拉致問題については、新たに設置した拉致問題対策本部のもと、すべての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、政府の総力を挙げて最大限の努力を尽くしてまいります。

 アフリカを初めとする発展途上国で飢餓や貧困にあえぐ人々、イラクやアフガニスタンで故郷に戻れない生活を余儀なくされる難民の人々、国際的テロで犠牲になった人々、自然災害で住む家を失った人々、こうした人々の命を救うために、日本に何ができるのか、そして何が求められているのか。

 今回のハイチ地震の惨禍に対し、我が国は、国連ハイチ安定化ミッションへの自衛隊の派遣と約七千万ドルに上る緊急・復興支援を表明しました。国際社会の声なき声にも耳を澄まし、国連を初めとする国際機関や主要国と密接に連携し、困難の克服と復興を支援してまいります。

 命を守りたい。私の友愛政治の中核をなす理念として、政権を担ってから片時も忘れることなき思い、ますます強くしている決意です。

 今月十七日、私は、阪神・淡路大震災の追悼式典に参列いたしました。十五年前の同じ日にこの地域を襲った地震は、とうとい命、平穏な暮らし、美しい町並みを一瞬のうちに奪いました。

 式典で、十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話を伺いました。

  地震で家が倒壊し、二階に寝ていた息子が瓦れきの下敷きになった。積み重なった瓦れきの下から、息子の足だけが見えていて、助けてくれというように、ベッドの横板をトントントンとたたく音がする。何度も何度も助け出そうと両足を引っ張るが、瓦れきの重さに動かせない。やがて、三十分ほどすると、音が聞こえなくなり、次第に足も冷たくなっていく我が子をどうすることもできなかった。「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ、苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」これが現実なのか、夢なのか、時間がとまりました。体じゅうの涙を全部流すかのように、毎日涙し、どこにも持っていきようのない怒りに、まるで胃液が体を溶かしていくかのような、苦しい毎日が続きました。

 息子さんが目の前で息絶えていくのを、ただ見ていることしかできない無念や悲しみ。人の親なら、いや、人間なら、だれでもわかります。災害列島と言われる日本の安全を確保する責任を負う者として、防災、そして少しでも被害を減らしていく減災に万全を期さなければならないと改めて痛感いたしました。

 今、神戸の町には、あの悲しみ、苦しみを懸命に乗り越えて取り戻した活気があふれています。

 大惨事を克服するための活動は、地震の直後から始められました。警察、消防、自衛隊による救助救援活動に加え、家族や隣人と励まし合い、困難な避難生活を送りながら復興に取り組む住民の姿がありました。全国から多くのボランティアがリュックサックを背負って駆けつけました。復旧に向けた機材や義援金が寄せられました。慈善のための文化活動が人々を勇気づけました。混乱した状況にあっても、略奪行為といったものはほとんどなかったと伺います。みんなで力を合わせ、人のため、社会のために努力したのです。

 あの十五年前の不幸な震災が、しかし、日本の「新しい公共」の出発点だったのかもしれません。

 今、災害の中心地であった長田の町の一画では、地域のNPO法人の尽力で建てられた鉄人28号のモニュメントがその雄姿を見せ、観光名所、集客の拠点にさえなっています。

 命を守るための「新しい公共」は、この国だからこそ世界に向けて誇りを持って発信できる、私はそう確信しています。

 人の命を守る政治、この理念を実行に移すときです。子供たちに幸福な社会を、未来にかけがえのない地球を引き継いでいかなければなりません。

 国民の皆様、議員の皆様、輝く日本を取り戻すため、ともに努力していきましょう。

 この平成二十二年を、日本の再出発の年にしていこうではありませんか。